訪問の日
施設から帰るとほどなくして、玄関のチャイムが鳴った。
インターホン越しに誰かを訊ねると、市役所の職員だった。
生活保護受給者には、三か月ごとに収入の確認と面談が行われる。
職員の来訪は、その一環であり、また、季節の訪れを告げる風物詩のようなものだ。
ちなみに何故訪問という形がとられるのか、というと、登録した所在地での生活実績があるかどうかをチェックする意味合いもあるのだという。
お世辞にもきれいとは言えない部屋に上がってもらい、書類への記入作業を行う。
書類に記入する内容は、記憶だけで書いているので抜けがあると思うが、羅列すると大体こうなる。
住所の記入。
労働による所得の有無を確認。
仕送りの有無を確認。
米や野菜などの現物での支援の有無を確認。
生活保護受給の理由。
その他収入の有無を確認。
捺印。
要するに「生活保護費だけで暮らしていますか?」という問いかけだ。
昨今問題になっている保護費の不正受給は、これらを隠した際に発生する問題だ。
食糧品での支援は、食べたら消えてなくなるものなので、三か月に一度というスパンを考えると、隠ぺいは簡単だろう。
個人事業主のように、領収書を保管する義務が無いのだから、カニとか高級牛肉でもない限り、買ったと言い張れば押しとおってしまう話だからだ。
そもそも、カニとか高級牛肉をくれる人が居るようなら、生活保護は受けてないだろう。
発想があまりにも雑すぎるが、勘弁して頂きたい。
仕送りの確認、これも、たとえば手渡しで発生するなら隠ぺいできるだろう。
もっとも自分の場合、そういう形で資金援助を受けられない立場なので手口を考えるだけ無駄な話なのだが。
そもそも、手渡しでお金をくれる人が居るようなら、やはり生活保護は受けていないだろう。
ヒモなりニートなりしていたほうが、何倍も楽でありマシである。
だが、所得の有無の確認。
これは、どうすればそんな「美味い話」があるというのか。
バイトですら、最近は預金通帳への振込が多い。
仮に自分が昔の伝手にすがって仕事を請けたとしても、やはり預金通帳への振込でしか金銭のやり取りは行わない。
まっとうな仕事をして得られた所得なら、隠しようのあるはずもないのだ。
そもそも、仕事があるなら、こっちはいつだって働きたいというのに。
こんなことを言うと怒られるかもしれないが、不正受給のやり方指南なんてものがあるなら、やるかどうかは別として一度聞いてみたいものだ。
そういう悪い方向に伝手のある人間は、いくらでも頭が回って、いくらでも儲けている事だろう。
だが、自分のように病気理由で生活保護を受ける身になった者からすれば、とんだとばっちりだ。
自分が生活保護受給者だ、なんてことは、率先して話題にするような話ではない。
このアパートはご近所付き合いが無いので、尚の事だ。
面談は、自分の場合、健康に関するものがほとんどだ。
記憶がおかしくなったこと、MRI検査を受けたこと、そういった内容を話した。
あとは、家族との接点はありますか、という質問だった。
父親との関係は相変わらず不仲だし、それに引きずられて母親とも疎遠。
弟に至っては、どこに住んでて何をやっているかも知らない。
家族が希薄になってしまっている。
なんて残酷な質問をするのだろう、と、三か月に一度の訪問は嫌な思いで終了する。
次の訪問は、六月か。
その頃までには、就労支援施設が決まっていればいいなと思う。
その頃までには、仕事が決まっていればなおのこといいと思う。
まずは直近の問題である、主治医のゴーサインを得られねばならないだろう。
社会復帰まで地道に近付いていたはずなのに、ずいぶん遠い話になったような気がしてしまう。
たった一つの大きな体調不良が、すべてを遮断してしまう。
生活保護行政は、何度も言うようだが日本国の底力を見せてくれる。
同時に、やはり制約は多い事も示している。
もっとも自分の場合、施設という民間のコントロールを受ける比率が高い。
世の中、ままならない。




