ぬいぐるみとおにんぎょう
オタク談義の相手になってくれる利用者の彼。
自分と話すようになって、彼のタガが、外れた。
彼はもともと、ぬいぐるみを施設に持ち込んでいた。
そのぬいぐるみの、ジャンルが変わった。
当初は、ピカチュウやひこにゃんといった「一般的」なものだった。
ところが、だ。
ある日彼が持ってきたのは、「ご注文はうさぎですか」のティッピーだった。
スタッフは、ああ、新しいのを買ったからそっちを持ってきたんだな、程度の対応だった。
ところが彼は、のんびりしている他の利用者の頭に、突然ティッピーを乗せては悦に至り始めたのだ。
事情を知らない利用者達は、ああ、仕方がないなといった温かいまなざしを送るばかり。
知らぬが仏とは、良くいったもの。
乗せる相手はチノちゃんではない、おっちゃん達だ。
絵面が、子や孫に遊ばれている老人のそれになっていた。
あ、これはやばいな、と思った。
同好の志に飢えていたのは、自分だけではなかったということだ。
ココアさんやめてください、と、のど仏辺りまで声が出そうになった。
日を追うごとに、彼の持ち込むぬいぐるみは、種類も量も増えていく。
東方シリーズなんて、わかるのはこの施設の利用者では自分だけだ。
しいたけの彼も、知らない。
わかる人にしかわからないモノで、彼は着実に攻めてきていた。
流石に七つも持ち込んだのはスタッフに注意されていたが、ジャンルについての言及は無い。
むしろ、彼が活発に他者と接するようになったことを好意的に受け取っている様子だ。
施設的には良い話なのだろうが、それがなんなのかを正しく理解している自分としては、たまったものではない。
活動内容がカラオケの日は、初音ミクのぬいぐるみを片手にボカロ曲を熱唱する。
オープンなのだ、彼は。
周囲はなんのこっちゃ、でおしまいなので、やりたい放題だ。
対してこちらは年齢も年齢、隠しておきたいお年頃。
ただ、やり取りでバレているだろう。
自分の趣味も。
ああ、彼の若さが、とてもまぶしい。
ともあれ、そんな日が続くなか、彼はついに、踏み越えてはいけない一線を。
彼は、防衛線をいとも簡単に乗り越えてきた。
もってきちゃったのだ。
フィギュアを。
ちょっと待て、と。
持ち運んでるうちにアホ毛とか細かいパーツが壊れてもいいのか、と。
最初にツッコんだところがコレだったのだから、自分も大概である。
それから、流石にフィギュアはアウトだろ、とツッコんだ。
フィギュアの類は、自宅でひっそりと愛でるものだと自分は思っている。
ところが彼は、平然と言ってのけた。
「これは二体持ってるんで大丈夫だから」
と。
初めて見た、これが布教用と観賞用というやつか。
彼は、虎視眈々と狙っていたのかもしれない、この機会を。
この機会ってどんな機会だ、と、思わないでもないが、そこらは彼も心得たもの。
こんなもん見つかれば、確実にスタッフに怒られるのはわかりきっている。
そのため、スタッフの目が届かない、自分と一緒のときだけしか取り出さない。
そう、取り出さないのだ。
彼は、内ポケットに、フィギュアを、常に、忍ばせて、活動している。
流石にマズいから、持ってくるのは控えるようにというが、聞きやしない。
考えてもみてほしい。
スタッフの目が無い隙を見計らって、彼の胸元から、メイド服の女の子のフィギュアが白昼のもとにさらされるのだ。
彼はいいのだろうが、こっちははっきり言って心臓に悪い。
ばれたときの巻き添えを喰らうのは、目に見えているのだ。
そう、ここは精神を病んだ者が通所する施設。
歯止めがきかないとなれば、暴走は際限なく加速する。
なんだかんだ言って、手段こそアレだが、彼は他者との関係構築のステップを踏んでいる。
スタッフ側は良い傾向とみているだろうが、ことフィギュアに関しては、だ。
慎ましく、ひっそりひそやかに楽しんでほしいと願うのは、自分のわがままだろうか?
いずれはスタッフに怒られるだろうが、彼は止まらない。
どうやったら止められるのだろうか、誰か教えてほしい。




