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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
就労移行支援施設期
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就労移行支援施設体験初日

 デスクワークと言っても、色々なものがあるのだな。

 就労移行支援施設の体験入所初日の感想は、これに尽きる。

 自分は会社経営の経験(会社ごっこと言ってもいいだろう)も数年あるが、十年以上自営でやってきたため、一般的な経理の流れや組織内での動きと言ったことに疎い。

 そもそも在庫を抱えない職種だったこともあり、電卓をたたく機会も滅多になかったし、仕分け作業なんかもやったことが無かった。

 

 支援施設は、いつもの施設とは大きく異なる。

 当たり前のことだが就職を前提としたカリキュラムであり、模擬的ながら、会社組織のスケジュールを踏襲して運営されている。

 何故「模擬的」なのかと言えば、就労に相当する訓練時間が、本当の会社組織のそれと比較して短いためである。

 花札をやる余裕は、当然のように存在しない。

 そもそも、昼食時以外の休憩時間が三十分も取られていようはずもない。

 なみなみと麦茶をたたえるやかんも無い。

 そのため、飲み物は自分で用意しなくてはならない。

 使い捨て放題のマスクも手袋も無い。

 当たり前だ、病院が併設されているような場所ではないのだから。

 作業時間中の私語も無い。

 質問や作業完了の報告の声と、少し違うのは、課題で使用するストップウォッチの音が響くくらいだ。


 訓練の場とはいえ、打ち合わせ先でよく見かけた、よくある風景だ。

 いつもの施設のようなユルさは、どこにも無い。

 正直に言おう。

 想定していた就労訓練と比較したら、はるかに楽だった。

 むしろ、働けていた頃の緊張感に似たものがあり、気持ちが落ち着いたくらいだ。

 無茶な追加仕様を、お値段据え置きで無理やりぶち込もうとしてくるクライアントと、毎度毎度電話口で丁々発止のやり取りをしないでいい分、断然マシだとさえ思えた。

 ……どれだけブラックな環境を見てきていたんだろうか、と、苦笑するしかない。


 午前中はパソコン入力訓練に充てられていたが、これはタイピングソフトで遊ぶだけの代物だった。

 Wordでルビの入れ方を練習したり、マージンを変えたりといった操作訓練ですらない。

 正式入所すればそういったカリキュラムもあるのだろうが、今日のところは退屈極まりない。

 ただ、やはり貸与品のパソコンであるため、キーボードがしっくりとなじまず、イライラせざるを得なかったが。


 昼食は、弁当が無料で支給される。

 この支援施設を体験入所する動機となったのは、まさにこの一点である。

 少ない生活保護費から、今後ほぼ毎日コンビニか外食で昼を済ませろと言われれば、それは無理な話である。

 就職先を探すための施設に通うための出費で、生活が崩壊する。

 これでは、本末転倒という物だ。

 いつもの施設と比べれば、量は若干少ない。

 だが、無料で食糧を得られるメリットは、生活保護者にとってみれば大変なアドバンテージなのだ。

 今日見かけた利用者に女性はいなかったが、女性なら十分な量だろう、男性には物足りないが。

 

 午後は打って変わって、今まで自分が経験した事のない作業ばかりだった。

 まずは、電卓入力。

 今まではパソコン上にて、経理ソフト任せで数字を入力するだけだったが、訓練の内容で扱うデバイスは電卓だ。

 そう、電卓に慣れるところから始めなければならない。

 のっけから苦戦した。

 十問に一つは、ミスタイプによる間違いを犯す。

 一ケタの計算でこの体たらくでは、実戦的な数値を触ったらどうなる事やらと暗い気持ちになった。


 次に、仕分け作業。

 郵便番号と日付の書かれたカードをより分けるのだが、これもまったく慣れていない。

 基本的に、メールによるデータのやり取りしかしたことが無いため、そもそも「現物の紙の書類」という物自体に縁が薄いのだ。

 あっても契約書・見積書・請求書・領収書くらいで、しかもそれらは打ち合わせ時に手渡しが多かったため、尚のこと。

 直取引か代理店との付き合いしか無かったため、不特定多数からの郵便物を取り扱うなんてしたことは無い。

 ドリームウィーバーも、フォトショップも、イラストレーターも、Flashも、インデザインもインストールされていないパソコン自体が新鮮な輩に、このハードルは高すぎる。

 マウスとキーボード、あとはスケッチブックくらいが事務の道具と信じて疑わなかった自分には、鮮烈な洗礼となった。

 コツや要領を得ないため、スピードは上がらない。

 ストップウォッチを動かし、目標とするタイムを達成しようとあがくが、如何ともし難かった。


 しかし、一日が終わってみても、だ。

 不思議とそこまでの疲労感は無い。

 電卓の扱いで右手がだるいくらいの話で、それ以外に目立った部分は無い。

 むしろ、いつもの施設から帰ってきたときのほうが疲労を感じるくらいだ。

 おそらく「ひたすら時間を無駄にしている」罪悪感が無いからだろう。

 それと、わずらわしい人間関係にさらされていない安堵感もあるのだろう。

 ただ、これはあくまで体験だ。

 正式入所となれば、勝手は違ってくるに違いない。

 

 初日とはいえ、この分ならやっていけそうだと思えた。

 いつもの施設のほうが異常なのだ、という事を再認識した。

 明日明後日の二日間、どうなるか不安ではあるが、前向きに過ごせそうでは、ある。

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