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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
就職活動開始期
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記憶が無い

 記憶が無くなっている、いや、曖昧になっているというべきか。

 ここ数日の記憶が、ごっそりとそうなっているのだ。

 性質が悪い事に、マダラボケのように、覚えている部分、そうでない部分、はっきりと分かれている。

 月末に、生活保護費を引き落とした。

 通帳には、その引き落とし額が記帳されている。

 だが、本人に覚えがないのだ。

 二月二十七日に、千円おろした記帳があるが、これは代引きで古本を買ったからであるというのをはっきり覚えている。

 やはり飲酒を疑うが、アパートにも、酒を飲んだ形跡がない。

 では外で酒を飲んだかと問われれば、クレジットカードを使った痕跡も無い。

 そもそも月末、物理的にカネが無いのに、そんな考えを持とうはずもない。

 前述「胃具合が悪い」を書いたのも、正確には二十八日の夜中の事になるのだが、その実これを書いた覚えもないのだ。

 読み返して、その内容と現状との乖離を突き付けられている次第だ。

 いつのものかは知れない(施設に問い合わせたところ、二十八日との答えが返ってきた)が、確かにアルコール検査器を突き付けられた覚えはある。

 だがそうなると、覚えている食事の内容に整合性が出ないのだ。

 施設でカレーは、二十七日、つまり月曜日に供されている。

 二十八日は、鶏肉だったそうだ。

 人間だれでも、いつに何を食べたかがわからないのは普通にあることだから気にしない。

 ところがそこに、半額弁当の消費量という具体的数値で示されるものが整合性を持ってきてくれない。

 本来なら、今日の夕食分まであるはずなのだ、それが、無い。 

 

 ちなみに今日は、またしても、あまりの具合の悪さに施設を休んだ。

 酒も、飲んではいない。

 定期的な採血検査は来週なので、今日は行われなかった。

 なんだろう、この心理的な気持ちの悪さは。

 すべてが腑に落ちないのだ。

 そもそも現在、酒に金を出すくらいなら、劇場版ソードアートオンラインを観に行くに決まっている。

 自分の行動パターンからして、選択肢はこれしかない。

 映画を観て、ラーメンを食べて、書店を覗いて帰る。

 現状考え付く限りの最大の贅沢の内容が、これだ。

 いったい何が起こったというのか、まったくわからない。


 施設に電話をして、通所の状況と健康チェックの内容を照会してもらう。

・二十七日に通所している(おぼろげながら記憶あり)

 代引き古書の代金として、銀行口座から千円引き落とし(おぼろげながら記憶あり)

 体調は悪そうだったが、特記するほどでもなかった

 二十七日の午後八時ごろ酒を飲んだと自分から言っているらしいのだが、前述のとおりアパートに酒の痕跡は無い

・二十八日に通所している、気分が悪そうだった、飲酒検査を行った(記憶無し)

 三月の生活費として、通帳に残っていた金額を全額引き落とし(記憶無し)

 つまり二十七日、若しくは二十八日のどちらかの記憶が、ごっそりなくなってしまっているのだ。

 今日が三月一日「ではない」と完全に思い違いをしていた点から、それが推論される。

 認知症の老人が抱える漠然とした恐怖というのは、こういった類のものなのだろう、と思う。

 自分ではやっていないと主張するが、現実は違うかもしれない。


 今回の症状、発祥した条件が、仮に過剰なストレスが原因だとすれば、だが。

 とある男の存在が浮上する。

 自分の置かれた立場も説明できなければ、そもそも二度とツラを合わせたくない、かつて自営をやっていた頃に出会った男からの接触だ。

 その男から、仕事を請けろ、と要請されたのを蹴ったのだ。

 蹴られると思っていなかったその男、大層面子を潰された様子で、いたく憤慨し、罵ってきた。

 その接触が二月の中旬の頃だったか。

 それからという物、精神状態が不安定になり、不眠の気が出始めた。

 情緒不安定にもなった、諸悪の根幹だ。


 なんだ、原因・経緯・結果、すべて揃ったではないか。


 あの男が悪い。

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