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25. 砕けた鏡

 プロジェクトの決行は夏至の夜。

 計画を聞いてみればアカデミアの意図は簡単で、レプリカ女神の欠片として覚醒してもらうために『女神の加護』を受けた子どもがたくさん必要だったのだ。まあ集め方が杜撰だったわけだが。


 太陽が一年で最も長く照らす日。それは『女神』の力が最も強まる日でもある。その時に一箇所に集めた『欠片』達に向けて術式を放射する。地下書庫で博士が試し撃ちしていた詠唱である。9枚の鏡に込められた力の図式をトレースしているという話だったが細かい部分はどうでもいい。どうせ俺には難しすぎて理解できないからな。


「わたくしがここの祠で、それからもうひとり、港町の鏡から詠唱を担当する者を配置してます。理想としてはもう何箇所かアクセスポイントを用意したかったところなんですが、如何せん他の鏡は接触が難しい場所にありますからねえ」


 そう言って首を振る博士に、俺は迷わず1枚の鏡を差し出した。北の森の盗賊が所持していた鏡の姉妹のひとつ、そして今は『エカテリーナ』が所持者となっている、例の手鏡である。


 そんな大層なもんがひょいっと出てくることに当然ながら驚かれた。経緯をだいぶ端折って説明したが、博士が本物と信じてくれたかどうかは不明だ。少なくとも表向き、「ではこれも使いましょう。当日、祠に持ってきて下さい」とは指示された。


 協力すると言いながら俺にできる役目はそれくらいしかなかった。本当はもっと違うことがやれたはずなのに、俺は気づかない振りをしたのだ。何故ならばめんどうくさかったから。


 頭の隅で記憶は微かにちらついていて、それを放置せずにきちんと考えていれば良かった。だけどテスト勉強のことなんかを思い出してもらえば分かるだろう。記憶を掘り起こす、考える、言葉にして伝える、という動作は酷く労力を使う。増して問題文が嫌な記憶と結びついたら尚更だ。

 言い訳しても、どうしようもないけど。



 そうして熱に浮かされたような1週間が過ぎ、夏至の夜。村々にはランタンの灯りが点り楽しげな喧騒にさざめいていた。街の祭りの華やかさとは比べようもないが、オレンジ色の暖かそうな光だ。


 日没と共に仮装行列が始まる。青々とした畑の畦道を通って練り歩き、鏡の祀られた祠まで。鉄格子の門まで来ると、地面まで届く長い布ですっぽりと全身を覆った〈案内役〉が閂を開けた。


 〈案内役〉は領内の農民から毎年持ち回りで決まるらしい。今年の〈案内役〉はテュイと名乗った。この地方によくある名前だとかで、少なくとも領内に18人のテュイさんがいるそうな。彼だか彼女だか分からんその人物とは昨日はじめてランドルフィ城で顔合わせをした。ひょろりと痩せて背の高い赤毛。目測だがおそらく元の俺の体より長身である。これで15歳というから驚きだった。


 よろしく、とだけ言った声はハスキーな女性にも聞こえるし少年の声のようでもあった。声もそうだし無愛想な顔と仕草がそこはかとなくヅカっぽさを感じさせる人物だ。


「うふふ、可愛いでしょう? あたくしの一番のお気に入りの子ですの。なかなかなびいてくれなくて」


 楽しそうに囁くジョイス令嬢。先週のソーニャ襲撃事件を考えるとテュイ氏は女子ということになるが、ジョイス嬢が両刀遣いである可能性も捨てきれない、と俺は激しくどうでもいいことを考えた。


 頭まで布を被った〈案内役〉の表情は窺えない。彼だか彼女だかは定められた動作で門の中を示した。そこから先は領主代行たる令嬢と、彼女に招かれた〈客人〉役だけが入ることを許される。仮装した村人を残し、俺、博士、そしてきらびやかに着飾った楽団と、剣士がひとり。


 さすがのリルハも、ここで残されることに駄々は捏ねない。精霊の扮装で澄ましかえることに熱中しているようだった。くーちゃんとおそろいの付け牙と付け角が大変似合っている。こいつ黙ってりゃ可愛いんだよなあ。待ち受けにしたいくらいだ。


 敷地の奥へ進むと天然の岩穴を加工した祠が見えてきた。安置されているのは神殿のものよりやや小さめの楕円形の鏡だ。令嬢がひざまずき、祈りの句を捧げる。


〈天高きにまします女神よ、我らが愛を受け取り給え。地深きにまします獣王よ、我らが死を受け取り給え。地上に何人も健やかなれ、災いなく、遥か時の巡りのまにまに、全て麗しくあらんことを〉


 シェイラとファティマがそれぞれに楽器を手に取った。ソーニャは儀礼用の長剣を捧げ持ち、俺と博士は儀式用の松明に次々と火を灯す。厳かな空気の中、アイシャが舞い始めた。(巫女さん、じゃないんだけどいいのかな……博士もいるし男子禁制ではないよな?)


 普段の一座が奏でるものとは違う静かな曲が夜に響いた。僅か1週間で覚えたとは思えないほど綺麗な演奏で綺麗な舞だった。流石はプロ。予行練習の時も村人が絶賛していた。去年呼んだ楽団がいまいちだったとかで、今年は本来なら村の有志でやる予定にしていたらしい。


 客観的には数分間、そして俺の主観としては長い時間、うつくしい舞を見つめながら俺は手の汗を握り潰そうと努めていた。どうにも緊張が拭えない。実行役の博士の方はあんなに涼しい顔をしてるってのにな。


 楽の音に合わせて抑揚をつけた祈りの句を領主代行が吟じ終わり、舞姫(しつこいが「姫」ではない)がタン、と綺麗に締めの動作を決める。


 同時に俺、博士、ソーニャが立ち上がった。


 祭祀の段取りとしてはこの3人がそれぞれ順に祈りの文句を唱えることになっている。このくだりが俺達の計画にとってはミソで、宗主役の領主の吟唱と異なり〈客人〉役の祈りには決まった文言がないのである。詩の一節を詠む者もいれば諺のような定型句を唱える者もいる。ある年は気の利いた魔術師が〈客人〉役となり、花火の魔法をこの場で詠唱して祭に花を添えたらしい。要するに何かおめでたい文言なら何でもいいわけだ。


 ひとり目。ソーニャが短い詩を暗誦した。リーナの知識によると800年ほど前の古語だ。脳筋キャラの癖によくそんなん知ってたなソーニャ。しきたりに従い再び平伏して目を閉じながら、俺はソーニャの凛々しい吟唱を聞いた。


 ふたり目。俺もリーナのレパートリーから適当な古めかしい詩を吟じる。


 そして3人目。博士が立ち上がると同時に、大きく膨らんだ袖の中で俺はそっと手鏡を取り出した。鈍い輝きが松明を反射し、祠の鏡と合わせ鏡を作るように。普段のぼそぼそした喋り方とは違う朗々とした声で博士が詠唱を始める。


〈廻り、巡れ、生命の環。上なるものは下なるものの如く、下なるものは上なるものに似て。9つの頂点を抱く星よ。描き、散り、そして集え。力あるものは力なきものに流れよ〉


「!」


 そこまで唱えたところで、博士の顔が目に見えて引き攣ったのが分かった。何か不具合か。他の臨席者は異常に感づいていないようだ。儀式の作法通りに顔を伏せている。咄嗟に立ち上がろうとした俺を目顔で制し、彼は詠唱を続ける。


〈力なきものは力あるものに寄り添え。太陽と月と星の巡りが再び満ちる夜。鏡よ鏡、天と地の狭間にて夢見続ける鏡よ、目覚め、疾く来たりて星の袂に寄り添え〉


 ピシ……ッ。


「……!?」


 微かな音が聞こえ、今度は俺にもはっきりと非常事態が感知できた。袖の中の手鏡が異様な熱を持ち、触れていられずに地面に取り落としてしまう。カシャン、と金具が鳴って他の面々が目を開けた。


 彼女らにも、見えたはずだ。

 祀られた鏡の表面に緑色の嫌な光が走ってゆく光景が。


 ピシピシピシ……ピシッ。

 酷く軽い音がして、光の伝った場所から黒いヒビのような模様が浮き上がる。


「ヒッ……!? か、鏡、鏡が!」

「ァ……アァッ」


 あまりにも見覚えのある情景に俺は思わず呻いて後ずさった。後ろの方で何かがドサリと倒れる音がした。


「シェイラッ!?」


 振り向くといつかのように、アイシャがぐったりとしたシェイラの体を抱きかかえていた。弟の必死の呼びかけにも応えることなく、青ざめた姉の体は目を醒まさない。

 その体から立ち昇る湯気のようなものが、アイシャには見えていないのだろうか?


(これは……ルドルフやアレクサンドラと、同じ……!?)


 ゆらりと昇った蒸気のような煙のような何かが半透明の影を形づくる。体から無理やりに吸い上げられたシェイラの精神体は一瞬哀しげな顔を見せ、ふわふわと祠のご神体の方へ漂っていった。


「シェ、―――――!!」


 最後まで名前を呼ぶことはできなかった。


 浮遊したシェイラの指先が鏡の表面に触れた瞬間、緑色の光がハレーションを起こす。2枚の鏡から突風が吹き出してその場にいた俺達を容赦なく切り刻んだ。たまらず目を閉じてしまう。


 門の向こうからは人々の悲鳴が聞こえた。


(あぁ……なんで……おれは……ッ)


 9つの頂点を抱く星、と彼は唱えた。


 止められたはずだった。注意を促せたはずだった。9枚の内ひとつが既に砕かれていると、知っていたのは俺だけだったのに。


 ―――――何故ならばめんどうくさかったから。


 俺は、また、間違えたのだ。


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