月下
皆さん多分初めまして。
菓子パンです。
名前ダブったりしてるのであれなんですが、菓子パンです。
一応連載扱いのものもおるのに、なぜか別の、しかも短編と。
ええ、ひどいものです。
この前書き読んじゃった人は、五分くらい損したと思って、是非本文も読んでください。
やっぱり読まれるのは嬉しいので。
光り輝く町々。そこらじゅう、散らばるように居る人間。それらを眺めて、なぜか無性に悲しくなる。
随分と変わってしまった。世界も、私も。
少年がいた。こちらを指さしていた。そのまま口を開いた。
「怪物、一人か?」
無邪気そうに聞いてきた。好きで一人じゃないが、一人だった。寂しいものなのだが、それより、私の関心は目の前に向いた。
「そうだ。お前はどうなんだ?」
少年の周りに何もいないのは見えていたが、聞いてみた。わざとかどうかはわからなかったが、会話を続けたかったのだろう。あるいは、初めての経験に戸惑っているのかもしれなかった。
「見えてるんだろうに。聞かなくてもいいだろう」
少年は少しふてくされたようだった。会話のきっかけにでもと、私なりに考えてみたものだが、このぼろをまとった少年にはお気に召さないものだったらしい。思えば顔やらなにやら薄汚れていた。この少年は、家族とやらをなくしたりでもしたのだろうか。少年がいうところの『怪物』である私は、家族なんて関係は、人間を眺めて知ってはいても、実際にどんなものか理解できるものではなかった。
大事なものなのだろうか。
「坊主、本当に一人か。家族でもなくしたのか?」
気になった。だから聞いた。私にはこう聞いたら、ふつう、どう思われるかなんて知らなかった。
言葉を聞いた少年は、間髪入れずに顔を怒らせて、私に向けて怒鳴った。
「だったらどうだってんだっ」
無邪気だった面影はなく、どこか森にいる鬼のような顔をしてしまった。やはり大事なもので、心に大きくかかっているものなのか。その心が乱れるほどに。
「家族がいないか。可哀想に」
そこらじゅうを見てきたが、家族というのは一緒にいて何かする、人間の集団らしい。お互いにしあうのだから、それをなくした少年は、可哀想なのだろうと思った。
「どうして怪物にまで馬鹿にされなきゃいけない?」
吐き捨てるようにつぶやかれたそれは、悲痛そうな声だった。感情豊かな少年だと思った。それと同時に気付いた。多分、この少年は家族をなくしたこと、それ自体をどう思っているわけではないようだった。でも私には、じゃあ何をどう思ってるか、それはよくわからなかった。
「どうした、どうしてお前は怒っている?」
聞こえたのか、聞こえてないのか、わからなかったが、少年は黙ったままになった。考え込んでいるようにも、さっきので話をもうしたくなくなったようにも見えた。
しばらくして、少年は口を開いた。
「おいらはさ――――」
そのまま少年の話聞いた。四刻ほど聞いた気もした。気が付けば私の視界は少年に近づいていた。
少年は5つほどの時に家族を全員なくしたらしい。鬼に食われたそうだ。それにしては私を『怪物』と言いながらも話しかけてきたのだ、どうなのか、少なくともやはり、家族をなくしたことへの悲しみではないようだった。
少年の話によると、少年は家族のいないことについて、他の人間に何やら何やら言われてきたらしかった。親切心からのものもあったようではあった。しかし、嘲笑や憐れみのように、少年の心を抉るに十分なことも言われてきたらしい。そして、そのうちにその類の言葉自体に拒絶反応が出たらしかった。
私の言葉は憐れみと取られたようであった。
少年は私のことを一人ぼっちだと確信して、話しかけたそうだ。仲間だと思ったのだろうか。その私から憐れまれれば、怒るのは確かに納得であった。家族がわからない私にもわかる理由で少しほっとした。
気がつけば、太陽が見え始めていた。
「坊主、私はもう眠い。よかったらまた話し相手にでもなってくれ。それじゃあ」
私は眠たいのを我慢して起きているなんてことはできないし、起きる時も勝手に起きるから、話の途中でも意識は切れる。しょうがないから寝るとだけ言って、意識を落とした。
少年は何か言っていたが、聞き取れなかった。
また意識がついた。少年を捜してみて、見つけたが、寝ていた。私はこの時間にしかいられないが、少年はそうではないのだろう。だから、多分疲れてしまったのだろう。適当にあたりをつけて、退屈な意識を過ごすことにした。そこらじゅうを眺めても、この退屈が紛れることはなかった。人間と、というより、他の誰かと話すという初めての体験に、心躍らされたようだった。たった一度の会話から、人と触れ合うことの意味を知ったのかもしれなかった。
だが、少年以外に私に話しかけるものはなく、私は初めて少しの苛立ちと、それ以上に悲しみを感じた。
本当の寂しさは、一度でも人と共にいなければわからないもののようだった。
会話を思い出して、少年は強いな、と思った。
定刻がきた。私の意識は闇に沈んだ。
意識がつくたびに少年を捜した。少年はいたりいなかったりしたが、ある日には「話せるときはおいらから出てくるから、捜さなくていいよ」とも言われた。たしかに私はどこでも少年を捜せたし、少年はどこでも私に話しかけることができた。
少年は、少年でなくなっても話しかけてくれた。あの坊主坊主とよんでいた少年が立派な青年になり、妻とかいうものまで出来ていた時には、すごく驚いたものだ。妻は家族らしかった。やはり少年も、話し相手が怪物だけというのは寂しいものだったのだろうか、妻ができてからの少年は、それ以前より格段に明るくなった気がした。
一度気を使ってみて「妻がいるなら、無理してこなくてもいいんだぞ」と言った時もある。しかし少年は「いや、くるさ」と、私の気遣いを無視した。少年は笑っていた。私も顔があったら笑っていた。その気分自体は、少年に伝わったのだろう。少年は笑い続けていた。
少年が青年になったように、そのまま年老いていった。もう坊主と呼べなくなったそいつは、老人にまでなってしまった。年老いた人間が死んでしまうのは、観察して知ってはいた。そいつも、もうそんな時らしかった。私は変わらなかった。そいつとの話も変わらなかった。そいつの姿だけは、変わっていった。
初めて私は『怪物』だったと、自分のことをそう思えた。
少年だった老人はそのまま死んだ。
死ぬ前の最期になってしまった会話で「すまないな」と言われた。全くその通りだった。
そいつが死んで、私には誰もいなくなったのと同じだった。
長くたっても変わらず、うつうつとしていた。
またそいつが、少年だった時を思い出した。
少年の時、そいつはうつうつとはしていなかった。
強い奴だった。『怪物』よりもずっと強かった。
とりあえず、見習うことにした。うつうつとするのはやめて、ただ、見守ることにした。
見守ることにしたが、最近はもう家族などどうでも良いものかと思える。
あの時から随分と絆が薄くなった世界だと思う。虐待、いじめ、なんかそんなようなものがあるようだ。また、私には理解できないものだ。理解したくもなかったが。
見守る少年たちも、随分とちゃちなものになってしまった。私と話したそいつとは、比べるべくもなくつまらないものばかりだ。
意識をつけて、落として。いや、ついて、落ちてを繰り返していた。
ある日、ぼろぼろの少年が歩いていた。あの時より明るい今は、注意せずとも少年がどんな様子か手に取るようにわかった。虐待とやらのせいなのだろう。可哀想なものだと思う。
意外だったのは、少年は、暗い様子ではないようだった。
そのまま、少年はこちらを指差して言った。
「怪物、一人か?」
少年は、笑っていた。