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10. その女神、庶民派につき

 翌日、俺は隣の棟に移り住むことを決めた。つまり、リルハ達が暮らしている棟である。



 ザカリアスの絶対防具を求めて祠に潜った後。トカゲと戯れる幼女を微笑ましく眺めていると、勇気を奮い起こした親衛隊が遠くから叫んできた。


「女神さまー! お夕食の支度が整いましたー!」


 そう告げられた俺は、ふと思いついてこんなことを言ってみた。


「リルハとサキヤとソーニャも一緒に食べちゃだめですかー?」


 本当に何気なく言ったつもりだった。既にここで2日近くを過ごしたわけだが、豪華すぎる食堂でひとり無言の食事ってのも辛いもんがあったのだ。親衛隊はにぎやかではあるが会話が成立しているわけではない。そもそも料理が豪勢すぎる上に多すぎる。


「なりませんー!」


 返ってきたのは、予想外の冷たい返答だった。断られるなんて思ってもみなかった俺はちょっと驚いていた。


「女神さまのお食事は女神さまのためのものですわ!」

「そうですわ! 下賎の者などにお与えになりませんように!」


 カチンときた。ええそりゃ『女神さま』に比べたら一般人なんて下賎の者でしょうとも。なんっかこいつらの言い方すげえ腹立つ。言い返そうとした俺を遮ったのは、あろうことかソーニャだった。


「女神さま、どうかお聞き分け下さい。身の丈に合わぬ贅沢はこの娘達にとっても後々害となりましょう」


 自分も辞退致しますので、ときっちり30度のお辞儀をされてはこっちがごねるわけにもいくまい。しかしながらどうにももやっと感が残る。

 と思っていたら、空気は読めても読まない主義のリルハが助け舟を出してくれた。


「女神さま、リルハ達と一緒のゴハンがいいの? じゃあリルハの、わけてあげるねっ」


 で、そういうことになった。


 孤児用の飯は可もなく不可もなく、だった。……嘘です。ぶっちゃけ足りない。リーナの小柄な体なので満腹感は得られたが、圧倒的に物足りなさがあった。


 だって、メニュー:パン、チーズ、ジュース、以上。


 いや、美味しいんだよ? どれもフレッシュで焼きたてで美味しい。けど、肉とかサラダとかあってもよくない? 女神さま用に比べて質素すぎない?


 目の前のちびっ子達をちらりと盗み見る。育ち盛りのはずのこの子らには足りてるんだろうか。


「ごちそうさまでしたっ」

「ごちそうさまでした」


 可愛らしい声が唱和した。リルハとサキヤである。

 ちなみにソーニャは部屋の隅で直立不動だ。真面目なのはいいが徹底し過ぎるのはよくないと思うんだよね。いつかは同じテーブルに引きずり出してやろう。内心密かにそう決めた。


「お片づけっ」

「リルハ、慌てるとまた落としますよ」


 ばたばたと立ち上がるリルハを、お姉さん的にサキヤが諫める。落としたところで木の食器だから問題なさそうだけど。テーブルも素朴な丸木だし、タペストリーとか装飾品もなし。そもそも何故こいつらが自分で給仕して後片付けまでやってるんだろうか。


「と、リルハ、全部ひとりで持とうとするな。半分持つから」

「女神さま!?」


 きょとんとするリルハ、驚愕に目を見開くサキヤ。『女神さま』が食器の後片付けとか手伝うわけがないのだから当然の反応だ。だが、この流れで俺だけ優雅に座ったままというのも日本人マインド的には辛いもんがある。さあ、どう出る。拒否とか敬遠とかされないといいが。


「ありがとー女神さまっ、ねえねえ女神さまも一緒にお皿洗う!?」


 緊張の一瞬はしかし、リルハの屈託ない笑顔で払拭された。隣のサキヤが何とも言えない微妙な表情を浮かべていたが、少なくとも俺に対する疑惑の視線ではなさそうだ。ソーニャも苦情を言う気配はない。


「あのねーリルハね、ポンプ押すのが上手なんだよっ」


 そうかー良かったなー。


「洗うのはサキヤちゃんのが上手!」


 そうかー良かったなー。


「あの、では女神さまは棚に仕舞うのをお願いできますか」


 踏み台に立ったサキヤが少し遠慮がちに布巾を手渡す。台所は広くもないが手狭でもなく、3人いてもぶつからずに動ける程度だった。全員小柄だからというのもあるかも知れないが。とはいえ食器棚はそれなりの高さがあるので、この中では比較的背の高い俺がやるのが妥当だろう。


 とてててて、と勝手口から外に出たリルハから声がかかった。


「サキヤちゃん、いい? いっくよー」


 その掛け声と共に、蛇口から水が噴き出す。どうやら裏手でポンプを動かしているらしい。


「わ、多い、多いですリルハっ」

「きゃはは、ごめんねっ」


 勢い余った水で多少服を濡らしつつ、サキヤは危なげない手つきで食器を洗っていく。お手伝いをよくするいい子の小学生って感じ。俺がそれを拭いて棚に仕舞った。


「よーしっ完了!」


 ただの食器洗いなのに満足げにふんぞり返るリルハだった。こいつ人生楽しそうだな。


 続けて「湯浴みの準備っ」と駆け出したリルハとそれを追うサキヤ、どうやら本当に家事全般を自分達でやっているらしい。俺が小学生の頃だったらあり得ない話だ。ふたりを見送ってからソーニャに近づき、苦笑いして喋りかけてみる。


「孤児を引き取ったと聞いたので、世話をする者がいるのかと思ってましたが」

「まさか。何れ死ぬ者に世話など必要ありますまい。最低限の食事が与えられていれば十分でしょう」


 心底不思議そうなソーニャの反応に、俺は開いた口が塞がらなかった。今何つった?


「いや、だって、孤児院というのは」

「ここは女神さまの神殿です。救貧院ではない」

「じゃ、じゃあ何故引き取ったんですか!?」


 ご存知のはずでしょう、とソーニャが形の良い眉をひそめる。


「あの娘達は贄ですよ。『獣』に喰わせるための。過分な世話は必要ありません」

「…………っ!!」


 常と全く変わらない女剣士の顔が哀しかった。差別意識や敵意や悪意なんてものはそこには微塵もなく、純粋に真面目に事務的に言っているのが分かったからだ。彼女はただ、己の職務に忠実なだけ。愕然とした俺の表情を見て、不思議そうに首を傾げている。


 時が来れば、彼女は躊躇いなく『獣』のもとに引きずって行くだろう。元気なリルハか静かなサキヤの、どちらかを。あるいは両方を。


 ――――――そんなことさせてたまるか。


 リーナが泣き叫んでまで守りたかったものだ。『獣』に人間なんて喰わせたりしない。


 それに、ソーニャにそんな役目を負わせたくない。命がけで(というには若干強すぎた感もあるが)俺やリルハを守ってくれた誠実な剣士だ。


「ソーニャ」

「はい。如何されましたか、女神さま」

「―――私も今日からこちらで暮らします。リルハ達と共に」


 全て彼女らと同じようにさせて下さい。これまでのような世話も不要。

 緊張だか怒りだかよく分からんもので、俺の声は震えていた。



 ちなみにそれを聞いたリルハとサキヤの反応は。


「女神さまも一緒に寝るの!? こっちっ、寝るお部屋こっちだよっ」

「いいのですか? 女神さま」


 いいのですか、と聞いたサキヤもちょっと嬉しそうだったと思うのは俺のうぬぼれだろうか。

 ソーニャは呆気にとられた顔をしていたが、どういうわけか反対はされなかった。


「……不思議な方だ、貴女は」


 こっちの世界の常識からしたらおかしいかも知れないけどさ、中身は俺だから。女神さまと見せかけてド庶民さまだから。大目に見てくれ。




 こうして俺は『生贄候補』の幼女達と一緒に暮らすことになった。決して『女神』生活が堅苦しすぎてしんどかったとか、俺が幼女ときゃっきゃうふふしたいとか、そんな理由ではない。大き目のベッドで3人一緒に寝ることになったが、決してそんな邪な理由ではないのだ。俺に幼女趣味はない!! 疑いの目で見るなああ!!



「きゃははっ。女神さま、前はもっと怖かったよねっ」


 怖かった? リーナが?


「すみません、私もそう思っていました」


 うそお。


「全然笑わないし、悪戯しても怒らないし、喋らないしっ」

「まるでお人形のようでした」


 ……俺の中のリーナ像とかなりかけ離れているんだが、どういうこった。


 何はともあれ、ベッドでのぶっちゃけトークにより、リルハ、サキヤとの距離が少しだけ縮まった。

 但し、「お風呂も一緒!」は断固拒否した。


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