一抹の寂寥
三日ぶりとはいえ、施設が懐かしく思えた。
当たり前だが、ここの時間の流れは緩やかで、心地よい。
密度の濃い時間がひたすら流れ続ける就労移行支援施設とは、まったくの対極にある存在。
ああ、ここの色に、知らぬうちに染まっていたのだな、と自覚した。
とはいえ、やることはたくさんあった。
まずは、スタッフとソーシャルワーカーによる面談。
以前ならこれだけでも一大事のように思えていたが、就労移行支援施設の慌ただしさ、時間の流れの速さに比べればなんていうことは無い。
疲労感はどうだったか、今後どうしたいか、そういったことを聞かれた。
疲労は、想定していたものよりは格段に軽いこと。
ゴールデンウィークが終わり次第、就労移行支援施設をメインに据え、こちらの施設は月に二回、診察を受ける際に利用したい意向を伝えた。
二人からは、否定的な反応は無く、すっきりとしたものだ。
それと、障碍者手帳の更新時期が近いので、診断書が欲しい旨をお願いした程度だ。
施設の空気は、いつもと比べて静かだった。
自分が体験入所している間に、もう一人いた就労支援施設を目指していた彼が、主軸をそちらに置くようになり、施設から遠ざかっていた。
本当は、彼と情報共有をしたかったのだが、それは彼の選択、口をはさめようはずもない。
彼は、明るく快活で、施設のムードメーカーの側面があった。
良くしゃべり、冗談を言う彼が去った施設は、平均年齢が大きく上がり、ゆったりした時間だけが取り残されている。
あとでスタッフから話を聞けば、同好の志はやはり、自分が居ないと極端に口数が減ってしまう傾向にあるらしく、昔よりは少し口を開く程度の日々だったそうだ。
施設の運用開始から十数年らしいのだが、快活な彼と自分の存在は、きわめてイレギュラーなものであったらしく、一年半前の空気感に戻ってしまったようだ、と、スタッフから惜しむ声をかけられる。
良くしゃべり、仲の良いグループを作り、その雑談で他の利用者を明るい気持ちにしてきた人材が、五月に入ると二人ともいなくなってしまう。
時間は有限だ、自分も彼も立ち止れない。
自分が居なくなった後がどうなるのかは、自分が見ることが出来ないので、わからない。
わからないが、恐らく、施設全体の歴史からすると特異点にあたる時期が過ぎて行ってしまう、という事なのだろう。
少なくとも、この四月いっぱいは、来週の月曜日と金曜日に就労移行支援施設に通所する。
火曜日は、謎の存在である企業の方との自宅訪問があるため、施設に通うのは水曜日と木曜日だけだ。
そして最終週、二十四日から金曜日までは、いつもの施設で最後の連日通所を行う流れとなっている。
薬を貰う診断は別として、施設を変える。
これには、並々ならぬ精神力が必要だ。
それと、顔を合わせていた利用者さん達にお別れを述べる、重要な一週間が必要になる。
義理というか、筋は通してから、去る、いや、疎遠になる事が礼儀だろうと思っている。
そう話したせいもあり、しいたけの彼は、執拗に自分に絡んできた。
彼にとってみれば別れを惜しむコミュニケーションなのだろうが、他の人と会話する時間まで奪ってしまうのでいい加減邪魔くさかった。
常にべっとりとそばにいて、同好の志との会話は中断され、他の利用者とのお別れに近い会話は、邪魔される。
彼なりのスキンシップなのだが、やはり空気が読めていない。
今後、彼の人生はどうなるのだろうと心配になるが、口を挟んではいけないのだ。
他方、同好の志も就労移行支援の利用を考え出していた。
自分が通う施設に、俺も行きたいと何度も繰り返していた。
いつもの施設と違い、自分が飛び込む先には遊びが一切ない。
彼は、話が合う人が遠くに行ってしまう寂しさもあって、自分についていきたいのだろう。
だが、就労支援施設のカリキュラムは甘くない。
昼休みに花札をやりたいとか言っていたが、あの場所はそういう場所ではないのだ。
彼ら二人には、社会人経験が無いという。
自分でもかったるいと思う訓練活動に、自分が居る、というだけで短絡的に選ぶような真似はしてほしくは無い。
昼飯は美味い、花札で遊べる、時間にはルーズで変わらない。
それが、五十分刻みで自主トレーニングを行い、十分の休みを挟み、また五十分の自主トレーニングや組織活動練習を行う。
鍛錬の場に遊ぶつもりで来られても、施設はおろか自分も苦労する事になるだろう。
この施設には居心地がいいにもかかわらず、結果、一年も通いはしなかった。
しかしこみあげてくる寂寥感は、如何ともしがたい。
人間関係が良かったんだな、と、つくづく思った。
あと二週間、まあ、月に二回は顔を出すのだが、お別れの日までのカウントダウンが、始まった。




