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奇妙な弟子

第三章 奇妙な弟子

 

「わたしの夢、小説家なんです」

「へーそう」

「何だかすごく興味のなさそうな声ですね」

「だって興味ないし」

「そんなこと言わないで、わたしの話を聞いて下さい」

「だから興味ないって。それより仕事しないと」

「仕事なんてしないくせに」

「あー、そんなこと言うからやる気がなくなってきたぞー」

「最初からないじゃないですか」

 鏡谷さんが僕んちに居候するようになってから早一週間が経過していた。

 あれから、家出に関する情報は得られていない。解決の兆しも見えないし、どうしたものかとぼんやりと思う反面、家事全般をやってくれる家政婦もどきのいる日常が僕にとってあたり前となりつつある。

「しっかし、最近の女子高生は家庭的だね。料理だけじゃなくて洗濯や掃除までしてくれるし」

「まぁただで泊めてもらって、その上ごはんまでいただいてますから」

「でもそれにしたって、嫌でしょ? 男物の下着とか干すの」

 僕は気にしないけど。

「大丈夫ですよ。家ではたまに家族の下着や服を干したりしてましたから。当然父や兄のものもありましたし」

「ふーん、しっかりしてるね」

「そんなことないです。普通です」

 普通、ね。僕は自分の食べる料理一つまともに作れないんだが。

「それはいいとして、そろそろ戻った方がいいんじゃない?」

「……まだ、帰る気になれなくて」

「ああ、違う違う」

「?」

「学校、行った方がいいんじゃない? 出席日数とか足りなくなっちゃうし、授業にもついていけなくなるし。何より友達が心配してると思うよ?」

「でも……学校に行く気分にもなれなくて。第一、ここからどう行ったらいいのかもわからないですし」

「あー……何校?」

「えっと、西福校です」

「西福校……少し遠いけど、通えない距離じゃないね」

「へ? そうなんですか?」

「家出する勇気があるなら、学校行ってみなよ。きっとみんな待ってるよ」

「……じゃあ明日から」

「ん、そうするといい」

 今日からじゃないんだ。ま、別にいいけど。

 言ってしまえば、鏡谷さんが学校に行こうと行くまいとどうでもいいのだが。ここは大人として少しは諭しておいた方がいいだろう。

 はぁ……慣れないことはするもんじゃあないな。肩が凝る。

「あの、じゃあ今からちょっと行ってみようと思うんです。明日からの予行演習ってことで」

「ああそう。気をつけて」

「でですね……その」

「? 何?」

 すごく嫌な予感がして、PCのキーを打つ手を止めて振り返る。

「案内とかしてくれるとうれしいなーって」

「えぇ……」

「な、何でですかいいじゃないですか! 駅までの道とかわからないんですから」

「どうやってここまで来たの? 終電じゃないの?」

「それはそうなんですけど、あの時は怒りに任せて行動してましたし。周りも暗かったですし」

「だからってなんで僕が……仕事もあるし、一人でもいけるって」

「でも……」

 目に見えてしゅんとする鏡谷さん。

 何だろう、浜に打ち上げられたウミガメみたいな顔してる。

「……はぁ。わかったよ、つきあうから」

「ほんとですか?」

「ほんとだよ。だからそんな顔しないで」

「ありがとうございます!」

 深々と頭を下げられてしまった。この体勢この子の中で流行ってるのか?

「じゃあ少し準備してくるよ」

「準備? って何かあるんですか?」

「軽く着替えて財布とケータイ持つだけだからそんなに時間はかからないから。ちょっと待ってて」

「はい」

 鏡谷さんはかなり素直な性格だと思う。それは僕が大人の世界にすっかり毒されてしまったからそう感じるだけかもしれないけど。

 まぁ近くにいるのがあの花園さんぐらいだしなぁ。

 僕は手早く着替えて、手荷物チェックをすませる。忘れ物ないな。

「お待たせ、じゃあ行こうか」

「はい、よろしくお願いします」

 鏡谷さんは再び、深々と頭を下げた。

 はいはいよろしくっと。

 

 

               ◆◆

 

 

 駅までの道のりは特筆するべきこともないので割愛。

 駅ターミナルにつくと、鏡谷さんはなぜか目をキラキラさせて、周りを見回していた。

「すごーい、こんなに大きかったんですね」

「いや、来る時にも見たと思うけど」

「あの時は無駄に急いでましたから」

「さいで。それでどうする? 次の電車まで二十分くらいあるけど?」

「切符ってもう買ったんですか?」

「買ったよ。後で慌てて買うはめになっても嫌だからね」

「ふーん……そういえば、ここから西福までどれくらいかかるんです?」

「三十分くらいかな。僕が通ってたのはだいぶ前だからちょっと記憶が怪しいけど」

「先生、西福に通ってたんですか!」

「そうそう。……あと外では先生って止めてくれる?」

「へ? 何でですか先生」

「や、恥かしーし」

 いたいけな女子高生に先生と呼ばせ昼間から連れ回す二十代前半の男の図がそこにあった。

 ……なんか、すごい周囲の人や駅員さんから見られている気がする。自意識過剰だろうか。通報されたりしないよね?

「何してるんですかーっ! はやくはやくー」

「……はいはい」

 何がそんなに楽しいのか、とにかくテンション高く、鏡谷さんが僕を手招きする。

「そんなに急がなくても時間はあるよ」

「だって、先生の家に居候し出してから始めてのお出かけですもん。そりゃあテンションも上がりますよ」

「さいですか」

 ま、こんだけ喜んでもらえたならよかった、かな?

「じゃあ学校まで一先ず行ったら、どこかにごはん食べに行こう。ちょうどいい頃合いだろうし」

「いいんですか? やったぁ!」

「ま、せっかく外に出たんだし、ちょとくらいなら」

 今にも小躍りするような喜びようだった。 

 まぁ最近は家に籠り気味だったから。ちょうどいい気分転換になるだろう。

 それにしても平日の昼間だからか、人通りが少ない気がする。

 僕は普段、この時間帯に外へ出ることは滅多にない。ので、何だか悪いことをしているようで新鮮だった。

「ところで一つお聞きしたいんですけど」

「何?」

「先生のほんとの名前って何ですか? まさか岩尾琢磨じゃないですよね」

「まぁ岩尾琢磨はペンネームだしね」

 しかし本当の名前か。作家として仕事をするようになってから本名で呼ばれる機会ってぐっと減ったなぁ。その内自分の名前を忘れてしまうんじゃないかってくらい。

「僕の本名は石尾琢磨っていうんだ」

「へ? ペンネームと一字違い、ですか?」

「そうだね。実を言うと、名前考えるの苦手なんだ」

「いやいやいやいや、冗談は止めて下さい。先生の作品に登場する人全員魅力的な名前もらってるじゃないですか」

「そう思ってるのはきっと鏡谷さんだけだと思うよ」

 でも、そう思ってくれているというのは素直に嬉しい。

「ふーん……わたしはいい名前ばっかりだと思うけどなぁ」

「はは、ありがとう。と、来たみたいだよ」

 ふぁぁん、という気の抜けたような音とともに、がったんごっとんと電車が僕らの待つ駅へと向かってくる。

 僕達の前に停車した電車は二両編成だった。

 そういえば、電車に乗るのなんて何年ぶりだろう。高校生依頼だから彼これ二、三年ぶりくらいか。

 何だかすごく懐かしい気分にさせられる。

 と同時にあの頃の自分というものを思い出してしまって、若干気分が落ち込む。

「……どうかしましたか?」

「何が?」

「いえ、なんだかすごく恐い顔をしてたから」

「ああ、大丈夫だよ、大丈夫……」

 僕は鏡谷さんに笑いかける。

 その裏で、さっき思い出しかけたことを頭の片隅に追いやろうと躍起になっていた。こう言うところがかなり矮小な人間だなって思ってしまう。

 だめだな、こんなことじゃ。どれほど後悔したって、あの頃が戻ってくる訳じゃあないのに。

 それからしばらく、僕らはがたんごとんと電車に揺られていた。

 久方ぶりの外出だからか、鏡谷さんは終始はしゃいで窓の外を見ていた。

 時折り僕を振り返って見せる、年相応の幼い笑顔はぎゅっと僕の胸を締めつけてくる。

 あの頃の、まだほんの子供だった頃の僕を思い出させて。

「あの……ところでお聞きしたいんですけど」

「何?」

「先生は、恋ってしたことあります?」

「……どうしたの? いきなり」

「いえ、何となく。興味本意といいますか。先生の作品を読んでると、どれもこれも非恋じゃないですか。だから……」

 ああ、この子もそう思ったのか。

「恋は……したことある」

「ほんとですか!」

「本当だよ。でもあまり他人に話すようなことじゃないから」

「え……でも学校までまだ時間ありますし、話てくれても」

「ごめん、思い出したくないんだ。あの頃のことは」

 学生時代はどちらかというと悪い印象の方が強い。記憶を辿れば、いいことも悪いことも同じくらいあったはずなのに。

 それはおそらく、あの出来事に起因しているのだろう。あれが、きっと全部を灰色に染めてしまっているのだ。

「……そうですか」

「そんなことより、今後の予定を決めよう。何か食べたい物はあるかい?」

「えーとですね……じゃあわたしハンバーグが食べたいです!」

「へー、ハンバーグ」

「だ、だめですか?」

「いいよ。じゃあ学校に行ったあとハンバーグを食べに行こう」

 鏡谷さんは目に見えて喜んでくれた。それを目の当たりにして、僕も頬が緩む。

「よかった。おっと……次の駅だね」

「はい。では張り切ってまいりましょーッ!」

 おーっと鏡谷さんが握りこぶしを掲げる。

 正直、他にお客さんがいなくてよかったと思う。いたら絶対に恥かしい思いをしていただろう。鏡谷さんが。

 電車が停まって、僕らは駅へと降り立った。

 そのまま改札を出て、西福高校を目指す。

 

 

               ◆◆

 

 

「わー、何だかすごく懐かしい気がします」

「まぁ実際懐かしいんだろうね。僕はこの高校の出身じゃないから全然だけど」

「それにしては道に詳しくなかったですか?」

「散歩がてら何度か来たことがあるんだよ。その時はテンション上がっちゃって警察を呼ばれそうになったけど」

「あはは、何してるんですかもー。それじゃ変態ですよ」

「いいだろ、別に」

 JKを目の当たりにしたら、誰だって興奮するに決まってる。よね? もしくは懐古に浸るとか。

 ま、それはともかくだ。

「どうやら今は体育の時間のようだね。女子高生が体育着姿で走ってる」

「ちょっと先生、あんまりいやらしい目で見ないで下さいよ? わたしまで同類と思われたら嫌ですから」

「見ないよ。第一君達、まだ子供だろう?」

「さっきテンション上がったって言ってたじゃないですか」

「ま、それはそれとして。君のクラスはどこだい?」

「あ、あそこです。二階の一番端の教室」

「へー、そうなんだ」

「あーっ! 凜じゃん!」

 唐突にどこからか大きな声が聞こえて来て、僕は思わずびくっと肩を揺らしてしまった。

「な、なんだ……?」

 きょろきょろとあたりを見回す。と、グラウンドを走っていたらしい女子集団の中から一人、鏡谷さんと同い年くらいの女の子が集団から外れてこちらへと走って来た。

「おー湯女ぁ、お久ー」

「お久ーじゃないよもう! 二週間も学校サボって。何してたの? 私服ってことは普通に登校して来た訳じゃないみたいだけど……」

「えへへ、実はわたし、今この人の家に居候中で」

「この人?」

 鏡谷さんが手の平で僕を指し示す。すると、それを追うようにして湯女と呼ばれた女子生徒が僕へと視線を向けてきた。

「どうも」

「お、おおお男の人ッ!」

「もう、そんなに驚くこと?」

 まぁ驚くだろう。過剰に反応している節はあるが、これが普通だと思われる。

 なんというか、鏡谷さんの方が少々おおらか過ぎるのではないだろうか。なんかこの子の先行きが不安になってきた。

「だ、大丈夫なの凜、なんか変なことされてない?」

「大丈夫だよー、寝床も食事ももらってるし、お風呂とか寝室とかいろいろ気を使ってもらってるから」

「でも男の人と同棲なんて……」

「やだなー湯女、同棲じゃなくて居候。つってもわたしは家事とか洗濯とかしてるだけだけど」

「お世話までッ! そしていつしかその立場をいいことに、どんどん要求がエスカレートして」

「おーい、湯女―?」

「そして最後には夜のご奉仕にまで発展して……!」

 一人で盛り上がる湯女さんとやら。どうやら彼女の中で僕はかなりの変人として確立されてしまっているようだ。まだひと言も言葉を交わしてはいないが。

「湯女ー、戻って来てー」

 顔の前で手を振ったりがっくんがっくん肩を揺らしてみたり。あれやこれやと鏡谷さんは友達を現実世界へと引き戻す努力をしていた。

 その甲斐あってか、湯女さんはハッと我に返った。

「湯女、その人のところにいちゃいけない!」

「えぇ……どうして?」

「どうしてって……だって男はみんなおおかみだし」

「やだなー湯女。そんな訳ないじゃん。大丈夫だよ、岩尾先生に限って」

「岩尾……先生? それって凜が好きな小説家さんでしょう?」

「うん、この人が岩尾先生なんだー」

「……え?」

「えっと……岩尾琢磨はペンネームで、本名は」

「ええええええええええええええええええええええぇぇッッ!」

 学校中に轟いたのではなかろうかというほどの驚愕に満ちた声が空気を揺らす。

 ことのこの事態に至っても、なぜか他の生徒や先生が集まってこないのは不思議だが、こちらとしては好都合だからまぁいいか。

「あ、あなた凜の好きな作家先生の名前まで語って彼女を騙してるの!」

「別に騙してる訳じゃあ……」

「でも岩尾琢磨の名前を語ってるんでしょうッ!」

「語ってると言えなくもない……のかな?」

「ほらぁ! 凜、やっぱりだめだよこんな人の近くにいたら」

 ……こんな人、ねぇ。

「大丈夫だって。それに今日は岩尾先生の家からここまでの道順を見に来ただけだから。明日から普通に来るからね」

「へ? じゃあこのあとどうするの?」

「先生とハンバーグ食べに行くんだぁ」

「なっ……凜を食べ物でつるなんてなんて卑劣な……!」

 ギリィッと奥歯を噛み締める音がした、ような気がする。たぶん気のせいじゃない。だってこんなに殺意に満ちた形相で睨みつけてくるんだもの。

「ぐぐぐぐぐぐぐ」

 悔しそうに唸る湯女さん。なんだかかなり悪いことをしている気分になってくる。そんなことは全然ないんだけども。

「じ、じゃあ湯女さんも一緒にどう?」

「あなたに湯女って呼ばれる筋合いはありませんッ! 大体なんであなたがあたしの名前を知ってるんですかッ!」

「えーと、さっき鏡谷さんが言ってたから」

 じゃあなんて呼んだらいいんだ?

「まぁいいでしょう。特別に教えてあげます。あたしの名前」

「はは、それはどうも」

「あたしの名前は加賀湯女といいます。今後絶対に湯女って呼ばないで下さいッ!」

「……わかったよ」

 どうも加賀さんは思い込みの激しい人のようだ。加えて僕のことを鏡谷さんを騙すペテン師かなにかのように思っているのだから手に負えない。

「ところであなた、先ほど何か言いかけましたね?」

「あ、ああ、一緒にどうかなと思って。ハンバーグ」

「……あなたのおごりですか?」

「ま、まぁそうなるかな。一応成人だし」

「ふーん……そうやってあたしのことも懐柔しようという腹づもりですか」

「そんなつもりはないけど。嫌だったら別に」

「嫌とは言ってないじゃないですか。行きますよ」

「……あ、そう」

 しかしそうなると学校が終わるまで待つ必要がある。

 ここは一応、鏡谷さんにも承諾してもらっておいた方がいいだろう。

「いいかな? 鏡谷さん」

「わたしは全然いいですよー。それに湯女も一緒なら楽しそうですし」

「あたしもそう思う」

「はは、そうだね」

 僕はなんだか全然楽しめそうにないけど。なんだろ、ごはんを食べに行くって言ったこ、すごく後悔している自分がいる。

 慣れない外出なんてしない方がよかったよ、絶対。

「じゃあまた。学校が終わった頃に迎えに来るよ」

「じゃあね、湯女。あとでねー」

「むむむ……」

 加賀さんに背を向け、すたこらとその場を離れる。

 下手に先生に見つかってややこしくなっても面倒だし。それに何より、彼女の殺人的な眼光に当てられ続けるのは我慢ならなかった。

 学校から数メートル離れた位置で僕達は立ち止まった。

「ふぅ……さてこれからどうしようか。一旦帰るかい?」

「いえ、このままどこかへ遊びに行きたいです。デートしましょうデート」

「デートって……まぁいいけど。でも僕、この辺のことあまり詳しくないんだよね」

「へ? でもたまに散歩とかするんじゃ?」

「僕が言うたまにっていうのは、言葉の通りの意味だよ。大体半年に一度の割合くらいだから。出かけるって言ったってコンビニくらいなものだし」

「それって不便じゃないですか?」

「不便ってことはないよ。大抵の物はコンビニで揃うし」

「それはそうですけど……」

「そういえば鏡谷さん、この前のごはんの食材ってどこから買って来たんだい?」

「えと……近所にスーパーを見つけて」

「へぇ……そんなのがあったんだ。知らなかったよ」

 コンビニへは割と頻繁に行くが、それにしたって日が落ちてからだ。

 ほとんどの店がシャッターを下ろしている時間帯に出ているので、その手の店があること自体知らなかった。

「どうして外出しないんですか? 街をぶらつくだけでも楽しいですよ?」

「外に出るのは苦手なんだ。特に太陽の昇ってる時間帯は」

 出来るだけ知り合いには会いたくない。会ってしまえば、当然昔話をしてしまうから。

 あの頃を思い出すようなことは、なるべくなら避けたいのだ。

 けど、それをこの子に言ったところでどうにかなるものでもないな。

「まぁ……人見知りだからね、僕は」

「そう、なんですか? あんまりそんなふうには見えませんでしたけど」

「中々言うね、鏡谷さん」

「すいません、気を悪くしましたか?」

「んーん、別に」

 そんなに繊細な神経はしていない。

 ただ単に、他人と関わるのが面倒だなーって思うだけ。

 だから、そんな罪悪感いっぱいで今にも泣き出しそうな顔されても困る。

 なんだかこっちが悪いことしているみたいだ。

「ま、僕にも色々とあるんだよ。色々と」

「はい」

「わかったら詮索しないでねっと。この話お終い。さてどこで時間つぶそうか」

「えーと……だったらゲームセンター行きませんか?」

「僕は構わないけど、鏡谷さんは行っても大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。一旦おうちに帰りましょう」

「なぜだい?」

「変装のためです」

「……あ、そう」

 やっぱりだめなんじゃないか。だめだと理解してるから変装するんだろう。

「なんですかその目は? そのすごく面倒臭いなーとでも言いたそうな顔は」

「そんなことはないけど、わざわざ帰ってから出かけるってのもなぁ」

 そしてそのあとにはハンバーグをご馳走しなけいといけないとくれば、そりゃあ億劫にもなるさ。なにせ僕は外出が苦手なのだから。

「……ではこうしましょう。サングラスと帽子とマスクを買って下さい。一先ずはそれで変装します」

「余計に目立つだろ、それ」

「大丈夫ですッ! 今、季節は春。となれば花粉症対策でマスクに防止にサングラス、さらにはフードつきのパーカーを着ていたところで怪しまれることもないでしょう」

「その発想の行きつく先はお巡りさんの前だと思うんだけど。嫌だよ、僕まで叱られるの」

 変に監督責任がどうした、なんて話になったら厄介だ。

 今や僕も社会人。それなりの責任を果たさないといけない年だからね。

「その辺も抜かりありません」

「へー、なにか対策があるの?」

「その通りです。わたしは本日、先生の側を絶対に離れません。これならいいでしょう?」

 ふふんと得意気に鼻を高くする鏡谷さん。

 さて、一体なにがいいというのだろうか。果てしなく不安だ。この子の将来が。

「先に言っとくと、僕は君の保護者じゃないんだからね。その辺は忘れないように」

「わかってますよー、いやだなぁもう」

 絶対にわかってない顔だった。もー嫌だ。

「さてと、方針が決まったところでさっそく変装道具の調達に行かないといけないですね。おっと、ちょうどいいところにドンキがありますよ?」

「……なんてバットタイミング」

「グットタイミングの間違いでしょう? さー行きましょう行きましょう」

 鏡谷さんに背中を押されるようにして、僕はドンキの中へと入っていく。

「わー、これはすごいですねー」

「そうだね。なんというか……品物が所狭し並んでいるね」

「それでは、変装道具のコーナーへ参りましょう」

「そんなコーナーなんてないけどね」

 実際はパーティグッズのコーナーや伊達眼鏡を売っているコーナーなんかがあった。

 こういうところに来るのは、実のところ初めてだ。どこになにがあるか、皆目見当もつかない。

「ねぇ鏡谷さん」

「なんですか?」

 くるりと先行していた鏡谷さんが振り返る。

 その動作に、僕は思わず息を飲んでいた。

 彼女がかわいいから、ではない。昔を思い起こさせる、その無邪気な笑顔がたまらなく胸を締めつけるのだ。

「先生? 大丈夫ですか?」

「えっと……」

 いつの間にか、鏡谷さんが僕の目と鼻の先にいた。

 物理的に鼻先が触れ合いそうになって、僕は慌てて見を引いた。

「大丈夫だよ、大丈夫」

「先生ってなにかあるとすぐ大丈夫って言いますよね?」

 彼女の表情は不安そうで、僕がどれだけ大丈夫と連呼しても意味を成さないのだとはっきりわかる。

 しかし、それでも僕は言い続けるしかなかった。

 大丈夫、と。

「ねぇ先生、先生はどこかないんですか? 行きたい場所」

「僕はいいよ。それより鏡谷さんは他にないの? 加賀さんと合流するまでまだまだ時間があるけど」

「先生の行きたいところに行きたいです。先生のことをもっと知りたいです」

「えっと、それはどういう……?」

「言葉通りの意味ですよ」

 にっこりと浮かべた満面の笑みの中に、多少の羞恥が見え隠れしていた。

 なんであんな顔するんだろう。どうして……

「……僕は」

 どこかへ行きたいと思ったことはない。外出は苦手だから。

 昔の知り合いにあったり、過去の記憶を呼び起される様な出来事に出遭ってしまったら嫌だから。人見知りで、他人の接するのがこの上なく苦手だから。

「別にないよ。行きたいところなんて」

「ほんとですか?」

「本当だよ」

 実のところ、きちんと本音を言えているかどうか自信がなかった。

 自分の本当の気持ちなんて知りたくないって思ってたからかもしれない。だって知ってしまえば、ジッとしてなんかいられなくなるだろうから。

 だから、僕はこうして俯いている。鏡谷さんの問いにも曖昧にしか答えられない。

「じゃあわたしが連れて行ってあげましょう」

「どういう意味?」

「ふふん、こっちです」

 鏡谷さんは僕の手を引いて、店の外へと出る。

 一体どこへ行こうというのだろう。

 小さくて柔らかい彼女の手の平に包まれている右手を見下して、僕は頭の中をクエスチョンでいっぱいにしていた。

 それにしても、これはよくないな。むしろ状況は悪転していると言っても過言ではないのかもしれない。

 止めてくれよ……! 僕はそう叫び出しそうになって、でも実際に口に出すことは出来なかった。

 そんな勇気が最初から僕にあったなら、きっとこんな展開にはならなかったから。

 鏡谷さんに手を引かれ、僕達は駅の方まで戻ってきた。

 ひどく、悪いことが起こる予感がする。


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