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26. 叶えたい、叶わない

 大陸北端の森。盗賊の頭領は留守だった。


「お頭じゃねェと文字なんざ読めんよォ」


 つき返された紹介状を受け取り、私は嘆息する。下っ端の留守番では埒が明かない。折角の紹介状が通じないというのもあるし、そもそも奥の蔵にしまい込まれた宝物に触る権限がないだろうというのもある。けれどそれ以上に。


「そいよかキレーな金髪さんよゥ、俺とイイことしねェか?」


 ……またこれだ。下種なにやけ顔にはほとほとうんざりだった。あまりに予想通りの表情、台詞、いやらしい仕草。どいつもこいつも何と捻りのない。同じ人間の複製品ではあるまいかと思う程に似たり寄ったりの連中ばかりが寄って来る。だらしなくやに下がった目つきが不快でたまらない。


 綺麗な金髪、の意味を分かって言っているのだろうか?

 試しに尋ねると案の定、盗賊の下っ端はこちらの言葉を笑い飛ばした。


「そいつァ勿論、キレーなもんにぶっかけりゃ俺の気分がイイって意味さ」


 下卑た言葉を吐く口から黄色く不揃いの歯が覗いた。そんな言い回しで誘いに乗ってくれる女がいるなら見てみたいものだ。相手が余程のお大尽でもなければ無理だろう。


 残念ながらこいつは貴族でもなければ富豪でもない。うらぶれた盗賊の、それも末端の構成員である。だからこそ気づかないのだろう。この世界で金髪を持つことの、その意味に。


 彼が盗賊に身を落とした経緯は知らない。生まれが貧しいか、問題をこしらえて日の光の下にいられなくなったか。真っ当な常識を得られなくなるには何らかの不幸があったことは間違いない。それはおそらく彼自身には何の責任もない不幸だろう。教育は財産で、知識は有償だ。不幸に生まれた者は更なる不幸へ落ちていく。自らの置かれた境遇を理解さえしないままに。


 誰もがゆっくりと不幸へ落ちていく斜陽の世界の中、『女神の加護』の意味を知らない人間も増えている。私の中で焦りが募る。


 『女神エカテリーナ』の記憶を取り戻してから、『テュイ』のものだったこの体にも徐々に変化が生じていた。赤茶けた髪は次第に本来『女神』が持つべき金色の輝きを孕み始めている。『女神』の記憶に体が引き寄せられてきているのだ。

 比例して、『女神』としての『力』が手の内に還ってきているのも感じていた。

 だから、私は。


「すました顔してねえでよゥ、ちょいとそこで」


 伸ばされた汚い手を振り払い。


〈祓い清めよ!!!〉


 『力』を、使ってしまった。


 咄嗟のことで手加減が効かず、盗賊の男の体は跡形もなく蒸発して消えた。堕ちる所まで堕ちた男は害意や悪意の塊で、それを浄化してしまえば彼には何も残らなかったのだ。


 悪いことをした、とは思う。この世界の『女神』として私は彼さえも救うべきだったのだと考える。たとえどれほど不快であったとしても。身の危険を感じたとしても。


 けれど理想論で世界は救えない。


 眩しい光は洞窟の中まで一挙に照らしてしまい、奥からわらわらと盗賊の仲間が出てきた。招かれざる客の姿に異常を察知し、彼らは手に手に武器を取る。手斧、棍棒、大振りのナイフに鉈。


「……愚か者ばかり」


 そんなものでこの私をどうにかできるとでも? 自分が誰に刃を向けているのか、教えてやろうか。

 彼らの手鏡も本来なら私に属するモノだ。9枚の鏡は全てそうなのだから。『女神』の『力』に呼応して輝いた大鏡を思い出す。懐かしい白い光。媒介の光だ。『エカテリーナ』とタカヒトをつなぐ光。


「すぐに行くよ」


 蝕の日まで、後7日。

 鏡の向こうで、もうひとりのわたしがまっている。


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