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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
不安期
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施設利用にかかるお金は?

寒い……

 来るべき通所日が、来た。

 当日は朝から洗濯機を回すなど、家事を終えて出発時刻に備えた。

 水道代も洗剤代もかかるので、洗濯は一週間に一度くらいしかできない。

 削れるところは削っていかねばならない。


 その日の通所者の顔ぶれは、がらりと変わっていた。

 スタッフから聞くところによると、週に一度しか来ない人もあれば、平日すべて顔を出す人もあるという。

 なかには寝坊をしたから休む、という人もあるそうだ。

 利用規約以外の束縛が何もないというのは、精神を病んだ人間にはありがたかった。

 自分のように、締切に追われて今まで生きてきた者にとっては、冗談のようにゆったりとした場所。

 このユルさはありがたいと同時に、今まで張りつめていた緊張の糸が無音のまま切れていく感触があった。

 おまけに集団活動で行う内容は、幼稚園から小学生がやるようなものに近い。

 スケジュール表を見ると、ぬり絵、ちぎり絵、ペーパークラフトといった文字列が並んでいる。

 自分は、はたしてこの環境に慣れ親しんでいいのか?

 本当に、社会に再復帰できるのか?

 疑念もよぎるが、今の居場所はここだ。

 ここのルールに従うよりほかはない。


 午前の活動が終わり、待望の昼食時間がやってくる。

 まだ一か月経っていないので、お客様気分でいても構わないと言われてはいるが、配膳の手伝いをすることにした。

 座して待てない性分が首をもたげたと言えよう。

 いや、この期に及んでなお、あがいているといったほうが正しいかもしれない。

 周りの人は出来ているのに、自分がしないのはおかしいだろう、という気の持ち方の話だ。


 施設には、精神障碍者手帳二級の人も少なからず通所している。

 自分は三級で、彼らより軽度なはずだ。

 だから、動けるべきところは動くのが当たり前だろう。

 差別的にとらえられるような。

 言葉を誤れば、とも、既にそういう考え方が、とも、世間ではそう言われる話題が施設の根底には澱のように溜まっている。

 だが、だからと言っていちいちかき混ぜるような真似をする者は居ない。

 しかし、そこには障碍者手帳の等級や自立支援、生活保護などによる区別が、法律的には厳然として存在する。


 現に施設には、前述のとおり自分のような生活保護受給者と、障害年金受給者が混在している。

 精神障碍者の場合、障害年金は二級からでないと支給されない。

 かつて市役所の職員から「障碍者の認定は、二級になったら社会復帰は難しい」と言われたことがある。

 この意見には、なるほどな、と思う反面、そんな馬鹿な、と思う点もある。

 精神障碍者は、ぱっと見だけで、二級と三級の区別がつかない。

 もちろん、話してみればその挙動から「ん?」と首をかしげる人もいる。

 ここで初めて間合いを詰め、踏みこんだ話をする。

 等級や立場を隠す人は、自分の通う施設には少ないように感じるが、聞いたからと言って分厚い壁が出来てしまうことは稀だ。

 それが「施設」という場所なのだ。


 等級が上がったほうが年金生活になって気楽になる、という風の人もいるし、自分のように生活保護から脱却しようとあがく者もいる。

 どちらが正しいか、といった二元論で割り切れる話ではない。

 何故ならば「何が原因で」「どうしてここにいるのか」という各人が抱える背景が、紋切型でどうこうできる問題では無いのだから。

 自分のように仕事が原因で病んだ者もいれば、学生時代に受けた酷いいじめが原因で極端な対人恐怖症になった者、発達障害等の先天的な理由が原因で通所を余儀なくされている者、など、多くのパターンが存在する。

 これだけの原因理由がそれぞれあるものを、並べて「正しい」「正しくない」「怠けている」「因果応報だ」とやるのは乱暴すぎる話だ。

 少なくとも、施設に通う人々には、それぞれ明確な理由がある。

 明確な理由が人それぞれなので、色々なモノの線引きが難しい。


 例えば、施設利用費だ。

 自分も含め、施設通所者のほとんどは「毎月かかる費用」の正確な価格を知らない。

 知らないと言えば語弊があるが、これは医療制度の問題点かもしれない。

 例えば自分の場合、生活保護であるから医療費はすべて自治体が負担してくれる。

 そのため、三割負担の金額すら、入所前の説明時にスタッフから受けていないし、後日聞いてみても明確な回答を得られなかった。

 もっとも、飢えが勝っていたため、そこまでの考えまで思い至らなかったのだが……。

 また、障害年金受給者は、自立支援制度で定められた上限までしか自己負担が無い。

 そのため、正規料金がいくらなのか、はっきりしないのだ。

 ニュースであれほど騒ぎ立てている生活保護費の引き締め策も、こうした施設を利用するものから見れば、ユルユルのガバガバだ。

 かといって、自身の不利になる事を声高に叫ぶ者は居ない。

 誰だって、我が身はかわいいのだ。

 現時点で、然るべき対応をすれば、日本のセーフティネットは十全とまでは行かないものの、相当のものだ。

 これ以上を望むのは、それこそ甘えだと思う。

 とはいえこれも、まだ若いから持ち得る感想で、五十代、六十代になれば考えも変わるに違いない。

 少なくとも現状では、少し我慢すれば、焼酎一升を買うくらいの余裕は作り出せる。

 そう、作り出せてしまうのだ。

 ついでに大失策も。

この時期、パソコンは熱源装置なんですよ。

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