信じて頼まず
施設の活動には、所外活動というものがある。
スタッフ引率のもと、施設外に出て観光したり、買物をしたりするものだ。
参加も不参加も利用者の自由意思が尊重されるため、強制ではない。
そのため、今まで一度も参加したことは無かった。
ただ今回、目的地にひかれて参加を決意した。
この地域では観光地としても有名な神社、それが理由だった。
若かりし日、ベンチャー企業の役員なんぞをやっていた頃、仕事が無い時によくふらりと足をのばした、思い出の場所。
もう、十年以上は訪れていない神社。
純粋に、懐かしさが先に出た。
神社までの移動は、普段送迎に用いられているマイクロバスが利用される。
ここで、少しだけ後悔した。
マイクロバスに、十五名近くの利用者とスタッフが乗り込むわけだ。
車内はもう、ぎちぎちである。
送迎の際は、隣に誰かが座るなんてことはめったに起こらないが、所外活動ではそうもいかない。
自分は人間が嫌いだし、触られるのもかなり苦手だ。
隣に座ったのは物語シリーズの話題で盛り上がった彼なのでいくばくか気楽だったが、難点として、彼はがたいがよく、窮屈だった。
それでも、打ち解けた相手だから、まだ我慢が出来た。
問題は、座った場所だった。
後輪直上の位置だったため、およそ体育座りみたいな姿勢を強要されたのだ。
横からの圧迫と、下からの突き上げ。
これは、相当腰に来る。
バスは施設を出発し、ほどなく高速道路に乗った。
自営の頃、良く運転していた道だ。
だが、車窓には自分が見た事のない景色が広がっていた。
運転中によそ見をする訳にはいかなかったというのもあるが、マイクロバスなので車高が高い。
暮らしている街の姿どころか、遠くには海すらうかがえる。
こんな巨大な都市の中で、そこに暮らす人たちのおこぼれのおかげで、自分は生かされている。
かつての自分は、前しか見ていなかった。
世界は横にも広がっていることを忘れていた。
目の高さが違えば、見えるものもまったく異なる。
当たり前の事なのに。
隣に座った彼にこのことを話すと「詩人ですね」と返されてしまった。
車内で他愛もない話で盛り上がること約四十分。
目的地である神社に到着した。
ああ、また来たんだな、と思った、思ったが。
神社までの参道に、昔のような風情は無くなっていた。
大声と、自撮り棒を振り回す集団。
そう、中国人の群れだ。
居並ぶ土産物店には中国語とハングルの案内がそこかしこに貼られ、店員は大声で中国語を唱えている。
チャイナが六に、コリアンが二、日本人と欧米人を合わせて二、といった割合だろうか。
かつてのおごそかさはすっかり鳴りを潜め、完全にタダの観光地になっていた。
それも、性質が悪い部類の。
来るんじゃなかった、と思った。
思い出にひたるどころではない、むしろ壊された気分になった。
ここで商売をしている人たちにとって、中国人は有り難いカモだろう。
しかし、情緒も糞も無い。
政府は観光立国が云々と言っているようだが、勘弁してくれと思った。
ソフトクリームにまかれた紙はポイ捨てするし、いきなり立ち止まっては、周囲の迷惑を考えなどせず写真を撮りまくる。
これでは、日本人が離れてしまうだろう。
繰り返す、来るんじゃなかった、と思った。
とはいえこれは所外活動であり、集団行動の場だ。
わがままを言える立場にはない。
スタッフの後を、ただただついていく作業を、黙々とこなしていく。
感慨や発見などは無い、唯一あるとすれば、中国人の騒々しさとマナーの悪さを体験する貴重な場となったことくらいだろうか。
昔は、平日の昼間ともなればもっと閑散としていたのに、どうしてこうなったのだろうと首をかしげるしかない。
幸い、本殿には人の姿はまばらだった。
二礼二拍手一礼。
信じて頼まず。
神主の祝詞が耳に響いてくる。
本殿の中にテレビ局のカメラが入っていたので、恐らくはなんらかの取材がなされていたのだろう。
巫女さん達が、とてとてとせわしなく動き回っている。
たぶん、人手不足なのだろう。
昔はこの神社の巫女さんと言えば、かなりレベルが高かったのに、などと大変失礼なことが脳裏をよぎった。
それはともかく。
あまりの人ごみに気おされてしまい、食は進まないが、半ば義務的に参道で名物を買い、口にした。
名物の味は、昔と同じだった。
次に来るのは、いつになるだろう。
次に来たときもまた、昔は良かったと思うのだろうか。
次はあるのだろうか、次は、次は、次は。
次は、生活保護から脱け出せていることを祈ろう。
中国人に囲まれた参道で、自分は次に思いをはせた。




