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20. おんなのこ的事情によりまして

 街は祭のために大変にぎわっていた。5月25日、聖女昇天祭である。こっちの世界に来て初めて見る都会なので基準が分からんが、多分通常比4割増しくらいの人出なんじゃなかろうか。

 但し俺は諸事情により、宿から一歩も出ることができずに祭を見逃すことになる。


「うぅ……おなかいたいー」


 ベッドの中で呻く金髪美少女。本人の名誉のために言っておくと、食い過ぎたわけでも何かにあたって腹をくだしたわけでもない。


 まあ要するに、女子の体だけに起こるという例のあのイベントである。

 話には聞いていたが。話半分に聞いていたが。


「こんなにしんどいなんて聞いてない……だるぅ」


 腹痛と倦怠感と厭世観に押さえつけられて起き上がるのもままならない。何これ酷い。ちょっと泣きそうなんですけど。女子の皆さんは毎月こんなのに耐えてんの? それもうただの勇者だよ、歴戦のツワモノだよ。尊敬とか通り越して怖くなってきた。おんなのここわい。


「何言ってんのよ、じゃあ普段はどうしてたわけ?」


 知らん。リーナに聞いてくれ。


「旅の疲れでいつもより重いのかも知れませんわね。とにかく今日明日はゆっくりお休みになって」


 うー、ありがとう。お淑やかにお辞儀をしてファティマは去った。で、あれ? 何故シェイラは残ってんの。木の丸椅子に浅く腰かけて滞在の構え。


「……夜まではやることないから。何か欲しいものあったら言いなさいよね」

「えっ、あ、ありがとう……?」


 疑問形ながらもお礼を言うと、別に、と呟いてシェイラがそっぽを向いた。


「けど、シェイラは祭、見て回ったりとか、いいのか?」


 リルハとか今朝からはしゃぎまくって大騒ぎなんだが。他のガキどももいるのでお守り役のソーニャとサキヤが大変そうだった。


「遊びに来てるわけじゃないもの。あくまで路銀稼ぎ、お仕事よ」


 シェイラ達は旅芸人だ。それも歌舞音曲を得意とする一座。よって日が暮れてからの舞台こそが本番である。篝火の下の踊りに音楽を奏で、大人の夜に彩りを添えるのが仕事。ロマンチックな音楽があれば一夜のロマンスも盛り上がろうというものだ。シェイラは男女のそういう雰囲気嫌いだと思ってたので意外だった。


「嫌いよ。でも一番お金になるの。お祭の夜は誰だって財布の紐が緩くなるから」


 おお、納得。座長はしっかりしてるんだなあ。ちょっと見直した。


「あっあんたみたいな馬鹿は引っかかりやすそうだから、気をつけなさいよね! さっきも女衒みたいのがうろついてたし! 金髪だからって誰も彼も優しくしてくれるとは限らないのよ!?」


 き、急に何に怒ってんだ?


「それとあの、ゼゲンて何ですか」

「女の子を主に性的な用途で売り買いする人身売買のことだよ」

「アイシャっ!? いつの間に」

「ドア開いてた。他のお客さんの迷惑になるよ?」


 後ろ手に入り口を閉めながらアイシャがひょいと小首を傾げた。そういうコケティッシュな仕草も絵になる「美少女」である。流石は一座の「看板娘」。


「リーナさん、残念だったね。リーナさんくらい綺麗な金髪で外に出たらモテモテのはずだったのに」

「だから、それでヘンなのに引っかかるって話をしてたんでしょう!? だいたいアイシャ、こういう時に女性の部屋に入るなって何度言ったらっ」

「今更だなぁ、シェイラが具合悪い時に薬湯とか運んだの誰だと思ってるの」


 仲良さげな姉妹喧嘩、じゃなかった姉弟のじゃれ合いである。言われなきゃ誰も気づくまい、片方が女じゃないとは。俺も未だに信じられない。


 と思っていたらその片方がひょいとこっちを向いた。何やら水差しからカップに注いで渡してくる。


「はい、痛み止め。効くよ。シェイラがよく使ってる奴だから」


 お、おう、あざっす。受け取ったものの何か妙に気恥ずかしい。そう感じたのは俺だけじゃないようで、シェイラの頬が赤くなっていた。平然としているのはアイシャひとり。こいつ見た目の割に神経太いな。


「いやでも実際、外出なくて良かったかもね。何か妙な勧誘がいるし」

「ん、さっきの、ゼゲンとやらの話か」

「そうそう。金髪の女の子に片っ端から声かけてるんだよ。夏至祭の舞台に、とか言ってるけど認可外の団体みたいだし、うさんくさいよね」


 ボクも声かけられちゃった、と笑うアイシャはきっとさぞかし辛辣にその勧誘を蹴ったのであろう。下手すりゃ姉より可愛い顔した華奢な美少女だが、口の悪さも一座最強なのである。アイドル顔負けの笑顔で「くたばれクズ」とか吐き捨てる子だ。


 けど、アイシャの髪って金か? どっちかってと茶髪だと思ってたんだが。アイシャとシェイラの髪はどちらも淡い茶色で、母親が違うというふたりの数少ない共通点である。顔つきはあまり似ていない。まあ光の加減によっては金色っぽく見えなくもない……かな?


「そりゃそうでしょ。金髪ってのは金に近い色って意味。あんたみたく綺麗な金色なんて普通いないわよ。どこで染めたの?」

「あ、それボクも気になってた。金の染め粉ってまだ誰も開発できてなかったはずだよね。色変える幻術でも金色だけは必ず失敗するらしいし」


 染めてる前提かよ。俺が知る限り幼少時からこの色だから地毛のはずだぞ? そんなにレアなの?


「だって、金は女神さまの色だもん。特別なんだよね」

「あたし達くらいの色でも田舎の方行くと有り難がって拝まれるわよ? 女神さまのご加護って」


 マジで? じゃあリーナのこの髪ってガチのレアもの……いや、別におかしくはないのだ。ご加護があるどころかリーナは女神そのものなのだから。


「縁起物なんだな」


 適当にまとめて誤魔化そうとしたら、思いも寄らない返事が返って来た。


「縁起っていうか、実際ご利益あるんだよ。魔術適性が高いとかね」

「あんたんとこのリルハもそうでしょ?」

「……あいつ、そういうことやったんかい……!!」


 開いた口が塞がらない俺。奴の魔法耐性は文字通り天賦の才だったわけである。……いやだが、トラブルメーカー体質までそのせいだとは言わさんぞ。女神さまのご加護で現在『女神』たるこの俺に迷惑ばっかりかけるとはどういう了見だあのガキ。


 あとくーちゃん疑ってごめん。今度レタス差し入れするわ。


 しかし、だとすると金髪さらして出歩くのはちと上手くないな。目立ち過ぎるってことだろ。あいつの言うことに従うのは癪だけど隠す方法を考えるか。


「アイシャ、認可外の団体なのは間違いないのね?」

「うん、同業者の名前ひとりも知らなかった。ほぼモグリで確定」

「やーねそれ。揉め事はごめんだわ、稼ぎも減りかねないし」

「夏至祭の話が出てたってことは、もしかしたら来月も一悶着あるかなあ」


 俺が考え事してる間に、旅芸人ふたりの話題はかなり専門的な仕事の話に移っていた。ひとしきり話し合った後で、「組合に問い合わせてくる」と告げてシェイラは足早に部屋を出る。思い立ったら即行動。やはり勤勉な座長である。


 いってらっしゃーい、とにこにこ手を振ったアイシャは、笑顔のままでくるりとこちらに向き直った。


「……あの、アイシャさん? 目が笑ってないよ?」

「うふふ」


 何だよ怖いよやめろよ。


「……いいなあ、リーナさん。シェイラが心配して看病して添い寝してくれるんだ……ボク、小さい頃しかそういうのなかったなあ……」


 添い寝はしてねえよ!! てかむしろお前がされてたのかよ!


 ……だんだんと事態が飲み込めてきた。こいつ別に親切心で俺に薬持ってきてくれたんじゃないわ。お姉ちゃんのよく使う薬とかも分かってるしこの手のおんなのこイベントの時もボクがシェイラの世話してたんだからねアピールだ。つまりはライバルになりかねない(と、奴が勝手に思い込んでいる)俺へのえげつない牽制である。


 外見は美少女でも中身はさばさばした少年、とか思ってた時期が俺にもありました。


 そんなこと全然なかった。アイシャはことシェイラに関わる時だけは、本物のオンナより余程じっとりねっとりどろっどろなのである。昼ドラもびっくりだよ。


「ボクもその病気なりたいなあ」


 病気じゃねえっつの! 替わりたいなら喜んで譲ったるわ!

 だから誰かこの真顔のシスコンを黙らせろ病気はお前の方だ頭のな!


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