21. 大学何それおいしいの
「りーなちゃ、のかみの毛、もう金色にならないの?」
「うん、あれはねー、お祭の間だけちょこっと染めてたんだよ」
舌足らずな声にしゃがみ込んで答える。よしよし、ちゃんと焦げ茶色に見えてるらしいな。俺は少し離れたところにいるサキヤにぐっと親指を立ててみせた。ほっとしたように碧緑の髪に包まれた肩から力が抜ける。ぐっじょぶ、幻術使い3級。このまま順調に昇級試験をパスし続けてくれ。
「でも、申し訳ないです……私のために、滞在を伸ばしてしまって」
「気にしなくていいのよサキヤ。どうせ例の件の調査もあったし」
チビ達の面倒をよく見てくれる上に素直で謙虚なサキヤには、シェイラも甘い。調査とやらがこじつけなのは明らかだったので俺は密かに笑う。言い訳くっつけて街での滞在を1週間も伸ばしたのは、どう見てもサキヤに昇級試験を受けさせてやるためだった。賢いサキヤはそれを察しているので、もう一度ぺこりと頭を下げてリルハのもとへ駆けて行く。
「で、調査の成果は上がったわけか」
からかうつもりでシェイラに水を向けると予想外に難しい顔が返ってきた。
「あの子達なんだけど」
示されたのは、今まさにリルハと鬼ごっこ中のちびっ子達。
「明るい髪色の子ばっかりじゃない?」
「……言われてみれば」
明るい茶髪のちびっ子集団。俺はてっきりこの世界のごく一般的な髪だと思っていたのだが、あの色合いの意味を聞いた後だとちょっと印象が変わってくる。あいつらは要するに、珍しい髪色を人為的に集めた集団なのだ。
「浚われる前は、夏至祭のために王都に行く予定だったらしいのよね」
夏至祭。アイシャに声をかけてきた連中もそのことを口にしていたという。偶然ではなさそうだ。
「夏至祭ってよく知らないんだけど、金髪美人コンテストでもやんの?」
夏祭りと言えば浴衣美人コンテスト、くらいの発想しかない俺。シェイラの軽蔑の視線が痛い。ちなみに夏至というのは一般に6月後半なので、俺の知っているお盆シーズンの夏祭りとは十中八九別物である。シェイラは嘆息して説明してくれる。
「夏至祭に金髪の子をたくさん集めて躍らせてパレード、って計画があるらしくて。……ううん、恒例行事じゃない。そんなイベント今年初めて聞いた」
初開催のイベントと、怪しい勧誘業者。大掛かりな詐欺とかそういう可能性もあるか。ところが、シェイラはどうにも煮え切らない顔をしている。
「アカデミアの企画立案らしいんだけど、ただ、別に何か裏があるようにも見えないのよね……。単にやり方を知らないだけって言うか、業界の流儀を分かってないお偉いさんが間抜けに明後日なことやっちゃってるだけに見える」
やってることだけを見れば悪巧み、もしくは権力を笠にきた横暴ととれなくもない。が、実際問題として出演者を勧誘するならどこかの劇団にコネクションをつける方が遥かにスムーズである。もしくはシェイラ達が「組合」と呼ぶ芸人ギルドに依頼するとか。なるほど確かに手際悪いだけかも。
ところでアカデミアって何?
「神立アカデミアよ、知らないの?」
【神立アカデミア・シエンティカ:学術研究機関。各国各地の大学を束ねる知の最高峰。世界創生の折に女神が設立したとされる。】
神立。王立とか国立とかじゃなく。世界創生と同時に大学建てるとか、俺のリーナはどんだけ勤勉なんだ。ちなみに存在からして綺麗さっぱり忘れていたが俺の大学は三流私立だ。名前さえ書けば受かる類のとこ。そういやそろそろ期末試験の時期じゃねえかな……。うん、今のは忘れよう。
神立アカデミアは、最高峰ってことはトーダイとかはーばーどとかって感じかな。俺には無縁の世界だ。
「王様とか国なんて〈地上における女神の代理人〉でしかないもの。一番偉いとこにはどの業界でも女神さまの名前がつくのよ、当然でしょ」
神立劇場、神立聖歌隊、神立天文台、エトセトラエトセトラ。
すっげー……。リーナが雲の上のひとだ……。
肩を竦めたシェイラは何でもなさそうに話を続ける。この世界の人間には常識らしい。
「ま、悪意があろうがなかろうが筋通さずに勝手やってることには変わりないし、あまり良くは思われてないの。同業者とトラブルも嫌だから極力関わらないようにしたいとこよね」
ああ、うん。そうですね。壮大すぎる話題にちょっと飛びかけてたわ。
「あの子達に限って言うなら、どうもこの辺一帯の領主がアカデミアの博士と仲良くて、進んで斡旋したんじゃないかって」
ありゃ。極力関わりたくないと言いつつガキどもを届けに行く関係上、領主とは何かしら話すことになるぞ。その話題に触れないってのも無理がないか?
そもそも俺は俺で領主にかけ合いたい要件があるし。
「ここら辺の領主って、えーとランドルフィ家だよな」
「神立アカデミアは知らないくせに何で地方の小領主を知ってんのよ?」
「え、あははは」
すみません勉強したのは俺じゃなくてリーナです。俺は鏡関連の地域だけ情報カンニングしたけど、リーナの知識は主要作物から何から全地方のデータ網羅してる。
「あ、赤毛のひょろっとしたおっさんだよな確か!」
「違うわよ。ううん違わないけど、先月の末くらいからランドルフィ子爵は肺炎こじらせて寝込んでるの。領主の仕事はひとり娘が代行してて、多分このまま代替わりするんじゃないかって」
へー、それは知らなかった。神殿からは離れた地域だから、先月末のニュースはまだリーナのとこに届いてなかったのだろう。脳内データファイルが上書きされた。
【ランドルフィ子爵家:北西部の小領主。領内に鏡の姉妹・六女を祀る祠が存在する。当主ニコロは病床にありひとり娘ジョイスが業務を代行。】
令嬢ジョイスは御年15歳。シェイラと同い年だ。件のアカデミアの博士とは父親が学費の面倒を見ていた関係上、父娘ともども懇意にしているらしい。とすればどちらにしても、その子爵家の人間の前であまりアカデミアを悪くは言えない。
「シェイラも気をつけろよ? そういう色なんだから」
悪意がないとしたらシェイラやアイシャにも無邪気に粉かけてきちゃったりしてな。断るの面倒そう。こう立場上、企画に賛成とも反対とも口にせずにウナギの如くかわせるといいんじゃねえかな。
「じっ自分の身くらい自分で守れるわよ!? あんたなんかに言われなくてもっ」
お、おおそうか。そりゃ結構なことだ。何故急にキレたし。
「シェイラ、リーナさん。そろそろ出発ってファティマが」
「あっはーい」
アイシャに声をかけられ、俺もシェイラも動き始める。といっても準備は昨夜の内に済ませてあるので、単に移動の際の定位置に就くってだけだ。
シェイラはあの細腕でなんと自ら手綱を握るので御者台へ。俺は年長組の中では一番非力かつ役立たずなので(だって馬車とか動かしたことない)、数名のお子達と共にルドルフの操る幽霊馬車に乗り込む。
子どもらの順応力というのは見事なもんで、初めはお化けのルドルフを怖がっていたのに今じゃすっかりお友達である。よって幽霊馬車に乗る組は交替制。サキヤとリルハは子どもらに混ざってグループ分けされたので今日はシェイラの馬車に乗っている。
「……なるほど、ああやって優しく心配してみせてシェイラに取り入るわけだ」
……後ろをついてきたアイシャが何かぼそぼそ呟いているが気にしない。ごく普通のやり取りだよあの程度でフラグの範疇に入るわけないだろうが。
てかお前最近ほんと自重しねえな? 儚げ美少女キャラどこ行った。




