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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
日常期
33/127

親友との酒

 正月以来、久しぶりに飲んだ。

 親友からの相談に乗ったからだ。

 いきなり電話をかけてきて、急に明日飲めないか、と言い出したので、これは何かあると思った。

 親友が現在住んでいるのは、高速道路で四時間は離れた場所である。

 そんな奴が、こんなことを言い出すなんてありえない。

 他人の心配をしている場合ではないのはわかっているが、放っておくわけにもいかない。

 指定されたのが、土曜日ということもある。

 なにより、暇だけはもてあましている。

 話を受けることにした。


 親友は開口一番、今の仕事を辞めたいと言った。

 昔からそうだが、こんな話を切り出すときは、既にもう腹を決めている奴だ。

 ただ、その仕事のしがらみからそうもいかず、苦しんでいるという話だった。

 いろんな相談相手がいるであろうなか、自分を選んでくれるのは嬉しかった。

 だが、話の内容が内容だ、迂闊なことを言えない。

 親友の人生を左右することだからだ。

 焼き鳥屋のカウンターで、聞かれれば、答える。

 年金の事、所得税の事、再就職の事、確定申告の事、様々なこと。

 もちろん仕事向きの事も聞かれたが、そこははぐらかした。

 生活保護に頼っているとは、さすがに言い出せなかった。

 投げかけられる質問の内容からして、親友は、社会のそういう決まりごとに対して、無知だった。

 なるほど、それほどの激務に疲れ果ててしまったんだな、と、悟った。


 そんななか、驚かされたのは、親友の貯蓄額だった。

 親友は平然と、使う暇が無かったから貯まっているだけで、二千万円持っていると言ってのけたのだ。

 これには、言葉に詰まった。

 反応のしようが無かった。

 自営が順調にいっていた頃でも、自分の貯蓄額は、運転資金を含めても七百万までしか行ったことは無い。

 目の前にいる親友は、過去の自分の三倍に近い資金力を有しているのだ。

 今に至っては、勝負にもならない。


 辞めるな。


 そう言いたかったが、親友の顔には、疲労の様相が色濃くうつしだされている。

 ストレスで限界なのは、一目瞭然だった。

 正月に皆と集まった際、本当は切り出したかったのだろう事は、簡単に予想できていた。

 あの時、親友は、酔いつぶれてしまった。

 強いわけでもないのに、自分と同じくらいのペースで酒をあおっていた姿を思い出した。

 おかしいな、と思わないでもなかったが、あの段階で、既にここまで追い詰められていたのだろう。

 酒の勢いを借りれば切り出せると思ったのだろう。

 しかし、それは叶わなかった。

 だからこそ、言ってやった。


 そんなとこ、さっさと辞めちまえ。

 そんだけ資金があるなら、会社だって興せるぞ。

 と。


 それ以外、どう声をかけてやればいいか。

 わからなかった。

 カネが幸せの価値基準なら、親友は今の仕事を続けるべきだろう。

 しかし明らかに、親友はその価値基準の上で語るにしても、疲弊している。

 何に満たされたいのか、と問うたが、明確な返事が返ってくるでもない。

 ただ、辞めたい、と。

 それが叶わなければ、次の一歩まで考えが及ばない風だった。


 軟骨を噛み砕き、おのおのビールと焼酎で、それを流し込む。

 一年くらい好き勝手に旅行とか行きまくればいいな、と言った。

 仕事を辞めて、青年海外協力隊に応募した人が居る事を思い出したので、それも話してみた。

 親友は、ああ、それはいいな、と答えたが、すぐに、しがらみが無ければすぐにでもそうしたい、と続けた。

 

 決断を下しているが、実行へと移せないもどかしさに、親友は苦しんでいる。

 しがらみの内容も聞かされてはいるが、ここで話すべきことではない。

 なるほど、辞められないわけだな、と納得する内容であった。

 親友は、真面目すぎるのがいけない。

 手の抜き方を知らないのはお互い様だな、と、二人で笑うしかなかった。


 辞めた後の身の振り方なら、いくばくかは協力できるだろう。

 そう語って見せたが、内心、罪悪感に苛まれていた。

 社会復帰を目指している生活保護受給者が、激務ながら金持ちの親友の悩み相談に乗っているのだ。

 荒唐無稽な図式ではないか。

 社会的立場を考えても、親友のほうが上だ。

 それでもこんな話をできる相手は、やはり、幼い頃からの友人だからこそなのだろう。

 きっと自分が今置かれた状況を話せば、親友は同じように聞き役に回り、解決策を模索してくれるだろう。

 だが、それは今ではない。

 今は、親友が優先だ。

 こちらは就労支援をソーシャルワーカーさんにお願いしており、その指示を待つだけの立場なのだから。


 酒は、すすんだ。

 しかし、親友と二人。

 大きな一歩を踏み出せずに、焼き鳥を睨み付けるしかなかった。

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