9. そのドラゴン、草食系につき
で、その後。
俺も怒られました。自称中二病の女剣士ソーニャに。
立ち入り禁止の祠に勝手に入った挙句、眠らせてたドラゴンも起こしちゃったからね。でも、ドラゴンは弱体化したから眠ってるのと変わらなくない?
「……あれはあれで奉納品のひとつだったのですが」
大丈夫だって心配すんな! どうせ呪われたアイテムだろ、元の持ち主が確認に来ることはないし破損してもなくなっても誰も気にしない!
「ゴホン」
開き直った俺に対し、ソーニャが咳払いをする。や、やっぱダメかな?
「そもそも女神さま。何故そんなものをお手に取ろうと?」
そんなもの、と半目でソーニャが睨んだのは俺のけしからん胸元、ではなく、そこにかかった首飾りである。くすんだ金属の土台にオパールのような石が嵌まっているだけのシンプルな装飾品。リーナ本来の持ち物と比べると格段に地味で見劣りする。
が、こう見えて防御力は抜群なのだ。持ち主に危機が迫ると自動的にシールドを展開するスグレモノ、それがザカリアスの絶対防具。別の祠には鎧や盾もあるようだが、リーナの非力な体を考えるとこれが最善の選択だと思う。鎧とか着ても重くて歩けなくなるだけだろうし。ちなみに、アクセサリ系のアイテムにつきものの呪い「一度嵌めると二度と外せなくなる」は既に浄化スキルで解除済み。
「えーっと。綺麗だから?」だけじゃ納得しないよねそうですよね!
ソーニャの緑色の眼が(金色の方には眼帯をしている)実に冷ややかだ。やばい辛い。いっそ本当のことを喋ってしまおうかと一瞬考え、即座にその案を却下する。生真面目な女剣士の眼はこう言っていた。ことと次第によっては、上層部への報告も辞さない、と。
(うう、心苦しいが)
必死に悩んだ末、俺はこの実直な女剣士を騙すことにした。嘘を吐こうとして唇が動いた、その時。
「きゃーっ逃げたあーっ」
リルハあの馬鹿、今度は何やらかした!?
慌てて駆けつけてみると、きゃーきゃーと楽しそうにトカゲ(元ドラゴン)を追い回すリルハがいた。
「……本気で楽しそうだな」
「然様ですね」
「すみません女神さま。リルハはああなると聞かないから」
うん、まあ見れば分かる。新しいペットに夢中で周りなんて見えても聞こえてもいないんだろう。ところで君は誰かね? 以前からの知り合いっぽい距離感だが俺にとっては初対面だぜ。親衛隊の少女達は女剣士がいると怖くて近寄れないようなので(今も遠巻きにこちらを見ている。何やったんだソーニャ)、この娘は別口なんだろうか。
「娘、お前もここに集められた孤児のひとりか? 今年はふたりいると聞いていたが」
ぐっじょぶソーニャ! そういやソーニャも赴任したばっかりだったな。なるほどここは孤児院的な役割も持っているわけか。
「はい、はじめまして剣士様。サキヤと申します」
【神殿の孤児:リルハとサキヤ】
お、ファイルの空白が少し埋まった。電話帳とかでアイコンが「NO DATA」の状態だったところに、顔写真が貼り付けられた感じ。
行儀よくお辞儀したサキヤというらしい少女は、背丈はリルハと同じくらいだが表情と立ち居振る舞いが大人びている。礼儀正しくて言葉遣いも綺麗だ。それでもちびっ子には変わりないので、精一杯に背伸びしているのが垣間見えて微笑ましい。背中に流した真っ直ぐな髪の色は不思議な感じの碧緑。地毛かなこれ。
「きゃーっつかまえたっ!」
草の上でダイナミックに前転したリルハが、立ち上がって満面の笑みを浮かべる。何がとは言わんが見えてたぞ完全に。おリボンつきか。俺は水玉が好きでいや何でもないです。
「ほらほらくーちゃん、ゴハンだよーっ」
「こわぁ!? 生肉わし掴む幼女こわあ!?」
「きゅぅっ、きゅううう」
ぷるぷると首を振るトカゲに肉の塊をぐいぐい押しつけるリルハ。血の滴るくらい新鮮な肉だった。どっから入手したんだよ。
「女神さま。何やらドラゴンが嫌がっているようですが」
奇遇だなソーニャ、俺にもそう見える。腹減ってないんじゃないか?
ふう、と歳に似合わぬ溜め息のようなものをつき、緑の髪のサキヤがそちらに向かって歩き出す。
「リルハ」
「あっサキヤちゃんっ、くーちゃんがゴハン食べないようっ」
「放してあげなさい。嫌がってるでしょう」
はーい、と返事をしたリルハは、特に気分を害した様子もなくトカゲの首根っこを離した。素直だ。サキヤはどうやらお姉さんポジションらしい。
「くきゅうう」「あっ」
途端に駆け出したトカゲは手近に茂っていた潅木に突撃した。
「くきゅう、んぐんぐ」
何やら赤い木の実を咀嚼しているようである。ぐみの実ってやつに似てる。人間にも食えるかな? この世界の植生に関するファイルが確かあったような……む、未解凍だった。毒とか食えるもんだけでも把握しといた方が良さそうだ。今夜開いて読もう。
「あっ、くーちゃんが美味しそうなの食べてるっ」
「ダメですよリルハ。あれは人間には毒です」
ほう、サキヤは物知りだな。
「しかし、木の実を食べるドラゴンとはまた面妖な」
ソーニャが首を傾げているところを見ると、やはり普通のドラゴンは肉食らしい。ドラゴンとしてはかなりレアなタイプのようだ。(もしくは、これは推測だが、俺がかました浄化スキルのせいで食生活が変わっちゃったのかも知れない。)
後日、トカゲあらためなし崩し的に「くーちゃん」は木の実だけでなく生野菜サラダや果物、海藻までも喜んで食べることが判明した。好物はレタス(に似たこっちの世界の野菜)。薄緑の葉っぱをやったらもしゃもしゃ美味そうに食って、あっさり餌付けされてくれた。今や自分からすり寄ってくるくらいの懐きよう。べ、別に可愛いなんて思ってないんだからねっ。
収穫:草食ドラゴンが仲間(ペット?)になった。