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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
日常期
27/127

寒い手洗い場

トイレ大事、すごく大事。

 送迎バスが到着したとき、何故施設職員の多くがバケツを持って歩き回っているのかなんて気にも留めなかった。

 だが、事態は深刻だった。

 朝のミーティングが始まる。

 スタッフの説明によると、トイレを流す水の送水管にトラブルが起こったため、施設全館のトイレインフラがダウンしたとのことだ。

 故障は深刻なようで、夕方までに直るかどうか微妙なところだという。

 出すことはできても、流せない。

 これが意味することは、言わずもがなである。

 そのため、トイレを使うときはバケツを持って入ってくれ、というお願いがあった。

 すでにトイレ前には、三つのバケツが水を滔々と蓄えて鎮座している。

 

 男性の場合はまだいいが、女性は可哀そうだなと思った。

 思っていたが、催したのである。

 大のほうを。

 バケツを持って、トイレに駆け込んだ。

 そして、流す。

 流していて、発見した。

 アレって、勢いよく水をぶち込まないと綺麗に流れないんだな、ということを。

 気付いた時には、もうバケツの水は足りなかった。

 幸か不幸か、出したブツ自体は流れてくれたが、トイレットペーパーの大半が、便器の中でゆらゆらと揺らめいていた。

 これでは、次の利用者に申し訳ない。

 かといって、並べられたバケツをもう一つ無駄にするのもはばかられる。

 仕方が無いので、手洗い場の蛇口をひねり、バケツに水を溜めることにした。

 溜めることにしたのだが、施設の水道の水勢は、みな一様に弱く設定されている。

 施設利用者の性質上、そうされているのだ。

 アパートの水道なら体感一分ほどで一杯になりそうなバケツ。

 それに、体感で五分くらい張り付かねばならない。

 じょぼじょぼという音を、イライラしながら聞くしかない。

 ようやく、溜まる。

 今度は一気に、便器へぶちまけた。

 成功。


 ながし終えてトイレから出ると、女性利用者が手洗い場で水を溜めていた。

 そうしている間に女性利用者がやってきたので、自分の失敗談を聞かせ、一気にぶちまけるようアドバイスをする。

 女性が用を足し終えても、前の女性がまだバケツに張り付いている。

 今度は男性利用者がやってきたので、アドバイスをする。

 小だからそんな頻繁に流さなくても大丈夫だろう、と、彼は半笑いでトイレに入っていく。

 男性が出てきてもまだ、バケツは満たされない。

 空バケツの行列ができていた。

 三人ともうつろな目で、何故か天井を見ていた。

 またしても女性利用者がやってきたとき、ようやく最初の女性のバケツがいっぱいになった。

 無言のまま、バケツリレーが行われる。

 まさかこんなところで、バケツリレーをする羽目になるとは。


「何やってるんですか、皆さん」

 と、スタッフがやってきたので、事の次第を話す。

「あー、ごめんなさい、説明不足でした。私たちは中庭の喫煙所近くに散水用蛇口を使ったんですよ。アレ、勢い強いから」

 言うが早いか、自分の後ろで待っている二人のバケツを持って、スタッフは外に出て行った。

 待つ必要が無くなった後ろの二人は、無言で施設フロアへと戻っていく。

 自分は独り、手洗い場に残される。

 くじ運が無いにもほどがある。

 ここには暖房が無いため、寒い。

 女性が出てきて並ぼうとしたので、中庭へ行くよう促した。

 何故かわからないが、震災の訓練みたいだな、と思った。

 ようやくいっぱいになったバケツを、トイレの前に置く。

 スタッフが、向こうから、二つのバケツを持って歩いてくるのが見えたので、一緒に施設フロアに戻る。

「みなさーん、バケツを使ったら中庭の蛇口で給水してください、手洗い場のは時間かかるんでー」

 遅いよ、それ言うの。

 思ったが、言わない。

 代わりに、流すときは便器に一気にぶちまけるよう説いて回る。


 今日の自分は、トイレ説法師の立場についていた。

ペットボトルじゃゆっくり過ぎて多分流れません、せめて鍋で一気に、程度の水圧は必要そうです。

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