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17. 誤解だけど誤解じゃない

 俺と『俺』が睨み合っている。と言いたいところだが、敵はにやにや笑っている。


「どうした、久しぶりの挨拶もなしか? ほんの1週間でも会えなくて寂しかったろう?」


 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛この舐めくさった口調ほんっとイラつくぅうううう! そしてそれやってんのが俺でやられてんのがリーナってのが俯瞰して見ると余計にイラつくわぁあああ!!


「あの。……お知り合い、ですか?」


 ファティマに尋ねられてハッと我に返る。お知り合いっちゃお知り合いなんだよ中の人が誰なのか全く知らないんだけどねっ。


「こやつ……できる……!」


 ふと横を見るとソーニャが気合をみなぎらせ眼帯に手をかけていた。やめて死んじゃう!?


「お姉さん落ち着きなよ。こっちは何もしないからさ」


 余裕綽々の表情を見せる『俺』は、どうやらソーニャの規格外な実力については知らないらしい。頼むから何も言わずに大人しく脱兎の如く逃げてくれ。そのひとはお姉さんというよりお姐さんなんだ。俺の体死なせないでお願い。


 脂汗を流す俺の祈りも虚しく、戦闘は始まってしまう。盗賊の下っ端と思しき男がガキどもの方に忍び寄ったせいである。ナイフ構えて「人質ちゃんカモーン」作戦らしいが何してくれてんだこの三下ァ!!


 ギュイン!「ヒ……!?」


 盗賊ナイフを弾き飛ばしたのはソーニャ、ではなかった。俺も思わず二度見してしまうってか速すぎて残像しか見えなかった。何と、ガキどもの前に立ちはだかったファティマである。


「小さい子供さんに、何なさろうとしてますの……?」


 ゆらりと青白い怒りのオーラが立ち上る。「視る」スキル持ちじゃなくても肉眼で見えそうなくらいだ。幼児に危害を加えるとファティマの母性の逆鱗に触れてしまうらしい。


「うっわー……バカ」


 あちゃあ、とアイシャが頭を抱えた。同感だ。バカめ、としか言いようがない。ないのだが盗賊にも面子というもんがあるので、仲間を助太刀すべく阿呆な野郎どもが武器を構えて前に出てきてしまった。交渉の余地などこれで消えたも同然である。

 ……なあ、詰んでんのお前らの方なんだけどその辺ちゃんと理解してる? 俺知らないよ?


「うぉらあアアア!!」


 多勢に無勢と見込んで一斉に飛び掛る盗賊達。お前ら今の見えてたか? そこの黒髪のお嬢さんかなり神速だったけど何故勝てると思った?

 とはいえ、流石に数が多い。ファティマひとりでは捌ききれないと見てアイシャが動いた。


「この娘お願い」

「えっ、お、おう!」


 気絶したままの座長の体を預けられ、抱きとめた俺はずりずりと子供達の近くへ移動する。座長も小柄だがリーナの体もどっこいどっこいなので引きずった。お姫様だっこ? できるかボケ。リーナの非力さ舐めんなよ。引きずって移動しただけでも腕がぷるぷるしてるので地面に下ろした。できるだけそうっと置いたつもりだ。可能な範囲でな。


「お姉ちゃん……」

「大丈夫、心配すんな」


 反泣きのガキどもに片目を瞑ってみせる。どうよ美少女のウインクの威力。何の裏づけもないのに大丈夫そうな気がしてくるだろ。何人かのガキは生意気にも頬を赤くしていた。


 ま、実際のとこ心配無用だ。ファティマだけでなくアイシャも相当な手練れだったらしく、ふたりで危なげなく応戦している。最悪こっちに漏れて来たら俺が浄化の光で腑抜けにしてやるし。正体がばれても困るのでなるべくなら手札は晒したくないが、背に腹は変えられまい。


 懸念があるとすればソーニャと睨み合って動かない『俺』だが……。


 ソーニャが眼帯を外す。それは即ち、敵がドラゴン級に強いことを意味する。しかし本来の俺ならただの文系大学生である。むしろもやしっ子。ソーニャなら小指で投げ飛ばせる、我ながら哀しいことに間違いない。てことは、強いのは中の人という話になる。


(……そういえば)


 ふと思い出した光景。俺じゃない『俺』が握った拳、そこから染み出る緑の光。―――そして、砕けた大鏡。


『この体には他世界に干渉する素質がある』


「……ッ! 魔法攻撃か! ソーニャ!」

「合点承知」

「もう遅いッ!」


 慌てて注意を促したのだが、……あれー?


 『俺』、指先から炎を噴射。

 ソーニャ、片手で剣を振って対処。

 俺、ぽかーん。


「気をつけてって言う必要もなかったでござる?」

「いやおかしいだろ何故跳ね返せる!?」

「ソーニャだから?」


 としか言えない。俺が『俺』になってから初めて見せるうろたえ顔にじわっと懐かしさを覚えつつ可愛く小首を傾げてみた。そうだよ俺ってそういう顔なのよ。ちょっと間抜けくらいでちょうどいいよね。キリッとイケメンの俺とか未知との遭遇すぎて怖い。


「クソ……こんなの予定にないぞ。何だこの強すぎる護衛」


 何なんだろうね。俺も聞きたいわ。中二病って本人言ってたけど。願えば本物になるってことかな?

 とかぼけてる間に戦闘が加速していた。ヤケクソ気味に『俺』が炎やらかまいたちやらそれはもう色んなもんを次々にぶちかます(強いなおい)。それをソーニャが次々に受け流す。周囲の森が荒れ放題。それでも俺や味方に当たらないよう気をつけてくれているらしい辺り、ソーニャの方が一枚上手のようだった。


「ぜえ……はあ……何なんだ…お前は…」


 息切れを起こす『俺』に対し、ソーニャは汗ひとつかいていなかった。うわあ、流石に同情する……。


「無益な殺生は好まん。両腕で勘弁してやろう」

「「いっ!?」」


 叫んだのはほぼ同時だった。いや待ってそれはちょっと!


「ソーニャ、待って!」


 チャキリ、と大剣の鍔を鳴らすソーニャと黒髪の男の間に金髪の少女が走り込み、庇うように両手を広げて立った。


「……リーナ様?」


 怪訝に眉を顰めるソーニャ。当然の反応だよね俺もその立場になったら意味不明だと思うわ。どうしよ咄嗟にやっちゃったけどこれどう説明すればいいんだ、こんな土壇場で「実はこれ俺の体なんですー」とか言うか? いや無理あるだろ唐突すぎるだろ。


「え、えと、あの、……み、見逃してあげて下さいっ! あの、こ、今回だけ! 何か事情があったんですきっと! 多分!」


 シー……ン。返ってきたのは沈黙だった。


「へ? ……うわ、え、皆さん?」


 それも全員分の沈黙だった。いつの間にかファティマ・アイシャ側の戦闘は終わっていたのだ。盗賊の最後のひとりを昏倒させて転がし、ファティマが唖然としてこっちを見ている。いや、ファティマだけじゃない。何故か起きている全員が俺の方を見ていた。


「……まあ、素敵」

「嘘ォ!?」


 頬に手を当ててうっとりと呟くファティマ。きらきらした瞳で熱視線を送ってくるガキども。何とも言えない顔で停止しているソーニャ、そしてアイシャ。


 ……うん、状況を俯瞰してみよう。


 圧倒的に強い敵の前に敗れそうになる盗賊の首領(イケメンかっこかり)。

 そいつを庇おうと健気に立ち塞がる可憐な乙女(超世界級美少女)。


 ………………何てこった。麗しいロマンスのできあがりである。


 多少は冷静そうなソーニャとアイシャはまだしも、ファティマ以下ガキどもの目つきを見れば何か素敵な勘違いをしてくれているのは明らかだった。


「そういうことでしたのね」どういうことなんですかね?


 一人合点したファティマはソーニャに歩み寄り、すっとその肩に手を置いた。


「剣をお収め下さい、お強いお姉さま。その殿方を攻撃されてはなりませんわ。貴女の主が悲しまれます」

「よく分からんが……こやつを痛めつけるとリーナ様が悲しむ、と?」


 ファティマは力強く頷いた。で、ソーニャとふたりでこっちを見やがるので俺も頷くしかなかった。結果、ソーニャは不可解そうな顔をしながらも剣を収めてくれた。


 誤解だ。いや誤解じゃないのか? その体を傷つけないで欲しいのは本当なんだが、こう……言葉にされなかった部分がそこはかとなく誤解な気がするんだ!


「とはいえ、子供さん達をさらったのは許し難いですわよ?」

「……人買いの荷車を一台潰しただけだ」

「ふーん。それで転売するって算段?」


 アイシャにきつい口調で詰問され、『俺』はしおらしく首を振った。


「そんなことするか。領主に返す予定だった。牢に入れたのは下手に暴れられても困るからだ。そんなガキが脱走でもしたら森で獣に喰われるのが落ちだろう」


 こいつのやったことを知っている俺からするとどうにもうさんくさい台詞なんだが、それをこの面々に説明するのも難しい。義賊? こいつが? ガラじゃねえだろうどう考えても。何か裏があるに決まってる。それを知らない連中はあっさり美談にほだされかかっているようだが。


「……ん……?」


 謎の生暖かい空気に包まれた俺達を呪縛から解き放ったのは、それまで気絶していた旅芸人の座長―シェイラという少女だった。


「! 目が覚めたの、シェイラっ!?」


 アイシャがそちらにすっ飛んで行く。


「あ……心配かけたわね、アイシャ。ファティマも」


 気にするな、とふたりが首を振る。今度は正真正銘の温かい空気が場を包んだ。


 が、ほっとしたのも束の間。

 立ち尽くす『俺』=盗賊の頭領に気がついたシェイラは、すぐさま我に返って叫んだ。


「っそいつ! 人攫いの頭領よ、抑えてアイシャ!」

「落ち着いて下さいシェイラ。これには深いわけがあるのです」


 そう座長を宥めてファティマが事情(と彼女が思っていること)を説明する。何故ごにょごにょと耳打ちなのかねファティマ君。気になるけど聞きたくねえ……。


 耳打ちを聞きながら、シェイラの顔が訝しげな表情になっていく。実に正しい反応だ。


 と思った俺は、説明を聞き終えた彼女の台詞に度肝を抜かれることになる。


「でも、だってそいつ……! おと、男じゃないの……!!」


 叫んだシェイラの指はビシリと、頭領ではなく俺の……つまり、『リーナ』の方を指していた。



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