23. 剣士の受難
子どもらがいるのであまり飛ばすわけにもいかず、ゆっくりとした進行速度で10日程度。俺達は概ね平穏に村へと辿り着くことができた。
「おかあちゃあーん!」
ひとりが叫ぶとつられたように他の子も次々と泣きながら駆け出して行った。
大きな音を立てて家々の玄関が開く。中からおっかさん達が飛び出して我が子を抱きしめた。泣き声と叫び声とが飛び交って感動の再会っつうかむしろ阿鼻叫喚。しばらくは話の成り立つ状態にならなかったので俺達は苦笑して突っ立っていた。
季節は既に6月半ばになっていたが、どうやらこの大陸に梅雨というものはないらしい。真っ青な晴天の下、良いことをした後の爽やかさが満ちている。
「旅の方々。この度は本当にありがとうございました。病床の父に代わって御礼申し上げます」
そこへ横から声がかかった。振り向くとそこには。
とんでもなく豪奢な服を着た、とんでもなく豪奢なボディの貴婦人が立っていた。いや、貴婦人と呼ぶにはちょっと布面積が小さすぎる気もする。肩とかモロ出ちゃってるけどいいのか。リーナも実は脱いだらすごいのよタイプだが、このお方は脱がなくてもすごい。どこがどうとは言わないけど何キロくらいあるんだろうあれ。そうかドレスも特注じゃないとサイズないわけか。だからって布が足りない分を宝石で補うようなデザインはちょっとどうかと。
ちらっと横を見ると、シェイラがその部分を凝視して絶句していた。その絶句するシェイラを見てアイシャがこれまた何とも言いようのない表情をしている。
「これはご丁寧にどうも。当然のことをしたまでですわ」
ひとり動じないファティマが前に出て優雅なお辞儀を返す。貴婦人というならファティマの言動や仕草もどことなく貴族っぽいのだった。上品さでは全く負けてないどころか勝ってるぞ。
「領主ランドルフィが娘、ジョイスと申します。方々、どうぞ今宵は我が城にておくつろぎ下さいまし」
……ランドルフィ家のジョイス嬢、ってことは15歳だよな? 何食って育ったらそんな派手な体になんの? 同い年のはずのシェイラが口も聞けない状態になっている。
「お招き、有り難く頂戴しますわ。わたくしどもは旅芸人〈紅い花一座〉と申します。どうぞ今後ともよしなに」
なんかファティマがすげえ。今さらっと営業かましたよな? かっけえ、流石は一座のお母さん。
ランドルフィ城は、なんというかいかにも田舎貴族の城だった。
「ケバい。つか品がねえ」
「高価な装飾品やたらと置けばいいってもんじゃないよねえ。センス悪いんじゃないの?」
「ちょっとあんた達、あんまり正直なこと言わないの」
シェイラ、自分もだいぶ正直に言っちゃってるぞ。
「まあそれはあのお嬢さんの様子からして分かりきっていたことですし」
おっとりフォローしたファティマだが、微妙にフォローになってなかった。
ご馳走になっといて何だが晩餐の席もそんな感じだった。美味いことは美味いけど、見栄張った感がどうにも拭いきれない。給仕の仰々しさとかがわざとらしくて、親衛隊の連中に一挙手一投足ガン見されてた食卓とはまた別種の落ち着かなさがたまらない。やだ癖になりそう(嘘)。
「いやこの度は、真に申し訳ありませんでした。まさか人攫いに遭おうとは。わたくしどもの不手際で、お嬢様方にはご迷惑をおかけして」
しきりと誤り倒すのは、王都から来たという何か知らんが偉い学者先生だった。彼があの子らを勧誘して送り出したらしい。自分の不手際で、とさっきからもう10回くらい謝罪の言葉を口にしている。ぼさぼさの白髪頭がしきりに上下する。クマも酷くて実に不健康な顔つき。……ただ、多分このひと若白髪だ。老人にしては変に声が若い。
「失礼致します。もうお一方、お客人のお着きでございます」
執事っぽい人が遮ってくれたので俺達はこれ以上長話を聞かずに済んだ。だだっ広い食堂に入ってきたお客人とは、我らがソーニャである。実は用事を頼んでいて途中から別行動してもらっていた。合流は明日くらいの予定だったんだが、早かったな。だったらメシも待てば良かったか。
「遅れてしまい失礼をした。そちらのリーナ様の護衛の者で、」
カラーン!!!
食堂に軽やかな金属音が響き渡った。
「こっこれは失礼を! お許し下さいましね、お姉様方!」
この城の一人娘、ジョイス嬢であった。食器を落とすという自身のマナー違反に激しくうろたえて真っ赤になっている。何をそんなに慌ててんの?
隣の席に座ったソーニャに俺はこっそり耳打ちした。
「どうだった?」
「やはり厳重に封が。破壊しますか?」
「う、いや、それは最終手段ということでっ」
ソーニャの腕は確かだが、腕に頼りすぎるきらいがあるな……。もうちょい穏便に行こうぜ。
ところが、穏便にとは行かない事態が襲ってくるのである。
ガンッ!!!
深夜、『リーナ』の部屋の隣室に大きな音が響いた。流石は貴族というべきか3部屋続きのスイートルームで、中央の主寝室を俺、両隣をリルハ、サキヤ組とソーニャがそれぞれ使っている。音が聞こえたのはソーニャがいるはずの方だ。
扉の向こうから女剣士のやけに切羽詰った声がする。
「わたしにどうせよと仰るのか!」
答える小声はくぐもっていて聞き取れない。
「主を裏切れとでも!? 自分は今、リーナ様にお使えする身だ!」
(……!!)
幾つかの可能性が脳裡をよぎった。
護衛の剣士に裏切りをそそのかす、その目的として一番に考えられるのはソーニャ自身でなく『リーナ』を狙う敵という線だが……目立つ金髪もサキヤの術で隠れている現在、『女神エカテリーナ』だと気づかれたとは思えない。だとすれば何が目的だ? あるいは、シェイラはああ言っていたがやはり夏至祭との関係で何か謀略が働いているのか。
扉に耳をつけると、明らかに黒の台詞が聞こえてきた。
「剣士のお姉様。一度にふたりの主に心を捧げるのは、そう難しいことではなくってよ?」
この声……あのお色気令嬢か?
「ちっ違う! 自分はそのような意味でリーナ様にお仕えしているわけではない!」
「分かりますわ。魂を剣と共に捧げてこそ、騎士の忠誠。でもお姉様、別の形もあり得るとはお思いになりませんの? あたくしが、教えて差し上げましてよ……」
「ッおやめなさい!!」
いかん。ご令嬢がどんな策を弄しているのか不明だが、何故かソーニャが全く抵抗できてない。どんな強敵にも引けを取らない、俺の知る限り最強の剣士なのに。
いざとなったら女神フラッシュ(命名:俺)で助太刀しなければならないだろう。寝惚けた振りを装って、俺はおもむろに扉を開けた。
「ふぁあ、ソーニャ? どうし……」
「あら、御機嫌よう」
「り、リーナ様、自分はどうすればっ!」
俺、あくびの形で口を開けたまま石化。
ベッドの上には剣を鞘から抜くこともできず硬直するソーニャ。
その上にのしかかるご令嬢。たわわな果実が女剣士を窒息させんとばかりにその顔にずしりと迫る。……それだけならば、まだどうにか敵の刺客として対応できたと思うんだ。
キャミソールドレスというんだろうか、はだけた肩紐から伸びる白い腕がランプの灯りに輝いている。ぎりぎりのスリットから覗く太腿が悩ましい。しっとりした髪に湯上りの色気を滲ませたご令嬢の意図は、その、どう見ても。
「……えーっと。お邪魔しました」「リーナ様ッ!?」
「お話の分かる主様で嬉しいですわ。……お姉様、どうかこのジョイスめに、一夜のお情けを下さいまし……」
「わたしに女色の趣味はない!」
「つれないお方……でもその凛とした風情が、ひとめ見た瞬間から忘れられないのですわ」
ひとめ見てからまだ半日も経ってないけどな。という突っ込みは無粋か。
困惑しきったソーニャが助けを求めてこちらを見た。
「…………ソーニャ。骨は、拾ってあげようぞ」
「…………ッ!!!」
カチャリ。扉をそっと閉める。背後から声にならない悲鳴が聞こえた。
「……リルハ達んとこで寝るか」
拝啓、リーナ。元気ですか。今どこにいる?
こっちの世界の女性陣があっちの世界のひとばっかりなんだけど、これって仕様なのかな?
俺はどうすればいいと思う?




