誤解
第二章 誤解
まぶしい。そう思ってうっすらとまぶたを上げる。と、カーテンが開いたままであることに気づいた。
「ふぁ……もう朝か」
床で眠ってしまったからか、体中が痛い。
状態を起こそうと腕に力を込める。と、手の平に柔らかい感触がして、僕は思わず凍りついた。
「これ、は……」
よく王道ラブコメなんかである、女の子が沿い寝をしていてうっかり胸を揉んじゃったイベント! 大体の場合は一発殴られて終わりだが、現実だと通報もんだようなぁと読んでていてよく思ったものだ。
まさかそのイベントに僕自らが陥ることになろうとは。
いや、まだわからない。僕が今手に触れているこの感触。これがおっぱいじゃあないかもしれない。そもそも、服の上から見た感じたと鏡谷さん、揉めるほどなかったような気もするし。大丈夫、大丈夫。
僕はおそるおそる、何かが触れているらしき右手へと視線を下げる。
――と、僕の願いはそこで潰えた。まぁある意味においては叶ったといえるだろうが。
触っていたのだ。思いきり。彼女の。おっぱいに。
「あ、ああああ」
後々になって冷静に考えれば、この時さっさと退かして知らん顔していればよかったのだが、如何せんこういう状況に出遭ったのは人生で初めてだ。完全にパニクッてしまっていた。
「あの……どうかしましたか?」
僕が騒いでいたからだろう。鏡谷さんが目を覚ました。と同時に、僕は本能で手を離す。
だ、大丈夫だ、別に揉んだ訳じゃあないし、鏡谷さんも気づいた様子はない。
鏡谷さんは目ぼけ眼にぐしぐしと目元を擦り、大口を開けて欠伸を溢した。
それからボーッと僕の部屋を見回し……みるみる顔が青ざめていく。
「なんでわたしこんなところに……ッ!」
こんなところって。
なんて思ったが、ここは僕の持ち家とかじゃないし、どうでもいいことだった。
はてさて、問題はまったく別のところにある。
「えーと、鏡谷さん? 昨夜のことは覚えてる?」
「さく? あーと、なんだかぼんやりと」
よかった、覚えていたか。それなら変に騒がれる心配もないな。
なーんて、安心したのもつかの間。彼女の口からとんでもない爆弾発言が飛び出してきた。
「あなたは岩尾琢磨先生。恋愛小説家で、わたしはその岩尾先生にナンパされて……」
「……ちょっと待って。だいぶ違うと思うんだ、その解釈は」
「でも、昨日声をかけて来たじゃあないですか。それに沿い寝までして。も、もしかしてわたし達その……ヤッちゃいました?」
「ヤッちゃってないよ! 何言ってんの突然びっくりするなぁもう!」
「す、すいません、なんだかちょっと頭が混乱してて」
鏡谷さんはにへへ、と緊張感のない笑顔を披露する。さっきまでは青々としていたのが嘘のようだ。表情のころころ変わる子だなぁ。
「あ、でも話してるうちに段々思い出してきましたよ。家出して行くアテのないわたしに宿と食事を提供してくれた優しい人ですね」
「最後のは余計だと思うんだけど……ま、概ねそんな感じ」
「ありがとうございました」
「いや、あのまま放っておく訳にもいかなかったからね」
いくら春先とはいえ、太陽の昇るまではまだ寒い日が続く。
もし仮に僕が素通りしていたなら、きっとこの子は風邪を引いてしまっていただろう。
まぁそれだけでも、助けた甲斐はあった、かな?
「それじゃあまずは朝ごはんにしよう。何かリクエストはある?」
「岩尾先生、料理とか出来るんですか?」
「これでも一人暮らしだからね」
「すごーい、料理出来る男の人っていいですよね」
「……なんだかすごく尊敬の眼差しを向けてられてて悪いんだけど、インスタント食品を大量に買い置きしてただけなんだ」
目に見えて落胆の色が彼女の瞳からハイライトを消した。
がっかりだ、そんな心境が透けて見えるようだ。
「ん? インスタント食品の買い置きってことは先生は毎日そんなものばかり食べてるんですか?」
「毎日じゃあないよ。週六日ぐらいのペースかな」
「ほぼ毎日じゃないですか! だめですよそんなの、栄養が偏ります」
「えっ……でも僕料理とか出来なくて」
「じゃあわたしが作りますよ、朝ごはん。それなら文句ないでしょう?」
「や、悪いよそんなの」
「いやいや、高名な作家さんを栄養失調で失う訳にはいきませんから」
最近のインスタントは割とその辺しっかりしてるんだけどなぁ。
しかし、こうドンッと自信たっぷりに胸を叩かれては、反論出来ない。
まぁ作ってもらう分には僕としてはありがたい限りなので問題ないのだが。
「僕の冷蔵庫、インスタントやレトルト、冷凍食品を除いたら空っぽなんだけど?」
これまでの生活の中で、食材を買って自炊をしようと試みたことすらないのだから当然だ。
が、その事実が鏡谷さんにとってはかなり意外だったらしい。
がーん、とショックを受けたように固まってしまっていた。
「あの……鏡谷さん?」
「……めです」
「えーと、大丈夫?」
「そんなのだめです!」
「おおっと、突然大声出さないでよ、びっくりするから」
「こんな生活、許されません!」
バッと鏡谷さんが大きく手を振るう。
「どうしたの?」
「今から買い物へ行きましょう」
「へ?」
唐突な鏡谷さんからの提案に、僕は少々どころではなく面喰ってしまった。
「えーと、ごめん。今日はこれから人が来る予定なんだ」
たぶん、約束とかしてないんだけど。
「そうなんですか? ……だったら、わたし一人で」
「そういう訳にはいかないよ。一応僕はきみを保護している形なんだから」
「だったらどうするんですか?」
「だから、僕とその人の話が終わるまで大人しく待っててって話」
「でも朝ごはんは?」
「お腹が空いているなら、お小遣いをあげよう。それでいいだろ?」
僕はいつも財布を閉まっている棚から安っぽい合成皮の財布を取り出し、その中から二千円ばかりを鏡谷さんへと渡した。
「あの……ほんとに一緒に行かないんですか?」
「言ったろ? 来客があるんだ」
おそらく。
「……わかりました。ではと数千円下さい」
「まぁいいけど、少しは遠慮ってものをした方がいいよ?」
「気にしません。では行って来ます」
「はいはい、いってらっしゃい」
ドタドタドタッと小走りにかけていく鏡谷さん。
さて、どんな高級な朝ごはんを食して来るつもりやら。
「ま、僕はいつも通りしていればいいか」
再び一人になった室内で、僕はベッドへと倒れ込み、来客の到来を待つのだった。
◆◆
「岩尾先生、ねぇ岩尾先生?」
「……何でしょうか、花園さん」
「これは一体どういうことでしょうか?」
僕のPCの前に腰かけて、花園さんが真っ白な画面を指差した。
変に優しげな声が、逆にすごく恐ろしく感じる。
「いや、大したことはないのですが、ちょっとしたトラブルに遭いまして。少しも原稿を進められていないんですはい」
「へぇ……そのトラブルとやらは仕事が手に着かなくなるほどのことなの?」
「あーと、ある側面においてはその通りです。仕事どころか、食事すら喉を通らない状況でして」
「その割にはごみ箱にコンビニのおにぎりの包みが入ってたけれど?」
「うぐっ……あれは」
どうする? どうすればいい? どうやったらこの状況を打破出来る?
僕が頭の中でぐるぐると考えを巡らせていると、花園さんは足を組み替え、虫けらでも見るかのような目で僕を蔑んできた。
「どうしてあなたはそんなにふまじめなの? 本当にいい加減にしてほしいわ」
「どうして、と言われましても。これが僕のスタイルでして」
「口答えしてると酷い目に遭うわよ?」
「はい……すみません」
酷い目! 酷い目ってなんだ! 一体どんな目に遭うというんだ!
こう、足蹴にされるとか? 花園さんは足綺麗だし、ちょっとくらいなら……
「すごい顔しているわよ? 何か変なことでも考えてるんじゃないでしょうね?」
「考えてない、考えてないですよ!」
図星だったからか、はたまた後ろめたかったからか。どちらにせよ、ぶんぶんと勢いよく手を振り過ぎてすごく不自然になってしまったけど。
そんな僕を花園さんはジーッと、汚物でも見るような目で見てくるのだった。
「……まぁいいわ、何でも。それより、原稿どうするの? ほとんど白紙も同然じゃない。締め切りはもう目の前まで迫ってるのよ?」
「えーと、確か次は一ヶ月後でしたよね?」
「その通りよ」
「大丈夫ですよ。きちんと仕上げますから」
「本当でしょうね? もし上げられなかったら……」
「あ、上げられなかったら?」
ごくり、と生唾を飲み込む。
もし上げられなかったら、その言葉の続きを、花園さんが口にすることはなかった。
ただスッと目を細め、その細い首に手を添える。
右から左へ、勢いよくスライドさせる。その意味するところは、小学生でも知っていた。
「わかってるわね?」
「……頑張ります」
花園さんの怒気に圧されて、僕はしゅんと体を縮こまらせた。
花園さんは僕の椅子から立ち上がると、僕の脇を通り過ぎて行く。
その際、ぼそりと一言。
「ほんと、タダじゃおかないから……!」
びくん、と肩が跳ねる。
ぱたんと静かに扉が閉められ、僕はふーっと吐息した。
やっと帰ったか。これでしばらくは静かに過ごせる。
なーんて、思ったのも数秒に満たない時間。
「岩尾ぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うおぉ! 何事!」
ドタタタタタッとおよそ彼女らしくない足取りで花園さんが舞い戻って来た。
はぁはぁと肩で息をして、何だかとっても苦しそうだ。
「どうしたんですか?」
「どうしたんですか? じゃないわよ、誰よあの子は!」
「あの子……あっ!」
鏡谷さんのことか。そういえばすっかり忘れていた。
ガシッと花園さんが僕の胸倉を掴み、捻り上げてくる。
「何なのよあの子は……!」
「え、えーと、彼女は何と言いますか……ちょっとした事情がありまして」
「事情? どんな事情よどんな」
「それは僕にもわからなくて。本人も話したがらないし」
「あ、あのぉ……」
半分ほど意識が飛びかけて、花園さんの腕に籠っていた力が緩んだ。
その要因はもちろん、彼女――鏡谷さんだった。
「い、今大丈夫ですか?」
「ああ、ごめんなさい。大丈夫よ。入って来て」
「は、はい……」
鏡谷さんは頷いて、おっかなびっくり僕の側まで近づいてくる。
先ほどの花園さんがよほど恐かったのか、僕の後ろに隠れるようにしていた。
その様子に、花園さんの眉がぴくりと動く。
「ずいぶん仲がいいのね。どういう関係かしら?」
「どういう関係と言われましても。出会ったのは昨日の夜ですし」
「昨日! 昨日の夜と言った!」
「あっと、そうです」
しまった。間違えた。
そう思ったがもはや後の祭りだ。
花園さんはビシッと僕へ人差し指の尖端を突きつける。
「岩尾琢磨先生、今のあなたにナンパなんてしてる暇ないでしょうが!」
「ナンパなんてしてませんよ」
「あまつさえ、一晩を共に過ごしたと! なんということ……!」
「あの……他人の話を聞いて下さい」
「仕事もしないでそんな女遊びを覚えてしまうなんて。担当編集失格だわ」
よよよ、と泣き崩れてしまった花園さん。すげー面倒くせー。
「何か盛大に誤解している様ですが、僕は別に女遊びなんて覚えてないです。それに彼女、まだ高校生ですよ? 子供ですよ子供」
「関係ないわよ。仕事をしないという点では変わりないもの」
「ぐっ……鏡谷さんもなんか言ってやってよ」
「えと、ほんとに違うんです。担当さんが思っているようなことは何もなくて」
「じゃあ何だっていうの?」
「わたし、ちょっと親とけんかしちゃって。今家出中なんです。それで行くとこなくて困ってたところを岩尾先生に助けてもらって」
「あなた、彼が岩尾琢磨だって知ってるの?」
「自己紹介の時にうっかり……てへぺろ」
「てへぺろ……じゃないわよ! あんたは今や人気作家なのよ? 無名の時と違うんだから意識してっていつも言ってるじゃない!」
「言ってしまったものは取り返しがつかないですし、しょうがないじゃないですか」
「ふん……で、どうして泊めようと思ったの?」
「やー、周り暗かったし、結構寒かったんで。このまま放っておく訳にもいかないかなーって。花園さんいつも言ってますよね? ファンは大事にしろって」
「確かに言ってたけど……何だか方向性違うんじゃない?」
まぁいいわ、と花園さんは吐き捨てた。
「ところあなた、名前は?」
「えと、鏡谷凜っていいます。鏡の谷に凜と咲くで鏡谷凜です」
「そう。私は花園遊里。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
深々と頭を下げる鏡谷さん。
何だろう、花園さん。えらく他人行儀なような……
「で、先生、いつまでかくまうつもり?」
「いや、特に考えてはないですけど。まぁ鏡谷さんの気がすむまで、ですかね」
「そんなことしていいの? 相手は高校生でしょう?」
「別にいいでしょ。悪いことしてる訳じゃあないですし」
「そ、あんたがそう言うんだったら止めないけれど。でもちゃんと考えて行動を起こしなさいよ? 私や編集部の人はあんたの人となりを知ってるからいいけれど、世間一般はそんなことないんだから」
「わかってますって」
「本当に? 大丈夫なんでしょうね」
「大丈夫ですよ。僕を誰だと思ってるんですか?」
「岩尾琢磨だから心配してるのよ……」
まったく花園さんは心配性だなぁ。
「鏡谷さんに言うのも変だろうけれど、こいつはこれでかなりいい加減な奴だから。よろしく頼んでおいていいかしら?」
「は、はい! 任せて下さい!」
「それは一体どういうことでしょう?」
「ところで鏡谷さん、その手に持ってるのは買い物袋?」
「おーい、無視しないでもらえますかー?」
「はい、昨晩止めてもらったお礼に朝食でも作ろうかと」
「へー、鏡谷さんって料理出来る人なの?」
「そこそこは。って言っても大した物は出来ないですけと。お味噌汁とかです」
「十分十分。こいつレトルトとか冷凍食品とかコンビニ弁当とかしか食べないから」
「確かに。冷蔵庫の中身それ系だらけでした」
「でしょう。あー、これで一安心だわ。作家は体が資本だからね。しばらくはいいもん食べれそうじゃないあんた」
「……余計なお世話ですよ」
「ん? 何か言った?」
「何も言ってませんよ」
かなり小さい声で言ったのに。地獄耳だなぁほんと。
「あ、あの、これからわたし朝ごはん作るんですけど、一緒にどうですか?」
「え? 私もいいの?」
「はい」
「何を勝手に……」
「わーい、ありがとう鏡谷さん」
花園さんが両手を真上に突き上げ喜びを表す。
猫被りがすごい。この変わり身、見習いたいものだ。
「では、すぐ作りますんで少し待ってて下さい」
「はーい」
「……ったく」
何を考えているんだこの人は。鏡谷さんも鏡谷さんだが、花園さんも中々に酷い。
他人の話を聞かない連中ばかりだ。
僕は半ば諦めるようにして、どすんと床に座った。
何だかもう疲れた。この一瞬だけで今日一日分の体力を使い果たしてしまったかのようだ。
「ちょっと何座ってんの? 朝食が出来るまであんたは原稿よ」
「原稿原稿って……そんなにポンポン書けたら苦労はしないんですよ」
「その台詞は少しでも苦労してから言いなさい。あんたには才能があるんだから。ほんのちょっとやる気を出せばすぐに上を目指せると思うんだけれど」
「別に上とか目指す気はないですよ。ただ今のようにだらだらと続けていけたらそれでいいんです」
「だめだめね。他の作家先生が聞いたらぐーぱん喰らうわよ、あんた」
「他の先生に聞かせないで下さいよ。それより、僕んちで朝食なんて食べてる場合なんですか?」
「問題ないわよ。編集長にはあんたのせいってことにしとくから」
これは酷い。なんて大人だ。
「何よその顔? 嫌ならちゃんと仕事しなさい」
「別に何も言ってないじゃないですか。それとも何ですか? 花園さんには僕が不満そうにしているように見えてるんですか?」
「違うっていうの?」
「違いますよ。ただ……」
「ただ?」
「何でもありません。ちょっと様子見て来ます」
「それなら私が行くわ。あんたは原稿」
「はいはい」
言い残して、花園さんが僕んちの台所へと消えて行く。
僕はほぅとため息を吐いて窓の外を見る。
……空はこんなに青いのになぁ。どうして僕の周りは曇天の曇り空なのだろう。
◆◆
朝食を食べ終えると、鏡谷さんと花園さんが改めて自己紹介をしていた。
「改めまして、私は花園遊里。このポンコツ作家の担当編集よ」
「わたしは鏡谷凜。両親とけんかして家出したはいいものの行くアテがなくて困っていたところを岩尾先生が助けてくれました。高二です」
「あら、若いわねぇ。でもだめよ、知らない男にほいほいついて行っちゃ。相手がこの根暗甲斐性なしだったからよかったものの、並の男だったら今頃酷い目に遭ってたわよ?」
酷いのはあんたの言い草だ。僕はそこまでの人間じゃない。
「わかってますよ。相手が岩尾先生だったからです。そんなに尻軽じゃないですよ、わたし」
こっちも中々だった。ほんと、女って奴は……
「ふーん、そうなんだぁ。どうして?」
「いやー、かなり恥かしいんですけど、言わないとだめですか?」
「だめってことはないけれど、気になるわ。どうして? もちろん、どうしても言いたくなければ言わなくてもいいのだけれど」
「どうしてもってことは……」
この言い方はずるい。卑怯と言ってもいい。
一見、相手に猶予を与えているようで与えていない。この流れで、どうしても言いたくないような理由なんか存在する訳がないからだ。
強制の仕方が上手いんだ、花園さんは。本人にそれと気づかせず、仕事をさせたりする。
僕も、最初の頃はずいぶんといいように使われたものだ。それも今となってはいい思いでだが。
「わたし、先生の大ファンなんです。作品も全部持ってます。全部のお話を読破しました。どれもとても面白かったです」
「そう。担当編集冥利に尽きるわ」
「でも、先生のお話ってハッピーエンドってないじゃないですか。どれもこれもが実ることのない恋のお話ばかりじゃないですか」
「そうね。その通りだわ」
「それで思ったんです。この人ってどんな人だろうって。会ってみたいなって」
「へぇ……でもそれじゃ彼について来た理由にはならないわね」
「先生は言ったんです。自分が岩尾琢磨だって」
発言をねつ造されたと騒ぐ政治家の気持ちが今ならわかるような気がする。
先の鏡谷さんの発言は完全なるねつ造だった。僕は自分が岩尾琢磨だなんて一言も言ってにのに。
「その時、わたし思ったんです。絶対について行こうって」
「ふーん……彼が岩尾琢磨の名前を語っただけのくずだとは思わなかったの?」
「はい……実を言うとそこまで考えが回ってなくて。でもこうして担当編集さんにお会いしたんですから、岩尾先生で間違いないんですよね?」
「そうね。彼が岩尾琢磨だわ」
ずいぶんとあっさり認める花園さん。何だろ、嫌な予感しかしない。
「あの花園さん、そろそろ編集部に戻らなくていいんですか?」
「ああっと、もうこんな時間。じゃ、このボンクラをよろしくね、鏡谷さん」
「はい、任せて下さい」
ぽんと花園さんが鏡谷さんの肩に手を置いた。鏡谷さんは鏡谷さんで胸を張り、使命感に燃えた目をしていた。
「あの……二人とも?」
「それじゃ私は戻るから」
「はい、お仕事頑張って下さい」
「ええ、頑張るわ」
しゅたたたたたぁーっと花園さんが素早く僕の部屋から出て行く。
その様子を見送って、僕ははぁと何度目になるかわからないため息を吐いた。
「……で、どうするの?」
「担当編集さんに頼まれたからには全力で先生のサポートをさせていただきますよ」
「何だよそれ」
どうしてこうなった?
僕はふと窓の外を見て、そんなことを考えてしまっていた。
答えを暮れる人は、誰もいない。