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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
不安期
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施設はなにをするところ?

 かくして数日ののち、施設生活ははじまる。

 言ってみれば、現時点での自分は異物だ。

 体験入所時に誰からも話しかけられることはなかったから、排斥の意図が交わされるだろう、と、気は重かった。


 午前八時半。

 自宅を出て、障碍者割引運賃の百円を払って電車に乗る。

 隣の駅前にやってくる施設の送迎バスを待つためだ。


 一駅くらいなら歩けばいいじゃないかと思うだろうが、なめて貰っては困る。

 なにせ自営時代。

 自宅が職場なので、起きた時間が始業時間という生活だったのだ。

 たとえば、昼前に起きて深夜三時まで作業。

 たとえば、連続する徹夜仕事。

 たとえば、午前九時からの打ち合わせ。

 休日という概念はカレンダー通りではなく、スケジュールが空いている日に取るもの。

 そんな日々の繰り返しで生きてきたのだ。

 職場まで五十歩もない快適通勤だった生活スタイルを、いや、朝の決まった時間に起床して身支度を整えること自体を、施設利用の理由に挙げたっていいくらいのものだ。

 生活リズムが乱れに乱れていた自分には相当こたえる上、隣の駅まで二キロ以上ある。

 送迎バスが来る近くに駐輪所でもあればと考えもしたが、そんなに都合の良い話はない。

 どちらにしろ出費が発生するのなら、楽なほうを選択してしまうのは人のさがだ。

 それよりなにより、体力が無い。


 送迎バスに乗り込むと、そこから施設に到着するまでの約四十分は何もすることが無い。

 車内は、次々と乗ってくる施設利用者間で会話が交わされるわけでもなく、ラジオがかかっているわけでもない。

 ただただ、車体の軋み音と車輪の動きに合わせて体を揺すられるだけだ。

 ぺちぺちと、スマホとかいう薄っぺらい板を指でつついて暇をつぶす。

 そのくらいのものだ。

 恐らく、この空気に慣れていけば、これが日常になるのだろう。

 いや、まずはこれを日常にしなければならないのだ。

 就労支援を受けるにしても、仮にすぐ仕事が見つかったとしても、今の自分では、社会人以前の「規則正しい生活」の部分でつまづいてしまうのが目に見えている。

 様々なことを一緒くたにして考えつつ、時を過ごす。 


 施設に到着すると、すぐにその日のスケジュールが始まるわけではない。

 送迎バスは数便あり、それぞれが活動の三十分ほど前に到着する見積もりで動いているようだった。

 手持無沙汰なので室内をうろうろしてみると、月間スケジュール表が張り出されていることに気が付き、目を通す。

 その内容の、なんとまあ、ユルいことか。

 生活講習(これは体験入所の日に行われたカリキュラムのひとつだった)といったいかにもなモノもあるにはあるが、自由活動やゲーム大会、果てにはカラオケといった項目すらある。

 思えばここまで昼食のことばかりで、施設で何をするのかといった疑問はほとんど持っていなかったのでさすがに面食らった。

 まるで娯楽施設じゃないか、というのが率直な感想だった。

 次に、昼食の週間メニュー表に目を通す。

 この施設では月曜から金曜まで、毎日わりと凝ったものが提供される。

 参考までにある日のメニューを挙げると。

 ご飯、お吸い物、ひじきの煮物、ポテトサラダ、鳥の南蛮漬け。

 一人暮らしでは、とてもじゃないが用意できないし、しない内容だ。

 これに二百円でありつけるだなんて、夢のような話だ。

 はやく週二回から、月曜から金曜まで施設を利用できるようになりたいと思った。


 掲示物に目を通すと、未だ勝手がわからないので暇を持て余してしまう。

 緊張の面持ちで椅子に座って過ごしていたら、先達の入所者が麻雀をやらないかと誘ってきた。

 話によると、この施設には備品として、麻雀と花札とトランプが備えられているという。

 ここは本当に、何をするための場所なんだろう。

 精神を病んだ人のための施設だというのは、わかる。

 わかるが、それと麻雀の関連性にまで、現時点の情報量では繋がらない。

 スタッフに視線を向けてみるが、別段気にした風でもない。

 とりあえず、ルールを知らない、と伝えたら、残念そうに離れていった。

 気を使ってくれたのに申し訳ないとは思うが、警戒心がぬぐえない。

 基本的に人間嫌いなため、相手の人となりか間合いがわからないうちは、どうしても打ち解けるのは苦手なのだ。

 ついでに言えば、麻雀は、まったく知らないかと聞かれれば、それは嘘になる。

 アカギや咲などの麻雀漫画を読んだことはある。

 麻雀漫画でふんわりと覚えている、つまりはタダのど素人だ。

 その程度の知識なので、これは仕方がない対応だと言えよう。

 誘ってくれた人は、恐らくいつもの面子だろう人達と、一局打ち始めていた。

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