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しせつのはなしとせいかつのほご  作者: 鹿家加布里
不安期
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飢えと寒さと耐乏と

自分は、人生の坂を転がり落ちた。

自営でやってきた仕事も、取引会社の組織変更で取引停止。

貯めていた預金を使い果たす一歩前に頼ったのが、生活保護だった。

頑張りたくても頑張れない四十台前後のみじめな暮らし、ご覧あれ。

 障碍者手帳を発行されてから半年後、生活保護を受ける身になった。

 心を酷く病んでしまった以上、もう無理だった。

 これが普通のサラリーマンなら違っただろうが、あいにくと自営業。

 一人きりで色々とやって、色々と精神的に疲れ、カネ勘定におびえる日々に、体がついてこなくなってしまった。


 自営業だから当然、失業保険なんてものはない。

 仕事ができない以上、カネが入る見込みは一切なく、ただただ貯蓄を切り崩す毎日を選択してしまった。

 せざるを得なかった。

 仕事が無いというのは、ただそれだけで人間を腐らせるものだ、と、思い知った。


 元々嫌いだったタバコとパチンコは、当然やらない。

 大好きだった酒もやらない。

 唯一やめられなかったのは、十五年来、もはや仕事と生活の必須インフラとして根を張ったインターネットくらいのものだ。

 もしかすると声がかかるかもしれない仕事との接点だけは、諦められなかった。

 ネット環境の維持費を捻出するため、ひたすら横になり、とにかく寝て、消耗を抑制するため、布団の中でぐねぐねごそごそするだけ。

 エアコンはもったいないので、夏場なら日中気温が三十度を越えてから、冬場なら十度を切ってからスイッチを入れる自分ルールを策定した。

 暑さには耐え、寒さにはふるえる。

 記録的な寒波に見舞われた冬の日は、暖地にもかかわらず結露が凍りつき、窓が開かず、ベランダに置いたごみを出せない日もあった。


 食べるものといえば、夕方の半額時間帯がくると税抜き百五十円になる弁当くらいのもの。

 米代すら窮乏するようになってからは、朝飯と昼飯はなく、出歩かず横になり耐えるだけ。

 何もしない罪悪感と、何もできない焦燥感。

 毎日それに苛まれた。

 これではいかん、と思い、自営を諦め、仕事を探してみても、思うようにはいかない。

 眠る、横になる、食べる、水を飲む、寝る。

 何かやろうと思っても、思い通りに動かない体という現実に直面して、ふて寝する。

 生きることに嫌気がさしていたが、それでも自決の道を選ぶ勇気はなかった。

 通帳と相談し、決断を下すまで五か月。

 受理の通知がもたらされるまで、一か月。

 その間、実に半年。

 生活保護を受ける身になるまで、葛藤の日々を耐え忍んだ。



 第一回目の生活保護費を受け取り、一息ついたある日。

 ネットで仕事を探しながらパソコンをいじっていたら「そこ」を見つけた。

 精神を病んだ人を扱ってくれる、病院併設型デイケア施設。

 しかも、生活保護受給者でも受け入れてくれるという。

 独り住まいのアパートからは少々遠いが、魅力的な要素が満載だった。


 ・栄養士が入った、きちんとした昼食

 ・社会復帰を目指す人の支援体制

 ・それよりなにより、ご飯が食べられる

 ・弁当以外のマトモな飯にありつける


 つまりはまぁ、食事につられたわけだ。

 しかしながら、それだけが理由ではないのも確かなこと。

 せこい話だが、水も、ガスも、電気も、決して断じてタダではない。

 こうなるまではあまり意識しなかったが、トイレを使うのだって、トイレットペーパー代と上下水料金がかかっている。

 独りでアパートにこもるより、はるかに「経費」が削減されるのだ。

 生活保護費の仕組みをよく理解できていないながら、自営で培った肌感覚が、これは有利だと告げていた。 


 しかし、即決とするには、やはり悩んだ。

 自身の頑張りは限界だと実感してはいるものの、自力で乗り越えられるならそれが一番いい、最良だ。

 他方、生活保護に頼らざるを得ない自身の境遇。

 傲慢にもネットで職を探しつつ、自分はまだ働けると思っているのに、はたしてこの選択は正しいのか?

 生活保護を受けたこと、施設を利用したことは、就職活動の際に言わねばならないだろう。

 社会復帰行動の際に、不利益となる可能性はないのか?

 話は飛躍して、そもそも雇ってくれるような場所があるのか?

 現実が優しくないのは、嫌でもわかっている。

 自身を語るうえで何度も経験し、打ちのめされてきているのだから当然だ。

 それこそ自営でやってきたからこそ、身に積まされてわかる。

 自分が経営者なら、こんなに問題を抱えた中年を雇うのはお断りだ。


 さまざまな考えが綯い交ぜのまま、結果的に、施設に問い合わせの電話をかける道を選んだ。

 小学生レベルの計算高さで、何故施設を選ぶのかという理由を、頑張って並べ立てた。

 タダの自己正当化の言い訳にすら、頑張りが必要なまで追い詰められている自身の精神には目をつぶって。

 ことこの期に及んでは、プライドも糞もないのはわかっていても、それを受け入れるだけの度量はない。

 人というのは、そういうものなのだろう。


 聞いた限り。

 しつこいほど繰り返しになるが、栄養計算のなされた昼食が「生活保護のおかげで」「無償で」食べられる。

 本音は、一食二百円で済む昼飯。

 これも、実態は施設に通うため必要な交通費なので「無償で」あることには変わらない。

 それと、今すぐに活用とまではいかないものの、就職先の斡旋体制がある。

 この魅力的な二つの要素しか念頭にない。

 空腹に耐え、水でごまかし、会話もなく、飢えに苦しみ、話す相手もなく、晩飯の弁当にありつくまで我慢し、布団でごろごろしなくていいだけ、はるかにマシだ。


 交通費に往復二百円かかるので、安い買い物ではない。

 とはいえ、どうしても出費はある。

 生きている以上、出歩こうが引きこもろうが、出るものはどうしても出るのだ。

 これを抑え込むのは難しい。

 出費は悪なのだ、自身の現状においては。


 わらにもすがる思い。

 初めて接触したその瞬間は決死の覚悟だったが、はっきり言おう。

 受け入れ相談に応じてくれた施設の側は、あっけにとられるほど寛容だった。

 施設の利用料は、体験の段階でも無償だった。

 この点は施設よりも、国による弱者のセーフティネットをまざまざと思い知らされた。

 日本は偉大な国だ、と初めて感じ入った。

 故に、肩透かしを食らったようなものだった。


 電話をして一週間ののち、一日施設体験入所の日を迎えた。

 当日は実にスムーズな流れに身を任せる、ただそれだけでよかった。

 バドミントンを、二十名近い施設利用者とコンビを組んで楽しんだ。

 施設の運営方針は、きわめて明瞭。

 午前と午後にそれぞれ集団活動時間帯は設定されているが、それ以外は何をしようが自由。

 寝ていようが、煙草を吸おうが、麻雀をしようが、花札に興じようが、自由。

 外来患者の待合室に設置してある自動販売機で、ジュースを買ってきてもよい。

 利用者は、年齢も、二十代から年金生活者まで様々。

 緊張する必要もなく、変なつばぜり合いもない平和な場所がそこにはあった。

 むしろ、あまりにも自由すぎてこちらが不安になるほどユルかった。


 そして、待ちに待った昼食の時間が来た。

 生活保護受給者としてみれば、これは医療機関の炊き出しへ出かけるのに近い感覚といえよう。

 安定した「収入」である生活保護費の中から、一か月間あたり五千円。

 この規模の交通費を捻出することは、半年間の耐乏生活からすれば大した問題では無いと確信する。

 五千円もの、いや、たった五千円で利益が大きい場所を確保することが難しい時期があったからこそ、見えることもある。

 貧すれば鈍す、とは、こういうものなのか。

 経験が無ければわからない「何か」を、体感するものだった。


 便宜上「体験」ではあったが、暖かい飯が食えるその一点だけで、既に、二の足を踏む選択肢とはなりえなかった。

 生きている以上、生は全うしなければならない。

 これは仕方のない話だ。

 ついでに、孤独から解放される、人と関わる場があるのも悪くない。

 人間は嫌いだが、話をするのは嫌いじゃない。

 我ながら面倒くさい人間だと思うが、享受できる内容は全く損にならないのだ。


 こうして、施設へ通う日々を送る運びとなった。

現在進行形で生活保護を受けている身の上語りです。

ご不快でしたら、即刻忘れてください。

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