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28. ホワイト・アウト

 わたしが、自分のほんとうの役割を知ったのは13歳のときだった。


 それまでずっと『女神さま』はいいことをするんだと思っていた。

 この世界がうまくいくように、みんながしあわせになれるように、働くんだと思っていた。

 だからがんばってたくさんたくさん勉強した。


「イケニエ、ってなあに?」


 古い本に出てきた知らない言葉。わたしは本をもってアントーニウスさんのところへ行った。アントーニウスさんはとっても物知りな亡霊さんだ。こわい顔に見えるけれど、本当はやさしいおじいちゃん。生前は学校の先生だったんだって。


「……どこでそれを見つけられましたかな、リーナさま」


 アントーニウスさんはいつもゆっくりとしゃべる。だからわたしは、わたしの「先生」の言葉にためらいがあることに、その時は気づかなかった。


 お茶をはこんできてくれたおくさんのベアトリーチェさんがはらはらとしているのが見えた。かのじょはモノにさわれるタイプの亡霊さんだ。ベアトリーチェさんも見た目はいかめしいおばあちゃんだけど、本当はとってもあたたかいひと。わたしにおかあさんと呼べる相手がいるとしたら、それはベアトリーチェさんだと思う。


 この場所には生きた人間がいない。わたしのまわりにいてくれるのは亡霊さんたちだけだった。それと、鏡のむこうで会える、あの子。あの子にもこっちの言葉を教えたんだけど、あんまり覚えてくれなかった。わたしはあっちの言葉をすこしだけ知ってる。


「生贄とは、生き物を神に捧げることを指します。なかんずく人間を」

「あなた、」


 何か言おうとしたおくさんを手で止め、難しい顔をしたままアントーニウスさんは続ける。


「生き物の命を捧げることで神を喜ばせ力や安寧を乞うのです」

「え、でも……この世界のかみさまは、わたしなんだよね? ……わたし、命なんてほしくないよ」


 そんなものもらってもうれしくない。みんながわたしに祈ってくれるなら、お歌とかおどりを捧げてくれるほうがずっと楽しいのに。だけどおじいちゃんはこう言った。


「リーナさまは、そうでしょうな。ですがこの世界の神は、貴女おひとりではないのです」


 どういうことだろう? 混乱するわたしに、ベアトリーチェさんが古い本を持ってきた。ふたりが生きていた時代の詩の本だ。200年くらい前の難しい言葉。


 その日雷鳴が轟き、大いなる原初の神は御身をふたつに切り裂かれた

 大いなる原初の神はこう定められた

 我が半身を地の底に留め冥府の獣王となそう

 我が半身を天の柱に据え光の女王となそう

 冥府の獣は死を喰らい穢れを引き受くべし

 天の光は穢れを獣に譲り渡し常に新たに無垢なるべし

 ……


「この神殿の地下には、『獣』が眠っております。『獣』は200年ごとに目を醒まし、生贄を要求するのです。この『獣』はリーナさま、貴女の半身。『獣』に死の穢れを喰わせることで貴女は200年、穢れなき存在としてあり続けなければならない」


 なければならない、という言葉がうまく飲み込めなかった。だってわたしそんなことしたくない。

 わかっています、というふうにアントーニウスさんは首をふり、それでも話をやめなかった。


「もうすぐ、今回の『目醒め』の年が来るでしょう。貴女は捧げられる生贄を受け取り、『獣』にそれを与えなければなりません。年に一度、『獣』の飢えが満ち足りるまで」

「……200年、すぎたらどうなるの?」

「必要な数だけの犠牲を『獣』に喰わせれば、陰陽の均衡がリセットされます。『女神』は再び胚珠に戻り、『獣』は次の調整の時まで眠りにつきます」

「えっと、……『わたし』がハイシュに戻る、の?」

「今のリーナさまは眠りにつかれ、次の『女神さま』がお生まれに」

「あなた!!」「うるさい! いずれ知らねばならんことだ!」


 アントーニウスさんがベアトリーチェさんをどなるのなんてはじめて見た。わたしはびっくりして泣きそうだった。見たくなかったし知りたくなかったよ。


「……ずっと気になってたんだ。どうして、ここには昔のひとしかいないのかなって」


 わたしが生まれるずっと前の時代の亡霊さんたち。人間は今日も世界中で生まれて死んでいるはずなのに、どうしてこの神殿にはあらわれないんだろう。そとの世界のおはなし、聞きたいのに。


「ここにいるみんな、……前の『女神さま』の時のイケニエさんなんだ?」


 ふたりの返事も聞かず、わたしは部屋をとびだした。

 知りたくなかった、聞きたくなかった。

 わたしが『獣』にえさをあげるなら、わたしが誰かを死なせるのと同じことだ。


(……そもそも同じモノなんだっけ?)


 それに、200年に一度の、交替。考えてみれば当然だった。わたしが13歳なのにこの世界がずっと前からあるってことは、わたしの前にも『女神』はいないとおかしいんだ。それに、わたしの後にも。


 『女神』はくるくるくるくる交替する。それって。


(……わたしじゃなくても、いいんじゃないの?)


 自分が何にショックを受けているのか、あんまりよくわからなかった。

 わたしがただの歯車みたいなものだったこと?

 これから毎年誰かを死なせなくちゃいけないこと?

 いやなのにいやって言っちゃだめなこと?


(わかんない。わかんないよ……タカヒトぉ)


 鏡の間にたどりつき、息を切らせて重い扉をおしひらく。


「タカヒト、タカヒトッ……!」


 鏡にてのひらをあてて名前をよぶと、わたしのたったひとりのともだちがこたえた。


「おう、どしたリーナ。俺今帰ったばっかで」


 言い終わるのを待たず、わたしは鏡のむこうにとびこんだ。


「タカヒト、わたし、わたし……」


 だきとめてくれた黒い詰め襟姿の少年はかばんもおろさないまま、めちゃくちゃに混乱したわたしの話をただだまって聞いてくれた。


「うーん……俺、難しい話はわかんねえけどさあ。リーナはそれ、嫌なんだよな?」


 こくりとわたしはうなずく。こらえきれなかった涙がひとすじほおを流れ、少年の指がそれをぬぐう。

 そして、彼はこう言った。


「じゃあ『女神』とかもう辞めてさ、ずっとこっちで暮らそうぜ!」

「え……!?」


 待って、どうしてそんな話になるの。とまどうわたしに気づかず、なぜかうきうきとした声でタカヒトは続ける。


「リーナにやりたくないことさせるってそんな鬼畜な連中さあ、守ってやる必要なくね? 捨てろ捨てろ。そのじーさんもなんかよくわからんけど意地悪じゃん」

「ち、ちが……!」


 違う、そんなんじゃない。わたしをそだててくれたひとたちのこと、悪く言わないで。


「や、リーナは優しいから庇っちゃうかもだけどさ。こんな女の子に酷い役目負わせて自分らだけ平和に暮らそうって図々しすぎじゃね?」


 こんな女の子、のところでわたしを抱きしめるうでにぎゅっと力がこもった。どうしてかわらかないけれど、その力がとてもこわく感じた。


 たいせつなともだちが、違う何かになってしまう気がしたのだ。


 彼の体から見たことのない青白いほのおのようなものがたちのぼり、それと同時に彼の言葉に奇妙な熱がこもりはじめていた。


「逃げていいんだよ。こっちの世界なら俺もずっとリーナの側にいられるし。な?」


 違う、ちがう違うチガウ―――だってわたしは、逃げたくなんかない。

 わたしの話を聞いてほしかった。

 いやな役目なのもつらくてかなしいのもほんとうだけど、だからって逃げたいわけじゃなかった。

 だってわたしが逃げたら、わたしの世界のひとたちはどうなるの?


 ぐちゃぐちゃになって動けないわたしは、ただただ彼を見上げていた。どうしてか彼の顔がゆっくりとこちらに近づいてきて―――。


(……いやだ。よくわからないけどこれはいやだ、いやだやめておねがい……!!)


「イヤーーーッ!!!」


 固まった体をむりやりうごかしたせいでうでがものすごく痛かった。のどから勝手にとびだした叫び声に、びっくりした様子の少年がいる。そのほおにひとすじ、紅い線がはしった。


「え……リー、ナ?」


 ひっかいた形のまま、わたしの手は硬直している。

 そっと自分のほおに手をやって、呆然とした声で彼はつぶやいた。


「えと、ご、ごめん……そんなに、イヤだった……?」


 もう何もわからない。どうしてあなたのほうが傷ついた顔をしてるの?

 わけのわからないこわいものに、追いつめられたのはわたしのほうなのに。


 涙にふるえる声が、わたしの意思を無視して勝手な言葉を叫ぶ。


「近づかないで! タカヒト、最低! しんじゃえ!」


 こんなこと、言うつもりじゃなかった。


「しっ……!? 何でだよ、お前……なんで急に怒ってんだよ!? 意味わかんねえし!!」


 驚きと怒りに染まる彼の顔を見ながら、わたしはただひたすら泣いていた。

 泣いたって誰もたすけてなんかくれないのに。

 いちばんわたしをたすけてくれるはずの彼は、鏡のむこうの世界にいる。

 ――――――遠すぎて、届かなかった。


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