四、『空を翔けぬける』
21、クロウ
「――お待ちしておりました、女王陛下」
帰り道――リヤカーに荷物&二人と二匹を乗せて進んでいたら、唐突に呼び止められた。
声の主は頭部を除く全身を鎧で包んだ戦士――逆立つ黒髪、がっしりした体格、歴戦の勇士っぽい鋭い眼光。黒い瞳。貫禄のある髭をした壮年の男。
「……うわ~、不粋なお出迎えだよ」
その男に向かって、テラスが額に手を当てながら「あちゃ~」と声をあげる。
念のために思考加速――前方の男に注意を払いつつテラスの隣へ移動/背にクリスちゃんを隠す/続けて周囲の気配を探る――前方の一人を含めて、全部で四人/前後左右に配置。
「そんな風に言わないでよ姫様。アタシ達も辛いんだからサ」
後方、木の上から一人の少女が飛び降りて颯爽と登場。
スカート以外俺とまったく同じデザインの服装、でも色は真紅。年齢はたぶんテラスと同じくらいで、金髪ポニーテール。いたずらっ子のような瞳も金色――オリジン。
「ミカル! 女王陛下に向かってそのいいグサは何だ!」
「きゃ~! ゼオンオジサンが怒った~」
「誰がオジさんだ!? 俺はまだ三十二歳だ!!」
「正真正銘、オジサン。ゼオン、反省」
「……リオウ……お前まで」
俺から見て右前方より現れたのは――クリスちゃんと同じくらいの少女。
声変わり前の高い声色、ショートな藍色の髪、瞳は水色。口元まで隠れる外套で身体の形を隠している――たぶん、性別を隠しているのだろうが、俺は『匂い』で解るので無駄。
――残りは、左に一人か。
しかし、気配を消して包囲網まで築いてたクセに、会話に緊張感が無さすぎる。
肩をすくめて「ヤレヤレな人達だよ」と呆れるテラス――どうやら仲間らしいが、状況が完全に確定されるまで警戒は解けない。とりあえずこちらからの先制攻撃は控える。
念のため後ろのクリスちゃんを確認すると、彼女は驚いた顔でテラスだけを見ていた。
その驚きが段々と治まっていき、代わりに浮かんだのは――殺気混じりの敵意!?
「…………女王陛下……ですか?」
「ボクの事だよ」
重く沈んだその声は、草原で話した女の子とあまりにもかけ離れていた。
でも、テラスはそんなクリスちゃんの態度を当然のような顔で受け止めている。
……たぶん今の俺は、決定的に何かが解っていない。
「ジぃぃ~」
そんな置いてけぼりな俺を、いつのまにか至近距離から覗き込んでいる真紅の少女。
この子の名前は確か……。
「……な、なんでしょうか……えっと、ミカルさん?」
なにか不思議な既視感を感じる少女。
話しかけたが無反応――でも、視線は思いっきり合わせたまま。次の展開が予想できないから、逸らすわけにもいかず……結局、数秒見つめ合う。隣のテラスから殺気を感じて怖い。
そして、数秒の沈黙の後――
左後方より、四方を囲んでいた最後の一人が姿を表す。
十代半ばぐらいの少年。
クリスちゃんと同じ、銀色の髪と黒い瞳。少々軽量化された、ゼオンと呼ばれた戦士と同系統の鎧。荒んだ瞳は殺気全開で、既にその右手は剣に手をかけて――敵意も全開な臨戦態勢。
「……我ら貴族の王への謁見は、通常〝成人の儀〟が最初になる。お前が陛下の事を知らなくとも無礼と責めたりはしない……クリス」
「…………兄様」
――兄妹?
22、クリス
数日ぶりに交わされた会話には敵意と殺意だけがあった。
「お前に私を兄と呼ぶ資格があるのか?」
「……クロス・シン」
「罪人に私の名を呼ばれるのは不快だ!」
――……どうしろと言うのだろうか、このヒトは?
吐き捨てるように言い放つと同時に、剣を鞘から引き抜く。
白銀色の刀身に複雑な文字が刻まれている――我が家に伝わる家宝の魔法剣。
それを見て、私の我慢も限界にきた。
「誰が……誰が罪人ですか! アナタ達の方こそ人殺しじゃないですか! わ、私を殺そうとしたくせに! 生贄にしたくせに!!」
「守るべき民の為に死ぬのがお前の仕事だった」
激昂する妹に刃を向けて冷徹に言い捨てる兄。
解ってる。あの日『人々の為に死ぬ事』が『私の仕事』だった。
――そんな事は解り過ぎるぐらいに、解ってる!
「貴様に殺された百四十九人の無念、今ここで私が晴らしてくれる」
「うるさい! うるさい! うるさい! 私を殺そうとしたのに、私に殺されるのはダメって、なんでですか!? 勝手じゃないですか! そんなの、おかしいじゃないですか!」
「民の為に死ぬのは貴族の義務だ」
私の叫びを、兄だった人は一刀両断に切り捨てた。
その顔は無表情で、読み取れるのは拒絶だけで……見ていると、視界が段々ボヤけてくる。
「私は――」
本当に、いまさらながら覚悟が決まる。
勝手に流れていた涙を拭う。クリアになった視界の端にはお義兄ちゃんと呼んだ人の姿。たった数日だったけど、いっぱい迷惑をかけた人の姿。
私の、本当の敵の婚約者で、ただ偶然出会って、一番辛い時に助けてくれた人。
謝りたいけど、お礼を言いたいけど、言う資格も言葉もなくて、サヨナラも言いたくなくて、言えなくて、『馬鹿な人』とか、『騙されちゃったね』とか、そんな言葉をかけるべきだと思ったけど、やっぱり言えなくて……。
…………だから、何も言わずに瞳を閉じる。
視界から締め出して、逃げるように敵を憎む。
願うことはひとつだけ。
この状況をつくりだした、全てを裏切っても貫きたい、私の願い。
「――死にたくない」
『獣騎装・召喚――竜神騎オロチ・起動』
重力を無視したように浮き上がる私の身体。
向かう先は上空に出現した光の輪『ゲート』――異空間に無機物をしまう時に使う収納魔法。異空間には空気が無いから生物が入るのは自殺行為だけど、武器とか無機物なら問題ない。
そして、天空に異形の人型が現れる。
夕暮れの空に飛ぶ、ツクリモノの蒼い竜――竜をイメージした頭部。額に角一本。太く丸みを帯びた身体。背中には左右三対中央に一本、合計七本の巨大な角。両腕が足と同じ長さで、前傾姿勢をとると四足歩行の竜のように見える――それが、私の獣騎装『オロチ』。
『ガァァァァァァっァァァァァァァァっ!!』
搭乗/オロチ様が機体と融合――同時に魂を竦ませる竜の咆哮。
地べたを這いずる虫ケラたちが怯む様子が操縦席のモニタに映る。
私は死にたくない――だから、みんなが死ねばいい。
23、クロウ
『……なんか急展開すぎて話についていけないんだよ』
「黙っとけ不思議生物」
空を見て呟く不思議生物をたしなめはしたが、俺も心の底から同感。
だから、事情を知っている人に訪ねる事にした。
「……どういう事だ、テラス?」
「見たまんま、聞いたまんまだよ」
軽い口調。だけど、その顔から表情が消えている。
それは、クリスちゃんの兄という少年と同じ拒絶――それでも引き下がる訳にはいかない。
「見ても聞いても解らないから――解るように話せ」
「……数日前、ここから東に行った所にある原住民の集落が消滅したの。死者百四十九人、生存者二名。生存者のうち一人はボクの十騎神の第三位クロス・シン。もう一人は――」
「……クリスちゃんか」
「そんでもって〝ソレ〟の犯人もクリスちゃんなんだよ」
生き残りの一人は犯人――単純過ぎる最悪な答え。
――なんで、あの娘がそんな事をする?
空に浮かぶ巨人を見れば、それが不可能で無い事も解るけど、動機が解らない。
「竜神騎『オロチ』……あいかわらず邪悪な姿だな」
「シンく~ん、アタシがやってあげようか~? 妹と戦うのは嫌でしょ~?」
妹の乗り込んだ機体を憎しみのこもった瞳で見上げる少年と、そんな少年に心底気楽そうに語りかけるミカル。
「心遣い感謝する。だが、これは私の役目ゆえ、手助け無用に願う」
「らじゃ~。それじゃ、適当に頑張ってちょ~だい」
「私の戦友の機体をこれ以上穢す事は許さん――」
一歩少年が前に進む。そして、剣を掲げ叫ぶ。
「召喚」
『獣騎装・召喚――神獣騎ペガス・起動』
先ほどと同じように開くゲート。そこから現れたのは、純白の機体。
それは背に一対の大きな翼を持つ細身の機体。
人型、鋭角的なフォルム、細身の剣――全体的に翼を持った騎士のような印象だった。
「やられちゃった中には十騎神も一人いてね……おかげで危険度MAX扱い。そんな訳で十騎神を六人も引き連れて、女王様自ら討伐に出向いたわけなんだよ」
――六人?
二人足りない/周囲の気配を再検索――発見できず/俺の察知できる範囲外、もしくは恐ろしく気配を消すのが巧いかの二択/とりあえず前者であることを期待しておく。
それよりも――
「――どうして」
「でもビックリしたよ。魔女狩りに来たら偶然クロー発見しちゃって! やっぱり、これって運命ってヤツだよね! 神様はきっと『ボクのところに帰れ』って言ってるんだよ!!」
「どうして隠すんだ!?」
あの娘が何故そんな事をしたのか――女王自ら討伐に動くなら、その程度の事調査済みでなくてはいけない。女王の戦いに過ちは認められない。討伐した結果、その相手が冤罪だったり、民衆にとって同情の余地が出るような理由があったら、国家の威信にかかわる。
「………………ボクは嘘なんて言ってないよ」
「嘘は言ってない! でも大事な事も言ってないだろ!」
「言う必要がないんだよ。……後悔するって解ってる事を進んで話すバカはいないんだよ」
その後悔は誰がするものだろう――あの娘がホントは悪党で、騙されかけてた俺がするパターンか、その逆か……でも、その答えに繋がるキーワードはあの娘が残してくれている。
「……〝生贄〟って、どういうコトだ?」
俺の耳にまで届く、『ギリっ』という歯ぎしりの音。
それはつまり、後悔するのは目の前の少女の方だったという答え。
「東方の竜神、八つの頭を持つ〝ヤマタノオロチ〟は穢れなき少女の生贄を好むって話だったんですよ~」
「……ミカル、余計な事は言わなくていいんだよ」
先ほどと同じように軽い口調で、俺とテラスの間に入って、笑顔で俺に語り始めるミカル。
会話に割り込まれたテラスが苛立った感じで止める――が、止まらない。
「それで姫様が犠牲を最小限で平穏無事に東方を平定する為に、天之国の貴族サマ連中に相談したところ、『ぜひ自分の娘を』って言ってきたバカ貴族がおりまして~」
「ミカル! クロス殿は民の為に〝義務〟を果たそうとしたのだ。口が過ぎるぞ!」
「いや~、アタシはあのお嬢ちゃんの方に同情しちゃってるので……ゴメンちゃい」
ゼオンという騎士のお怒りに対して、舌を『ペロっ』と出して軽い謝罪。
反省の色皆無なミカル――でも、おかげで事情が解ったので感謝する。
「それでクリスちゃんが生贄なんかにされたのか……」
「そうそう。そこまでは計画通りだったんですけど~、最後の最後で大どんでん返し! なんとあのお嬢様、最凶の竜種を〝話し合い〟で説得しちゃって、竜の力をゲットして逆襲開始しちゃったんですよ~。パチパチパチ~」
「…………その結果、十騎神の一人を殺し、獣騎装を奪い、オロチの奉られていた集落を焼き払い逃亡。ボク達はそんな危険人物を討伐に来たのに……肝心の犯人は心優しい青年に拾われて〝のほほん〟と生きてたって事だよ」
最初で間違えたから、どこまでも間違ってく――そんな話だった。
『消えろ! 潰れろ! 焼けろ! 墜ちろ! 砕けろ! 終われ! 死ね! 兄様なんて、消えてなくなれーっ!』
『兄と呼ぶなと言っている――魔女!』
空に響く、悲しくすれ違った兄妹の叫び。
竜巨人から炎や氷が嵐のように放たれ、それを翼の騎士が躱しながら進む/遠距離攻撃を躱しながら接近して斬りつける――典型的な戦士と魔法使いの戦い。
獣騎装は人間を強化する武装に過ぎないから結局、人間同士の戦い方と同じになる。
世界が一度滅んでも、くだらない理由で人間同士は争うんだと思うと、泣きたくなってきた。
でも、どんなに泣きたくなるような事実でも、目を逸らすわけにはいかない。
「ソレ……完全にお前らが悪いだろ」
『ボクもそう思うんだよ』
だから、言いたくはないが、正直な感想を述べる。
その言葉を笑顔で「いえ~す」と肯定するミカル。難色を示す彼女以外の全員。
「じゃあ、『たくさんの犠牲を出してでもオロチを討伐すれば良かった』って言うの? 一人の命と数千数億の命を天秤にかけて一人を選ぶ? うまくオロチを倒しても、竜王クラスの竜種を殺せば魔力のバランスが崩れて天変地異が起こる可能性があるって知ってる? どうしようもなかったんだよ……犠牲を出さずに解決する方法なんてなかったんだから!」
もっともらしい説明だけど、既に正解は示されている。
「……ただ、話し合えば良かったんだろ。クリスちゃんがやったみたいに」
『そうだね……なんで人間はソレを忘れるのかな?』
「それは結果論だよ。ボク達はちゃんと周辺から情報収集してデータを集めて対策を練ったんだよ! 成功確率が低い、無駄な犠牲が出るかもしれない手段なんか試せるわけ無いんだよ」
必死に言い訳するテラスだが、『その結果』に対してテラスを責める気は元から無い。
データ収集して、過去の事例に照らし合わせた結果の最善手――それを否定したら、人間は暗闇を歩くための『杖』を失ってしまう。結局、勝負は時の運みたいな話なんだと俺も思う。
だけど、許せないことはある。
「俺が悪いって言ってるのはソッチじゃない!」
「……な、なんだよ大きな声出して」
叱られる直前の子供みたいな表情で一歩後ずさるテラス。
声を荒げるつもりは無かったけど、ついつい大きな声になってしまった。俺は叱りたいのではなく『解ってもらいたい』だけだから、少々声量を抑えて『諭す』ように続ける。
「俺達より小さな子供を……生贄なんかにするなよ」
聞きたくなかった真実を無理やり聞かされたよな顔をして、うなだれる少女。
そんな少女を庇うように騎士ゼオンが割り込み、ミカルがゼオンから逃げるように――ついでに俺を逃がさないように、俺の後ろに回りこむ。
「……弁解させていただくが、我等とて別に強要したわけではないのだ。彼女自身がやると了承したからこそ……」
「心の底から死にたがる子供がいるのか? 天之国はそんなにダメな国なのか?」
「違う、彼女も最初は国の為に――」
「大人が望む事をするのが子供の防衛手段だ。本気で生贄になりたがるワケ無いだろ」
「それは貴公の思い込みだ! 子供とて大切なモノの為になら命を賭ける!」
「どれだけカッコイイこと言っても、結果が空でドンパチやってんだから虚しいよな……」
「……ぐ」
言葉をつまらせる騎士。
でも、綺麗事過ぎて言ってる自分も痛い。
人間はみんな、みんな、弱いから、綺麗事を貫けない。何かを犠牲にする生き方を否定したいのに、否定出来るほど強くない。それを思い知ってるから、綺麗事を言うのは辛くて痛い。
「あの子は死にたくなかった。でも言えなかった。力のない無力な子どもだったから……だから、力を手に入れて、爆発して、暴走して、歪んで、あんなに残念な困ったちゃんに……」
『……クローもけっこう言うよね』
口から勝手に言葉が出てきて、言わなくても良い事も言ってる気がするが――止まらない。
こんな言葉を並べても騎士達を説得出来るはずないが、言葉にすることで自分の考えはまとまっていく。そして、今から選択する答えを選ぶための勢いがついていき――
「結局、クローはどうするの?」
最後の一押し代わりに、うなだれたままの少女が重い声で選択を促してきた。
その辛そうな声は、何よりも、誰よりも、俺の背中を押して、地獄に叩き落してくれる。
「ボク達に文句言うだけで終わり? それとも、ボク達に協力してくれる? それとも――」
この娘は、俺がそれを選ばないのを解ってる。
だから、『選ぶ答え』を最後に残して、思い直すことに賭けて時間稼ぎをしていた。
そんな可愛い態度をとられたら、思い直すことなんて絶対にできない。
そして、一時のタメの後、最後の選択肢を告げられる。
「あの子に付き合って反逆者になってみる?」
「お前にあの子は殺させない」
俺の即答に、解っていたくせに何を言われたか解らない表情をする少女。
だんだんと理解の色が広がって、テラスの顔から、表情が消えていく。
「………………ああ。そうなんだ。ボクを……またボクを〝捨てる〟んだ」
「――違う」
「だったら言い訳してよ! カッコつけないで全部喋って、それから捨ててよ! わかんないよ……なんで、ボクの前からいなくなったの!? なんで? なんで!? なんで!? なんで!?」
どんな理由があっても、この娘と敵対する事実は変えられない。
だったらせめて、『俺の想い』だけは告げていこう――真正面から向き合う為に。
「…………………………魔法が、使えなく、なった……からだ」
「魔法使えなくなったのなんて、ボクはどうでもよかったんだよ。側にいてくれるだけでボクは頑張れるのに……頑張れたのに――なんでだよ!?」
「俺が嫌なんだ!」
逆ギレしたように叫ぶ俺に、目を見開くテラス。
興味を惹かれたように注意を向けてくる周囲にかまわず続ける。
「お前も知ってるとおり、俺は『サキモリ』の落ちこぼれだ。代々門番やって、護る為に生きた一族の末裔のくせに……ドラゴンや巨人と戦って、お前を護るヒーローになりたかったのに、俺は戦うための『魔法』を授からなかった」
俺の魔法はエーテルを物質化する具現魔法――本来は戦闘ではなく生産のための能力。
祖父の受けた傷を無かった事に出来る『身体時間逆行』や、兄の視覚したモノを触れずに斬り裂く『空間切断』に比べて、どこまでも戦闘に向いていないチカラ。
死んだ母は『召喚』で、その弟のシロウは俺と同じ具現魔法だけど……それに加え数秒先の未来を見る『未来視』も使える、世にもまれな多重能力者だった。
「ヒーローになれたじゃない! ドラゴン相手に戦って皆を護ったヒーローだよ! 正体秘密でもアナタの英雄伝説を知らない人なんていないぐらい人気者だよ! それで……英雄とお姫様が結ばれて、皆に祝福されて……それで、それでハッピーエンド……だったのに」
誰もが知っている英雄伝説と、望めば選べた幸せな結末。
「……それは、クリンが俺の魔法の〝使い方〟を考えてくれたからだ」
サウザンドアームズ――魔法で武器を作成する、俺の応用魔法。
ありとあらゆる武器を作って、状況に応じた対処をする――汎用性だけは高い戦闘用具現魔法。もっとも、武器を作っても使えなくては意味が無いので、作れるようになった武器の訓練は欠かせないけど……それで十分過ぎるほど戦えた。俺の魔法で作った武器は、どんな兵器も効かない竜の皮膚を切り裂けた。それだけで、俺は夢見た英雄への道を突き進めた。逆に言えば、それだけが俺を英雄にしてくれた。
「……なにが不満だったの? 夢を叶えて満足して、ボクの事なんかどうでもよくなった?」
今から告げる言葉の情けなさに勢いが止まった。
でも、誤解だけはされたくない――だから、意地も誇りも捨てて、搾り出すように告げる。
「――俺は、夢を叶えてなんかいない」
「……………………………………え?」
「……俺は、お前を……。俺が、お前を、ずっと護り続けていきたかったんだ!」
大好きな女の子を、『護る』のではなく『護り続ける』という夢。
その夢がやぶれたから、心が折れて、拗ねて、逃げ出した。
「俺が、女王として国を治めるお前の、命も心も守りたい。魔法が使える俺なら、お前の刃として、英雄のように戦えた。でも魔法をなくした俺は……役立たずは女王の隣には立てない。立っちゃいけない」
「…………ボクは」
「お前の言ったとおりカッコつけてるんだ。大好きな女の子の前で無力な自分を晒して失望されたくない。ヒモになるなんてまっぴらごめんだ。対等でいたい。頼られたい――命も、心も、お前の全部を掴める俺になりたい! ……だから俺はゼンゼン駄目だって思った」
「それでもよかった……そんなの男の勝手だよ!」
…………ついに泣かれた。
テラスの言うとおり俺は勝手過ぎると思う。本当は、俺が隣にいるだけでこの娘の心を支える手助けになるって解っていて、それでもそんな自分を否定したんだから最低すぎる。
その頃の俺は、そんな最低な自分でいいと思っていたんだから救いがない。
「そんなとき街を歩いてたら、開拓団の募集チラシを見つけてさ……九頭竜の支配する西じゃなくて、東に新しい居場所を作っていくっていう、お前の考えた計画。俺は、戦う事以外知らなかったけど労働力にはなるだろうし、勉強になると思った。それに、現場を知っていれば、戻ってもお前の役に立てるかもって……そう思いついたら、飛び込んでた」
「……わ、私は、そんな事して欲しくて、その計画を立てたんじゃない!」
手を伸ばせば、その涙をぬぐうことが出来る……でも、もうそれはできない。
「……うん。わかってる。俺の考えが足りなくて、ただ思いつきで行動してただけだ。でもさ、無駄じゃないって思ってる。あいかわらず政治なんて解らないけど、なんか根拠のない自信はついたし、頼ることも覚えた。ヒモは嫌だけど、主夫ならやれる!」
『生活力ついて視野が広がったからね!』
世界には、戦えなくても、政治がわからなくても、やれることなんて山ほどある。
一人で背負わなくても、みんなで支えればいい。仕事に大小はない。必要な事を出来る人間がして、小さな力を集めて大きなモノを動かす――そんな組織の歯車になれば良いだけの事。
それを開拓団のみんなと一緒に生活して学んだ。
結局、俺が夢見る『子供』すぎて解ってなかったという事で――
「でも、それよりもやらなくちゃいけない事ができた」
それが理解できる『大人』になれたときには手遅れになってたって話だった。
「あ、やだ、ダメだよ、まって、もういいから!」
慌てた調子で手を掴まれる。
握りつぶされそうな握力は無意識の強化魔法――オリジンは強い思いを抱くだけで自然に魔法を発動させる。だから、その痛みは嬉しくて、哀しくて……………………やっぱり痛い。
「……あの子は〝お前の罪〟だから――お前の罪は、全部、俺が背負うよ」
「やだ、やだ、やだ……やだよ聞きたくない!」
首を振るテラス――ホントなら耳を塞ぎたいのだろうが、その手は俺の両手を掴んでふさがっている。だから、このまま、静かに、伝える。
「――俺は、お前を裏切るよ」
裏切りの意思表示と同時に掴まれていた両手が開放された。
うつむく少女の表情は見えないが、頬を伝う涙はまだ止まっていない。
それが、決意したのに辛いと思ってしまう。
『まあ、テラスちゃんの事置いてけぼりにしたクローにも罪はあるよね』
「……そうだな。訂正する。彼女は〝俺達の罪〟だ」
たとえ惨めに思えても、その立場を受け入れて一緒に居たなら、こうなる前に止める事が出来たかもしれない。そう考えると………………むしろ元凶は俺だった。
わだかまりが胸に『ストン』と落ちた感覚で自然と笑みが浮かぶ。
手が勝手に目の前の少女の頭を撫でる――と、同時に騎士達の緊張感が高まる。
別に危害を加えるつもりは無いから、せめて最後に、涙が止まるまではこのまま……。
「……イイワケナンテ聞カナケレバヨカッタヨ」
その瞬間――涙がピタリと止まった。
かわりにその顔に浮かぶのは不敵な、吹っ切れたような邪悪な笑み。光の消えた瞳が怖い。
「…………い、言えって言ったのはそっちなのに、それは……わ、ワガママ過ぎるだろ」
『…………さ、さすが女王様なんだよ』
無意識に後ずさる俺。不思議生物も俺の頭の上で一歩後退するほどの重圧。
静かに振りかざされる女王様の手――即座に周囲の騎士達が反応して俺を囲む。
「ゼオン」
「――は!」
「反逆者です。ここにいる全ての十騎神を使って捕らえなさい。手足の四、五本くらい無くしてもかまいません。……むしろ無くせ! どこにも行けないダルマさんのようにして!」
「……御心のままに」
「嫌じゃぁぁぁぁぁあぁあぁぁっ!?」
『あ~あ……心がダークサイドに墜ちちゃったんだよ』
――手足は五本も無いっての!
冗談のような命令を出す女王様だが、瞳はどこまでも本気だった。
騎士達は、そんな主君を諌めること無く了承。……思わずダルマな自分を想像して恐怖で叫ぶ俺と、口調は軽いが小刻みに震えている相棒。すなわち状況は最悪である。
「……覚悟はよいか反逆者」
「いや、待って! テラス、完全に私怨で言ってるよね! 騎士としてそれでいいの? 主君の間違いを正すのが本当の騎士だと昔の人は言ってたぞ!」
「残念な事に、貴公を側に置きたいという主君の考えが間違っているとは思えぬのだ」
「いや、絶対間違ってるって!」
「俺も、魔女にくれてやるには惜しいと思う……」
『フラグが立ったね』
「黙って不思議生物!」
なんか騎士のオジサンに気に入られてしまった様子――老若男女、人から好意を向けられるのは悪い気はしないが、この場合はマイナス要素にしかならない。しかも、話し合いで解決できる段階は過ぎたというか、既に女王陛下は理屈ではなく感情で動いてらっしゃる!
「……こんな所で戦ったら村に被害が出る」
「安心しろ。既に住民――開拓団の者達には事情を説明して避難してもらっている。獣騎装の戦いで村は壊れるかもしれんが、人的被害の心配はいらん。補償の方もな」
「………………………………ふざけるなよ」
親方達の安全が確保されている事には安心したが、その後の言葉に腹がたった。
確かに、失った命は取り戻せないけど――人が死ななければ、補償さえすれば、俺達の努力の結晶を壊してもいいと言われた気がした。流した汗も、費やした時間も、この手で創り上げた感動も、全部『くだらないモノ』だって言われたような気分。
みんなで一生懸命つくったモノを軽く見られて、笑って許せるほど大人にはなれない。
再び思考速度を日常から戦闘速度へ変える――集中力を高め、魔法を発動できる状態へ/集中力増加/研ぎ澄まされる五感/知覚できる周囲の情報が増加――嗅覚、聴覚、触覚よりの情報で先程までは解らなかった『二人』を発見。
左後方――クロス・シンの現れた方向/距離約二〇〇メートル/視線をそちらに向け、俺が気づいている事を教える/その行為を正確に理解したらしく、緊張感を高める騎士二人。
……しかし、残りの一人はそんな俺達の状況を無視して声を上げる。
「ちょっと待って~」
「ミカル、お前も戦闘準備を――」
オジサン騎士の言葉を無視して、無防備に俺の前に進んでくる少女。
楽しそうな事を思いついた子供のような笑顔が俺に向けられる。
「アタシさ、お兄ちゃんの方に付いてあげようか?」
「…………は?」
「アタシちゃんと覚えてるよ~。四年前、お父さんとお母さんがアタシの目の前で〝竜〟に食べられちゃって、次はアタシの番だったのに、アタシのこと助けてくれちゃったお兄ちゃん」
『クロー、君って奴は……そんなフラグをいつの間に立ててたんだよ』
「……いや、あんまり覚えてない」
笑顔の少女とニヤニヤとした不思議生物――ついでにテラスから無言のプレッシャー。
……でも、四年前はそんなの日常茶飯事で、いちいち人の顔なんて覚えてない。助けた人も、助けられなかった人も、この手で倒した敵も……覚えてないし、覚えようとも思わなかった。
「酷いな~。アタシは今でも目を閉じれば、あの時の〝食べられてくお父さん、お母さん〟と助けてくれたアナタの顔が鮮明に思い浮かぶんだからね!」
『怖っ!?』
「……俺の周りはこんな病んだのばっかりだな」
透き通った笑顔でそんな事言われたから……自然と一歩後ずさってしまった。
笑顔で『両親が喰い殺されるのを思い出せる』と言えるのはオカシイ。ハッキリ言って壊れてる――けれど、俺が間に合わなかったのが原因らしいので、正直に言い辛い。
どうやらお仲間の皆さんも『その過去』は知らなかったようで……みんな仲良く沈黙。
「そんなワケで、義理と人情で考えれば、アタシってお国よりお兄ちゃんの為に戦うべきだと思うのですよ。ぶっちゃけ憧れの人なんだよね! アイ・ラブ・ユーってやつ?」
「……ミカル、言っていい冗談と悪い冗談がある」
「ゼオン、彼、ミカルの、命の恩人。言うとおり、義理、ある。むしろ、敵対、理由、ない」
「リオウ……お前の言うとおりだとしても、我等は女王に忠誠を誓った騎士なのだ」
「あ、ミカルってボクに忠誠誓ってないよ。クローの代役がしたいってだけの理由で十騎神に立候補してきた娘だから」
「なんでそんなの十騎神にとりたてたんですか、女王陛下!?」
情けない声で叫ぶオジサン騎士――なんだかその気持ちは凄く理解できる。
……それが権力者のワガママに振り回される現場責任者の悲しみってヤツです。
「それはだね……」
「アタシ、こう見えて十騎神最狂最悪って呼ばれてるぐらいだから戦力になるよ」
『最狂で最悪なんだ……』
一番始末に終えないタイプだった。仮に味方になっても頼っていい気がしない。
「……ホント、俺の周りにはお淑やかで守ってあげたくなるタイプがいないよな」
『まあ、クローはMっ気あるからね。匂いに惹かれてくるんだよ』
「失礼なことを言うな不思議生物」
『女王様が大好きなんだよね』
「否定できねえ――っ!!」
否定したくてもできないので、情けない声で叫ぶ俺。
女王様=テラス。言ってる意味が違うのは普通解るだろうが、それでも否定したら間違いなく責められる。俺の周囲の皆様お得意の『逃げ場がない、逃げ場を奪う会話術』だった。
なんか、オジサン騎士から同情の視線を感じる。
「――で、どうするお兄ちゃん?」
確認の為、再度たずねてくる少女。
相棒とのやりとりで誤魔化せるかと思ったが、逃がすつもりはないようだ。
……これを言葉にするのは恥ずかしいのだけど、ここまできたら羞恥心は捨てよう。
「じゃあ、テラス護ってあげて。俺、側にいられなくなるから……失礼なお願いだけど、俺の代わりにテラスを護って欲しい」
「……クロー」
「うわ~、恋する乙女に酷いお願いしてくれるね~。まあ、いいけど。了解。助けられた命の分だけ働くよ。具体的に言うとアタシが死ぬまで」
「具体的に言うなよ。……お前も死なないで欲しい」
「注文多いな~。じゃあ、アタシも死なないようにするよ。ちぇっ」
不満そうに唇を尖らせて、仲間の方へ戻って行くミカル。
多少おかしな感じだが、敵対しても自分に好意を持ってくれる相手には死んでほしくない。
「そんなわけで今まで通りよろしく戦友!」
笑顔で一言――裏切り発言をしながら、悪びれることもなく戻ってきたミカルに諦めの視線を送りながらも受け入れる騎士の皆さん。なんというか、普段からああいうキャラなんだろう。
「……まあいいや。じゃあ、とっととやるぞ」
「五対一。相手は、ほとんど、力、失ってる、らしい。多分、楽勝」
「リオウ、楽観しない方がいいよ~。相手は、元とはいえ英雄なんだから」
「問題、無い。私達、天之国、最強」
「ごちゃごちゃ言ってないで、殺す気でやるんだよ! むしろ殺せ!」
「お前は俺の事どうしたいんだ!?」
騎士達によるこちらの戦力分析を、殺意と好意の入り交じった言葉で中断する――そんな女王様の行き過ぎた愛情が痛過ぎる。そして、そんな俺の哀しい悲鳴が開戦の合図になった。
「一番槍もらい~」
「サウザンド・アームズ――針」
一番近かったミカルが瞬時に接近/速い/低い/両手、指の間に大きな針状の武器。
四対八本の針が爪のように振るわれるのと同時にこちらも魔法発動/エーテル結晶の針を一本具現/右腕の斬撃/防御成功/左腕の回転斬撃/バックステップで回避。
ミカルの追撃――跳躍/縦回転/威力を増した一撃――正面から受け止め、力尽くで弾く。
空中ゆえ、踏み止まることもできず吹き飛ばされるミカル――綺麗に着地。
直後、針八本が投擲/左側にサイドステップ/回避/避けられない針は右手の針で捌いて防御/一人だけに集中すると隙を生む危険があるのでこちらからの追撃は断念。
残りの騎士達はどうやら様子見――経験豊かな騎士らしく、こちらの戦力把握か……。
「空中、から、ニードル、出した? アレ、彼の、魔法?」
「魔法力の根元元素、エーテルを結晶化させて物質化させるのがクローの魔法だよ」
「オリジン、特有の、アレ?」
「――うん。八種の唯一魔法だよ」
オリジンの中にたまに現れる超能力者――魔法科学的に説明できるのが魔法。それに対してどうして、それが可能なのか解明されていないのが唯一魔法。
念動強化、加速強化、精神干渉、過去視、未来視、元素操作《物質具現》、空間操作《召喚》、時間操作の計八種類が確認されている。
「……天然記念物?」
失礼な言い方だが間違ってはいない。
オリジンの数は少なく、能力を発現できる者はさらに少ない――ゆえに希少で貴重。
「保護対象だよ。しかもクローにはシローって言う厄介な前例があるからね……能力判明したときから、篭の鳥決定人生だったんだよ」
「篭の鳥?」
「ボクのお婿さんになって国ために働く&王族の血統の中に能力を残す」
「人格無視」
能力は遺伝&能力者同士の子供は能力を覚醒させる可能性が高いので政略結婚が基本。
ちなみに、うちの家系は基本操作系だけど、お婆さんが感応系で父は強化系と、近い肉親に多彩な属性を有しているため能力的にはかなり貴重な血筋。その上、叔父さんは世にも稀なデュアルスキル。だから、うちの人間は特に自由恋愛と縁がない――生まれた時から相手が決まっていて、管理されてて、それが嫌で国を出奔した叔父さんが『戦争』起こしたりしたから、もう我が家族達に人並みの恋愛は望めないのです。
「……それがクローがいなくなれた理由で、ボクがクローを探さなかった理由だよ」
「能力消失、国、不要。……姫様も?」
「束縛したら嫌われると思ったんだよ」
「姫様、可愛すぎる」
能力を失った以上、危険性はない――だから解放された。
そう考えたことを、彼女の気持ちをほんの少しでも疑った事を全力で謝らないといけない。
………………………………………………………………………………無事、生き残れたら。
「楽しいね!」
「楽しくねー!」
再びミカルの攻撃――武器は先ほど投擲したのが全部だったようで徒手格闘。
拳/ワン・ツー/左右にステップして回避/続けて上段右回し蹴り/しゃがんで躱す。
次――左手に針!?/回し蹴りしながら拾った!?/斬撃/スウェー/紙一重/舞い散る髪数本。
敵が複数の時、動きを止めるのは致命的な隙になるので受け止める防御はしない。
でもそれゆえに、相手は自由に攻撃を繋げてくるから厄介だ。
斬撃続行/右腕の斬撃/回避/直後――右真横/振り下ろされてきた大剣。
右足を支点に左回転/そのまま回転斬り/狙いは大剣の腹/叩いて軌道をずらす――成功。
地面に沈む大剣/そのまま右方向に跳躍――距離を確保。
「なんで邪魔するかなゼオンオジサン――略してゼオジサン」
「悪いが任務でな。『全員でやれ』という命令だ――後、略すな。オジサンと呼ぶな」
口を尖らせて不満を述べる少女をたしなめる大剣の主。
……どうやら、ここからが本番らしい。覚悟を決めて、さらに集中力を高める。
向こうは包囲を崩し陣形を構築/前衛ゼオン/向かって左後にミカル/右後にリオウ/中央に女王であるテラスが控える形――が完全に整う前に動く。
一歩踏み込む/異音/聞くと同時に左に飛ぶ/直前まで俺の胴体があった空間を二本の矢が通過――遠距離からの狙撃/いまだ姿を表さない二人のどちらか?
視線を前方に戻す――大きく振りかぶられた大剣/ゼオン。
「サウザンド・アームズ――大剣」
大剣を具現――ゼオンの剣閃を受け、逸らす/次、左側――ミカルの斬撃/避けずに、突っ込む/懐/近すぎて斬撃の射程圏外/ミカルに近すぎて他の二人からの攻撃も止まる。
鼻先に大きな胸/汗の香り/一瞬、虚を突かれた表情が浮かべる少女――直後、膝蹴り/バックステップ――躱した先、右より大剣/縦の斬撃。
「サウザンド・アームズ――盾」
左腕に小さな盾を具現/大剣の横っ腹を殴りつける/騎士の本気の斬撃/先ほどと違って逸らせない――が、殴りつけた反動を利用/自分の身体をずらして躱す。
再び飛来する矢/時間差で二本/盾で弾くと、今度はリオウが接近。
彼女の武器は俺が今使ってるのと同じタイプの半球状の盾×2/二刀ならぬ二盾――その盾で殴ってくる/少女の小柄な身体は二つの盾の向こう側/ほぼ完全に隠れている/反撃は難しい――本日、何度目かのバックステップで間合いを確保。
「サウザンド・アームズ――ブーメラン」
ブーメランを具現――すぐさま投擲/そして、向かってくる盾に自分の盾をぶつける!
衝撃でお互い硬直/少女の後ろにゼオンが回りこみ――帰ってきたブーメランを大剣で弾く。
「サウザンド・アームズ――剣」
剣を具現/硬直してる少女の盾に足をかけ――踏み台にして跳躍。
少女の頭上を飛び越え、騎士の背中へ向けて剣を振りかぶる――と、横からミカルが針を投擲&前方から矢の風切音/反射的にミカルの針八本を剣で弾く/偶然上に弾かれた一本に手を伸ばし――掴み、ソレを使って前方から飛んできた矢を弾き飛ばす。
直後、空中で無防備をさらす俺に――本来の標的だったゼオンの斬撃/胴体を薙ぎ払う、逆袈裟切り/直撃/身体を無理矢理ひねる。
そのまま、風に舞う木の葉のように宙を舞う俺(回転付)。
約十メートルほど飛んだ後、背中から着地――ただ吹き飛ばされただけとも言う。
「ゼオン、やりすぎ、死んじゃう」
「……本気でやっても『殺せない』と思ったから、本気でやった。その直感が――」
「…………………………メチャクチャ痛ぇです」
「――正しかったことが、こんなにも恐ろしい」
「……リアル、恐怖、体験……ガクガク、ブルブル」
全身痛いが骨は折れていないし、斬れてもいない。ジャケットの後ろに貼ってあるエーテル結晶の板と、『直撃した大剣』を支点に威力を逃がすように回転した成果。……それでも身体中が痛いのだが、倒れていたらヤラれるだけなので全身の痛みに耐えて立ち上がる。
そんな俺を見て、嬉しそうな顔をするゼオン&頬を紅潮させてるミカル(ドS)。
ダメージ把握――見える/聞こえる/立てる/走れる/戦える/我慢できる――問題なし。
――……ここまでは、予定、通り。
「ふ」「ざ」「け」「る」「な――――っ!」
突如、怒声と共にゼオンを後ろから蹴り飛ばすテラス。
不意打ちを食らい「むぎゅ」っと前方に倒れるオジサン騎士。
「確かにクローは弱くなってるよ。昔は離れたところに手錠を具現して拘束したりとか、その上で空いっぱいに槍を具現して『槍の雨』でメッタ刺しとか、鼻歌交じりにやってた!」
「……それ、凄く、卑怯」
素直すぎて傷つく感想を口にするリオウちゃん――そのホッペをつまむ女王様。
「でもね、クローが弱くなったからって、アナタ達が勝てるって事には繋がらないんだよ」
それは人がよくする勘違い。
そして、俺が望んでいた勘違い。
「なにが『死んじゃう』だ! なにが『殺せないと思った』だ! アンタら何様だ!! クローを誰だと思ってるんだよ! 地之国、竜人、九頭竜、地を埋めて空を覆った数千の竜――その全部を敵にまわして、勝って、天之国を救った『ボクのヒーロー』をナメんな!!」
その叱りつけるような叫びに、リオウとゼオンの雰囲気が変わる。
うまく調子をあわせて、油断させて、不意をついて一気に突破するっていう計画御破算。
「……はあ、はあ……――あ、そうそう。ボクの昨日のお昼御飯は『お鍋』だったんだよ」
「何故、突然、この流れで、昨日の、御飯?」
「クローが、正々堂々、真正面から、一対一で狩り殺した、下位種の『地竜』のお肉をふんだんに使った、とっても、とって~も、美味しいお鍋」
また、雰囲気が変わる――ゼオン&リオウの俺を見る目が『化物』を見る目に。
ミカルは変わらない。この娘だけは、最初から俺の事を見誤っていないから。
――しかたない。『使う』か……。
「…………クリン、空はどうなってる?」
決着を付ける前に、助けるべき相手の状況確認。
『凄いね。クリスちゃんのあの獣騎装、属性八つも持ってるよ』
「多重属性か……戦況は? 優勢なのか?」
『残念、劣勢。能力は凄いけど操縦に難あり。ペガスって機体の速度に反応できてないよ』
「打開策は?」
『どっかの誰かさんが代わりに操縦すればいいんじゃないかな? って感じだよ』
「了解。――一気に突破する」
頭上より、マイペースに的確な情報と助言をくれる相棒。
いつも、いつでも、その言葉を信じて――その示す道を進む為に、刃を握る。
「サウザンド・アームズ――双短刀」
両手に片刃の短剣――短刀を具現/透きとおった深い金色の刃/エーテル密度高め/折れず、曲がらず、歪まず、何でも斬れる――が、刀身が短いので巨大生物相手には致命的なダメージを与えられない/完全対人用武器で、俺の最高適性武器/それが嫌でたまらない俺の切り札。
「くるよ……本気のクローが」
「あははは――最高に楽しみだよ、お兄ちゃん!」
シリアス全開な女王/笑う少女/静かなオジサン/ちょっとビビってる幼女――その全て、『心の動き』までもが手に取るように解る/他者を望むままに導ける感覚/知覚できる世界を完全にこの手に掌握した全能感/一種類の武器に絞ることで集中力を最高に高めて、ようやく踏み込める領域/俺の魔法ではない才能――『王権』発動。
両手の刃を逆手に握り――
「舞闘――開始」
――全力で最初の一歩を踏み出す。
「速い――が、」
続くセリフは『反応できない速度ではない』――反応できる速度で動いているんだから当たり前/最初の標的はゼオン/三歩で刃の射程距離/袈裟切りの大剣と左手の短刀――激突。
宙に舞う――大剣の刃。
そのまま、返す刀で騎士の鎧だけを浅く斬る/バターのように斬れる鋼鉄/落下する残骸。
何が起こったか理解出来ていない剣の主/周囲も同じ。
「――一人目!」
「――っ! なん……だと……!?」
「ゼオ、ン!?」
進行方向――幼女騎士/『彼女が足止め、後ろからゼオンが攻撃』という筋書き……だった。
右ストレート(盾付)/左前に踏み出して回避/すれ違い、急停止/向かい合うタイミングが『同時になるように』回れ右/回転斬り/俺の攻撃に備えて『正面に構えられた』二つの盾を横一文字に斬りつける。
地面に落ちる残骸/壊れた盾の向こう側――何かに見惚れたように惚けた顔をする幼女。
「――綺、麗」
「二人目!!」
左より迫るミカル/右より矢の風切音。
ミカルの斬撃を刀背で弾き――そのまま右回転/一八〇度/途中、回転しながら短刀の軌道を調整――矢、四本、全部斬り落とす。
「凄いね、お兄ちゃん! 今の、まるで踊っているみたいだったよ!!」
『対人戦闘に置いて重要な要素――間合いとリズム。相手に呼吸を読んで合わせてリードする。武闘と舞踏の基本は同じ。だから極めれば、戦いは踊りに近づくんだよ』
相棒の即興解説――引かれたら押して、押されたら引く。相手をリードするように自分の動きを合わせ、導く。たしかに驚くほど共通点がある。だからクリンは『舞闘』なんてシャレた技名つけたのか………………初めて知った。
「呼吸を読む?」
「……なんとなく『人の心の動き』が解るんだよ」
たしかに呼吸は読んでる――でも、それだけじゃなくて五感もフル活用。
聴覚で呼吸と周囲の音/触覚で空気の流れと、殺気/嗅覚で対象の匂いと、その変化/視覚で相手の行動/味覚は……空気中に散布される相手の分泌液の味で精神状態を探れたりする。
全ての情報を感じ、処理し、対処し続ける結果の『読心・誘導』能力――それが『王権』。
残りは三人――遠距離担当の二人は後回しで、目の前に立つ少女騎士を見据える。
「最高だね、お兄ちゃん! その二人にそんなに簡単に勝っちゃうなんて凄いよ! やっぱり、私のお兄ちゃんは、すっごい強くてカックイイ!!」
この攻防を見た上で、心の底からの満面の笑みを浮かべる怖い娘。
その笑顔をまっすぐに見据えて短刀を構える――右手を前、左手は後ろに隠す半身の構え。
「そんな真剣な顔で見つめないでよ………………あ、ヤバ。興奮して濡れてきちった」
「鼻血ぃ!?」
その一筋流れるアカイロに緊張が緩んだ瞬間――ミカルが動いた。
一歩/低い姿勢で高速移動/こちらが迎え撃つ形/一歩/両手の針/どちらで攻撃してくるか、特定しにくい左右対称の構え/さらに一歩――合計三歩で短刀の間合いの内側/目の前。
繰り出されたのは右の斬撃/逆袈裟/その攻撃に右手の短刀で撃ち落とす――
「――ウソっ!?」
と同時に『後方』からの斬撃を左手の短刀で防ぐ。
空間転移――それがミカルの唯一魔法――だった。
激突直前の斬撃をそのまま置いて、慣性による投擲に変更。直後、その身体ごと後方に『転移』して前後同時攻撃――それが今の攻防。正直、俺の刃が両手になかったら防げなかった。
「な、なんで、わかったの?」
驚きで震える声――残念な事に『恐怖』ではなく『歓喜』で震えてるのが、本当に残念。
「視線が俺を見てなかった。お前の視線の先の空気――エーテルの流れがおかしかった。オリジンであるお前自身の魔力が高まってた。だから、後ろから攻撃が来ると思った……以上」
「……そ、それだけで、わかるんだ」
「身体ごと空間転移するのは凄い――けど、いくらなんでも『人の形』に大気中のエーテルが歪んだら予想はつく。俺の具現魔法でも、武器を作る前に武器の形にエーテルが歪むのが『視える』だろ? お前自身が跳ぶよりも、針を跳ばしたほうが効果的だぞ。八方向から同時攻撃とかさ」
『――って、なにアドバイスしてるんだよ!?』
直後、俺を中心とした八方向に『針の形』をしたエーテルの歪みが視えた。
「命名――針殺八陣!!」
俺の言ったとおりの魔法攻撃――って、なんて素直な娘!?
八方向/前、後、左、右、真上、正面上、後方左上、同右上/回避ルート――無し!
「――起動!!」
投擲/その手の針が、手を離れると同時にその場から消え――『歪み』の空間へ転移。
タイムラグ無しの全包囲攻撃。それを、全て迎撃する為に――
「――奥の手発動! サウザンド・アームズ・ブレイク・ダウン――」
輝く黄金/光の刃――物質を構成する原子に干渉できる、この世で最も鋭い刃。
魔法で結晶化させたエーテルを少し緩め『密度の高いエーテル』に戻した状態。
この状態の維持は一瞬しか持たない/これは創った武器を使い捨てる技――その代わり、一つの武器につき一回ずつ『ストック』しておける/瀕死の状態でも同じ威力が出せる必殺技。
ミカルの瞳が「もっと、もっと、凄いところミセテ」と期待に輝いている。
………………死にたくないから、その期待に答える事にしよう。
八方から迫る針/五感で把握/軌道計算――ご丁寧に距離に差をつけることで時間差攻撃を演出/七本分の迎撃軌道算出――完了/真上は迎撃不可能/問題無し――迎撃開始。
「――螺旋爆刃!!」
光を解き放ちながら回転――二重螺旋の軌跡/その光を浴びて崩れる七本の針。
真上――回転する事で中心軸をずらし、紙一重で回避/成功/地面に突き刺さる針。
直後、その針がミカルの手元に転移される――離れた物体も空間転移可能!?
――さっき拾ってたのは能力を隠すためって事か……ホント、怖い娘だな。
しかし、少女は動かず、ただ頬を紅潮させて幸せそうな笑顔を浮かべている。
――……チャンス!
駆け出す/進行方向は武器を失った騎士二人の方向。
素手/右拳で殴りかかってくるゼオン/遅い/その拳を避け、その横を駆け抜ける。
次――その身を盾にするように女王の前に立つ幼女騎士/無視/射程外を走って迂回。
進行方向に『殺気』が三つ/二つは弓使いの射撃/狙いは読める――放たれた後、走る速度に緩急をつけやりすごす/残る一つはミカルの空間転移投擲/エーテルの歪む部分に手を伸ばし――そこに重なるように魔法『サウザンドアームズ』発動!
「……あ、れ?」
その声はミカルのもの。
発動しない具現魔法/発動しない空間転移魔法――魔法同士の干渉による相殺現象。
そのまま騎士達から距離を取ることに成功――戦闘終了。
「――……いかないで」
背中に投げ掛けられる小さな呟き。
それを振りきって、緩まず、止まらず、突き進む。
……立ち止まったら、もう一度走り出せる気がしなかったから。
「――っと、こんな感じか?」
村外れに仲良く並んで立つ二本の木――その間に縄をかけて、村の倉庫から持ってきた縄と滑車で引っ張る。テコの原理を使ってもけっこうな力仕事である。
『弾力性のある木を利用した即席投石機。クローの重量、木の弾力、縄の締め具合――うん。計算通りならこれでいけるよ!』
相棒の言葉に従い、動かないように滑車を固定。
そして、投石機の『石の位置』へ移動するのだが……気分は死刑台に登る死刑囚である。
「…………ぶっちゃけ怖いんだけど」
『方向修正できないけど、予測地点にクリスちゃんの機体が来たら発射すれば大丈夫。合図はボクに任せて』
「……めっちゃ怖いんだけど」
『ボクを信じて』
「キサマに投石機で空を飛ぶ人間の気持ちが解かるのか――――っ!?」
『大丈夫……ラブコメ主人公は死なないんだよ!』
「現実を見ろ不思議生物!」
存在がファンタジーなイキモノはこれだから困る。不死身の妖精と違って、こちらは十数メートルの高さから落ちても危険な弱いイキモノだと言うのに……。
そんな風に泣きそうな気分で訴えるオレを見て、不思議生物は多少真剣な表情で口を開く。
『……死んだら、テラスちゃん主人公のラブストーリーになっちゃうけど……生きてラブコメ、死んでラブストーリー。究極の選択』
「選択権が無い選択肢!?」
真剣なのは顔だけで、内容はダメなままだった。
ラブコメとは生き抜いた結果生まれる物語だと言う変な持論を、輝くようなとても良い笑顔で述べてくれちゃって…………そのぶんオレの顔が曇るのですけどね。
しかし、もう他の手段を探してる時間がないのも事実。
死んだような気分で、自作投石機に自分をセットする。後は、死刑執行の合図を待つだけなんだけど……装置を作動させるのも自分かと思うと泣きたくなってきた。
そんな気分を少しでも誤魔化すために、意識を空へ――
24、クリス
「なんで! なんで当たらないの!?」
『クリス、冷静に。相手の先を読んで』
「そんなこと言われても解らないよ!」
私の泣き言が夜空に響く。
上空で停止した状態で、高速移動するペガスに魔法攻撃を仕掛け続ける私達。
……でも、いまだ有効打はゼロ。相手のスピードが速すぎて、反応が追いつかなくて、私が鈍いせいで動きが鈍重になって、見た目通りの残念な動きしかできない。
『戦闘訓練もつんでいない素人。機体性能に惑わされなければ、問題のない相手だ』
『……よいのか、シン? 妹なのだろう?』
『ペガス……妹だったからこそだ!』
私の弱音に答えるように、彼と彼の相棒・天馬ペガスとの会話も空に響く。
こっちも向こうも外部スピーカー全開でマヌケでした。
ちなみに外部スピーカーを切るスイッチは存在しない。どう考えても欠陥なのだが、マニュアルを読むとそれが設計段階からのデフォルトな残念仕様。
「なんでアナタは――――っ!」
『正義の為にだ!』
魔法攻撃の間隙をついて急接近してくるペガス/一瞬下に軌道変更/直後急上昇/反射的に目で追ってしまい――追いきれず、見失う/剣の間合い/遅れる反応。
ペガスの刃が私に向かって振り下ろされ、空気が震える。
刃は機体に届いていない/機体前方を包む『風の盾』とぶつかり――それでも止まらずに一進一退/力比べ/彼が諦めない限り、私が耐えてる限り続く硬直時間。
『貴族は民衆の上に立つ。勘違いしている者もいるが、我等が民衆を生かしているのではなく、我等が民衆に生かされているんだ。ならばこそ、この命は我がモノに在らず、民の為に使われるべきモノ』
「それじゃあ奴隷じゃない」
『――その通りだ』
動けないから、言葉で攻めてくる嫌らしい男。
でも、言っていることは正しい――たしかに王侯貴族は国家の歯車。それを忘れて保身に走ると国は腐敗する。……解ってる。間違ってるのは私だって! それでも……。
魔法は精神の影響を受け、迷いは魔法を弱くする――刃が少しづつ押し込まれる。
「アナタは正義の騎士になりたかったんじゃないの!?」
『……そんなモノは物語の中にしかいない。大人になれ、クリス……』
「いるもん! 絶対にいるもん! お姫様を護る為に、お姫様を護るついでで、皆を救えるぐらい強いヒトは! なんで、兄さんは――」
『その英雄は――結局、自分を〝犠牲〟にして皆を護った。私も自分を〝殺して〟皆を護る』
私の叫びと、宣言通りに自分を押し殺している彼の声がぶつかり合う。
私自身が信じ切れない言葉と、自分が正しいと思っている彼の言葉。
さらに強く『風の盾』に刺し込まれた刃が、その正しさを証明しているようで泣きたくなる。
「そんなの違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う!」
『――違わない』
「ずるいよ! なんで、お姫様にはいるのに……私にはいないの!? なんで、誰も私を助けてくれないの!? なんで!? 私、悪いことなんてしてなかったのに……卑怯だよ!! なんで!? なんで!? なんで!? なんで!? なんで!?」
溢れる感情を止められない。
その瞬間、『風の盾』が『嵐』に変わり、剣ごとペガスの機体を弾き飛ばした。
それは、怒りが魔法を強化したなんて良い話ではなく、感情の爆発が魔法を暴走させただけ。
だから、私自身もダメージを負っていて……落ち着いてくると、自分が癇癪を起こして暴れただけの子供と思えて恥ずかしくなってきた。
そんな子供を――
「お前が、言うな」
女王様が本気で叱りつけてくる。
遠く離れた空にも届く声量。おそらく、風系の魔法道具を使って音を増幅しているのだろうけど……せっかくの魔法具を説得のためには使ってくれないんだ……。
「――――っ!?」
「盗ったクセに……。ボクから盗ったクセに、吠えるなバカ!」
「姫様、私怨バリバリ~」
「シン、魔剣開放許可! 殺し――目障りだから、とっとと始末して!!」
――……途中で言い直しても、結局同じ命令!?
「陛下!? いくらなんでもそれは――」
さすがに制止しようとする周囲の声。
どうやら今使ってる魔法具は使用者だけでなく、周囲の音声も拾って増幅してしまうようです。……なんか、こっちはシリアスな気分なのに、イマイチ緊張感が無くてムカツキます。
『了解しました。我が主』
でも、バカ正直なクソ真面目がひたすらシリアスに突っ走っているのもムカツキます。
「あはははっはっは! みんなバカばっかりだ~! 楽しいね~!!」
ミカル様の笑い声が空に響き渡る。
それは、どうしようも無く真実で、痛烈な皮肉に聞こえて耳と胸が痛い。
そんな笑い声を完全に無視して――
『ペガス! 魔剣カオス・トリガー抜刀!』
『――魔剣抜刀!』
空飛ぶバカが、背中に背負っていた剣を抜く。
鋼色の刀身に縦横無尽にはしる幾何学模様は無機物に特殊能力を付加する魔法文字。
魔剣はその『意味のある模様』を正確に刻めば簡単に作り出せるが、刀身に描くのではなく直接掘り込む必要があるため、武器としての耐久度を減少させる。実際の戦場においては、耐久力は特殊能力より重宝するので、『魔法武器』は補助武器としては有効だが、メインの武装には向いていない――以上、獣騎装に記録されてたマニュアルより。
……能力は解らないけれど、事態が確実に悪い方に動いているのは解る。
でも、黙っていても事態は好転しない――だから、小手調べを兼ねた先制攻撃!
選択した魔法は『炎』/神竜の威力を宿した火球をペガスに向かって放つ/そして――
『「魔法が吸い込まれた!?」』
その炎は、剣に触れると同時に刀身に吸い込まれる/一瞬、赤い輝きを宿す魔法文字。
「カオス・トリガーは魔法を吸収し、ストックできる魔剣。王家に伝わる伝承を元に復元した、文字通り〝伝説〟の武器の一つだよ」
「魔法のストックは十二個までだから~、そこが攻略の糸口だよ~ん」
「……ミカル、お前は……」
空に響くネタバレ解説/理解と同時に距離をとる――ペガスは追ってこない/魔法攻撃主体の私達に敵弾吸収武器は天敵――それゆえの余裕ですか!?
――……その余裕、絶対にぶちこわしてやります!!
「関係無い! オロチ様、完全消去呪法、詠唱開始!」
『ダメ。相手の速度を考えると詠唱している間に攻撃されるわ』
「……万事休すってヤツですか?」
『…………絶体絶命とも言うわね』
外部スピーカー、いい加減なんとかした方がいいと思えてきました。
したくもない自分の不利な状況暴露。獣騎装の操縦は相棒である『獣』とのコミュニケーションのために会話とかするのに……ホント、なんでこんな残念設計?
ちなみに完全消去呪法は読んで字のごとく、物体を消滅させる防御不能な魔法。同種の魔法で相殺はできるが、魔剣で吸収はおそらく不可能だと思える私の切り札
でも、どんな切り札も当たらなければ意味が無いし、使えなければ宝の持ち腐れ。
……つまり、傍から見たら面白いかもしれませんが、本当に絶体絶命の危機なのです。
25、クロウ
ピンチはチャンスに繋がる――そう思っていた時期が俺にもありました。
『キタ――――っ! 今だよ! 発射ぁぁぁぁぁああああぁぁぁああ!』
「――がっ!?」
相棒の絶叫とともに全身を襲う衝撃――次の瞬間には星の海に漂う自分がいたりする。
合図で俺が装置を作動させるつもりだったのに、不思議生物が勝手してくれちゃったという罠。不意打ち過ぎて凄く怖い! 全身を包む浮遊感に泣きそう!! しかも……。
『しまったぁぁぁぁぁぁああああ!』
「思いっきりそれてるんですがぁぁあああ!?」
オロチに届くコースから軌道が逸れてた。
すなわち、一分も経たずに地面に落下して潰れたトマトコース!
『上空の風向きが計算と違うんだよぉぉぉおおお!?』
「なんでそんな初歩的で致命的なミスしやがるっ!?」
本気でそんなバカなことを言ってくれる相棒に、とりあえずツッコミ。
空/人間は飛べない/不思議生物も飛べない/魔法でグライダーを具現……時間をかけてイメージすればできると思うが、今回はその時間が足りなさ過ぎるから絶対無理/クリンの封印を解いて神機スサノオを召喚――現在の魔法力では絶対不可能/そんな設定で生き残る手段を考えろ!/制限時間は『ああ、なんか、このまま気絶したくなってきたな~』ってぐらい!!
「――バカが飛んでるんだよっ!?」
「あははははっはははは! あ――! グへ――! 何アレ、面白すぎ―――っ!」
「あ、あの高度で落ちたら死ぬぞ」
なんか、テラス達の驚愕した声が聞こえてきた。……ミカルが笑いすぎて呼吸困難のようだが、笑われても文句が言えない事をしてる自覚があるのが辛すぎる。
どんどん近づいてくるタイムリミット/姿勢制御は考えないで背中から落下中/目的は地面に着地することではなく、空飛ぶ機体――そこに居る義妹を助ける事だから、視線は辿り着くべき場所に固定して逸らさない!!
しかし、どんな崇高な目的を持っていても――
「――このまま落下したら死ぬんですけど!?」
『ボクは不老不死だから、ちょっと潰れるけど大丈夫だよ!』
「俺が大丈夫じゃないんだ! 空を飛ぶ手段プリーズ!?」
『人間は飛べないのさ!』
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
――人は飛べない。足で地面を踏みしめて歩く。
誰もが知っている常識。つまり現実は過酷。
それでも、思う――人間は生身で空を飛べないけど、飛ぶための手段は生み出せた。つまり、見方を変えればいい。自分が飛べなくても、道具を使うように。空を飛べなくても、その場所へ行く手段を考える。翼で羽ばたくのではなく、この足で、踏みしめる事のできる……。
「――あ、地面じゃくても〝道〟があればいいんだ」
瞳にうつる『エーテルの流れ』は、オロチの魔法動力機関へと続いている。
だから、その『光る風』を具現化させるだけで、そこに至る道は出来るハズ。
――硬度をケチればギリギリ届く! ……たぶん。
即決即断/行動開始/手を伸ばし、風に触れ、精神集中――準備完了/そして、小さく、強く、『魔法の言葉』を口にする。
「サウザンド・アームズ――道」
魔法発動――手のひらを中心に、結晶化していく風/それは、空に架かる極光の架け橋。
着地――踏みしめるだけでヒビが入る、そんな脆すぎるのが俺の道である。
『うぃんぐ・ろーど!?』
「お前が何を言っているか解らないが……走るぞ!」
目的地まで十メートル未満。
一歩前に踏み出す度に、ひび割れていく足場――立ち止まっても、立ち止まらくても重力に引かれて落下していくのを感じるから、墜ちる前に駆け抜けるつもりで全力ダッシュ!
『クロー、この道……落ちてない?』
「落ちてるよ! 具現したものが重力に引かれるのは当たり前だろ!」
『重力に魂を魅かれる気分だよ』
「魅かれるより速く駆け上れ!」
加速――踏みしめる力が大きくなり、触れた場所から足場が砕けていく/砕ける前に足をあげる/右/左/右/左/右/いずれ空でも飛べそうな勢いで、それを繰り返す/そんなワケで、ビックリするぐらい速く終着点へ接近。
最後の一歩――まだ距離はあったが、全力ジャンプ。
その衝撃で残されてた部分も完全に砕け、キラキラ輝く欠片が風に舞う。
手を伸ばす先は機体後部、首後ろのコクピット入り口――
26、クリス
『クリス!』
「何ですか!? なんか良い手段でも思いつきましたか!?」
『……想像の斜め上をいかれたわ』
「あい?」
その直後、機体後部に軽い衝撃。
――後ろから攻撃!? 他の騎士達が動き始めた!?
『――到着だよ! 死ぬかと思ったよ』
「それは俺のセリフだ! いいからとっととハッチを開け!」
焦る私の耳に届いたのは、ほんの少し前まで一緒にいた人達の声。
何がどうなって、そうなっているのか解らないけれど、とにかく彼等は空を飛んでいるこの機体にいつの間にか張り付いていて、今にもハッチを開けようとしている……怪奇現象!?
ちなみにハッチはパスワード式――安全を考えるなら網膜やDNA認証のほうが良いと思うのだけれど、それだと整備に支障が出るため。そもそも、操縦には『獣』の魂の協力がいるので侵入対策は低めだったりする。侵入しても操縦できなければ意味がないって考え方です。
――ど、どうしよう!? 入れる!? 振り落とす!? 私は……どうしたい?
『ハイハイ。最近の若い者は精霊使いが荒いんだから……開いたよ』
『「「速っ!?」」』
私が迷った一瞬のうちに扉が開いてしまった。
ハッキングしてパスワードを割り出したか、もしくはプログラムに干渉して無理矢理開けたかのどちらかだと思うけど……こんな短時間でやるなんてクリンさんは化物ですか!?
そのまま、開いた扉から勢い良く飛び込んでくる一人と一匹。
「――って、何これ!? 溺れるぅうう!」
そして、コクピット中を満たす液体に驚いて無様を晒していました。
どうやら予想外の展開にテンパっているようで、むやみに手足をバタバタさせて……思わず笑ってしまいそうになる滑稽な姿。絶体絶命なシリアスぶち壊し!
『これは……液化した流体エーテルだね。落ち着いて。大丈夫、普通に呼吸できるから』
「あ、ホントだ」
逆さまになって醜態を晒していたお義兄ちゃんに、クリンさんが冷静な状況説明。
……まあ、この無味無臭の液体を我慢して飲み込んで、体の内部が液体に満たされると呼吸できるようになるなんて、知らなければ慌てて当然。滑稽だなんて思ってゴメンナサイです。
『この液体は、たぶん衝撃を和らげる為のクッション代わりになんだと思うよ』
「へえ……試作機には無かったのに……さすが! 量産型は伊達じゃないって事だな!」
物語に出てきた試作機ガイアースは出力が高すぎて、無茶な軌道をとるとGで身体に大ダメージを受けるという、パイロット殺しな機体でした。最終決戦で、敵からダメージは一撃も喰らわなかったのに、内蔵にダメージ受け過ぎて主人公『ファング』が血を吐いて死にかけるっていう……燃える展開が私は好きでしたね。兄様も……。
……一緒に読んだ彼の事を思い出して涙が出そうになってきたので、ひとまず思考中断。
そんな私を発見して、操縦席に近づいてくるお義兄ちゃん。
「……なん……で?」
声がかすれて言葉がうまく紡げない。
だって、空まで追っかけてくるなんて普通思わないから……だけど、追いかけてきてくれたのが、嬉しくて、胸がいっぱいになって………………うまく喋れない。
お義兄ちゃんはそんな私に――デコピン一発(強烈)!?
「痛っ!」
「うるさい愚妹! ――と、座れないから、ちょっとどいて」
続けて、私を押しのけ操縦席を勝手にいじくり始める。
私は狭い操縦席の上で場所を確保しようとして、いつの間にかお義兄ちゃんの膝の上に横倒し。頭や足が左右のパネルの上に乗っかって、スイッチとか押してしまいそうなダメな体勢。
「…………私は……妹じゃ……ない」
「お前から俺の義妹になるって言ったんだぞ。一度義妹にした以上、お前は義妹だ!」
私が必死に搾り出した否定の言葉を軽く一蹴。
その視線はモニターに固定したまま、こちらを見ようともしない。
………………真剣で、一生懸命で、目が離せなくなりそうな横顔。
「……バ、バカですか、アナタ! なんで……」
『義妹の為に人生を棒に振るのが義兄のつとめなのサ!』
「……俺は人生を棒に振るつもいはないぞ」
『二億年前は、大マジメにそんな事を言う漢達がイッパイいたんだよ……妹はお姫様。教師はママン。花嫁はいっぱい。赤ちゃんも幼児も攻略対象……そんな失われた熱い時代』
「……それは、滅びる……進化の袋小路だ」
「……そっか、シスコンなんですね、クローさんは……」
「ヒドイ誤解だ!!」
『テラスちゃんも元々義妹だった事を考えれば誤解ではないような……むしろ真実!』
「そう言われてみれば確かに! そっか……俺ってシスコンだったのか……」
「最悪です!?」
とっさに守るように自分を抱きしめて距離を取ろうとして……結局膝の上。
…………でも、よくよく考えるとべつにシスコンでも良い気がしてきました。むしろ、私の方こそダメダメです。実の兄が妹を見捨てるような世界で、口約束の義妹を護るために命を賭けた人に対する態度じゃありません。ここはある程度いろいろ許しちゃう場面?
そう思ったときには既に遅く……ショックを受けた感じで作業に戻ってたお義兄ちゃん。
「――クリン、プログラム変更できそうか?」
『うん。一分もあれば』
「三十秒で俺好みの操作方法に調整してくれ!」
『無茶言うな~――オッケー。終わったよ』
「速っ!」
『実は二秒でできるトコを、あえて長く見積もって場を盛り上げてみました!』
「お前は……」
真剣なときこそ巫山戯るのが『クリンさんクオリティ』のようです。
この不思議生物と一緒に生きていけるお義兄ちゃんの懐の深さに頭が下がる思いでした。
…………………………なんか、泣きそう。
「そんなワケでヨロシク、オロっち!!」
『はい、クローさん、クリンさん。私共々クリスの事もヨロシクお願いします』
「オロチ様?」
『……クリス、背に腹はかえられないのよ』
「みんな、みんな、大っ嫌いだ――――っ!!」
世界に裏切られたような感じで叫ぶのは、ホントは嬉しいのを悟られないため。




