苦痛だ
ここ最近、一回り年下の利用者に閉口している。
話がくどいだけならまだしも、自分が面白いと思ったことや思いついたことを真似してくれ、と、迫ってくるのだ。
まるで小学生をあやしているかのような気分になり、精神力をゴリゴリと削られる。
スタッフに訴えても「ここはそういう人も集まる施設だから」と言われてしまえば、引き下がるしかない。
独りで盛り上がってる分には文句を言う筋合いはないのだが、必ず巻き込もうとしてくるのが始末に負えない。
自分だけならまだしも、六十代の利用者にまでそれを強要するのだ。
苦痛だ。
やることなすこと、幼稚になっているのだ。
関わりたくないから、と、同好の志と話をしていても無理やり割り込んでくる。
そして、一緒にお遊戯をしろと迫られるのだ。
売れない芸人の一発芸を延々と見せつけられていた頃は、まだマシだった。
だだすべりの芸を一緒にやれ、と言われても、正直困る。
自分のノリが悪いわけではない。
痛々しすぎてみていられないのだ。
苦痛だ。
いい加減しつこいよ、と言えば言うほど悪乗りしてくる相手を、どう捌けばいいというのだろうか。
施設の特性上、無視するわけにもいかず、いう事を聞いてやる義理も無く、ほとほと困り果てている。
今、彼の中で大流行しているのはナチス敬礼をしながら「ハイルヒトラー!」と延々言い続けることだ。
流石に看過できない行為なので注意する。
その注意という行為が、かまってもらえた、に脳内変換されるのだ。
かまってもらえたという事は、これをやると会話をしてもらえるのだ、に置き換えられてしまう。
性質が悪すぎる。
最初にやり始めたころ、愛想笑いなんかしなければよかったと後悔している。
苦痛だ。
施設の活動でカラオケがある時、彼は自信満々に一番手で曲を入れるのだが。
言いにくいが、つまり、その、音痴なのだ、彼は。
本人は自分で歌はうまいと思っているようだが、お世辞にも……、なのだ。
それを、褒めて褒めてと言わんばかりにアピールされる身にもなってほしい。
悪いけど君、音痴だよ。
この一言を言う勇気が無い自分が悔しい。
苦痛だ。
彼は重度のアトピー持ちだ。
それはいい、仕方のないことだから。
しかし、だ。
花札に負けたからと言って、血が出るまで体を掻きむしるのは本当にやめてほしい。
平然とした顔で「僕は血の匂いって嫌いじゃないんですよ」とか言っているが、見ているほうはドン引きだ。
爪の間に赤黒いものが詰まった状態で花札を続行されるのは、精神的に辛い。
そう、花札と言えば、負けが込んでくると札を投げつけるのもやめてもらいたい。
苦痛だ。
スタッフにお願いしても動いてもらえず、かといって、立場上注意出来ないというのがこれほど苦痛だとは思わなかった。
彼なりの好意の表し方なのだろうが、それが致命的に下手くそ。
舐められているのだろうか、舐められているのだろうな、多分恐らく。
施設が、まさかストレスをためる場所になろうとは思ってもいなかった。
彼が話しかけてこないと、ほっとする。
仕事先でこんな同僚が居たらと思うと、ぞっとする。
とりとめのない、ただの愚痴を垂れ流す。
そんな日があってもいいじゃないか。




