表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
不安期
6/127

活動のはじまり

完璧に酒を絶てるなんて、難しいです

 午前の活動が始まる。

 活動の内容は、といえば。

 ぬり絵だった。

 ぬり絵、あの、幼稚園生とかがやる、あれ。

 なんでも「大人のぬり絵」なるものがあるらしく、入所者はそれをやりましょうという説明だった。

 自分以外の入所者は、別段戸惑うこともなく思い思いに色鉛筆に手を伸ばしていくので、見よう見まねでそれに従う。

 お題は、紫陽花の花だった。

 なんでこんな事をするんだろう、と思ったが、怖くてとても口にはできない。

 これを聞いて、咎められ、昼食にありつけなかったら困る。

 緑の色鉛筆はすべて出払っていたので、ピンクの色鉛筆に手を伸ばす。

 小学校に通う途中の庭に咲いていた紫陽花が、この色をしていたのを思い出したからだ。

 あの頃の自分が、今の生活保護を受けるまで落ちぶれた今の自分を見たら、なんというだろう。

 飯にありつきたい一心の無様な姿を見たら、どう思うだろう。

 純粋な瞳で「おじさん、そんなにお腹すいてるの?」と心配そうに声をかけてくるだろうか、それとも悪ガキ然としてはしゃぎおちょくりに来るだろうか。

 そもそも子供の頃の自分は、どんな性格をしていただろう、思い出せない。

 いや違う、思い出したくないだけだ。

 思い出せば、そこには明らかに、人間関係やカネ、将来の心配なんて全く感じなくてよかった、幸せが満ちている。

 今の自分には耐えられそうにもないから、防衛本能のようなものが働いているのだろう。

 

 雑念を払うため、今は紙の上にピンクの顔料をこすり付ける作業に没頭するのが正解なのだろう。

 もう一方で「フォトショップ使えば、ブラシツールで十五分もあればそれっぽく仕上げられるよな」とスレた考えが脳裏をよぎるが。

 しぶしぶだが、黙々と単純作業に没頭する。

 輪郭に色を濃く、花弁の流れを思い起こしつつ。

 そして、ふと気が付いた。

 楽しい。

 色を置くことが、楽しい。

 そういえば学生時代、下手くそながら一時期パステル画にハマったことを思い出した。

 実家の庭にあった桜は、季節を定めず何枚描いただろう。

 ここにあるのは、形が決められたぬり絵だ。

 桜のように形をつくることから始める必要はなく、複雑ではなく、枠に従って、色を置いていけばいいだけなのに、楽しい。

 少なくとも何も心配しないでいい、黙々と作業に没頭すればいい。

 気が付けば、あっという間に一時間以上が過ぎていた。

 そして、塗り終わる頃には集団活動の規定時間を使い切っていた。


 入所者から上がってきて貼り出される「作品」は、どれも人となりがわかるものだった。

 几帳面に葉脈まで描きこんであるものもあれば、濃淡をつけずべったりと色を置いただけのものもある。

 自分の作風と言えば、ずるい行為が多くみられるものだった。

 何故ならスタッフからティッシュをもらい、パステルと同じ要領で、置いた色をこすることで淡い色味を出していたのだから。

 何も馬鹿正直に課題に向き合う必要はないじゃないか、という、卑怯さがにじむ酷いものだ。

 施設のスタッフからは何も言われなかった。

 むしろ、優しい色遣いがいい感じだ、とおだてられ、周りと違う発想がいいなどと言われる始末。

 確かにルールが無い以上、ティッシュは反則ではない。

 だが、施設入所の、最初の課題型活動から、いきなり真正面から受け止めることを避けた。

 自営業時代の、複数案件を同時に効率的に回すにはどうすればいいか、と同じ要領で対応してしまったのだ。

 もう潰されるのはごめんだ、という意志の表れだった。

 はたから見れば、この行為のどこを咎めるのか理解に苦しむだろう。

 ところが、自分にはそれが許せなかった。

 心を病む、精神を病む、というのは、こういう些細なことすら許容できなくなる。

 許容できないから要らぬ労力を費やし、要らぬ労力が自分の首を絞めていく、まさしく負の連鎖だ。


 だからこそ、なのだろう。

 この施設がユルいのは、ユルい場所でなければならないのは。

 警戒心が高い人間に、安全な場所があることを教えるための場所が、ここなのだろう。

 実質二度目の施設利用なので、意図は察することが出来たが、それを受け入れるまでには至らない。

 これには時間を要するだろう。

 少なくとも、最初に提案された週二回、計八回の施設利用を体験しない限りは。

週に二日は飲んでますので……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ