酒量の清算
やることが無いのは、正直堪えるんですよ。
施設はじまりを、月曜だと勘違いしていた。
成人の日を失念していたのだ。
朝から風呂を浴び、髭を落とし、小奇麗にして。
楽しみにしていたもんだから、がっかり感も大したものだ。
世間から見れば、毎日が休みでいい身分だな、と、嫌味の一つでもくれることだろう。
叶うなら、一ヶ月ばかり何もしない日を過ごしてみればいい。
定年退職直後の世代が、うろうろと徘徊したがる気持ちもわかるというものだ。
何度も言うようだが、何もしなければ、人は腐る。
たちどころに腐る。
施設には、少なくとも、それがぬり絵なんか等の稚拙なものであったとしても、やることがある。
これも繰り言だが、人と話さないのは辛い。
特に年末年始、学生時代の友人たちと飲んだのが、痛みを広げてしまった。
彼らに、今の境遇は決して話せない。
憐れまれたくない、とか、深くツッコんだ話をしないでいいように、というでもない。
距離を作られたくない、その一心だった。
だから、世間話もそこそこに、自分語りをしないでいいよう話の筋を作るよう、気を付けていた。
ここで、年末年始に自分がどのくらい飲んだかを振り返ってみる。
飲み物は焼酎のみだ、ビールや清酒は含まれない。
まず、友人たちとの飲み会で、一升瓶を頼んで四人がかりで飲み干した。
飲み干しの大半は自分が担っていると言い切れるので、まずは五合。
次に、正月。
元旦から三が日にかけて、芋焼酎を、一升。
四日に買い付けてきて、七日までで、一升。
肝臓にかける負担は、升升半升(益々繁盛)となり、ゲン担ぎ的にはめでたさがあふれ出す。
どうせ独りなのだから、酒をあおる位しかなかったし、そのためにカネを貯めていた部分もある。
税金で養われているのに、かなりの金額を酒税として返納したことになる。
いいご身分だ。
その代り、今月はいつもの月より財布のひもを締めてかからないとならない。
毎月の貯金分には手を出さなかったとはいえ、それは十二月に「餅代」が支給されていたからに過ぎない。
そのためランクを一つ落として、ぱさぱさ感のある米の飯と、醤油が主食となる。
半額弁当も計算上、五回は我慢しなければならない。
生活保護下で無駄なカネを使うということは、命を削るということだ。
その覚悟を以て、酒と向かい合った。
酒は、好きだ。
これほど大酒をかっくらうのも大好きだ。
ここまで落ちぶれた身の上だ。
酒で道を踏み外し、仕舞には死に至る選択肢だってあるはずだ。
だが、それをやるのはいただけない。
つくづく、逃げ方が下手くそなんだろうと思う。
逃げるタイミングを逃しているのか、気性がそうさせているのか、なんだかんだ理由をつけて、最後まで残ってしまう。
大事に大事に食べていたら、酒のほうが先に空になってしまい、冷蔵庫には数の子が残った。
同時に食べ終わり、飲み終わるのが理想的だ。
ところがあいにくと不器用者、タイミングがかみ合わない。
数の子のために酒を買いに行くか?
答えは否だ。
まさかのために取っているカネに手を付けるほど、馬鹿じゃない。
このカネは、当座はメガネが壊れたときのためにとっているものだ。
テレビが壊れた場合は……。
まあ、ニュースの類はネットで簡単に情報は手に入るし、施設では新聞を取っているから困りはしない。
今の居場所が再開されるまで、なんとも身の処しどころに困る話である。
どうか、水曜の採血検査で肝臓周りで面白いほどぶっ壊れた値が出ませんように。




