動く
わずか数年とはいえ、隔世の感があった。
施設のソーシャルワーカーと一緒に、ハローワークに、障碍者枠の求人登録をしに行った。
自分は過去に、障碍者手帳を取得したその足で求人登録をしたことがある。
その時の担当者の扱いたるや、この、糞お役所仕事め、と内心毒づいたほど悪かった。
それが今回の対応と言ったらどうだろう。
耳を傾けてくれる点もそうだが、横にソーシャルワーカーが付いていてくれるとはいえ、対応が真摯なモノだったのだ。
聞けばこの制度自体、今年度に始まったものらしいので、再出発としてはちょうどいいタイミングだったのかもしれない。
ただ、それを踏まえたうえでも、かつてのハローワークの障碍者枠対応は、クソだった。
いくらフルタイム・正規雇用を望んでも、出してくるのはパート求人ばかりなんて対応は、ザラだった。
確かに現在でも、正規雇用のタマ数は少ない。
だが、それを引っ張り出してくれるかどうかの時点で話が違ってくるようなことは無い。
そんな印象を受けた。
かつてなら、適当な求人票を印刷して、押し付けるだけだったのが、今回は違った。
今回はあくまで面通し、求人票を押し付けるでもなく、こちらの事情を聴いてくれた。
そもそもハローワーク側の「担当者」が付くなんて思ってもいなかった。
自分は幸い、ネット環境を保持している。
そのため、ネットで調べた求人票で「これは」と思ったものがあれば、担当者に直接連絡しても良い、と、承認を頂けたのだ。
なんでも今は、面接訓練や履歴書の書き方、ビジネスマナー講習までハローワークが手掛けているという。
至れり尽くせりだ。
そもそも履歴書の書き方なんて、覚えていやしない。
最後に書いたのは、学生時代に本屋のバイトをした時以来ではなかろうか。
学生時代、港湾荷役の日雇いをやった時には、少なくとも履歴書は必要なかった。
そもそも自分は、字が汚い。
キーボードを叩いて印字したほうが、お互い心地よくなるものだろうに、と思っている。
ハローワークまでの移動やサポートは、ソーシャルワーカーの運転する軽自動車が担った。
ソーシャルワーカーは、施設からハローワークへの移動時間中も、施設へ戻る間も、とにかく話を振ってきた。
人となり、考え方のヒントを掘り出したいからだろうというのは、容易に察せられた。
意図が見え、なおかつ自分の役に立つ人物を相手に、つんけんする必要もない。
こちらも赤裸々に話す。
主治医に話していないようなことも、つらつらと口をついて出てきた。
人間は嫌いだ。
だが、自分の得になる相手なら、やぶさかではない。
思うさま、語った。
プロだな、と思った。
聞きだし上手というか、聞いてなお、どういった方向性を望むのかという漠然としたモノに形と名前を与える一助を、的確についてくる点を以て。
話術、ではない。
自分のように面倒くさいタイプの心をほぐし、語らせるための、技量を磨いていることは明らかだった。
普通に生きていれば、こんな仕事があるなんてこと自体、知らなかっただろう。
だが、彼はここにある。
自分より、明らかに若い。
若いが、誠実さを感じる。
彼の私生活に思いをはせようと思っても、彼は自分のプライベートは語らないのだ。
聞き出そうとしても、上手くいなす。
繰り返しになる、プロだな、と思った。
ハローワークとの面通しは、午前中で終わり、施設に戻る。
今日は食いっぱぐれたな、と思っていたら、自分の食事はきちんととってあった。
一日一食で済ますしかないな、と思っていた自分にとっては、大きな誤算だった。
現時点で、同じく就職を目指す利用者が声をかけてきた。
お互いに探りを入れあっているのだから当然である。
特段秘密にするようなことは無いので、あったこと、思ったことを正直に告げた。
彼自身の経験を含めた質問をされたが、自分はそこまで至ってはいないので返答に困る。
体験していないことを批評するなど、出来るはずもないのだ。
その間に、スタッフが自分の昼食をレンジで温めてきてくれた。
暖かい飯、これだけで心が安らぐ。
貧すれば鈍す、まことにその通りだと思う。
立場が立場だけに「我に続け」とは声を大にして言えようはずもないが、それで助かる人が居るのなら、どうか届いてほしい。
ハローワークでの扱いも、施設の後ろ盾があったからこそ良いものだった。
いくら仕組みが今年度から始まったと言ったところで、ここまで激変するわけはない。
それに、横に、言葉足らずな部分をサポートしてくれる人が居るのと居ないのとでは全く違う。
自分は施設を通しているため、二重の護りとなっているが、公的機関やそういったサービスは十全盤石に使っていったほうが良いと思った。
動け、動け、動け、動け。
動けばいつの間にか良くなっている道だってあるものだ。
逆に、動いていなければ「良くなったところ」には気づきようもない。
ハローワークの体制がここに至るまで、どれほどの無念が礎となったのか。
あと一年、あと二年、いや、あと五年。
就職という名の救いを享受できた人々は、数多に及ぶだろう。
彼らの血の涙の上に、自分は立っている。
無駄には、すべからじ。




