参、『女王奥様ヤンデレ・テラス・DESTINY』
10、クロウ
翌日。
今日も良い天気な良い朝で、気持ちの良い目覚めで……バレないうちに布団から脱出!
クリスちゃんはまだ寝ているので静かに自分達の朝食を準備――作りおきのパンを焼いて、ついでに卵も焼いて、牛乳用意して――はい。朝食準備完了。疲れているから手抜き気味。
「おはようございますです」
焼けたパンの匂いに惹かれたのか、起こさなくても目覚めたクリスちゃん。
トロンとした瞳で、寝むそうな感じだけど、体は大丈夫そう。
『おはうよだよ、クリスちゃん』
「おはうよ」
『……〝おはよう〟じゃないの?』
オロっちの静かなツッコミ。
我が家の朝の挨拶はマイブームしだいで適当である。
「体調はどう?」
「あ、なんか絶好調な感じです。まるで死んで生まれ変わったようにスッキリです」
「………………そう」
『…………よかったわねクリス』
……実際に一回心停止して、蘇生したから間違ってはいなかった。
「あれ? ……なんか皆さん凄く疲れたような顔してますね」
俺達の態度を不審に思ったのか、探りを入れるような感じの御言葉。
治療行為とはいえ、多感な少女の唇を意識のない間に奪ったとかマズイ気がするので……全力で誤魔化そうと思う! お互いの為に!!
「き、気のせいじゃないかな! なあ、クリン、俺はいつもこんな感じだよな!」
『うん! 気のせいだよ! ボクなんか朝からギンギンさ! ハイテンションだよ!』
「それはただのナチュラルハイってやつだぞ、不思議生物!」
『ボクはいつだってナチュラルハイさ!』
「……迷惑な奴だよ」
「ホントですね」
『……ホントですわ』
クリンを生贄にして誤魔化す事に成功。
このままさらに話を進めて有耶無耶にしてしまおう!
「……俺達これから朝飯にするんだけど、食べれるか?」
「おいしいものなら何でも食べれるのです」
「メッチャ難易度高い要求きたよ!」
この娘は昨日一日寝たきりだったから、できるだけ栄養価の高いものを用意するべきだろう。
病み上がりが食べれて、栄養価が高くて、美味しい……ホントに難易度高いな、おい!
……とりあえずカマドに火を入れてから考えよう。
そんな感じに困っていたら――『トン、トン』と玄関をリズミカルに叩く音が響く。
『クローお客さんだよ』
「ちょっと待って……ってお前が出ろよ!」
『む~り~。小さなボクには扉は開けられません』
もっともな意見。だけど、こっちももうすぐ火が付く直前で…………まあ、仕方ないか。
諦めようとした瞬間、俺の肩に蒼い竜が舞い降りた。
『火の方は私がやっておきますよ』
――俺が求める事を言葉にしなくても察してくれたよ!
感動で『ジ~ン』とするが、本来その役目をおうべき相棒が視界の端でゴロゴロ寝そべってるのが哀しかった。………………とりあえず見なかったことにして精神の安定をはかる。
「ありがと、オロっち。不思議生物とトレードで俺の相棒にならない?」
『貴方に文句はありませんが、クリスをあの方に任せるのは……ちょっと』
「うん。激しく同感した!」
『ヒドイよ二人とも!』
寝そべってる奴の抗議など完全にスルーである。
申し出に甘え、オロっちに火の番をまかせて玄関へ――
「はいは~い。今出ますよ~」
――辿り着いた時、ノックは既に止まっていた。
バカやってるうちに帰ってしまったのかもしれないと、思いつつも一応扉を開いて……。
呼吸と心臓が止まる。
瞬間――反射的に勢い良く扉を締める/バタンと大きな音/背中で扉を押さえるようにもたれる/鍵を閉める/………………呼吸再開/緊張状態と無呼吸が重なった為、荒れる呼吸。
そんな俺を見る訝しげな六つの瞳。
『どったの?』
クリンが俺の頭の上に飛び移りつつ聞いてきた。
呼吸を落ち着け、混乱する頭の中を整理して、可能な限り解りやすく情報を伝えてみる。
「扉を開けたらヤンデレがいたような気がした。ここにアイツがいるはず無いから幻覚だ!」
『……何を言っているか解らないんだよ』
残念、伝わらなかった。でも、自分でも何を言っているのか解らなかったから仕方ない。
『昨日大変でしたから、お疲れなんでしょう』
「ゴハンまだですか~?」
「もうちょっと待っててね」
心配してくれるオロっち&マイペースなクリスちゃん。
――そうだ。マイペース、マイペース。危機的状況で冷静になることが重要なんだ。無理やりでも呼吸を整わせろ! 頭の中を冷やせ! 冷静になれ! 落ち着け、落ち着くんだ俺!
直後――再びリズミカルなノック再開。
ツー・ツー・トン・ツー・ツー・ツー・トン・ツー・ツー・トン・ツー・トン・ツー……そんな感じに延々と繰り返される異様なノック/なんか規則的……まさか暗号通信!?/うろ覚えながら解読/『ア・ケ・ロ』/……って、普通に怖いっ!!
『く、クロー、ずっとノックしてるよ』
「ああ! 解ったよ、開けるよ! 開ければいいんだろ!」
恐怖に耐えて扉に手をかける/鍵を開ける/瞳を閉じて――意を決して勢い良く開く!
「おひさしぶりだよ、クロー」
懐かしい声に、恐る恐る瞳を開けると――此処にいるハズがない、懐かしい姿があった。
可愛いと言うよりも美しいと言うべき少女。金髪金瞳、大きな瞳と愛らしい顔は奇跡のようなシンメトリー。あれから四年経ってるから十六歳……のはずなのに、少女にしては大きすぎる胸と絶妙なバランスを保った身体。理想的なおしりのライン(重要)。膝までとどく長い髪を纏めているのは……俺が贈った桜色のリボン。
絞りだすように、その名前を口にする。
「…………テラス」
『おお! ホントにテラスちゃんだよ!!』
不思議生物が冗談ぽく、本気で驚いていた。
そんな俺達に興味を持ったらしく、クリスちゃんがよせばいいのに近づいてきて『ヒョコ』っと玄関から顔を出す――視線を合わせる二人の少女。
「誰ですか?」
対処に困った時は相棒に丸投げ――頭上のクリンを掴んでクリスちゃんにパス。
クリンは暫く視線を彷徨わせた挙句、観念したようにテラスの紹介を始め……。
『クローの元・婚約者。ヤンデレ・ドSのアマツ・テラスちゃんだよ』
――……うん。とても失礼な事実をぶっちゃけやがったね、この不思議生物ぅ!
「うん。クローの現・奥さん兼ご主人様なヤンデレでドSなアマツ・テラスだよ」
――…………あれれ? とても恐ろしい幻聴が聞こえたよ。
「奥さん……ですか?」
クリスちゃんとオロっちの、驚いたような、訝しむような視線が俺に突き刺さる。
何を言っても、どうにもならない予感がして、背中の汗が止まらない。
……とりあえず玄関が修羅場になる前に、家の中に入ってもらう事にしました。
11、クリス
「「「いただきまーす」」」
なんだかよく解らないお客さんが来て、テンパった顔をしたクローさんが朝食を作り直し始めてから一時間後――ようやく朝御飯です。
今回のメニューは白米、味噌汁、漬物、だし巻き卵、茶碗蒸し。
それを、みんなが無言で咀嚼する音だけが響くという、変な朝御飯が始まったのでした。
モシャモシャ(御飯)/ボリボリ(漬物)/ズルル(味噌汁)/モシャモシャ(御飯)/ズルル(味噌汁)/モシャモシャ(御飯)/ボリボリ(漬物)/ズルル(茶碗蒸し)――ってオロチ様、茶碗蒸しは『飲物』じゃありません!?
そんな静かで行儀のよい食事風景に耐えかねて、最初に口を開いたのはクローさん。
「……それでテラスさん、さっきのは〝どういうこと〟なのでございましょうか?」
『そうだよ! 結婚する前に逃げたのに、なんで奥さん?』
なんか凄く逃げ腰で、カッコ悪いのです。
謎の女性――テラスさんはそんなクローさんを半眼で一瞥してため息一つ。『ヤレヤレ』って感じで茶碗と箸を置いて食事を中断し、ゆっくりと喋り始めました。
「バカだよね二人とも……〝婚約者に逃げられた〟なんてボクの立場で許されるワケないんだから、たとえ本人がいなくてもボク達は結婚してるんだよ」
「……マヂ!?」
その言葉に衝撃を受けるクローさん。
……話と外見から察するに、どうやらこのテラスさんは貴族のお嬢様なようです。
改めてその姿を見る――輝く金瞳はオリジンの証。それに負けないぐらいキラキラした金髪。作りは異様に整っているのに、どこかあどけない印象を受ける顔。その印象が薄れるぐらい大きな胸(重要)。その胸がおかしく見えないバランスの良い身体。
思わず自分の身体を見下ろすと、『ツルン』とか『ペタン』とか幻聴が……。
……なんか悲しくなってきたので目をそらし、耳だけかたむける事にします。
「ちなみに本国ではクローは病気で寝たきりになってるって設定だよ」
「……そういうの貴族だとよくあるのです。奔放な男が縛られるのを嫌って結婚直前で逃げ出して、お嫁さんの家が体面を気にして誤魔化すってヤツです。女はいつも泣き寝入りです」
貴族とか、国のお偉いさんは他人に弱みを見せることを嫌います。
弱みは支配力の低下につながるからです。中にはその弱みすら忠誠に変えるカリスマ持った人もいるようですが、それはあくまで例外。
だから、外に対して弱みを見せないように情報操作するのは権力者の常套手段なのです。
「そう言われると……なんか俺って最低じゃないか?」
「最低だよ」
『最低だよね』
「最低です」
『最低ですね』
「…………ごめんなさい」
クローさんに味方する人は誰もいませんでした。
そんな、うなだれて謝罪するクローさんを見て、微笑みを浮かべるテラスさん。
その微笑みは、こちらが『ドキドキ』するほどなまめかしい、恍惚とした表情。
そして再び箸を手にとり、何事もなかったように食事再開――私達もそれに続きます。
「ひさしぶりのクローのゴハンだよ。懐かしい味だよ」
美味しそうな表情で上品に食べるテラスさん。
その言葉を聞いて、ちょっと復活した感じのクローさんも食事を再開。
「…………うまいか?」
「フツーだよ。オカワリ!」
「普通ですね。私もオカワリです!」
「――お前等はお世辞というものを覚えろぉ!」
おずおずと感想を求めるクローさんに、ありのまま、飾らぬ言葉で即答するテラスさん。その正直さに感銘を受けた私もテラスさんに続きました。
クローさんは……言葉こそ反抗的ですが、身体は素直に御飯をよそってくれました。
これが尻に敷くということなのですね。………………ちょっと楽しいかも。
それからは他愛ない世間話等を交えながらの食事。
私とテラスさんがそれぞれ四杯食べて御飯終了で朝食終了となりました。
そして、食後のまったりとした一時――普通の水を飲みつつ、質問タイム開始。
「で、なんでここが解った?」
「ん、ボクちょっとお仕事があって、この近くまで来てたんだよ」
クロウさんの疑問に対するテラスさんの……どこかで聞いたような答え。
――これが既視感ってやつですか?
『お仕事?』
「うん。ここから東にあるドワーフ集落で事件があってね。その調査だよ」
「――っ!?」
その含みのある視線を受け止めきれず、反射的に眼を逸らしてしまう。
――この人、そうなの、ですか?
本国からこのタイミングで来る『貴族』――クローさんと当たり前のようにかけあいしてるから、誤魔化されるところだったけれど、普通に考えれば怪しすぎます。
「昨日の午前中にこっちに着いて、さっそく調査開始――って広範囲魔力センサー起動した直後、この付近でクローの魔法反応があったんだよ」
「どんな確率だよ!?」
『ヤンデレの執念だよ! 運命すら捻曲げて自分の男を追い詰めるヤンデレの執念なんだよ』
「怖っ!?」
辻褄は合うと言うか……むしろ、そんなヘタな言い訳ならしない方がマシな話でした。
――つまり、クローさんとは本当に偶然の再会?
でも、再会へ至る確立=遠く離れた本国から仕事でやって来た許嫁が、偶然戦闘中だったクローさんの魔力を探知する確立。……絶対に逃げられない運命を感じます。正直怖いです。
ヤンデレさんは、そんな恐怖で絶句する私達を見渡して――
「ところでクロー、この娘ダレ?」
いまさらな爆弾投下。
「…………ああ」
「なんで、ボクから逃げたアナタが女の子と暮らしてるの?」
「……説明させてくれるのか?」
「ボクは理解のある心の広い奥さんだから、一応話は聞いてあげるんだよ」
『おお、成長したねテラスちゃん!』
「誤解しないで。話は聞くけど、お仕置きは絶対するんだよ」
「理解がねぇ――――っ!」
傍で見ている分には面白いやりとりでした。
釈明はさせるけど許す気は無いって……問答無用でお仕置きされるより最悪ですね。
『ちなみにどんなお仕置き?』
「日に三度ボクへのお祈り&愛の囁きを義務化。普段着は戦闘力が上がりそうな重い服を義務化。部屋着は裸にネクタイのみを義務化。あと、ご飯はボクの食べ残ししか与えない。……ごめん。とっさにはそれぐらいしか思い浮かばないんだよ。後は思いついたら追加で」
「嫌ぁぁぁだあああああ――――――っ!!」
『……あ、相変わらず歪んでるよ』
「……変態です」
『……に、人間って、こんなにも歪んだ生物だったの?』
自分の奥さんの変態発言に、涙を流しながら叫ぶクローさん。
私達の物理的&精神的距離がテラスさんから一歩遠のきました。
……いくらなんでも冗談だと思いたいですが、テラスさんの眼はどこまでも本気――愛の形は千差万別。きっと、好きな人を痛くするのが好きな人もいるのですね。……変態さんです。
それでも、クロ―さんは悲しみを乗り越えて一歩前に踏み出す(元の位置に戻った)。
それはおそらく『私のことを説明しなかったら、言われた以上のお仕置きがくる』と解っているからこその行動で…………あまりにも哀れ過ぎて涙が出そうでした。
「……こ、この子はクリスと言って、ある日仕事から帰ったら家の中で行き倒れてたんだ」
「何を言ってるか解らないんだよ……」
『……事実しか言ってないのにオカシイんだよ』
当たって砕けました。
――しかた……ないですよね。
他のことならいざ知らず、話題の中心は私……自分自身の未来の為に、私も戦いましょう。
「はじめまして。サイトウ・クリスです」
「……サイトウ?」
「クローさんに拾われて義妹になりましたです」
自分の未来とは、ここでの立場を決定的にする事です。
昨日の夢で見た戦い方を実践/客観的視点での推測――テラスさんの方が立場が上/相手に的を絞らせない――テラスさんの標的をクローさんに固定させる/計算して計画する――今の私にはこの一言が、どういう結果をもたらすか明確にイメージできます。
その未来を考えると……『ニヤリ』って笑みが浮かんでくるのが止められません。
「…………へえ……なんだよ」
「嘘だから! 信じて! そんな濁って澱んだ瞳で見ないでくれ――っ!」
ジト目を通り越した冷たい視線――純粋な殺気が室内を満たしていくのをビンビン感じます。
「……クローさん、私、帰る場所ないんです。ここに置いてもらえないでしょうか?」
「君もなんでこのタイミングで言うんだっ!?」
「タダでとは言いませんです。働きます! クローさんの言う事、何でも聞きますです! だからお願いします!」
「ふーん。何でも聞くんだ……」
「待て! これ以上俺を追い詰めるな! 泣くぞ!」
「どうするのクロー? この子を義妹にして何でも言う事きいてもらうの?」
「召使でも愛人でも愛玩動物扱いでもいいです! お願いしますです!」
――罠発動です!
これで、このお人には義妹以外の選択肢が選べないハズ――普通の人にはこんなの通じるはずがありません。でも、テラスさんとのやりとりで確信できてしまいました。
…………この人、年下の女の子相手に対してはヘタレになるように『調教済』です。
「…………………………………………………………義妹でお願いします」
「あ、ありがとうございますです。お義兄ちゃん!」
「ヨカッタネ、オ義兄チャン」
「どうしろって言うんだぁぁぁぁあああぁぁあぁぁあぁぁぁぁっ!」
涙を流して喜ぶオ義兄チャンでした。
――イメージ通りに捕獲完了。
死角になる場所で、『ぐっ』と拳を握りしめて小さくガッツポーズ!
その瞬間――テラスさんのあの恍惚とした表情の意味がよく理解できました。自分より強い相手を手玉にとるのって…………凄く気持ちよくて、思わず『きゅん』ってなっちゃいます。
『……クリスちゃんって歪んでるね』
『……あの娘もいろいろ酷い目にあいましたから』
どうやら顔に出てしまっていたようで、人外二人が私を見て嘆いていました。
その後、クローさんがテラスさんに『お仕置き』されそうになった所をクリンさんが説得。
その内容は『二人っきりの方が激しくできるんだよ!』と言う問題を先送りしただけのモノで、ぶっちゃけ何も解決はしていないのですが……とりあえずその場は治まったのでした。
つまり、クローさんはテラスさんの滞在中に『二人っきり』にならないようにしなければいけないワケで……………………クローさんの私を求める視線が熱くて困ってしまうのです。
12、クロウ
「アマツ・クロウの妻のテラスと申します。いつも夫がお世話になっています」
……それがテラスと親方のファーストコンタクトだった。
俺の苗字がアマツになってるのは、俺が婿養子扱いだからである。
「い、いや、こちらも助かってる……奥さん?」
「はい」
狼狽えながらもなんとか言葉を返す親方と、涼しげな顔で答えるテラスの温度差がヒドイ。
食事の後片付けが終わった後、テラスが「納得行かないから二、三日滞在する!」と言い出したので、親方に滞在許可をもらいにきたのだが……なんか凄い既視感。
――そもそも、『仕事で来た』って言ってたのに、そっちはいいのか?
…………そう考えはしても、口に出して聞けない自分の弱さが憎い。
「――おい、サイトウ……どういう事だ?」
「――本当にいろいろありまして。話せば長くなるんですが……」
空気を読んで、小声で訪ねてくれる親方。
だが、この展開は俺にも予想外過ぎて説明するのが難しすぎる。
「昨日の子は?」
「あの子はクローが溢れる若さに任せて拾って義妹にしちゃった女の子なんだよ」
「……サイトウ……お前」
「誤解だ――っ!」
はい、テラスさんが余計な事言ってくれましたー!
このままでは悪い噂が立って、社会的な居場所が失くなってしまう!!
いや、待て……職を失う=本国に帰るしかなくなる。つまりこれは計算づくの行動!?
その答えに辿り着き驚愕する俺を、輝かんばかりの微笑みを浮かべて女王サマが見てた。
「…………お前はなんでそう言う微妙な言い方するんだ?」
「今まで黙っていたけど……ボクはね、クローの〝追い詰められてる顔〟を見ると胸がドキドキしてキュンキュンするんだよ」
「うんドSだ」
知ってはいたけど、本人の口から聞くと想像以上に痛い事実。
「命懸けの戦いもいいけど、社会的に追い詰められてるクローも好き」
「ホントに社会的に死んだらどうする!?」
「……サイトウがロリコンで二股するような男だったとは……俺の目も曇ったものだ」
『既に瀕死だよ』
「お義兄ちゃんの社会的生命力はもうすぐゼロですね」
クリン&クリスちゃんの凄く楽しそうな声に…………ちょっと、本気で涙が出てきた。
「刀は熱した鉄を叩いて造るんだよ! ボクもそれにならって、叩いて、叩いて、叩きまくってクローを立派な刀に鍛え上げるんだよ!」
「……きっと、その刀はお前を刺す刃だろう」
「え! クローのそそり立った刀でボクを刺すの!? クローのエッチ!」
「……サイトウ……お前」
『痛恨の一撃。クローは社会的に死んでしまった』
「…………………………………………………………………………がく」
叩かれすぎて心が折れました。
まあ、一応夫婦ってコトで話をしているから親方の反応はただの悪ノリだと思う事にする。
……ただ、十六歳の女の子が人前でシモネタ言うのは冗談でも勘弁して欲しいのですよ。
「お義兄ちゃん、今のどういう意味です?」
「……………………大人になれば解かるから」
「子供扱いして、隠すのはダメです。ちゃんと教えてください。ちゃ~んと……フフフ」
「社会的ヒットマンがこっちにもいた!?」
罠にかかった獲物をさらに追い詰める小さな狩人がそこに居た。
――俺、女難の相でも出てるんじゃなかろーか?
そう考えた直後、もう一人の狩人がトドメをさしにやってくる。
「どうするのクロー? 教えちゃうの? 手取り足取り実戦形式で教えちゃうの……フフフ」
「……サイトウ……お前」
『……親方、ソレ三回目だよ』
反論したいけど、言葉が思い浮かばないまま時間は流れていくと言う……されるがままの泣き寝入り状態。つまり負け犬。
――ああ、俺は女王陛下のイヌだよ! こんちくしょう!!
…………………………とりあえず、周りがおさまるまで無心で無言を貫く事に決めました。
13、クリス
クローさん改め『お義兄ちゃん』が心を閉ざしてから三十分後。
「とりあえず配給分の食糧。二人分入れといたから」
「ありがとうだよ、親方さん」
テラスさんが私達二人分の食料が詰まってズッシリと重そうな袋を片手で受け取る。
――あんなに重そうなのに、テラスさんは馬鹿力です。
おそらくオリジンの魔法――もしかしたらただの馬鹿力な可能性もあるけど、筋力強化系の魔法を使ってるって考えたほうが納得。あの細腕であの腕力はありえません。
「……皆にも静観するように指示は出しとく。修羅場に足突っ込んだら命にかかわるかも知れないからな……刃傷沙汰になっても、頑張って生き残れよ!」
「……ありがとう親方。なんとか死なないように頑張ってみるよ」
優しいようで突き放した感じの親方さんの言葉に、力のない返事をするお義兄ちゃん。
なんとか喋れるぐらいまで回復できたようで良かったです。
…………これなら帰ってからのお昼御飯も大丈夫そうですね。フフフ。
『……これがクローとの最後の会話になるのだった』
「黙れ不思議生物」
一言多いクリンさんを、心を込めて握りしめるお義兄ちゃん。
どうして、クリンさんはこうなるのが解っているのに余計な一言を? もしかして、痛いのが好きな特殊な性癖!? …………………………………………まあ、趣味は人(?)それぞれですから、深くは介入せずに当たり障りの無いお付き合いでいくのです!
クリンさんがバカを言い、テラスさんが便乗し、お義兄ちゃんがへこむ帰り道。
そんな楽しそうな騒がしさと一定の距離を置いて、それでも同じ場所を目指して歩く私達。
これは本物と偽物の距離で、これが本当と仮初の違い。
でも、たとえ偽物でも『家族』で、仮初でも『帰る場所』があることが嬉しい。
…………そう思ってしまう自分が、嫌で嫌でたまらない。
14、クロー
太陽が高く登り、昼食の時間がやってきた。
「肉が手に入ったので今日のお昼は鍋いきます!」
午前中は散々だったので、午後への活力を蓄える為にお昼ご飯は豪勢にいく!
多人数で豪勢に。そして、人生に疲れ気味な現在の俺にも楽に作れる料理――その名は鍋。
味付けは醤油と砂糖で適当に適当なスキヤキ風味。それでもそれなりに美味しくできるあたり鍋は偉大である。
「おお、これ美味しいです」
「うん。美味しいんだよ」
『鍋はいいね~。人の生み出した文化の極みなんだよ』
『確かに美味しいですね。これ、なんのお肉ですか?』
「昨日のドラゴン」
俺の告白にオロっちが盛大に『ブハっ』と吹き出した。
でも、とっさに横を向いて、周囲に極力迷惑がかからないようにするあたりのお気遣いっぷりには感動。オロっちの隣で直撃を受けた不思議生物にも見習わせたいと本気で思う。
ちなみに、この鍋に使用したのは正真正銘の『竜肉』――美味しい&精力付く&寿命が延びるって感じで本国では超高級食材な逸品。昨日倒したアレのお肉である。
『共食いさせるな――っ!!』
『ちゃぶ台返しだとっ!?』
叫びと共に、勢いよくひっくり返るちゃぶ台。
……大失敗! 言われて見れば確かに共食い。精神的に疲れていたせいで失念していた!!
謝罪しなければいけないと思うのだが、いまだ頭が疲労状態で穏便に事を納める道筋が見えない。おそらくヘタな謝罪は火に油を注ぐだけ…………さて、どうしよう?
「セーフです」
『クリス!? その鍋をよこしなさい! それは食べちゃダメ!』
混乱の中、ちゃっかり鍋を確保していたクリスちゃん。
そんな契約者の裏切りに声を荒げるオロっちサン。その険悪なムードに高まる俺の罪悪感。
「竜肉は王侯貴族でも滅多に食べられない超高級食材です。オロチ様が共食いしたくないのは解りますが、食べずに捨てたらもっとダメなのです! 狩ったら食べるのは狩猟生活のルールです!!」
『確かに!? ……所詮この世は弱肉強食。アナタの言う通りだわ』
「ゴメン、オロっち……俺の考えが足りなかった。なんか他に作るよ」
『いえ。せめて、この身の糧とするのが最高の供養と考えて私も食べさせていただきます』
クリスちゃんの鬼気迫る言葉に、見事に説得されてしまうオロっちだった。
――さすが『元・行き倒れ』……食べ物に対する執着は伊達じゃない!!
そんな感じに、間違った方向で話はまとまり一件落着――食事再開。
『うま~。うま~! だよ』
「ンマーイ! なんだよ」
「こら、お前等どんどん食うな! って、もう半分無いだと!?」
嵐のように食べ漁る一人と一匹。テラスはマイペース。
――バカな!? 十人前を想定したのに……既に残弾が半分以下にまで減少してやがる!?
「お義兄ちゃん、アーンです」
「……ヤンデレが怖いから勘弁してください」
「くろー、あーんダヨ?」
「箸の先が俺の目に向いてて怖いわっ!」
眼球手前一〇ミリの位置で停止された箸は先端恐怖症じゃなくても普通に怖い。
……微妙にプルプルしてるのが、その恐怖を倍増させちゃってくれてました。
二十分後に「御馳走様でした」を迎えるまで終始そんな感じ。
――とりあえず一人前ぐらいは食べれたから良しとしよう。
『温泉にいくんだよ!』
食後のまったりとした時間を打ち砕くように、唐突に叫びだした不思議生物。
――ホント、この生き物は思いつきで生きてるな。
だけど、提案としてはマトモかもしれない。このままだと、開拓団の仲間達に悪い噂をされそうだから、ちょっと離れるのは良い手段。むしろ此処にいたら、俺の居場所が無くなる可能性が高すぎるので、温泉へ行く方向で話を誘導することに決定!
「温泉ですか?」
「この開拓村から北に半日くらい歩いたトコにあるんだよ。泊まれるように建物もついてて、休養日前日によく皆で行くんだ。今日はまだ平日で村の人行けないから貸切できるぞ」
「混浴温泉宿でしっぽりお泊り……クローのえっち」
「お義兄ちゃん!?」
「……まあ、混浴だが一緒に入らなきゃいいだけだろ?」
全力で我慢――この先に、平穏な未来があると信じて苦しみに耐える。
『そうだね〝覗く〟のが男のロマンだもんね』
『クローさん!?』
「……………………………………………………いい加減本気で黙れや不思議生物」
その後、なんとか温泉に行く方向で意見がまとまりました。
俺が『エッチ』だとか『変態』だとか『覗き魔』な話題が出てきたのに、何故この結果に辿りつけたのか? ――結局のところ『このまま、この家で過ごすよりも楽しそうだから』って理由だったりする。多少の問題があっても、総合的に見て楽しい方を選ぶのが人間らしい。
――さあ、旅立ちの支度をしよう♪
温泉だから、服とタオルは必須~。泊り込みだから食料もいる~。寝具は備え付けがあるから大丈夫~。さて、衣服はともかく、食料も一緒にすると、けっこうな荷物だ――まあ、これぐらいは俺一人で持って行こうかな~。男の意地ってやつさ♪
リヤカーを借りて、『荷物』をのせて――出発準備完了! 出発進行!!
15、クリス
「――到着!」
「思ったより遠くて疲れちゃったんだよ」
「ここまでリヤカー引かせた奴のセリフがソレか!?」
荷物だけではなく、私達もお義兄ちゃんがリヤカーで運んでくれました。
時間にして半日。長い距離を「お疲れ様」な感じなのですが……。
「ちょっと酔ったです」
「まあ、ガタガタしてて乗り心地悪かったから仕方ないんだよ」
「泣いていい?」
私達の正直な感想で、お義兄ちゃんの目に涙。
その悲しそうな顔を見ると少々の罪悪感が芽生えますが、半日以上リヤカーに揺られていたら酔っても仕方ないのです。
……ホントは嘘をついてでも「ありがとう」と言いたかったのですよ。
でも、本当に乗り物酔いで身体がフラフラしていたので正直に言わせてもらいました。
…………バレるような嘘はつかないほうがお互いの為だから。
瞬間――お義兄ちゃんがダッシュで建物の中に入るなり掃除や食事の準備を開始。
……どうやら嫌なことがあると家事に逃げるのがお義兄ちゃんの現実逃避方法のようです。
いじめてストレス発散できて、お部屋も綺麗でご飯も作ってくれる……なんて理想的な人。
「俺、晩飯ノ用意トカシテオクカラ、オ前等ハ風呂入ッテコイヨ」
「手伝うんだよ。お義兄ちゃん」
「ボクもクローが頼むなら手伝ってあげてもいいんだよ」
『私も手伝いますわ』
意外にもテラスさんまで手伝う気満々でした。
――怪力キャラなのにお手伝い……破壊でドジっ子アピールの予感です!
そんな私の予想は置いといて……私達の申し出を受けたお義兄ちゃんは、私、オロチ様、テラスさんを順に見てから、瞳を閉じ、突然百面相を開始――どうやら私達のお手伝いを脳内シミュレートしているようです。
クリンさんが『なにがでるかな、なにがでるかな♪』と歌って――数秒後、開眼!
「じゃあオロっちだけお願い。後は邪魔しないように大人しく風呂に入っていてください。どうかお願いします」
「「どういう意味!?」」
私とテラスさんのツッコミが見事に重なりました。
「まあ、温泉なんだから、お風呂に入ることに文句はないんだよ」
「……デスネ」
そう。お風呂に入ることに不満はないのです。
ちなみに温泉に入るのは生まれて初めて――お湯がちょっとヌルヌルしていて不思議な感じですが、擦るとスベスベして気持ちいいです。屋外にある露天風呂というやつも初めてですが、風が涼しくて良い感じで、全体的に気分上々なのですが……。
――目の前の物体には納得がいきません。
それは圧倒的な質量を誇りながら、重力に反逆する巨大な山脈でした。
私という広大な平野を見下ろせる遙かなる高みに、嫉妬という名の羨望を抱きます。
……黙っていると暗黒面に覚醒しそうなので、ガールズトークで気を紛らわせましょう。
「……でも、お義兄ちゃんってばホント失礼ですよね」
「ホント失礼だよ」
『ホントだよね』
「「…………」」
なんだか黄色い物体が湯船に浮かんでいました。
とりあえず水底に処分してから、気を取り直して会話再開。
「二人っきりだよ」
「そうですね」
『ぼ、ボクは性別は無い……ブ……から別に一緒に入っても問題は……ブクブク……』
「いい湯だよ」
「いい湯です」
…………おかしい。女の子同士の楽しいお喋りになるはずが、お年ごろの女の子がデリカシーのない男親と話すぐらい気まずい空気になっています。
……はっ! よくよく考えれば、私とテラスさんは今日出会ったばかりで、二人っきりになるの初めてで、テラスさんから見た私は婚約者といつの間にか同棲していたろくでもない女!?
しかも、この人はおそらく………………会話が弾む要素が皆無すぎです。
「……〝クロス〟クリスちゃんでいいんだよね?」
「……はいです」
――やっぱり敵でした、この人!
マズイですよコレは…………そもそも、何故私はオロチ様と離れてテラスさんと二人っきりで温泉に入っているのでしょう? いくらなんでも油断しすぎです! 過去の私を殴りたい!!
「アナタがクローと出会ったのは偶然?」
「…………解りません」
テラスさんは完璧な無表情。
答えを間違えたら、問答無用で終わる……そんな恐怖で冷や汗がダラダラ。
どうにかうまく説明を……と考えかけて、やっぱり止めました。
バレるような嘘をつくよりも、正直に話した方が『次の行動』を予測しやすいのです。
「あの時、何故クローさんの家に入る事にしたのか解らないんです。オロチ様は私がクローさんの魔力の残滓に惹かれたせいじゃないかって言ってましたが……」
「アナタの本能が選んだ〝必然の出会い〟って事かな……まあ、おかげでボクもクローと再会できたし、そこは感謝すべきなのかもだよ」
「……アナタとクローさんは」
「全部言ったとおりだよ。ボクは奥さんでクローは逃げ出した夫。アナタを捜してる途中で偶然発見して、お仕事を放り投げて捕まえに来たら、アナタがいた。ボクって運がイイよね」
「……私、運が無いみたいです」
「あるわけないよ」
「……うぐ」
真実ですが、他人から言われるとへこみます。
そんな私を見て、無表情を崩して微笑むテラスさん。
「クローみたいな〝当り札〟引いておいて、運が残ってるわけ無いよ」
「当たりですか?」
「ボクのヒーローだよ」
まるで宝物を自慢する子供のような顔。
そんな、私が欲しいモノを持っている事が妬ましく思えて――
「――逃げられたのに?」
「…………死ぬより辛い目に合わせてヤルんだから……ククク」
テラスさんも暗黒面にご招待してやりました……ククク。
大きなお風呂の中、暗い顔で笑う少女二人。
湯船からは、いつまでも、いつまでも、『ブクブク』と小さな泡が浮いていました。
……クリンさんの息です。オ○ラじゃないですよ!
16、クロウ
掃除は終わり、簡単な食事の準備も終了。
そんなグッドタイミングで出てきた二人と一匹。
けっこうな長風呂だったけど、この温泉を楽しんでくれたなら嬉しい。
「良い湯だったろ」
「……ソウダネ。殺人事件ガ起コッテモ良イ感ジノ、良イ湯加減ダッタヨ」
「……明日ノ朝ハ殺人事件&行方不明者発生デスネ」
「なんでお風呂に入って病んでるんだ!?」
何故風呂に入っただけでこうなるのか理解出来ない。
――……とりあえずスルーしておこう。また時間が解決してくれるサ!
『恐怖、ヤンデレの湯だったんだよ~』
『クリンさんは何故ふやけてるのですか?』
『……お湯に全身浸かりきったからだよ』
「……本当に何があったんだ?」
気になるが、自制心全開で我慢。
とっとと食事にしよう。
食欲、性欲、睡眠欲――人間の三大欲求は『忘れる』ための最終手段。
不幸な未来を全力回避で、嫌な問題は見ないふり! それが賢い人間の生き方さ!!
その結果――とても静かな食事風景になりました。
夕御飯のメニューは『チャーハン』で、けっこう上手くできたのに、空気がギスギスしてて味がよく解らなかった。
クリスちゃんとテラス――風呂に入る前は姉妹のように、ダメな方向でナイスなコンビネーションだったのに……今はクリスちゃんがテラスを避けて、それをテラスが白々しく気にしないフリをしている感じ。風呂で何したんだこの二人?
入浴中の二人を想像し、そのまま桃色な妄想が脳内展開――自主規制――妄想終了。
同姓同士は非生産的だが、百合は綺麗なイメージで俺は良いと思うのです。
そんな俺をクリンが『ニヤニヤ』と生暖かい瞳で見ていた。
さすが相棒。思考が完全に読まれているようだった。あとで貢物を献上しておこう。
そんな修羅場な夕飯を乗り越え、後片付けを終え、明日の朝食の仕込みをし、寝具の用意が完了し、テラスとクリスちゃんが就寝したら――今度は俺が風呂に入る番。
なんか自分が召使になった気分だが、そんな悲しみ振り切るように浴場へ。
扉をひらくと、綺麗な月が空に浮かんでいた。
日が沈んだせいで気温が下がってきたのか、湯けむりが多くて視界は不良。
転ばないように気をつけながら、なんとか岩で囲まれた湯船に到着。入浴開始。
温かいお湯に浸かっていると、汗と一緒に今日一日のストレスが流れていくようで……そんな感覚が気持よくて「ほへ~」って感じに顔が緩む。
「良い湯だな……」
「ホントだよ」
思わず漏れた言葉――に何故か返事があった。
驚いて振り向けば、女性らしい丸みを帯びた人影が脱衣所から歩いて来るのが見える。
湯けむりでぼやけてるが……タオルも巻いていないゼンラー!?
「……なんで?」
「ちょっと二人っきりで話したくて……来ちゃったよ」
「……『来ちゃったよ』じゃないだろ」
「訂正。入っちゃったよ」
そんな感じでホントに俺の隣に入ってきた痴女一人。
肌と肌が触れ合う感触。ここまで近いと湯けむりも意味をなさない――全部見えるが、相手が恥ずかしがっていないせいか、こっちもあまり恥ずかしくなかった。『恥ずかしがる仕草が心の野獣に火をつける』……そんな悟りを開いてしまった十八歳。
それでも視線が勝手に惹きつけられるのは俺の若さゆえのあやまち(正常)。
「……まあいいや。で、何を話したいんだ」
そんな自分を誤魔化すように話題を変える。
ふざけた返事を期待したのだが、テラスは無言で俺の瞳を覗き込んできた。
視線に捕らえられ、そのまま肩を掴まれ――裸の男女が汗を流しながら密着しているのは官能的なハズなのだが……イマイチそういう気分にさせてくれない眼力で射貫かれる。
そのまま数瞬、見つめ合った後――
「――言い訳聞かせて」
泣き声のような呟きとともに、爪が肌に食い込む。痛い。
「四年前、私の前から、イナクナッタ、言イ訳ヲ――」
涙一滴――水音、波紋。
俯き、震え、涙を流す少女を、そんな資格あるはず無いのに、抱きしめたくなる。
だから、抱きしめた――その場の雰囲気に流されて、衝動的に本能のままに。
……人はそれを『若さゆえの過ち』という。
だが、運命の女神はそんな十八禁展開を許しはしない。
『――はわわ、お風呂でエロエロ展開を期待してたのに、ホントにエロエロなんだよ』
――チャンスだ!
お湯の中から浮かんできた不思議生物《破壊の女神》が、なんかいろいろとぶち壊してくれましたー!
テラスと目と目で通じ合い、お互い無言で手を伸ばす。
「……沈んでろ」
「……沈んでて」
『あいるびーバッグ』
俺とテラス、二人に押さえられて沈む不思議生物。
捨て台詞は古代英語で、略すと「私はカバンになるでしょう」――謎すぎる。
苦笑。見ればテラスも毒気を抜かれたように同じ笑顔。
再び視線が合うが、その瞳は先ほどまでとは違う柔らかい印象(主観)。
「まあ、いいや。今は保留しとくよ。続きは全部終わった後にしよ」
「アリガト」
余計なことは言わない。
その『全部終わった後』が何が終わった後を指しているかは気になるが……温泉で混浴しながら話す事じゃないだろうから、とりあえず話はここまでにして風呂から出よう。
「それじゃあ仕切り直し! クリンちゃんの期待に答えてエロエロ展開突入だよ!」
「………………………………………………冗談?」
「本気だよ! そろそろ後継ぎが欲しいって周りにネチネチに言われてるんだよ!」
「うわぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
離脱――失敗/手が掴まれる/凄まじい力/痛い/折れる/もげちゃう!
技術では圧倒的な実力差があるのに、単純な腕力でこの娘に勝ったことがない――物理的な『力』がテラスの魔法属性。たぶんドラゴン並の膂力。
脳裏をよぎるトラウマな過去。そして、その過去と同じ行為が繰り返される現実。
――力尽く、ダメ、絶対。
17、クリス
朝――今日も晴れ渡った良い天気です。
――テラスさんはお義兄ちゃんを巻き込みたくないようだから、とりあえず波風立てないで調子をあわせて逃げるチャンスを待つのです。
それが、昨夜貴重な睡眠時間(三分)を削って考えた今日の行動指針。
やる気全開で自分に割り当てられた部屋から廊下へ出る――と、いきなりお義兄ちゃん&テラスさんとバッタリ遭遇。
「――おはうよございますですっ」
「おはうよ」
『おはうよなんだよ!』
「おはうよだよ!」
とっさに挨拶――って、お義兄ちゃん達のヘンテコ挨拶がうつってましたーっ!
予定外の遭遇でいきなりテンパリ気味。
…………とりあえず、目についたことを話題にして体勢を立て直しましょう。
「な、なんかテラスさん、とってもツヤツヤしてますのです。温泉の効能ですか?」
「フフフ……秘密なんだよ」
両手を頬に添え、花が咲いたような笑顔で答えるテラスさん。
なんだか今日のテラスさんは昨日より可愛く見えます。
昨日より格段にお肌が瑞々しくて、イイ匂いがして、綺麗で……夕食の時はお互いへこんでいたのに何故でしょう? 寝る前にもう一回温泉に入りに行ったおかげでしょうか?
『……クローはゲッソリしてるね。やられた?』
「立ち向かった……とだけ言っておく」
瞳に哀れみを浮かべながらお義兄ちゃんに話しかけてるクリンさん。
太陽のようなテラスさんと対照的に、お義兄ちゃんはなんだか日陰に咲く向日葵のようにしなびてる感じがして………………例えるなら、なにかを搾り取られたような感じ?
そんな私の視線から逃げるように朝御飯の準備を始めるお義兄ちゃん。
――変なの。
ちなみに、本日の朝食は『無発酵パンとスープ』――なんだか普通のパンと違いましたが焼き立てで美味しかったです。コレの準備のためにお義兄ちゃんは早起きしたそうで……ありがたい事です。モチロン、言葉にはしません。なんか恥ずかしいですから。
そして、朝食の後片付けも終わった頃――戦闘用の服に着替えたお義兄ちゃんが「近くの草原へ行くぞー!」と強引に誘ってきたので、とりあえず付いて行く事にしました。
そこはちょっと冷たいけど清々しい風が吹き抜ける、鮮やかな緑の世界。
――腹ごなしの散歩だったのですね。お義兄ちゃんもなかなか解ってるのです。
「さて、今日は狩りをするぞ」
「……唐突に最悪です。野蛮人。死ねばいいのに」
…………………………なんか台無しでした。
どうやら私はこの人の事を買いかぶりすぎていたようです。
よりにもよって、女の子に朝一から血生臭い狩りを進めるなんてデリカシーがなさすぎ!
私達の非難の視線に怯みながら、それでも情けない顔で言い訳し始めるお義兄ちゃん。
「実は昨日深夜、一匹の不思議生物がつまみ食いしたせいで食料が足りなくなったんだよ」
「え? まだ袋の中身八割ぐらい残ってるですよ」
「何故知っている!?」
私の言葉に疑惑のまなざしを向けるお義兄ちゃん。
別につまみ食いしたわけではありません。昨日お義兄ちゃんが夕食の後片付けしているときに、お義兄ちゃんの目を盗んで、食後のデザートを探して、袋を開いて、果物を見つけて、堂々と確保したのです。こっそり食べるのがつまみ食いなので、私のは違います!
「……その袋の中には野菜と果物しか入っていない――つまり足りないのは肉だ!」
『ガーン!! そんなバカな! 肉がなかったら食べるものがないじゃないか――っ!!』
「こんな感じにこの不思議生物は、このプリチーな外見から想像つかないほどの肉食獣だったりする。『野菜は雑草と同じ、肉・即・食!』とか真顔で言う奴でな……ちなみに俺は野菜は食えるが好き嫌いが激しい! グチョグチョしたのは特に嫌いだ!!」
「子供ですか!?」
本気な瞳でダメなことを言われました。
でも、そのダメな自分を貫くために戦うことが出来る人でもあります――一連の会話をまとめるなら『野菜より肉食いたいから自力で現地調達してやるぜ!』って事なので、文句が言い難い。ただ拒否するだけなら子供でも、自力で食べるものを確保できるなら大人……かな?
そして、クリンさんを頭上に装備し、弓矢を魔法で結晶具現化したお義兄ちゃんは緑色の戦場へ向かう。私とテラスさんも、ターゲットの発見までは協力することにしました。
――さて、獲物はどこかな~?
………………正直、私も肉は大好きだったりします。肉のない食卓なんて、ケーキのない誕生日パーティーですよ!
18、クロウ
「ぎゃあぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!」
『うにゃあぁぁぁぁッァぁぁぁ!』
全力疾走/心臓の出力臨界点/ぶっちゃけ呼吸苦しい。
叫んでる場合ではないが、叫ぶのを止められない/全力疾走も止められない――頭上の不思議生物も振り落とされないように全力でしがみついてる。
後方――土煙をあげながら弾丸のように迫る巨体/縦二メートル、横二メートル、奥行き四メートルの塊が凄い速度で迫ってくる/はねられたら絶対ヤバイ/死ぬ/恐怖が限界域に達している心臓をさらに頑張らせてくれた。
「珍しいね、マトンだよ」
「え? アレ、羊じゃないですよね?」
「古代語で『魔』の『豚』と書いてマトンだよ。天之国で豚を遺伝子情報から再生したんだけど……この世界の空気に馴染めなかったのか数匹が『狂進化』して魔獣化しちゃったんだよ」
「しちゃったんだよ――って、なんで処分しなかったんですか?」
「テンカ姉ちゃん……それやった研究者が面白がって数匹放牧したんだよ。そしたら上手く繁殖成功したようで、たまに外で見かけるんだよね。まあ、こんな辺境まで勢力拡大してるとは思わなかったけど……ああ見えてなかなか美味なんだよ」
「美味しいんですか?」
「一度食べたら普通のポークは食べれないレベル!」
「お義兄ちゃん! ふぁいとー!!」
「ガンバレ――っ! クロー!!」
『人間は現金ですね』
高性能過ぎる自分の耳が恨めしい!
だんだん詰まっていく魔獣との距離/五メートル/速度を緩めたら一気にヤラれる/四メートル/限界/もう無理――しかたない!!
頭上に手を伸ばし掴む/目標を横目で確認――その行為だけで走る速度が減少/距離が一気に詰まる――が、目標の確認は出来た。
「あぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ、くらえクリンミサイル!!」
『やだぁぁぁ! 食べられたくなぁぁぁぁぁあああああ――!!』
マトンは豚が元になっているが、魔獣化した結果、外見は猪。身体を覆う毛皮は脂分が多く、武器を滑らせる――最高硬度を誇るエーテル結晶製の弓矢も、滑ってしまっては効かない。
ゆえに狙うべきは毛皮に覆われてない箇所――すなわち口内。
サイドスローで投擲/マトンの口/吸い込まれるように消えて逝った黄色い物体。
確認後――再び全力疾走/距離は既に一メートル未満/肌で感じる荒い鼻息――ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバ――
全力で前方へジャンプ/衝撃/全身を包む浮遊感――と言うかホントに飛んでる!?
自分から飛んで衝撃を減らそうと思ったが、焼け石に水! 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、痛すぎる――――――――――――――――――っ!!
地面に落下――と言う名の着地/ゴロゴロ転がる/受身は微妙に成功。
ダメージ把握――骨に損傷なし/内蔵に損傷なし/外傷なし。
――……こんなに痛いのに怪我はしてないって、どんだけ頑丈なんだよ俺!?
体を丸めて痛みに耐える/近づいてくる気配――足音/息遣い/殺気――止めを刺す気。
こっちは痛くて行動不能/視界にうつる二人の人影――テラスは『ボケ~』っとした顔でアクビ/クリスちゃんはビックリした顔で止まっていた/その対称的な反応が面白かった。
視線を戻すと――眼前に獣の顔/獣の口臭/臭い/瞳にうつる俺の顔――笑ってた。
そして――マトンは死んだ。
死因は『毒死』――ちなみに毒物の名前は『クリン』と言う。
痛みが治まった後、獲物の腹掻っ捌いて相棒を救出。
救出されたクリンは微妙に溶けてて、ついでにちょっと臭った。涙が出てきたのは、相棒を生贄にした自分の不甲斐なさが悲しかったからで、決して刺激臭が目に染みたわけではない。
『下位種とはいえ竜を倒した男が野生の豚に負けるなんて……複雑に屈辱です』
「はは。クローは人間以外の生物相手には、トコトン弱いからね。マニュアル無しじゃ豚にも負けるんだよ」
『まにゅある……ですか?』
「昔は竜相手に戦うときはあらかじめ一億二千万通りの行動パターンをあらかじめ決めといてから戦ってたからね……凄いけどぶっちゃけバカだよ」
『お、億!?』
「攻撃、防御、回避行動とその手段、方向――ありとあらゆる行動を予測すると最低限でもそれくらい覚えないと戦えないんだって。バカでしょ?」
『……才能の無駄遣いですね』
「……人間相手には『無敵』なのが、クローの不幸なんだけどね」
テラスがため息混じりで呟くが、嘆きたいのはこっちの方である。
そもそも、俺が普通に野生動物と戦えてたら今頃家業の『門番』になってる――この世界の門番の主な敵は街に近づく危険な野生動物や魔獣で、そいつら相手に臨機応変に戦えないがゆえに俺は『適性なし』と判断されて就職試験で落とされたんだから……。
開拓団の安全担当については、知識と指揮でカバーしてなんとか誤魔化しているが、それは開拓団が俺なんかに指揮させてくれるお人好しの集団であるため実現した状況で、国が運営する本物は新人に指揮などさせてくれない。そして当たり前だけど実績がないと出世できないから…………って、それ以前に就職できなかったわけですがね!
ついでに対人戦闘がいくら強くても、魔獣が闊歩するこの世界ではあんまり役に立たない。
――なんか、さっきから涙が止まらないよ……。
とりあえず、獲物は仕留めたからさっさと宿に戻って、相棒を洗濯……もとい、洗浄してやろう。きっと涙が止まらないのは、この相棒が見るに耐えない姿をしているせいだから……。
……でも、獲物のマトン(推定重量四百キロ)はどうやって運ぼうか?
19、クリス
みんなで考えた結果、この場でバーベキューをする事になりました。
何故バーベキューかというと、クリンさんの毒対策。毒は焼いて浄化なのです!
そんな感じに準備開始――最強生物なオロチ様に見張りを任せて宿に調理器具を持ちに行って、鉄板とかは宿に無かったのですがお義兄ちゃんが魔法でエーテル結晶の板を作って代用。他にも足りないものを魔法でどんどん創るお義兄ちゃんがカッコイイのです。とても便利で!
お義兄ちゃんが鼻歌歌いながら、マトンの肉を捌いて――準備完了。
いつの間にか太陽は真上で、ちょうどいいタイミング。
――さあ、美味しくて、楽しい昼食タイム開始です!
お義兄ちゃんが肉を焼き、クリンさんがヤケ気味に食べ始め、テラスさんがマイペースに続き、それを見届けた上で私達も食事開始。
――まっさきに食べたかったのに……オロチ様のいけず。
食事前に私を呼び出して『毒見が終わるまで食べちゃダメ』というオロチ様が、あんまりにも鬼気迫っていたので思わず従ってしまいましたよ。……変なの。
――しかし……美味しいのです。昨日の竜肉とは違った甘みがあって……GOODです!
思わずみんな無言でムシャムシャ食べまくる美味しさでした。
そんな静寂を打ち破ったのは、肉を焼く係に徹していたお義兄ちゃん。
「……おいクリン」
『……なんだいクロー?』
「美味いか?」
『涙が出るほど美味しいよっ!!』
涙を流しながらも肉を食べることは止めないクリンさんに敬礼!
そんなクリンさんを『やり過ぎた』って顔をしながら指で撫で始めるお義兄ちゃん。
泣いてる子供の頭を撫でてやるような感じ……だと思っていたら、なんかクリンさんの瞳がだんだんトロンとしてきて、頬(?)が紅潮してきましたよ!?
――殺気!?
それはマイペースに食べてたテラスさんからお義兄ちゃんに向けられたモノ。対象だけではなく周りにいる私やオロチ様にも察知できる強烈さ。でも何故そんなに強く……?
――まさかテラスさんは、クリンさんに嫉妬しているのですか!?
その瞬間、私は答えに至る道筋を見出しました。
一、……つまり、テラスさんは、クリンさんを恋敵として見ている。
二、恋敵認定しているということは、それだけの何かがあるって事。
三、そして、私の目の前には人外を指で弄びながら微笑む人間の姿。
「……………………………………………………………………変態です」
その一言はお義兄ちゃんを泣かせました。
食後も引き続き草原。
お腹いっぱい食べたので、食後の運動でウォーキングなのです。
――風が気持ちいいですね。
そんな私達を北からの涼しい風が吹き抜けていく。
「大草原と美少女は絵になるんだよ」
「自分で言うなよ……まあ否定はしないが」
『……クロー、ツンデレ?』
「……ああ。俺は基本ツンデレだよ」
ちょっと前を歩くお義兄ちゃん達は相変わらずラブコメ風味。
……昨日の朝と『同じ』なのに、なんとなく今日は寂しくないのは何故でしょうね?
「村が完成したらこの草原に牧場とかつくる予定なんだ。そうすれば、さっきみたいに命がけで狩りをしなくても肉が食べれるようになる」
「こんな綺麗な草原を食べ物の話に繋げるなんて……お義兄ちゃんは夢がないです」
「夢で腹は膨れないんだ」
恋バナから逃げるように話を変えるお義兄ちゃんが面白くて、思わず口を挟んでしまう。
なんだか、お腹いっぱいなのに……胸までいっぱいになりそうな穏やかな時間。
だから……嫌な事を置き去りにして、他愛もない話をしながら歩き続けました。
そして、見晴らしの良い丘の上。
私の視界の端から端まで続く、真っ黒な断崖絶壁がそこにありました。
「アレはなんです?」
「アレは『黒の壁』って呼んでる。調査隊の話しだと、ずっと東の方まで続いてるらしい」
「絶壁です」
「あの断崖絶壁の向こうにも世界は続いてるけど、普通の人には行く手段がないんだよね」
遠いので低く見えましたが、よく見たらその壁には雲がかかっていました。
急斜面でその高さでは……たしかに、空でも飛べないと越えられないのかもしれません。
――でも、誰もいけない新天地とか少し憧れます。
どうせ逃げるなら、駄目もとでアレを越えるのにチャレンジとかもアリですね。
『この世界には東西南北に竜の王がいます』
そんな夢見る私を見て、オロチ様が話し始めました。
言葉を喋れる竜から、竜についての話を聞ける……かなり貴重な機会な感じです。
「そうなんですか、オロチ様?」
「西に〝九頭竜〟って言う竜の女王がいるのは知ってたけど、他にもいるんだな」
「ボクは東に〝オロチ〟って言う竜王がいる事も知ってるよ!」
テラスさんが負けず嫌いな感じで張り合ってきました。
お義兄ちゃん&クリンさんの視線がオロチ様に――それでも気にせず話を続ける蒼い竜を、何か含むような表情をしながら見つめるテラスさん。
『……あの断崖は北の竜王の仕業です。彼女は人間達と関わるのを嫌い、自分の眷属である魔属を引き連れ北の大地に引き篭ったのです』
『ヒキコモリの竜王様なんだよ……ぷっ』
「笑うなよ不思議生物」
スケールの大き過ぎる引篭もり――言葉の響きは笑えますが、内容は笑えません。
……だって、北の大地を支配する存在が『人間と関わるのを嫌ってる』っていう話ですから。
「――って事は、あの崖は『ここから先には来るな』って言う境界線なわけだよね」
『ええ。いずれ人類があの壁を切り開き新たな地平を望むとき……それは北の竜王との戦争の始まりになるかもしれません』
その未来を想像しているのか、瞳を閉じて諦めるように呟くオロチ様。
その大地を目指さなければ、争いは確実に起こらない――だけど、人間は突き進むイキモノ。壁があるなら乗り越えて、未知とか未踏とかへ踏み出し続けてしまうのが人の性だから。
……たとえ、一人の女の子の命を犠牲にしても。
「――でも、話し合う事で回避できる戦いもある。そんなに悲観しなくてもいいだろ?」
『この世界には……話し合うこともせず、生贄を差し出してくるような人達ばかりですから』
「オロチ様っ! 南にはどんな竜王さんがいるですか!?」
言わなくても良い事を言おうとするオロチ様を止めるために、かなり無理のある話題変更。
呆れたような瞳を私に向けるオロチ様だったけれど、ちゃんと空気は読んでくれました。
『南ですか……南の竜王は海の中にいます。〝竜宮城〟とか言う名前で、体内に眷属を住まわせる最大の竜らしいですが……直接会った事はまだないので噂の域ですね』
『浦島さんな設定だね』
「お前が昔教えてくれた昔話だな。そんな昔から竜王様はいたのか?」
『逆かもしれないよ。過去の世界の〝未来視〟が未来を覗き見て物語にしたのかも。だとしたら………………………………太郎さんは誰なんだろ?』
「かなりどうでもいい事ばっか真面目に考えるよなお前」
『それがボクの性分なんだよ! ボクは無駄、無意味、無価値が大好きなんだよ!』
「……まあ、俺も大好きだな」
「……ホント、似たものコンビなんだよ」
思惑通り、思いっきり話が逸れてくれました。
呆れた感じのテラスさんが「やれやれ」と言いながら、肩をすくめてお手上げのポーズ。
……確かに。バレるような『嘘はつきたくない』って考えてるクセに、すぐバレる『真実を誤魔化す』なんて、ホント「やれやれ」です。自分の行動が理解不能。
「――それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
空を見上げると、太陽が傾き始めていました。
たしかに、開拓村までは半日ほどの距離ですから、そろそろ帰らないといけません。
――……結局逃げ出すタイミングを逃しちゃいましたね。
昨夜からずっと、私はいつでも逃げ出せた――それなのに罠を疑ったり、優しさに甘えたりしてズルズルと……テラスさんの『お義兄ちゃんを巻き込みたくない』って解りやすい思惑を考えれば、この付近は安全で、確実に逃げられるって言うのに……何やってんだろ、私?
「…………お義兄ちゃん」
「ん?」
「なんで此処に来たんですか?」
狩りをするために草原に来たのは解る――けれど、その後も此処にとどまり続けた理由が解りません。ここは安全な場所じゃないから、危険な動物がいるような場所だから、そんな場所で女の子を散歩させたお義兄ちゃんの考えが理解できませんでした。
「ここ、好きなんだ」
「好き?」
「広くて、緑が溢れてて、風が気持ちよくて、空は青い。最高にいい場所だろ?」
「……そう、ですね」
「そういう場所って、教えたくならないか?」
宝物を誇りたい――そんな子供のような笑顔。
自分の好きなモノを教えることで、自分を知ってほしいと言うように。
……願わくば自分が好きになったモノを、私にも好きになってほしいというように。
「私は……そういう場所は〝自分だけの大切〟にしたいと思うです」
その笑顔が眩しくて――思わず目を逸らして否定してしまう。
お義兄ちゃんは「そっか」と言いながら、それでも微笑みを私に向ける。
「じゃあ、クリスちゃんは俺に〝自分の好きなモノや綺麗だと思うモノ〟は教えたくない?」
「……私の好きは……きっと、お義兄ちゃんの趣味には……あわないと思うです」
否定したくないのに、また否定。
だって、こんな綺麗な世界に比べると私の好きなものは小さく思えてしょうがないから。
「それでも、いつか教えてほしいと思う。教えてくれたら嬉しい」
「…………嬉しいですか……」
その言葉に胸が『ドキドキ』と高鳴る。
――私のこと、理解しようとしてくれてる。
それが、嬉しくてしかたなくて……泣きそうになった。
20、クロウ
その瞬間――後方から殺気!?
『ボクは〝ラブコメやって自ら墓穴を掘るクロー〟が大好きだよ』
「ボクは〝追い詰められて絶体絶命な時のクロー〟が大好きだよ」
「…………痛いよ」
それは、女の子に片手で頭を鷲掴みにされて持ち上げられると言う恐怖体験。
テラスの固有魔法の『身体強化』――鋼鉄を粘土のように握りつぶし、成人男性数十人で動かす大岩を片手で持ち上げる。ついでにその拳は比喩でも何でもなく地面を割る威力。
……つまり、既に絶体絶命ということである。
最善の打開策は……無抵抗主義を貫いて、機嫌が治るのを待つしかない! 争いは何も生み出さないのだ! 憎しみの連鎖は俺で絶ち切って見せる!
「言い訳、しなさい」
「………………理由は解らないけど、とにかくゴメンナサイ!」
全力全開で屈服――直後、大地への帰還を許されて、そのまま地面にへたり込む。
――……大地よ、私は帰ってきた。
見上げると、間違いを認めた子供を慈しむ母のような表情をしたテラスと、その頭上で『ヤレヤレ』ってポーズをして哀れみの視線を向ける不思議生物。
なんだか、涙が溢れて止まらねえですよ。
『良い感じだったのに……残念だったわねクリス』
「……ここは綺麗ですね……オロチ様」
『ええ』
「私は……ここに居て良いのでしょうか?」
『ここに居たい?』
「……………………………………もう少しだけ」
耳に届くそんな会話。
――もう少し、ここにいよう。
クリスちゃんが納得いくまで…………いや、俺の心が立ち直るまで。
…………結局、帰路につけたのはそれから三〇分後だった。




