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13. 水晶がうたう幻

少しだけ百合臭がし始めたのでタグを足します。苦手な方にはすみません。

 リルハ、サキヤと暮らし始めて数日が経った。同じベッドなんて当初はどうなることかと思ったが、両サイドからちんまりと寄り添ってくる幼女ふたりに癒されて快眠の日々だ。まあ、あれだな、ちびっ子に懐かれるというのは悪くないもんですな。小柄なリーナよりも更にちっこい奴らなので、柄にもなくお姉ちゃん気分が味わえている。(お姉ちゃんじゃなくお兄ちゃんのはずとか気にしたら負けだ)


 そうそう、無理に『リーナ』を装う必要がないと分かって肩の力が抜けたってのも大きいかも知れない。リルハとサキヤ、それに親衛隊の連中も口をそろえて「女神さまは以前と変わった」と言う。が、それで彼女らの親愛の情が薄れることは全くないようだった。俺が本来のリーナと比べてガサツだろうが男言葉で喋ろうが一人称が「俺」だろうが、「そんな女神さまも新鮮でステキ!」となるらしい。素で尊敬するわ。お前らファンの鑑だよ。


 けど、だからこそ、今回の活動は夜中に隠密にやりたい。


 隣から聞こえるすぴすぴという寝息を確認し、俺はそうっと慎重にベッドを抜け出した。今日ベッドに寝ているのは俺とリルハのふたりだけ。魔法使い検定試験でサキヤは出かけている。試験会場は遠い都市部にしかないそうで、引率のためにソーニャも不在だ。ずるいかも知れないがリルハひとりならどうにか誤魔化せると踏んで今日を決行日にした。できるだけ音を立てないように寝室を出て、用意しておいた靴に履き替え上着を羽織る。中がネグリジェなのは我慢だ。


(このひらひらした服もどうにかしたいよなあ)


 装飾過剰だし動きにくいし繊細すぎて雑に扱えない。願わくば出立までには頑丈なジャケットとズボンを調達したいところだ。ふむ、ボーイッシュなリーナというのも想像してみると中々いい感じじゃないか。というかリーナならきっと何着ても可愛い。綺麗な金髪を切るのは勿体ないが、せっかくなのでポニテくらいは試してみてもいいかも知んない。


「さむ」


 扉を開けるや否や呟きが零れた。初夏とはいえ、深夜にひらひらのネグリジェで屋外は冷える。この辺りの気候はおそらく北ヨーロッパとかに近いのだ。リーナ・データファイルによると夏でも夜は暖炉が必要だったりするらしい。


(大陸の南の方に行くとまた違うみたいだけど)


 今いる場所はふたつある大陸の小さい方、その東の端だ。リーナは勉強家なので大陸全土の地理・気候を把握しており、もうひとつの大陸についてもかなりの知識を蓄えていた。マジ感謝。俺は必要な情報の入ったファイルを呼び出すだけでいいのである。このスキル試験前に欲しいなあ……。


 おっといかん、去れ邪念。今から取りに行く魔道具「アレクサンドラの幻影水晶」はそういうもんにつけ込んでくるのだ。人間の欲望を歪んだ形で叶えてしまう道具、それが「堕ちた聖女アレクサンドラ」の遺産。近づこうと思ったら無心でいないといけない。


「無我の境地、無我の境地」


 ムガノキョウチ……と唱えすぎてゲシュタルト崩壊を起こしかけた頃、俺は祠の最奥にたどり着いた。防具を納めてあったところよりやや小さめの地下道、それに一本道だ。細い通路の向こうに教室くらいの空間が開けていた。壁際に台座があって何の捻りもなく水晶が置かれている。くーちゃんのような警護もいないようだ。ぶっちゃけこっちの方が危ない道具だと思うんだが、それでいいのか管理人。


 水晶というといわゆる占い師が使うような透き通った丸い玉を想像していたのだが、台座にあるのはそれとは違う形状をしていた。金属でできた薄いベルトのようなものに、小さめの赤い石が複数並んでいる。ベルトの幅や長さから見るに腰帯だろうか。石の粒自体は水晶というよりもルビーとかガーネットのような濃い赤をしていた。


【アレクサンドラの幻影水晶:150年前の聖女アレクサンドラが人々を病から救うために祈りの力を込めた飾り帯。使用者の願いと被使用者の願いが一致した場合にその願いを叶える力を持った。後、治癒に奔走し過ぎたアレクサンドラは気鬱に陥り自刃。その血を浴びた水晶は使用者と被使用者の願いを混ぜ合わせ曲解して叶えるようになった。】


 ……うわあ。何度読んでもきつい説明書き。アレクサンドラ要するにただの社畜魂やん。そんでサビ残的に奉仕し続けた挙句に鬱病で自殺て。


 帯の背後にはゆらゆらと揺れる長い髪の女の影が立っている。まさしく影としか表現しようのない、薄暗く透けた姿。げっそりとこけた頬にくっきり刻まれたクマ、よく見ると亡霊の癖に貧乏揺すりが止まらないようである。こ、怖すぎる。


 だが安心しろアレクサンドラ。その呪い、俺が今から解いて進ぜよう。


〈哀れなる亡者の呪われし魂を祓い清めよ〉


 白い光が女の影に向かって飛んだ。すー……っと影から暗さが消えていく。クマが消え、頬にふっくらとしたラインを取り戻した聖女アレクサンドラは生前には美人さんだったようだ。ばちばち二重のバリキャリ風。性格きつそうであんまり「聖女」っぽい顔立ちではないが各地を奔走していたそうだし、きっと根性のひとだったのであろう。


 すっきりした顔できりっと微笑んだ聖女の亡霊は帯を指差した。持って行きなさい、ということらしい。もちろん言われなくともそうするつもりだったが、穏便に譲ってもらえるのは有り難い。赤色がやわらぎ薄ピンクくらいになった水晶の帯を俺は手に取った。



 ちなみに浄化の光はここ1週間程度でかなり練習したので命中精度が格段に上がった。こないだの馬車の時みたいな事態に陥っても今なら対応できる自信がある。


 練習にあたり、問題は的だった。単純な攻撃魔法と違い、下手なものにぶつけまくるわけにはいかないのだ。


 浄化という概念の説明は難しいが、簡単に言うと「余計なもの・悪いものを取り除く」ということだ。くーちゃんの場合は攻撃の意思とかが取り除かれ、かつ多分その意思が「獲物を喰ってやる!」という思考に直結していたためにそれも排除されてベジタリアンになった。


 で、これを手近なもので試してみた。

 まず、パンや普通の食べ物にかけてみても何も起こらない。見えないだけで雑菌の消毒とかはできているのかも知れないが。

 効果が覿面に現れたのは傷んだ野菜や肉にかけた時だ。予想はつくと思う。腐っていない状態に戻ったのである。これは中々使えるスキルではないだろうか。一度腐ったものを元に戻して食べるというのは気分的に抵抗感もあるし女神の技をそんな使い方すんのもどうかと思わなくもないが、親衛隊の側を離れるんならいつかは使う日が来るかも知れない。


 ちなみに、枯れた花とかまで蘇生できるわけではない。植物が枯れたり動物が老いたりするのは自然の摂理であって余分でも悪でもないからだ。チーズとかの発酵食品についても同様、ミルクに戻ったりはしない。


 閑話休題。



 さて、早速だが手に入れた水晶の力を試してみたい。説明書きだけだと具体的な効果が不明だ。俺の理解が正しければ、使用者である俺の願望と対象者の願望を掛け合わせたものが叶うはず。


「あっ女神さま、こんばんは!」「こんばんは女神さま、良い月の晩ですねっ」


 おおいいところに、親衛隊の、ええと番号は忘れたけど誰かと誰かだ。


【親衛隊???号】

【親衛隊???号】


 ……うん。リーナも個々の番号は把握してないらしい。それでいいと思うよ。


「こんばんは」


 微笑むと、きゃあっとふたりが色めき立つ。ちょっと挨拶しただけでこの反応だよ、愛されすぎて心が痛いぜ。嘘だけど。ついでに愛されてるのはリーナであって俺じゃないけど。


「? 女神さま、どうかなさいましたか?」「どうかなさいまして?」


 俺はおもむろに後ろ手に持っていた幻影水晶を取り出し、ふたりの顔の前に掲げた。ピンクの粒をレンズのようにして水晶越しにふたりを見つめ、心の中で願いを念じる。


 親衛隊の少女達の瞳から光が消えた。瞳の光は生きる力。欲望とも呼ぶ。それは水晶の中へと吸い込まれ、ふわんと渦を巻いた。ピンク色の輝きと交じり合った光は、ガラス玉のようになった瞳へ再び戻っていく。


 パチン、とシャボン玉が弾けたように空気が鳴った。


 ぱちぱちと数回瞬きをしたふたりの少女は、我に返って互いを見つめ合う。いや、我に返ってなんかいないのかも知れない。この催眠術にかかったような状態を正気とは言えないのかも。


「女神さま……」「女神さま……」


 ふたりは互いに同じことを呟いて、どこかぼんやりと視線を絡ませたまま手に手を取り合った。重ね合わされた両手はいわゆる恋人つなぎ。そして顔がゆっくりと近づいてゆく。すぐ側に立っている俺のことはもう見えていないようだ。一応、あんたらの言う『女神さま』は現状俺のはずなんだけどな。


「お慕いしております、女神さま……!」


 ひとりが狂おしく呟けば、もうひとりもまた熱っぽく応える。


「愛おしい女神さま……!」


 そして、ふたりは。うっとりと瞳を閉じ、花びらのような唇をそっと重ね合わせ……。



 と、いうところで俺は脱兎のごとく逃げ出した。建物の陰に入って呼吸を整える。


(いやいや心臓に悪いってあれ)


 つい食い入るようにガン見してしまった。重なった唇の隙間から伸ばされた舌がちらっと覗いた辺りでぎりぎり理性が戻ってきた。多分そこから先は18禁だ。彼女達がなけなしの常識を取り戻してせめて室内に入ってくれることを祈るしかない。


 俺が水晶に願ったのは、俺以外の誰かを『女神さま』だと錯覚してくれ、ということ。影武者作戦のテストのつもりだったのだ。親衛隊の連中が互いに錯覚し合ってくれれば、『リーナ』はここにいなくてもいることになる。


 で、そこにあいつら自身の願望が混じった。つまり、その、多分、……『女神さま』と愛し合いたい、とか、そういう欲望だ。俺の念とあいつらの欲望が混じった結果、ふたりの頭の中では今、自分は『女神さま』と相思相愛という幻想が繰り広げられているはず。

 常々身の危険を感じてはいたが親衛隊の連中は何というかガチでガチだったらしい。


 ……うん。とにかく幻影水晶の力は証明された。


 というわけだから一刻も早くここから逃げよう。リーナの、っつうか俺の貞操が危ない気がする。初めてが女の子に奪われるなんて嫌だ! ん、いや待て、本来の俺は野郎だから合ってるのか!? 違う違う、今の体はリーナだから女の子なんであって、いやでも中身は俺で……?


 混乱してきた! さっさと脱出するぞ!


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