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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
日常期
30/127

同好の志

雪の大渋滞のせいで、寒風吹きすさぶ中、送迎バスを四十分も待たされて八甲田山な気分になった。

 コミュニケーション能力に難がある、三歳ほど年下の利用者と打ち解けた。

 きっかけは、西尾維新の「物語シリーズ」だった。

 彼がシリーズの一冊を読んでいるところに、何気なく「あ、俺もそれアニメで見てたよ」と話しかけたのだ。

 普段は、スタッフの問いかけにも、ほとんど「ん」「んんん」の二つでしか意思を表示しない彼。

 施設内活動の当番で、活動の司会を任せられたとき以外、滅多に口を開かない。

 そんな彼だが。

 羽川翼が好きだと語るところに、自分は八九寺真宵が好きだと答えただけで、何故か分かり合えてしまったらしい。

 

 施設のカラオケでの選曲で「あ、彼は同じにおいがする」というのは、施設入所当初からわかってはいた。

 自分が装甲騎兵ボトムズの曲を歌った際に「むせるわー」とツッコミを入れてきたことがあったし、ボカロ曲を好んで選択する辺りで、同好の志であるのは一目瞭然。

 しかし、そこから先に一歩を踏み出すのが、難しかった。

 難しかったが、物語シリーズの話題で、一気に距離が縮んだ。

 食事中や休憩時間にネタを振ると、はっきりとした返事が返ってくる。

 普段の「ん」ではない、明確に、あのシーンのどこがどう好きだ、失礼かみまみた、と、ネタも織り交ぜてくるのだ。

 会話が成立していることにスタッフが驚き、そのたびに「何の話してるの?」と探りを入れてくる。

 スタッフの中では、施設内ではいい方向で、彼に刺激を与えた事になっていると判定されているようだ。

 これはスタッフの対応に問題があったわけではない。

 趣味が一致するかどうか、という、極めてプライベートな事柄に起因しているため、こんな反応を引き出すことが出来なかっただけなのだ。

 喜ばしい反応を見せるようになってからは、活動時間の班分けでは、しいたけの彼と一緒に、三人組を組まされることが多くなった。

 自分が入ってくるまでは、彼と仲が良かったのは、しいたけの彼だけだったという。

 そのせいか、しいたけの彼は、時折かまってほしそうな様子を見せるようになってしまったが、そこはそれというものだ。

 学生時代に新しい友達が出来たときは、こんなやり取りはそこかしこで見かけたものだ。

 ものだと思う、如何せん二十年近く前の話なので、はっきりと断言することはできないが。


 自分も、学生時代以降は、同じ趣味を持つ人間とはなかなか巡り合えず、ネットの友人相手にしか、語り合う場は無かった。

 仕事の内容によっては、担当者が同好の志だったことはあるが、早々お目にかかる機会はない。

 ましてや、損得勘定抜きで、顔を合わせて語り合える新しい相手など、いつぶりの事か。

 こちらもつい嬉しくなり、物語シリーズに限らず、いろんな話題を振っていく。

 すると、ついてきてくれるのだ。

 例えば「みんな大好きスターライトブレイカー」と言えば「高度な情報戦、なのは完売」と、欲しかった返しが来る。

 ちなみにこれは、「魔法少女リリカルなのは」というアニメの話題だ、一応参考までに。

 どうでもいい情報だが、なのはのキャラの中で一番好きなのは、ヴィータだ。

 八九寺真宵とヴィータ、わかる人にはわかる話だが、自分はその辺り、大変こじらせている。

 後にも先にも、ゲーセンの景品以外のフィギュアに手を出したのはヴィータだけだ。

 生活保護の現状に苦悩するおっさんも自分だが、色々こじらせている側面もまた、自分だ。

 ごまかすつもりは、さらさらない。


 話を戻す。

 彼が反応した理由はほかの利用者にはまったく分からないので、彼の様子を周囲で見ている人は、きょとんとした顔をする。

 還暦近い利用者が「何の話で盛り上がってるの?」と聞いて来れば、小説の話題で打ち解けたんです、と答える。

 趣味が合ったが故に話に花が咲いていると知れば、さもありなんと納得してくれる。

 ただのオタク談義なのだが、施設利用者でこちら側の話についてこれるのは、彼と、しいたけの彼くらいのもの。

 そもそも、年配利用者の大半は、活動時間内でも必要外の会話をすることはあまりない。

 花札や麻雀も、誰かが誘えば相手をするというだけで、花札をしながら雑談している、なんてことは無いのだ。

 知らない人が見れば、常に真剣勝負をやっているように見えるだろうが、これが普通なのだ。

 女性利用者グループを除けば、気が合う相手と談笑している光景は、滅多にない。

 そもそも、気さくに話しかけるにも、世代間格差がありすぎて接点を見いだせない。

 第一、自分から話しかけるタイプの人間は、施設利用者全体の二割いるかどうかなのだ。

 利用者は皆、他人との付き合いに疲れてしまった経験を持つ人達だらけなので、これは仕方がない。

 その点を考えれば、自分もそうなのだが。

 自分の場合、どうやら居心地の良さを自分で作るきらいがあるようだ。


 思いかえせば、孤独に耐えきれず人との会話に飢えていたからか、自営でやっていた頃の打ち合わせより良くしゃべっている。

 それも、実利にならない、他愛のない事ばかりを並べ立てているだけだ。

 施設での自分の振る舞いは、これまでの人生のどの局面とも、異なっている。

 客先との丁々発止のやり取りをやっていた頃とも、自習室に鍋と一升瓶を持ち込んで大宴会をやらかしていた馬鹿な学生時代とも違う。

 なんというかこう、安らいでいるのだ。

 それと同時に。

 ここは、他の利用者とかみ合った瞬間から、自分の立ち位置や見える世界ががらりと変わる、そういう場所なのだろうとも思う。

 

 ともあれ、この歳で。

 新しい友達が出来たと錯覚できるのは、大変うれしいことだ。

午前中は手がかじかんで何もできませんでしたよ。

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