太陽の声
つまんない、つまんない、つまんない。
あー、つまんない。
心の中で何度もそう喚きながら愛想笑いを浮かべる。
何でこのクソ暑い中冷房の効かない店で、延々とレジ打ちをしなくてはいけないのだ。
帰りたい。
今すぐ帰って家のエアコンで涼みたい。
「有難う御座いましたー」
少し間延びしたゆったりとした響きを持つ声。
首を軽く傾けて視線を後ろにやる。
男にしては色の白い肌に切れ長の瞳、身長は目測で180ちょっとかな。
短めの髪は色素が薄まった焦げ茶で私の二つ上のバイトの先輩。
学校が違うのでバイトを始めた頃に出会った人。
私は現在彼の声に恋をしています。
……顔でも優しさでもなんでもなく、ただの声です。
テノールよりはちょっと高め、アルトよりは当然低い声。
優しさがある温かみのある太陽みたいな声をしている彼の声に、私は恋をしてしまった。
因みにそれを友人に話すと意味がわからないという顔をされた。
仕方ないじゃないか、本当に好みの声をしていたんだから。
彼の前のレジを陣取るのは彼の声が聞こえるように。
ホラ、彼の後ろのレジだと聞き取りにくいでしょ?だから。
どうやったらあんな声出るんだろうな、なんて考えながらレシートを丸めて捨てる。
ぼんやりしていたから彼が動いていることに気付かなくて、ガシャンと言う音に肩を震わせた。
彼がしまった、みたいな顔をして私を見る。
お客さんが買い物をする時に使うカゴを灰カゴ、レジを打つ時に品物を入れ替えるカゴは黄カゴというのだが…彼が新しく黄カゴを補充してくれたのだ。
そして私はそれに気付いておらず驚いてしまった。
「あ、ありがとうございます」
彼が何かを言うよりも先に私がお礼を言うと、彼は「いや…」と言った。
耳に馴染むその声は何度聞いても私の心を掴んで離さない。
彼は積み上げた黄カゴを見て足元の黄カゴを見る。
「まだ、大丈夫?」
積み上げた黄カゴを指差す彼。
私は残りのカゴと今あるカゴを見てとりあえず頷いた。
残りのカゴも積み上げられた黄カゴは、不本意なことに私の身長を越した。
なんかムカつく。
黄カゴを眺めていると彼が横から「届く?」と声をかけてきた。
これ同級生だったら殴ってる。
確実に。
「とっ、届きますよ!」
グッと足に力を入れてちょっと背伸びをし、手を上へ伸ばし黄カゴを掴む。
そして取った黄カゴを抱きしめて彼を見ると、彼が声を上げて笑い出す。
楽しそうに顔をくしゃっとしながら。
太陽みたいな声が鼓膜を揺さぶる。
うわ、笑い顔も好み。
ドキドキしながら彼の笑った姿を見ていると、チーフに「コーラッ、お喋りばっかりしなーい」と注意された。
私達は顔を見合わせて返事を返す。
声だけじゃなくて笑い顔も好きになりました。
未だに笑っている彼の声は心地よく、私の耳をくすぐっている。
胸の高まりが収まりません、どうしましょう。
赤くなった顔を隠すようにエプロンのポケットから、マスクを取り出し装着することにした。
「いらっしゃいませー」
あぁ、集中出来ないっ!