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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
不安期
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待望の飯、対応の午後

 朝の集団活動が終わり、いよいよ大本命の昼食だ。

 内容は正確には覚えていないが、先に示したメニュー例となんら遜色のあるものははなかった。


 昼食の準備は、入所者がローテーションで係となり配膳される。

 施設入所一か月間は、施設のほうから「いろいろ見て覚えてください」ということで、その役割に就くことはない。

 この施設では、自前の調理施設があり、そこから昼食が提供される。

 ただし喫食準備は、基本的に入所者が役割を受け持つ形で均等に盛り付け、形成されていく。

 小学校の給食と同じようなシステムだ。

 これはのちに知ることとなるが、配膳が終わった鍋やトングの清掃は、施設のスタッフが担当されているとのこと。

 入所者の使う食器は一旦配膳車に乗せられ、洗浄したうえで戻ってきているそうだ。

 席の種類は三か所あり、畳部屋、丸テーブル、各テーブルの三グループに分かれている。

 自分は迷わず、畳を選んだ。

 根っからの日本人として、畳は大好きなのだ。

 アパートに畳はないので、恋しさが余計に場所に対する執着を生んだといってよいだろう。


 共同生活なので、役割を分担されていなくても仕事を探さなければならない。

 張り切るわけではないが、初日から、学べることは取りこぼさずの精神で当たった。

 スタッフには「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ」と言われたが、これは性分だから仕方がない。

 動けるのに怠けるのは、性に合わないのだからどうしようもないのだ。

 すると、配膳担当から言葉が聞こえてくるのだ。

「あ、このおかず、ちょっと余った」

「ご飯少ないと思った人、言ってください」

 と。

 本当に、恥も外聞もない。

 初日から「あ、そういうことなら継ぎ足してもらっていいですか?」を連呼した。

 米の一粒血の一滴だ。

 新入りとはいえ、これは譲れない、主に栄養面での突撃破砕線がかかっている。

 配膳されたものを見ただけで、昼食の質はわかる。

 そこで欲をかけるなら、恥も外聞も捨ててしまえ、といった風だ。

 百五十円の弁当より格段に豪勢なのだ。

 おまけに、ノロウイルスの集団感染を懸念してだろう、さっと湯通しした野菜もふんだんに使われている。

 ここに来るまで、ビタミンCは、ミカンの季節が終わると、安い八百屋で見かけるトマトくらいからしか、摂取できなかった。

 コンビニのサラダなんて高級品、手が出せるわけもない。

 欲していた、それを、体が。


 そんなこんなで準備が整い、頂きますの声が上がる。

 メニュー全体は忘れたが、麦飯だったことだけは覚えている。

 病院食ならではの、味が薄いなんてこともない、美味い飯だ。

 下手すると、そこらの定食屋よりふんだんに野菜を使った、良い味をしている。

 残念ながらすべて温かい状態で提供されるわけではないが、ほかほかの麦飯を中心に、まるで実家で暮らしているかのような満足感が充足されていく。

 滋養のあるものを食った。

 おいしいものは正義だ。

 指の先が温まっていくのを感じる。

 品目が多いのも、実にポイントが高い。

 生活保護を受ける前は、食道楽でいろんなものを食べに行ったものだ。

 そのころと比べるではないが、この「定食」はおいしくて感傷的な気持ちにさせる力を持っていた。

 ただ、同時に病院併設型ゆえの昼食の限界もわかった。

 入所者の食物アレルギー対策で、汁物に味噌汁がふるまわれることがめったに無い。

 マヨネーズの使用も積極的ではなく、アレルギーもちの人には別途、マヨ抜きの料理が支給される。

 医療の現場としての、訴えられたらひとたまりもないだろう経営側の苦心努力には頭が下がる思いだ。


 昼食を食べ終わったら、あとは午後の活動まで完全な自由時間になる。

 畳部屋で寝る人もあれば、喫煙所に行く人もいて、様々だ。

「あの」

 まだわかい入所者に呼び止められる。

「花札やりませんか、教えますよ」

 まだ二十代前半だろう男性が、声をかけてきた。

 さっきの麻雀の例もあるし、しばし「うーん」と唸った。

「ルールとか良くわからないけど、それでよければ」

「ああ、はい。教えながらやるんで大丈夫です」

 ただし、ここでの花札は、こいこいではないものだという。

 と言われても、実際に花札はやったことが無い。

 知っているのは、じゃりン子チエのオープニングに札が描かれていたなぁ、程度のものだ。

 ある意味、麻雀より知識に乏しい。

「花札はですね、ここのゲーム大会の正式種目なんです、だから押さえておいたほうがいいですよ」

 正式種目、て。

「優勝者にはオロナミンCの10本セットが贈呈されて、二位三位にも商品が出ます。ここの共通言語と考えてください」

 花札が共通言語で、商品まで出る施設って、なんなのさ。

 そして、それを教えてくれる顔には悪意のそぶりはまったくない。

 恐らく、自分が思ったことを伝えたり、実行しきらないと収まらないタイプなんだと思った。

「じゃあ、お願いしていいですか?」

「はい、よろしくお願いします」

 そういうと彼は畳部屋に上がり、手慣れた様子で座布団と箱に入った花札を持ってきた。

 その間に、自分の後ろには大量のギャラリーが集まってきた。

「わかんないことはみんな、周りの人に聞いてもらって全然かまわないです」

 初手は僕が親から始めますね、と、花札を切っていく。

 紙質が固いうえ小さいから、さぞや切りにくかろうと思った。

「じゃあ、場と手札を配ります」

 慣れた様子で、勝負のセッティングをしていく彼。

「要は絵合わせと、絵合わせで取った札で役を作っていくゲームよ。役と点数はこれ」

 と、六十代だろう入所者がサポートを買って出てくれた。

 

 かくして、勝負は始まった。

 彼我勢力四対一と、こちらに過保護な初陣だ。

 手札を取ると、自分の後ろでちょっとした会議が起こる。

「手札のこれとこれと、場札のこれとこれが取れるねー、こっちのほうが点数高いし自分ならこっちを取って広げるけど……」

「いやあ、俺ならここを落としてこっちをひっかけに使う」

 ふんわりとした雰囲気の壮年入所者が、教えてくれる。

 絵合わせと言われた通り、だいたい自分がやるべき手筋はわかった。

 同じ植物が書いてある札を取っていけばいいのだから、それ以外の、たとえば役なんかといった込み入った話は周りが教えてくれるだろう。

 暖簾がかかった桜の札を取り、山札からもう一枚引いて場に有った札で取れるものがあるかを探す。

 結果は二連敗だったが、だいたいのゲームルールはわかった。

 その時、施設の主任から声が上がった。

「はーい、今日の昼は自由活動なんで、寝てても、花札教えてもらっても何やってもいいですから。皆さんごゆるりと」

 こうなると、ギャラリーは増えた。

 ズブの素人が、相手を交代しながらずっと、真昼間から花札の特訓を受けている。

 途中、ルールの概要をつかんでからは、ようやく勝てるようになった。

「俺、次は勝てますかねー」

「そりゃ覚えるのが早いもん、すぐに指南役が要らんようになるよ」

 孫か息子をかわいがるような感じで、背中をたたかれた。

 花札という「共通言語」で一歩踏み込んでみれば、みんないい人たちだった。

 仮入所の時とは全く違う距離感で接してもらえたが、自分との距離感も、やはり高齢の方はさすがというか、わきまえてくれていたと思う。

 もっともこちらは、他人との会話に飢えていたこともあり、非常に満ち足りた一日となった。

 害意のある人はいないこともわかり、警戒レベルは自然と落ちていった。

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