15. ミッション:盗賊に襲われた馬車を救え
更新遅くなってすみません。
現在地は北部の広大な森の入り口。大陸東端に位置する神殿からやや内陸に入ったところだ。神殿の敷地を出るのは存外あっさりとクリアでき、俺達は幽霊馬車によって快適な旅を進めていた。何しろこの馬車、リムジンかってくらいに乗り心地がよろしい。高速なのに揺れないのである。これは御者ルドルフの安全運転のせいもあるが、やはりお化けだから、の一言に尽きるだろう。
「すごいですね。全く地面に触れてないです」
「うむ、なるほどな。そういう仕掛けがあったのか。さすがは女神さま、お目が高い」
ごめんソーニャ、誉めてもらったとこ悪いんだけどそこまで考えてたわけじゃない。
そう、幽霊馬車は僅かに浮かんで走るので地面の凹凸の影響を受けないのである。故に普通の馬車ではあり得ないほどのスムーズな走りが可能となる。これもしかしたら空も飛べるんじゃね?
「きゃはは、すごいすごーい! 木が流れてく!」
「くぁあああ」
「リルハ、危ないからもう少し顔を引っ込めて下さい」
「はーいっ」
そうだぞリルハ、サキヤ姉さんの言うことは聞いとけよ。枝とかで頭もげても知らんぞ?
「ところでソーニャ、呼び方」
「ぬ。これは失敬、め……リーナ様」
「うむ、よろしい」
再び間違えかけてソーニャが言い直す。これは昨日、ついて来ると言い張る3人に約束させたことだ。今の俺は、厳密に言えばこいつらの『女神さま』ではない。それ以前に『女神さま』がアウトドアルックでうろついてるのは問題がありすぎる。だから呼称を変えさせた。
設定としてはお忍びで冒険中の貴族のお嬢様ってところだな。リーナの美貌を普通の冒険者とか平民の娘とかで誤魔化すのは無理がある。いわゆる白魚の手とでも言おうか、労働や荒事なんかやったことないのは指や顔つき、骨格を見ればすぐにばれてしまうのだ。まあ逆に言うと中の人が俺である以上、どう見ても貴族らしくないガサツな振る舞いや仕草も同様に誤魔化しようがないわけだが。
「ではリーナ様、改めて。北の森に入られるとのお話でしたが」
「うん。盗賊のお宝にね、ちょっと用事が」
「盗賊ですか……」
当然と言えば当然だが渋い顔をされた。自分から危険に飛び込むと言ってるようなもんだからな。
「でも、ソーニャがいれば大丈夫だよねっ」
「いえまあ、3人くらいなら警護に問題はありませんが」
必殺・ぶりっ子。強面女剣士が瞬時にデレた。
けど実際、ソーニャはそこらへんの盗賊程度なら片手で締め上げる実力の持ち主だ。むしろ殲滅できる。彼女の腕さえあれば盗賊が貯めこんである宝をちょっと頂くくらいわけもないだろう。
ソーニャ頼みで北の森の盗賊団を襲撃し、そのアジトにあるらしい魔法の鏡に接触する。他力本願にも程があるプランだが、この際体裁だ何だは置いておく。うまくすればリーナの痕跡が見つかるだろうし、そうでなくとも姉妹鏡と連絡が取れるはずだ。最高なのはそこにリーナがいるってパターンだが、流石にそれは高望みが過ぎるだろうな。
「くぁあああ」
「ねーねーリーナさまー、くーちゃんがねー」
【獣使いの資質:魔獣などヒト語族以外の言葉を使う存在と意思疎通ができる。】
……うすうす気づいてはいたが、この園児はトカゲのくーちゃんと会話が成立する。俺には「くぁあ」としか聞こえないんだが。子供は3歳まで神の領域って言うもんな。動物とかと同じカテゴリーでおともだちなんだろう。
「……うん。どしたリルハ。くーちゃんが何言ってるって?」
「この先でニンゲンがいっぱい暴れてるってー! 血の匂いとー、金属の匂いとねー、」
「ちょ、ちょっと待て、何だって?」
腹減ったごはーんとか言い出すのかと思いきや、どうやらくーちゃんが野生の嗅覚でトラブルの匂いを嗅ぎつけたらしい。俺とソーニャは目を見合わせる。ただの乱闘なら迂回したいが、もし暴れているというのが件の盗賊なら俺にとっては好都合だ。探す手間が省ける。
「トカゲ、正確な位置は」
「くぁー、くあくあっ」
リルハの通訳によると右舷方向に少し進んだところらしい。俺はルドルフに指示を出した。ぎりぎり向こうから察知されない距離に近づいて様子見だ。
果たして、そこで俺達が見たものは。
絵に描いたような「盗賊に襲われる旅の馬車」であった。如何にもって感じのヒゲでごつくてむさい野郎どもが、手に手に短刀や棍棒を持って3台の馬車を取り囲んでいる。声の聞こえる距離ではないが「げへへ…」とか言ってそうだ。
馬車は行商隊か何かなんだろうか。旅慣れた風に汚れて使い込まれた風体である。護身用の短剣などで申し訳程度に武装した少女達が、野郎どもと睨み合っていた。その光景に俺は小さく違和感を覚えた。何故ならば行商隊側の人間が年若い女性しかいないのである。はて面妖な。現代日本でもあるまいし少女ばかりで旅なんかできるのか? 現にこうして襲われているわけで、カモにも程があるのでは。いや俺の一行もひとのことを言えたもんじゃないが。
「如何致しましょう、リーナ様」
ソーニャは準備万端いつでも行けますぜ状態。俺はしばし考える。
「……アジトの場所を吐かせたい。生け捕りにできる?」
「お任せを」
積んであったロープを手に、ソーニャが馬車を降りる。
「ねーねーリーナ様っリルハは!?」
「お と な し く お 留 守 番 し て ろ」
お前が出て行くと碌なことにならない。確実に。捕まって人質扱いされるリルハが目に浮かぶようだ。言い聞かせても目つきがそわそわしてたので、俺は仕方なくリルハをガシッと全身で捕獲した。
「きゃーっきゃひゃひゃリーナさ、むぐぅ!?」
「騒ぐな阿呆!」
遊んでくれてると勘違いしたのか大声ではしゃぎ始めてしまったので、慌てて口を抑える。幼女を羽交い絞めにして口を塞ぐ俺。リーナの姿で良かった……! 俺本来の体でやったら間違いなく犯罪者だ。
「むーむーっむぬぬっ」
「はひゃん!?」
ぬるんとした感触に驚いてうっかり手を離してしまった。掌を舐めるなボケェ! お前のせいでヘンな声出たろうが!
「リーナ様、終わったようです」
「へっ? 何が、って嘘だろ速いな!?」
マジか。幼女ときゃいきゃい戯れてるうちに仕事人が仕事を完遂していた。窓から外を見ていたお利口さんの方の幼女が教えてくれる。
「よしサキヤ、お前に任務を与える」
「はい、何でしょうリーナ様」
「こいつを抑えててくれ」
「……はい」
何とも微妙な顔でサキヤが頷くのを確認し、もがくガキをそっちに預ける。
「リルハ、いい子にして待ってましょうね」
「はーい」
おま、サキヤの言うことは素直に聞くのかよ……!
(最初からサキヤに任せてりゃ済んだんじゃねこれ?)
次からそうしようと心に決め、俺は馬車から外に出た。縛り上げられた盗賊の面々にソーニャが剣を突きつけている。眼帯を外すまでもなかったらしい。そうだな、眼帯外して本気モードのソーニャは対人じゃなくて対ドラゴンクラスだもんな。唖然とした様子のギャラリーさんはひとまず置いといて、捕虜どもに向かい合う。
「さて、君達の隠れ家に案内して頂こうか」
「おういいぜ! 基地でお嬢ちゃんが俺らとよろしくやってくれんならなぁ!」
リーダー格らしきおっさんが言い、他の連中が違いねえやゲヘヘ、と追随した。こっちが若い(しかも上玉の)女と見てのことだろう、ひたすら卑猥なNGワードを投げつけてくる。俺が見た目通りオンナノコだったら怯ませるのに効果的だったかもな? 現に行商隊の少女達はドン引きしてるし。が。
「ソーニャ。ちょっと短剣貸してくれる?」
「?」
怪訝な顔をしながらもレイピアを渡してくれるソーニャ。ちなみに普段彼女が使っている大剣とは別の、いわば脇差し的な方だ。リーナの腕力で大剣は無理。それを受け取り、俺はおもむろに。
ドスッ!「ヒッ!?」
レイピアをとある部位の近くに突き刺すと、男どもの下品な笑いが一瞬にして静まり返った。
「アジトを教えろ。じゃないと……切 り 落 と す ぞ?」
どこを、とはこの流れなら言わなくても分かる。男どうしの意思疎通は完璧だ。本能に刻まれた恐怖により盗賊の顔が一気に青ざめる。
「教えてくれるよな?」
下っ端っぽいひょろいのがこくこくと真顔で頷いてくれた。かくして俺達は盗賊団のアジト潜入に一歩を踏み出したのである。
「ば、馬鹿野郎! お頭にバレたら…」
「すんません兄貴! けど、けど、俺まだオトコとして死にたくねえっす!」
ごめんな見た目美少女でも中身はお前らと大差なくて。同レベルの奴の思考って通じやすくて助かるわ。まあ多少は奴らに同情しなくもない。想像しただけで俺自身がファントムペインに襲われそうになるくらいだ。よいこは真似しちゃいけません。
「ふむふむ。そんなに遠くないな。じゃ行こうか」
「承知」
そうして立ち去ろうとしたところに(当然だが盗賊はそのまま放置する)、声がかかった。
「あっあの!」
……しまった。これめんどくさい流れじゃね?
嫌々ながら振り返ると、薄い茶髪の女の子が真剣すぎる目で俺達を見つめていた。
1. 「お礼をさせて下さい!」→ それどころじゃないんでいいです。
2. 「貴女の腕を見込んで護衛を頼みたいの!」→ 忙しいから無理です。
3. 「惚れましたお姉さま!」→ ……ソーニャ頑張れ。骨は拾ってやる。
さあどれだ。
「私達も一緒に連れてってもらえませんか? こいつらのところに、うちの座長がいるはずなんです」
座長、とは?
「リーナ様。どうやら旅芸人の一座のようです」
首を傾げた俺に、ソーニャが耳打ちしてくれた。よく見ると、確かにただの行商にしちゃ彼女達の衣装が何やらひらひらしていてカラフルだ。そんで少女しかいなかったのは、大人が盗賊に連れ去られたとかそういう事情らしい。しかしそれを自分らで奪還しに行こうとは見上げた根性だな。いや、ソーニャの腕を頼んでの提案か?
当のソーニャがこの程度の人数守るくらいは余裕ですと言ったので、連れてってやることになった。
そうして向かった先。俺は予想外な再会を果たすことになる。