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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
第一次活動期
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しいたけ

しいたけ

 施設の送迎バスを待つ十数分で、指先の感覚がおかしくなるほど凍える。

 バスの発着時間はいい加減なもので、告知された到着時間プラスマイナス十分は見ていないと駄目なのだ。

 雪とも雨ともつかないものを被りながら、同じくバスを待つ施設利用者たちは一様に身を固くしていた。

 今日は、わりと早めに来てくれたほうだろう。

 車内の暖房が、肉体をたちどころに弛緩させる。

 

 雪の日や猛暑など、こういう極端な気候の時ほど、自分はアパートから出る時間がはやくなる。

 そして、駅構内で、いつもの時間の電車を待つ。

 理由は簡単、自室にいる時間が短ければ短いほど、エアコンを使う時間が短くて済む。

 つまるところ、光熱費を浮かせる、ただそれだけの事でしかない。

 施設は常に適温となるようエアコンが効いているが、それを自室で再現しようとなると、電気代に怯えることとなるのだ。

 生活保護費は潤沢ではない、削れるところはしっかり削る。

 せこくてケチな奴と思われようが、こればかりは仕方がないのだ。

 こう考える種類の人間と、寒くて通うまでの道がかったるいから休む人間。

 施設の性質上、この二つはどちらも正解と言えよう。

 ただ、さすがにここ数日は、利用者が少ない。

 孤独に耐えられる心が、自分にはとてもうらやましく思われる。


 施設で孤独を感じなくていい理由の一つとして。

 自分よりひとまわり年下の青年、彼の存在がある。

 何故かはわからないが、自分は彼に懐かれてしまっている節がある。

 彼は「鹿家さん、実はですね」と、良く話を振ってくるのだ。

 それだけなら、自分も別にかまわない。

 話好きな青年なんだな、で済むところだ。

 だが、彼の場合は、その、なんというか、距離感が近すぎるのだ。

 食事中や休憩時間中だけならまだいいのだが、活動時間内でも、話しかけられたら、彼が満足するまでその話に付き合わされる結果となる。

「鹿家さん、実はですね」

 と来たら、身構えるしかない。

 彼は、記憶力がそこらの人間より明らかに高い。

 例えとして。

 この地域では有名な神社に行ったら、その鳥居に枯葉が西側から吹き付けてきてたみたいで脚のところに落ち葉がたくさん積もっていた。

 参道の上り坂、お地蔵様がある辺りで誰かが串団子を落としていた。

 これは今、自分に語られたことを整理して書きだしたこと。

 彼が言いたいことはそれだけなのだ。

 だが、致命的なことに、彼は脳内で文章を推敲することが出来ない。

 そのため、あったことを一から十まで語らなければ、思っていることが伝わらないと信じているのだ。


 一言でいえば、極度の口下手。

 自分が話さなければならないと少しでも感じたら、それが活動時間中だろうが食事中だろうがお構いなしなのだ。

 それも個性だし、自分にもそのきらいはあるので許容できる。


 問題は、もう一つある。

 過去に一度でも面白いと思った話や、ウケた話題を、彼は決して忘れない。

 自分が学生時代に流行った、吉田戦車の「伝染るんです」の話題をしたことがある。

 彼は、施設に設置されているパソコンで検索し、アニメになった「伝染るんです」を見つけ、視聴した。

 彼は、大変気に入ったらしく、何度も再生していた。

 彼は、翌日の昼食に出てきたお吸い物のなかに椎茸があることに気が付いた。

 彼は、「伝染るんです」の椎茸ネタを振ってきて、自分は笑った。

 彼は、数日後にまた椎茸を発見し、そのネタを振ってきた。

 彼は、メニューに茸を見出すたびに、「鹿家さぁん、椎茸がですね~」と言い出すようになった。

 彼は、話題が途切れると、ついに椎茸ネタを言い出すようになった。

 これは、応対する側としてはたまらない。

 地味に効いてくるローキックのように、椎茸、椎茸、椎茸……。

 その都度、自分は作り笑いを浮かべねばならない。

 基本的には素直だし、いい子なのだ。

 花札の相手も、良くしてくれる。

 ただ、だが、それだけに、惜しい。

 売れない一発芸人のギャグを、延々見せられる気分だ、と言えばわかるだろうか。

 もう、椎茸を見るだけで彼の顔が浮かんでくる。 


 精神を病んだ人が通う施設がゆえの、些細な、それでいて悩ましい問題だ。

 スタッフにお願いして止めさせてもらう部類の話ではないので、余計に。

 こちらの調子が良い時なら笑って済ませられるが、晩夏の頃に話題にした椎茸が、こんな寒い日にまで、彼の中ではホットな話題として語られると、心が折れそうになる。

 

 今日の昼食メニューの一品は、椎茸の佃煮だった。

しいたけしいたけしいたけしいたけしいたけしいたけしいたけしいたけ……

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