8. その剣士、中二病につき
「どうかなさいましたか、女神さま」
早速見つかった!?
(げ、解せぬ)
親衛隊の目を盗み、体感にして10分も歩いていない。何故捕まったし。
声のした方を振り返ると、そこには片目に眼帯を装備した長身のお姐さんがいた。キリリと眼光鋭い瞳は緑色。顔立ちも派手で華やかな印象を受ける美人だが、簡易鎧を身に着け腰に大剣を佩き、何より眼帯の印象が強いので「きれい」より先に「怖そう」と思ってしまう。
(親衛隊の連中じゃなくてよかった……ん? あれ?)
【???】
目の前の女剣士に関するデータが見つからない。幼女リルハについては、情報は少ないけど名前は載ってたのに。そもそもリーナの知り合い名簿に載ってないのだこのお方。
「あのお、お名前と年齢とご職業とスリーサイズを教えて頂けますか?」
「……女神さま?」
「さっ最近、物忘れが激しくって~、と、歳かしらあ?」
大慌てで笑って誤魔化した。多分誤魔化せてない。ごめんリーナ、昨日からトイレにダッシュするわセクハラまがいかますわで美少女のイメージ崩しまくり。これ戻った後が大変そう。どうか強く生きて下さい。
半笑いのままちらっと上目遣いに女剣士を見上げたものの、その表情からは何も読み取れなかった。
「いえ、女神さまがお忘れなのではありません」
女剣士はそう言ってひざまづく。
「お初にお目にかかります、女神エカテリーナさま。自分は昨夜より護衛官としてこちらの神殿に派遣されて参りました。エッシェンバッハ家が三女、ソーニャと申します。以後どうぞよろしくお見知りおきの程を」
「え、あ、こちらこそ、ご丁寧にどうも?」
ひざまずいて挨拶されたらどう返すべきなの? こっちもひざまずき返すの? ただの大学生にそんな社交スキルあるわけなくない?
【???】→【ソーニャ・フォン・エッシェンバッハ:神殿の護衛官。眼帯。】
えーちなみに、女剣士あらためソーニャはその後、律儀に年齢とスリーサイズも教えてくれました。口調が欠片もふざけてないのが怖かった。冗談のつもりだったのに。いやどう見ても冗談通じないタイプなのは間違いないんだけどさ。こう、空気がほぐれるかなって。
「ソーニャさん、」
「どうぞソーニャとお呼び下さい」
「ソーニャ、ソーニャのそれはその、やはり魔眼的な」
おそるおそる口にした問いは力強い返答にビシリと凍りつく。
「どうぞお気になさらず。ただの中二病です。自分のこの眼は世界を滅ぼす力を秘めている故、封じておかねばならぬのです」
中二病って概念あるんだ、異世界……。
「へ、へえーそうなんだあー」(棒)
「はい、……ぬ、あれは?」
ソーニャがきりっと睨んだ先には、物陰から密かにこちらを窺う親衛隊。どうやら帯剣した強面お姐さんに怯えて近寄れないらしい。おおっこれは思わぬ抑止力!
「女神さま、御前を失礼するお許しを。不審者を問い質して参ります」
そんな畏まらずともどうぞどうぞ。
「気にしないでソーニャ、お仕事中でしょう?」
また今度ね、と上目遣いに可愛く言ってみる。これリーナの必殺技なんだよ。相手が俺だったらいくらでも我侭きいてあげちゃう。武人に効くとは思えんが、つい。
「女神さま……! 私如きにお気遣い下さるとは、なんとお優しい」
効いた!?
女剣士は感動に目をうるませ、再びひざまずいて一礼した後去って行った。
「リーナの可愛さ、おそるべし」
ソーニャの後姿を見送って、俺はそそくさと祠の入り口に急ぐ。鬼と鬼が対決してる隙にさっさとクリアしてしまおう。なーに、置いてある物を取ってくるだけだからすぐだ。
と、思っていた時期が俺にもありました。
ドドドドド!!!
「ちょ、ちょっと待って何これこんなん聞いてないしー!?」
逃げ回りながら叫ぶ。白いドレスの裾がちょっぴり焦げていた。蜜のような金髪は死守。どうにか小さな物陰を見つけてそこに飛び込む。敵は気づかず素通りして行った。だだっ広い地下の空間にドドド、と反響する足音が遠ざかる。
「……ふ、は、はぁ、はぁ」
ようやくのことで荒い息をつく。この体に持久力なんか期待しちゃいなかったが、ほんのちょっと全力疾走を続けただけでぜいぜいと肺が痛かった。流石に多少鍛えた方がいいのかも知んない。リーナがムキムキになっちゃうのは俺が嫌だけど、せめてもうちょびっと。
それにしても、いきなりドラゴンのお出ましとか。お前序盤で出るキャラじゃなくね?
『女神さま』のスキルは浄化だの治癒だのサポート方面に偏っている。炎を吐く相手を抑えるためのスキルなんてなかったはずだ。現状、対抗手段は皆無。せめて走力があれば隙をついて祭壇までダッシュ、安置された絶対防具を速攻で身に着け、防具の力で炎を防ぎつつ退避、という作戦が使えるのだが。
「キャーーッ!!」
「!?」
俺じゃないぞ、誰の悲鳴だ!?
「いやーっくるなくるなーっ」
さっきまでの俺と同じく、ドラゴンの炎に追いかけられているらしき甲高い悲鳴。最悪なことに、その声に俺は聞き覚えがあった。
(……リルハ!?)
蝶の羽のようなツインテールの幼女。まさか。祠の扉はちゃんと閉めたはず。
「いーやーっ」
ドドドドド!!!
声とドラゴンの足音が近づいてくる。ええい、迷ってる場合か!
「リルハ! こっちだ、来いッ!」
「あっ女神さまーっ」
隠れていた細い路地から顔を出して呼ぶ。リルハが飛び込んできた。全力で抱きついてくるリルハの小さな体をがしっと抱きとめる。
「ぐふっ」
デリケートな部分に頭突きを食らい、美少女にあるまじき呻き声を上げてしまった。しょうがないと思うんだ。そこ心臓だし。呼吸器だし。柔らかいし。
「り、リルハ。ぐりぐりするのやめて……」
「めがみさまー、こわ、こわかったあ……!」
ぐす、と鼻をすすり上げるリルハ。う。俺の中の(リーナの中の?)母性本能的な何かが騒ぐ。ちょっとくらい泣かせてやるか、頭ぐりぐりくらい許してやるか、と思えてしまう。
が、そう悠長にもしてられないようだ。
ドラゴンが消えた獲物を探している。悪意に黄色く濁った眼はあまり頭が良さそうには見えないが、こっちに気づくのも時間の問題かもしれない。路地の先は行き止まり。全開の炎を吹き込まれたらアウトだ。石壁に挟まれたこの隙間はパン焼き釜と化すだろう。
(ふたり丸焼きになるくらいなら、いっそ……!)
リーナの体を危険に晒したくはない。が。ここで幼女と抱き合って仲良く丸焼きになるような選択肢は、多分きっとおそらくリーナには存在しない。自分が囮になってリルハを逃がす、彼女ならそう考える。
「女神さま……?」
ぐっと強く肩を掴んだ俺に、何かを感じたのだろう。リルハが不安げにこちらを見上げてくる。
「リルハ、」
はしばみの瞳を見据えて俺が口を開いた、その時。
「うおおおお!!」
「グォオオオオッ!?」
地下道に気迫に満ち溢れた声が響き、ドラゴンが呻いた。な、何だ!?
「女神さま! どちらにおられます!」
その凛々しい声は、ソーニャ!?
「剣士さまー、こっちっ!」
戸惑う俺を余所に、リルハが返事をしてしまう。
「あ、リルハ待て、この馬鹿ッ!!」
引き止める間もなく駆け出した幼女がドラゴンの視線に身を晒す。ぞっと全身の血の気が引いた。
全てが、スローモーションに見えた。
黄色い眼が、獲物を捕らえる。
大きなアギトが、開く。
赤い赤いその喉奥に、灼熱の塊が生まれる。
獲物に向けて、炎が放たれる。
「り、」
「オオオオオッ!!!」
ダンッ! ギィイイイン!! ドゴォッ!! グギャァ!
「のうぇえっ!?」
一瞬の出来事だった。地面を蹴った女剣士の体が硬直するリルハの前に移動。大剣が閃き、炎はドラゴン自らの鱗に向かって跳ね返った。
「無事か、娘!」
どこの侍だよ。ムスメて。
「って突っ込んでる場合じゃねえっ」
己の炎で鱗を焦がされたドラゴンが、ソーニャに怒りの眼差しを向けていた。
「ソーニャ、後ろっ」
「ハァッ」気合一閃。
ギィイン! ドゴォ! グギャ!
「ふ。我が中二病の前に敵なし」
「………………」
……いやどこがただの中二病だよ!? 思っくそ本気と書いてガチじゃねえか!
眼帯を外したソーニャは爛々と輝くオッドアイを晒していた。隠れていた方の眼は黄金の色。そこから何らかの『力』が漏れ出しているのは素人の目でもすぐに分かった。
「女神さま、今です! 浄化のお力を!」
「ハッ!? そ、そうかその手が」
集中しろ俺。息を深く吸い、溜めて、吐く。意識を怒り狂うドラゴンにフォーカスする。
こいつの敵意を、悪意を、攻撃の意思を。
〈祓い清めよ〉
巨体が白い光に包まれる。眩しさに目を細め、光が収まった、そこには。
「くぁっ?」
「かっわいーっ!!」
小さなトカゲもどきがいた。おいリルハ、お前さっきまで泣いとったんちゃうんか。そもそも。
「ど、う、し、て、こんなところにいるのかなあ、リルハちゃん……?」
頬をヒクヒクと引きつらせながら低い声を出した『女神さま』に、リルハが怯えて後ずさる。
「心配かけやがってこの阿呆! 死んだらどうすんだボケェ!!」
「ふえーん女神さまごめんなさいーっ」
収穫:ザカリアスの絶対防具を手に入れた。
教訓:異世界の中二病はただのガチ。