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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
日常期
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クラウツ

 B級野菜を取り扱う八百屋で、キャベツが一玉百円で売っていたので、二玉買った。

 一玉は茹でて食べるとして、もう一玉はザワークラウトにする。

 ザワークラウトとは何ぞや、簡単に説明すると、ドイツの漬物。

 ドイツ人を「クラウツ(キャベツ野郎)」と蔑称する由縁につながる食べ物だ。

 などと語ってみたところで、所詮は漬物。

 大根葉や白菜以外とさほど変わらない。

 強いて挙げれば乳酸発酵の結果出来上がるもののため、すっぱいくらいだろうか。


 材料は、キャベツと塩。

 それに、握力と大きめのボウルと漬物漬け器があれば、だいたい四日から一週間くらいでできる。

 キャベツを千切りにし、塩を一玉辺り大さじ三から四を加え、ひたすら揉み続ける。

 目安としては千切りにしたキャベツがしんなりとし、水分がボウルの底にたまるまで、だ。

 揉みあがったものを、漬物漬け器に出てきた水分ごと漬け込む。

 人によっては揉まずにそのまま塩漬けにするようだが、揉んだほうが乳酸菌が良くまわるからだろうか、経験上明らかに失敗が少ない。

 やることのない身にとっては、十分すぎるほどの時間つぶしになる。

 

 文字にしてしまうと、なんとも簡単だ。

 だが、ここに大きな罠が待っている。

 キャベツは、存外に固い野菜だということだ。

 そこで必要になるのが、握力だ。

 華奢な腕では美味いものにはありつけない。

 今回は、時間にして二十分ほど揉み続けただろうか。

 時間だけは浪費できる身の上には、ちょうど良い作業時間だ。


 ちなみにこのザワークラウト。

 市販品を買おうとすると、一瓶四百円近くする。

 主食であるところの半額弁当が、二つも買えてしまう高級品だ。

 食べたければ作るしかないし、なによりキャベツが安い時に作るなら大変安上がり。

 なにより一年中作れるのが大きい。

 大根葉や白菜など、出回る時期が限られる野菜より、慣れてしまえば取り回しがいいのだ。

 

 なんにでも、慣れが必要だ。

 なんだかんだあるが、施設にも大分慣れた。

 しかし、いつまでも居ていい場所ではない。

 確かに施設に通うことにした動機は美味い昼食だし、それは今でも大きなウェイトを占める。

 規則正しい生活、というのにも体がなじんできた。

 集団行動にも、以前ほど苦痛を感じなくなりつつある。

 はっきりいうと、居心地がいいのだ。

 だからと言って、現状に甘んじてばかりもいられない。

 施設に慣れるのはあくまで目標、一通過点であり、目的は社会復帰なのだ。

 誰が好き好んで生活保護に甘んじているものか。


 精神的な病は、固いキャベツのようなもの。

 単体では味気ない葉っぱだだが、塩を混ぜ、良く揉んで発酵させることで柔らかくなり、美味しくいただける。

 塩が施設の利用者なら、良く揉む工程は施設が準備してくれている各種サポートの活用。

 発酵は、必要な時間だ。

 社会復帰は、ザワークラウトを完成させるようなものではないだろう、と考える。

 とすると、完成したザワークラウトはどうするか。

 食べるか、出荷するかだ。

 根治寛解には未だ遠く至らないが、施設という桶に入れっぱなしで放っておけば、腐るに任せるだけになる。

 居心地が良いということは、そろそろこの場所から去ってもいい時期が近い、ということなのではないだろうか。

 それは、今すぐかどうかはわからない。

 それでも、動かなければ何も変わらない。

 社会復帰までに打てる手は、すべて打ってきている。

 あとは、時間だ。


 繰り言になるが、生活保護という居心地の良いゆりかごに呑み込まれたくはない。

 心が折れたら、終わりなのだ。

 なにより、自分で稼いだ金で飲む酒をもう一度、存分に味わいたい。

 その時は、ザワークラウトを肴にして、だ。

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