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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
不安期
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施設入所の準備行動

人間の欲求の順番は絶対、衣食住じゃなくて、食住衣だと思います。

 生活保護の話がひと段落したところで、施設利用のため奔走した数日間を語ろうと思う。

 やるべきことは簡単で、費やした時間のほとんどは移動のためだったが、これが存外に辛かった。

 まず最初に行ったのは、市役所の窓口へ行き、施設の利用をする旨の申告を行うことだった。

 本来これは優先度の低い事なのだが、何故最初に手を付けたかというと、やるべきことを教えてもらえるのではないか、という期待があったからだ。

 これは図に当たり、ことはスムーズに運ぶことになる。

 やるべきことは、大きく三つ。

・市役所への申請

・現在の主治医への報告

・保険所で、自立支援医療の内容書き換え

 これだけだ。

 これだけなのだが、体力が劇的に落ちた肉体には少々酷な運動である。

 施設の担当者に言われたことは、正しかったのだ。


 公共交通機関を使うなんて言う贅沢が出来ない身の上であるから、三つの施設を自転車で行ったり来たりすることになる。

 二つは公的機関である市役所と保険所、もう一つは通院していた病院だ。

 市役所と保険所は近いのだが、近距離を行ったり来たりは精神的に面倒くささが先に立ち、疲労感を増強させる。


 主治医のところには、報告と、施設へ提出する一筆をもらわなければならない必要上、どうしても顔を出さねばならない。

 病院併設型という性質上、主治医を、それまでの医師から施設の医師に変更する必要性が発生したわけだ。

 文字にしてしまえばなんということはないが、葛藤はぬぐえない。


 古くは自立支援医療申請のために、そして障碍者手帳の交付、生活保護受給に至るまでのおよそ十年間。

 長い間お世話になった先生の所から転院しなければならない現実に対して、申し訳なさが先に立つ。

 この半年間だけでも、とんでもない量の迷惑をかけたのに、裏切るようなものではなかろうか。

 罪悪感のようなものを感じつつ病院へ行き、主治医の前に座り、話を切り出す。

「ああ、そうですか。じゃあ一筆用意しますね」

 実に、あっけらかんとしたものだった。

 まるで、自分が義理立てしていたのが馬鹿だったのではないか、と思うほどに。

 ただし、今すぐ用意はできないので、後日、改めて取りに来るように言われた。

 

 自立支援医療の変更は、今日やってしまって構わないとのことだったので、その日のうちに改めて保険所へと向かう。

 節電のため薄暗い所内で、若い事務員に声をかける。

 自立支援医療の手帳と障碍者手帳、それと印鑑を鞄から取り出し、事情を話すと、事務員はファイルを取り出してきて、いくつかのことを確認された。

 一通りの流れを終えて、処理が終わるまで設置された長椅子に座り、しばらく待つ。


 通り雨が降っていた。

 保険所の独特な雰囲気と、ほの暗さ。

 窓にほつほつと当たる水滴と、静かに流れるだけの時間。

 暖かい時期の雨は、嫌いじゃない。

 濡れるのも、よほどのものでない限り、同じだ。

 スマホで、明日の天気を見ると、一日中曇りと出ていた。

 明日は、施設入所時に必要となるものの買い出しがある。

 たった十キロの移動で、息が上がっている自分が情けなかった。


 翌日は、起きるととうに昼を回っていた。

 施設の入所日を考えれば、買物も含めて時間が無い。

 仕方が無いのでこの日は、公共交通機関を使うことにした。

 まずは、主治医のところへ行き、一筆を受け取る。

「十年近くの長い間、ありがとうございました」

「いいんですよ、元気になってくださいね」

 最後のやり取りは、こんな何気ない一言だったと覚えている。

 

 次に、靴を買いに行った。

 施設では、所内に体育館が設置され、運動療法がおこなわれているそうだ。

 これがいつもながら、問題になる。

 足のサイズが二十八センチで、足の甲幅が広い。

 そのため、デザインよりも足に合うかのほうが重要なのだ。

 商店街の中にある靴屋に入ってみた。

 どうやら学校指定の商品を扱っているらしく、古い外観ながらも品ぞろえは豊富だった。

 物色していると、店員だろうおばあちゃんが奥から出てきた。

「どういう靴をお探しですか」

「はい、二十八センチで足の甲が広い運動靴を」

「はあねえ、それじゃあ、これとかどうかしらん?」

 色は黒、デザインはやや古いものの、軽かった。

 それ以外のおすすめが出てこないところを見ると、あまりごり押ししない店柄なのだろう。

 試しに履いてみるが、悪くはない。

 自分がファッションに気を使わないタイプなので、これにしてしまおうと思った。

 値段も、言い方は悪いが中学生・高校生向けの無難な価格だったので躊躇するほどでもなかった。


 これで、一通り必要なものがそろったことになる。

 残るは、入所当日を待つばかり。

 いざ施設利用者になる、同じものになるのはわかっているが、偏見がぬぐえない。

 差別を助長するつもりではないが、新しい環境に飛び込むのが怖いのだ。

 自分が、どうこう言われる立場に立つのが怖いのだ。

 それも、社会からはあまり理解を受けない施設だ。

 話し相手にも飢えていれば、食事にも飢えている。

 人の心は、簡単には割り切れない。

 そういうものなのだ。 

そろそろみかん買って、爪の間を黄色く染めたい。

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