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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
就職活動開始期
54/127

検査の日

 今朝は、三十分遅く目を覚ました。

 今日は施設はお休みし、毎月の採血検査に行くことになっていたからだ。

 予約の時間まで、余裕はたっぷりとある。

 いそいそと茶碗を持ち、炊飯器の前に立って、思い出した。

 採血検査なので、朝食は抜いていかねばならないことに。

 がっかりした。

 この手間が省けることを計算していれば、あと三十分は寝られたというのに。

 暖房費がもったいないので、改めて布団にもぐりこむ。

 冷えてしまった毛布だが、無いよりはマシだ。

 出かける前の、このごろごろ感は、たまらないものがある。

 病院までは、自転車で十五分といったところにあり、坂の上に建っている。

 面倒くさい立地条件だ。


 ちゃっちゃと支度を済ませて、自転車に乗る。

 既に通勤者の姿は消え去っており、通りを歩く人の波はまばらだ。

 今日は電車に乗らないこともあり、いつもと違う道を走っているから、なおの事そう感じるのだろう。

 朝の風は、やはり冷たい。

 普段の今頃なら、施設の送迎バスに揺られている頃だ。

 バスの中は暖房が効いているだろうな、昼飯はどうしようかな、と思うと、施設が恋しくなる。

 特に問題が起こるでもなく、無事に病院に到着する。

 外と違い、待合室は老人でごった返していた。

 検査の場合、採血をしてから三十分後に診察室に呼ばれるよう、予約制となっている。

 だが坂道を自転車で駆け上り、五分も経たないうちに採血に呼ばれるのは考慮してほしいと思う。

 採血の試験管に吹き出る血液の勢いが強いのだ。

 注射針のチクリと刺す痛さに見合わない量の出血をしているように思えてしまい、どうにも心理的に具合が悪くなる。

 体から血が噴き出しているのを見て、平然としていられるほど、自分の心は強くないのだ。

 普段はいつ死んでもいいやと思っているくせに。


 それはさておき、ほどなくしばし。

 診察の順番が回ってきた。

 検査の結果は、例によってγ-GTP値が二百と高い以外は正常だった。

 自分からしてみれば、かなり良い体調だと言えよう。

 だが最近起こった記憶が無くなった騒動を話すと、主治医の目が変わる。

 自分は若い頃、脳血栓で倒れている。

 そこを発端として、今の境遇まで落ちぶれてしまったのだ。

 主治医はさも当然とばかりに、施設に言われたMRI検査の提案を了承した。

 幸い、設備は今すぐの利用なら空きがあるとのこと。

 生活保護を受けていなければ、かかる費用の事を考え、ためらっただろう。

 だが、今は国に生かされている身勝手な立場だ。

 それにどのみちこの検査は、経過観察で本来なら昨年末に受けねばならなかったことでもある。

 税金を食いつぶしていることに慣れてきているな、と、後ろめたさが胸を突くが、仕方があるまい。


 主治医の指示で、五分と掛からず、自分はMRIの装置に身を横たえることとなった。

 MRIは、正直、何度受けても慣れるものではない。

 音波の響きが、まるで脳みそを重機で穿ち、掘削しているような気分になってしまう。

 そのうえ、検査室内はオルゴール調にアレンジされたジブリ作品のBGMが流れている。

 患者のリラックスを考えての事なんだろうが、この場でオルゴールは場違いに過ぎるのではないか、と、いつも感じる。

 ガンガンゴリゴリカツカツと機械がけたたましく音を上げるのが、一瞬、静かになる。

 静かになると、間髪おかずにオルゴール音の「となりのトトロ」が鼓膜を揺らす。

 そしてまた稼働し始める機械。

 静寂に身をゆだねる暇は一つもない。

 鼻の頭が、耳の穴が、眉間が、かゆい。

 だが、かくことは許されない。

 そんな時間が、二十分から三十分も続くのだ。

 これは医療行為という名に隠された、拷問の一種ではなかろうか。


 再び、主治医の前に。

 別の日に放射線医の診断はおりるということだが、主治医の所見としては「特に大きな問題は見当たらない」とのことだった。

 身体的には一安心、と言ったところだが、こうなると益々あの「消えた一日」が産まれた記憶の混乱は何が原因なのか、という話になってしまう。

 その辺りは、精神のほうの主治医に任せるしかなかろう。


 昼飯は、手軽にチキンラーメンにすることにした。

 五袋入りが税込で三百円と高価な買い物だが、今日は手軽に済ませたい気分だった。

 レジに並んでいる間に、ずいぶんと値段が上がったものだな、と内心毒づいた。

 昔はこんなに高くなかったのに、と。

 それを言い出せば、自分の生活水準もこんなに低くなかったのに、が続いてしまう。

 詮無い話が、脳内で繰り返される。

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