表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
日常期
36/127

人類の敵を食わねばならない場合

 大家さんから、キムチを貰った。

 体の悪い奥さんを、自宅に運んであげる手伝いをしたお礼ということだった。

 幸い純国産のものだが、これは個人的に大問題だった。

 自分は、唐辛子に極端に弱い。

 ワサビや生姜、ミョウガに山椒などは大丈夫なのだが、カプサイシンに対しては、半ばアレルギーのような症状を引き起こしてしまうのだ。

 具体的には、頭皮が五百円玉サイズでめくれ上がるなどといった実害が発生するし、腹も壊す。

 かといって、玄関先で「食べられないんでお気持ちだけで」とやんわり断るのも失礼に値する。

 このアパートに引っ越してきた当初、いきなり「一万五千円貸してくれ」と言ってきた、大変頭の弱い住民がいるのだが、相談したところ、間に立って上手い事住民を注意してくれたような良い人なのだ。

 そんなことだから、味方になってくれるご近所関係を壊したくはない。

 社交辞令で、「ありがとうございます、でも唐辛子が苦手なんで全部食べ切れるかどうか」とやんわり「もうこの手のは要らないよ」と告げるのが精いっぱいだった。


 食糧難は、常態化している。

 いや、貯蓄に回している一万円を崩せば、一気に解消する程度の話なのだが。

 最近では、梅干しの漬け酢をご飯にかけて食べるのが、朝食の慣例となっている。

 なんとか解決法を見出さなければならない、そこにやってきたのがキムチである。

 もう、四半世紀は食べていない代物に、怖気づく。

 カレーはバーモントの甘口しか受け付けない。

 居酒屋でピザを頼んで、勝手にタバスコをかける奴には殺意すら覚える。

 今まさにこれを書いているだけなのに、鼻に汗が噴き出してくるくらい、駄目なのだ。


 甘口とラベルには貼られているが、信用なんてできない。

 かといって捨てるのは大家さんに失礼だし、何しろもったいない。

 ままよ大胆、ここは食べることを決断した。

 

 一口で、この選択が誤りであったことを痛烈に思い知る。

 額、顎、鼻、口回り、わきの下。

 ありとあらゆる汗腺が開き、テーブルの上や床に、汗とも水とも知れないような液だまりが作られてゆく。

 出汁というべきなのかはわからないが、キムチの味自体はおいしいんだろうと思う。

 だが、問題はカプサイシンだ、これは、人類の敵だ。

 山間の農家では、唐辛子を猪避けとして畑で燻し、動物の食害を食い止めるのに役立っているという話も聞く。

 なんだ、人類の役に立ってるじゃないか。

 だが、駄目なものはやはりだめだ。

 日頃摂取している野菜の量は、少ない。

 対してキムチは、結構な物量の白菜が漬け込まれている。

 

 一口かじっては、白米を口に運び、中和を施す。

 それでも汗は止まらない。

 見る見るうちにシャツは濡れそぼり、滴る汗は止まらない。

 脱水症状の予感すらする。

 はるか昔に食べた、陸上自衛隊の戦闘糧食の酢豚のほうが格段においしいと感じた。

 

 ここまで嫌なら捨てればいいじゃないか、と、気楽に言うだろう。

 これは、苦痛に苛まれる、人類最大の害悪であろうとしても、食糧なのだ。

 まず間違いなく、おかずたり得るのだ。

 それがたとえ、体を害する行為だとわかってはいても。

 

 今度大家さんに会ったら、辛すぎて食べられませんでした、ごめんなさい、と頭を下げよう。

 何故なら既に、腹具合がおかしいのだ。

 トウガラシ抜きのキムチがあれば、安全だろうに。

 タダの白菜漬けの、なんとシンプルでバランスのとれた漬物であることであろうか。


 世のアレルギー患者の苦しみが、少しだけわかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ