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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
就職活動開始期
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二回目の施設見学

 施設のソーシャルワーカーさんに連れられて、就労支援施設の一つを、朝から見学に行った。

 見学という体を取ってはいるが、実際には、質疑応答が八に現場見学が二の割合で、担当者との相談・面接が主たるものであった。

 だが、前回見学させてもらった施設と比較すれば、明確にこちらのほうが良いイメージを抱けた。


 まず、頂いたパンフレットの質が違う。

 紙質やページ数の多さ、といった意味ではもちろんない。

 就労支援施設利用開始から就職までのフローチャートがわかりやすくまとめられており、対応してくれた先方スタッフの付帯説明が脳に入りやすかったのだ。

 プレゼン能力が高い、と言えば、わかりやすいだろうか。

 そのため、パンフレットを見ただけで、今後自分が何をしていけばよいかがはっきりと、理路整然と腑に落ちていくのだ。

 これは、教育体制がそういうものを目指しているか、といったドクトリンを引いていることの証左だろう。


 それに、一つ一つの作業訓練を通して学べるものはもちろん、作業自体の意味も、しっかりとしてくれるのだ。

 例えば、同じビーズを探し出して、作例と同じように制作するという作業があるとする。

 就職活動には何の関係性も無いように見えるが、そこにはきちんとした理由があって、そういったカリキュラムが存在する事をきちんと説明してくれるのだ。

 なんとなくやるのではなく、目的意識を持ってやることしかこの場には無いんだぞ、と思わせる仕掛け、と言ったらおかしいか、とにかくそういったものが揃っていた。


 現在の施設とは違い、送迎バスが無い事、昼食は自弁であることも説明された。

 つまり、自己負担額が大きくなるのだ。

 場合によっては、他の就労支援施設を使わなければ、本末転倒になる危険性も指摘される。

 自分は、生活保護受給者だ。

 そのため、就労支援施設を利用すること自体に支払うカネは発生しない。

 ところが、交通費と昼食代は捻出しなければならないわけだ。

 現状の試算では、ここを選んでも充分やっていけるのだが、これが、これ以上何を切り詰めればいいのだ、という話になってくると、それはあまり正しくない判断とみなされるわけであり、自己責任の範疇に入ってくる。

 そこは考えてくださいね、と言われたのだ。

 会社としての実績重視より、利用者の負担重視という点にも、好感が持てる。


 そのほかにも色々な質問をしたが、先方スタッフは明確かつ分かりやすい実例を引き出して解説してくれた。

 障碍者雇用の法制度が変わり、社員総数のうち二パーセントに当たる人数を雇い入れなければならなくなっているといった、雇用する企業側の受け皿体制が大きく変容していることなど、自分はつゆほども知らなかった。

 自分の質問量は多かったであろうにもかかわらず、切り上げるようなそぶりは一切見せられなかった。

 結果、質疑応答だけで一時間半近くの座学が行われた。

 ここに時間を割きすぎて昼休みに突入してしまい、現場見学はほとんどできなかったが、人のまばらな状態でも、ここは何をする場所で、どういった事を考えて運用されている、などと言った解説は受けることが出来た。


 正直なところ、即決で、ここで良いのではないか?

 と思ってしまったのだが、ソーシャルワーカーさんは、あと一施設か二施設ほど見学したほうがいいだろう、と提案された。

 仮にこのまま体験入所を行ったとして、もし、説明は共感できても、実際にそれら作業を行った際、肌感覚で違和感を感じた場合の予防線を張っておいたほうがいい、という事だった。

 これには、確かに頷くしかない。

 年齢的にもガタがきているのだ、効率の良い就労支援施設探し、ひいては就職先探しをせねばならないのだから。

 

 施設へ帰る車内で、ソーシャルワーカーさんと話す内容は、施設での今の暮らし向きの話がメインとなった。

 医療施設である施設と、民間経営である就労支援施設と、どのような差を感じたかなどの感想も聞かれた。

 今の暮らしは、ぬるま湯だ。

 率直に述べる。

 就労支援施設も、来たくない時は来ないでいい、やりたくないことはやらなくて良い、と説明を受けたが、根本的なアプローチが違うことも理解できた。

 医療機関である施設での「来たくない」は、活動内容が気に入らないや、面倒くさいから来たくない、と言った「きまぐれ」「わがまま」を、医療福祉の一環として受け入れるものだ。

 だが、就労支援施設での「来たくない」は、社会復帰への意欲がはかられ、民間企業や一般社会の根底に流れる、生活保護の傘のもとでは奪われている「自己責任」を返してもらえる場所だ。

 

 今の施設は、楽だし楽しい。

 だから、慣れ切ってしまってはいけない。

 このぬるま湯から離れる日は、着実に迫っているのだな。

 そう思わせてくれる、刺激のある一日となった。

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