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弐、『竜と契約と心肺蘇生』

 07、クロウ


 翌日、早朝――クリスちゃんが熱を出した。


「…………ハァ、ハァ……」

 荒い息。上昇した体温。意識は朦朧としている様子。

 全身から汗をかき、ずぶ濡れな衣服――パジャマなんて上等なモノはないので、俺のシャツである。『ぶかぶかの男物のシャツは素晴らしいんだよ』by不思議生物

「……風邪かな? どう思う、クリン?」

『熱はあるけど喉は腫れてないね……行き倒れるくらいだから、体力消耗しすぎたせいじゃないかな?』

「じゃあ薬より、栄養のある食べ物か……ちょっくらお粥でも作ってくる」

 開拓団付きの医者はいるが、簡単な診察ならこの不思議生物にもできる。

 長生きして蓄えた知識と人生経験(?)のたまもので、信頼は置けるのだが、置きたくない姿形をしている為、残念ながらあまり人気はない。

 ――あれ? そういえば、お粥って米をそのまま水分多めで炊くんだったっけ? 炊いたご飯をお湯に入れて炊き直すんだったっけ?

 この東の地では気候的に米が主食なので、病気の時は『お粥』がお約束なんだけど……俺は御飯を炊く事はできるが、お粥を作った事はまだなかったりする。

『――待ちたまえ、人の子よ』

「……ん」

 台所で途方に暮れる俺の耳に、女性っぽい声が響く。

 声のした方向を見ると、『何もなかった空間』が歪み――現れたのは小さな竜一匹。

 肩に乗れるサイズの小型すぎる西洋竜タイプ。背中に七つ、額に一つ、合計八つの角があるのが特徴的。色は鮮やかな蒼。竜族は全て雌だから女性である事は間違いない。

 竜――新世界の真の支配者。この星が産み出した最強の生命体。自然の守護者。

 言葉を話せる竜は例外なく上位種だから、目の前にいるのは小さくてもこの世界最強の存在。

 そんな最強種は、優しそうな瞳にクリスちゃんを写したまま口を開く。

『我が巫女はおそらく魔法熱にやられている……食事をとるのは無理であろう』

『魔法熱……ああ! 知恵熱みたいなアレだね』

 聞いた事のない病名だけど、クリンには心当たりが有る様子。

 話の腰を折る事になるかもしれないが、解らない事はとりあえず聞いてみる。

「なんだソレ?」

『普段頭使わない子供が頭使いすぎて熱出すのが知恵熱。普段魔法使わない子供が魔法使いすぎてなるのが魔法熱だよ。肉体が魔力に慣れてないせいで起こる症状だから、一回やれば抵抗力ついてかからなくなるんだよ』

 人間は大気中のエーテルを呼吸によって肉体に吸収・蓄積し、魔法道具マジック・アイテムを通して解放する手順で『魔法』を発動する。

 エーテルは空気みたいなもので毒性は無いはずだが、肉体を通す以上何かしらの『抵抗』が生じる事は想像に難くない。たぶんそんな理由で起こる病気って事だろう。でも……。

「……俺、かかったことないぞ?」

『クローは純血オリジンだからね。純血種は魔力と完全な親和性を持ってるから絶対かからないんだよ』

「へ~」

 それは、普段気にしない普通の人との違い――魔法関係での絶対的な優位性。

 日常生活では全く気にならないから、『違う』事になかなか気付けない。でも、その違いは本国では深刻な問題で、劣等感持った普通の人達が団結してテロとか起こすからシャレにならなかったりするのだけど……そんな事を、こんな東の果てで気にしてもどうしようもない。

 それよりも、今するべき事はクリスちゃんの看病。

『魔法熱なら今日一日寝てれば治ると思うよ。食事は……特別にボクが特製ドリンク作ってあげるよ! 一口飲めば昇天しちゃうような〝とびっきり〟なの作ってあげるから安心して!』

「安心できねぇよ! ……しかたない俺も手伝うわ」

 昇天=オダブツ。『必殺』料理なみに死亡フラグだ!

 だけど、汗をかいているから液体系で攻めるのは良い手段かも知れない。

 ――よし。クリンが前に教えてくれた『栄養ドリンク』ってヤツを作ってみよう!

『……あの~』

「……ん」

 目的を定め意気込む俺に、不安そうな顔で再び声をかけてきた最強生物。

 たぶんクリスちゃんの事が心配なのだろう。俺なら病人に『昇天』なんて言う不思議生物は絶対に信用しない。むしろ信じたら正気を疑う。

『わ、私の事は気にならないのですか?』

「――一人称が『我』から『私』に変わってる?」

『いや、そうじゃなくてですね……』

 もちろん冗談だったのだが、困ったような表情で言葉を探す蒼竜を見てると、なんだか背徳的な喜びが………………って、ダメだろ俺!?

 深く反省し、改めて蒼竜に向き直る――言い訳開始。

「いや、昨日から〝居た〟のは知ってるけど、隠れてたみたいだし、別に何かしようとする様子じゃなかったから放って置いたんだけど……声かけるべきだったか?」

『……一応姿隠しの魔法は使っていたんですけど』

『スキル・心眼だよ! 心の眼で見たのサ』

「適当言うな不思議生物! オリジンは普通に魔力が〝見える〟から、その姿隠しの魔法自体が見えちゃうんだよ。解ってて放置は性格悪いよな……ゴメン」

 不思議生物をたしなめ、自分の行為を謝罪する。

 オリジンの瞳にはエーテルの存在する部分の『色の濃さ』が違って視えるので、正体不明なナニかがクリスちゃんに憑いてるのは最初から知っていた。そして、その魔力がクリスちゃんの生命を支えているように視えたから、敵じゃないと判断して放置した――以上、言い訳。

『いえ、私の方こそ。……その、アナタ達が信用の置ける人か解らなかったので警戒してしまいまして……ごめんなさい』

『ははは、気にしなくていいよ』

「いや、お前に言われるとムカツクな」

 まるで子供を心配する母親のような口振り。

 ――つまり、立場は逆っぽいけど俺達と似たような関係なのかな?

 人外と人間による家族のような関係に少々好奇心が刺激される。

 じっくり話してみたいが、病人を放って話し込むのも気がひけるので、とりあえず台所で作業しながら会話を続ける事にした。

『私は〝オロチ〟と言いまして、この地域の現住民達に奉られていたカミサマなんです』

 カミサマ――この場合は本当の神様ではなく力を持った人外の尊称。

 強い力と高い知能を持って、弱い生物を支配するモノ。つまりカミサマの資格は能力のみで善悪問わず。でも、オロチさんはクリスちゃんに対する態度から『悪神』ではないと楽観。

『ボクは〝クリン〟と言いまして、この星の唯一絶対神なんです』

「お前黙れよ」

 とりあえず相棒の戯言を止める。

 ……ちょっと疲れてきて言葉が荒くなってしまった事は反省。

『ゆえあってこの娘――クリスと契約する事になりまして、クリスの守護神として一緒に行動している次第です。本人が寝てる間に勝手に話すのも駄目だと思いますので、詳しい事は本人が起きたときに』

「了解しました。……契約者のプライバシーを大事にする相棒か……。どっかの自称・絶対神と大違いですね。よかったらコレと代わってくれませんか?」

 人の過去を同僚に面白可笑しく暴露した自称・唯一絶対神とのトレードを希望。

 本心ではない――こんな迷惑なのを誰かに押し付けるなんて、そんな無責任は許されない。

『ヒドイよクロー! ボクとクローは魂で繋がるパートナーだよ! 切っても切れない絆なんだよ! ボク達の絆はクローが、一生、死ぬまで切れないんだよ――っ!!』

 嘘泣きしながら訴えてくるクリン。

 嘘でも本当に涙を流せる――本性は女性型である事を考えると嫌な感じに納得。

「デロデロ~ン。クロウは呪われてしまった」

『どういう意味!?』

「そのまんまだよ!」

 俺とクリンの関係を主観ではなく客観的に考えた末の答え。

 腐れ縁が進みすぎて腐りきってゾンビ化した不死の絆。……うん、呪われてる。

 昨日も思ったが、聞いてくれる第三者がいると軽口が楽しい――おかげでちょっと言い過ぎてる気もするが、そこら辺は俺とクリンの絆の強さを信じているので問題なし。

 ……なんか深く考えると恥ずかしい言葉を言ってしまいそうなので思考中断。


 そんな漫才をしているうちにお互いの料理が完成した。

 料理といっても双方とも飲物だが、作ったんだから飲物も料理で問題無し!! 

 実食――意識が朦朧としている少女を起こし、まずはクリンが特製ドリンクを飲ませる。

 ドロリとした液体を嚥下した瞬間――少女の呻き声が室内を満たす。

「……うぐ……が……げば……」

『「何を飲ませた――っ!?」』

 詰め寄る俺とオロチを、大きく後方に跳躍して躱す不思議生物――捕獲失敗。

『特製ドリンクさ! 一口飲めば元気一杯! 二口飲めば不老不死! 三口飲めばデス! その正体はボクの生き血!』

「そんな気持ちの悪い毒物を飲ませるな――っ!」

『ヒドっ!?』

 俺の正直な感想に『ガガーン』と本気でショックを受けるクリン。

 ――そもそも、いくら健康に良くても知り合いの生き血を飲むとか考えられない。

 こうしている間にも激しく苦しむ声が部屋を満たしていく。

「がは、がは――げほっ……あああああぁぁあぁぁあっ!」

 ひときわ大きく苦しみ叫んだ直後――糸のきれた人形のように、動かなく、なった。

『クリス!?』

「……おい、不思議生物……これはいくらなんでも笑えないぞ!」

 白目をむいて気絶している小さな女の子。

 それを見ている事しかできなかった情けない自分&ちょっと『やっちまった』って顔をしている自称・唯一絶対神…………そして、そんな俺達に殺意を向ける、蒼い竜。

『し、しかたないよ。普通の魔法熱ならともかく〝契約〟の魔法熱だもの』

「ただの知恵熱みたいなものじゃなかったのか?」

『……ホント言うとね、契約の魔法熱は契約相手から流れる魔力に耐えれるようになるまで続くんだよ。オロっちの魔力はハッキリ言って最高位の神獣レベルだから……普通に回復待ってたら、先に身体が壊れて死んじゃうと思ったんだよ』

『……お、オロっち』

「…………そこに反応するんだ」

 クリンの言いたいことも解った。

 つまり、こいつの見立では何もせずに放置したら助からないと判断したのだろう。

「……それで、そうなるぐらいなら、いっそ――と毒を盛ったのか」

 それは苦しみを終わらせる為のひとつの手段――安楽死。

 ――悪いとは言えない……でも、相談ぐらいして欲しかった。

『人聞き悪いよ! だからボクの生き血は〝エリクサー〟なんだよ! 旧世界では凄く有名な霊薬なんだよ! 適量飲めば最高の万能薬なんだからね!』

「凄く苦しんで気絶したぞ」

『ちょっと多かったみたい……てへ!』

 たぶんカワイイつもりのポーズで謝罪するクリン。

 ……反省の気持ちがまったく伝わってこない、とても薄っぺらい言葉だった。

『――っ!? …………呼吸……止まってるわ』

『いけない!! はやく人工呼吸するんだクロー!』

「マヂですか!?」

 急いで確認すると……呼吸だけでなく心臓も止まってましたーっ!

 緊急事態ゆえ思考加速/まずは深呼吸――落ち着いて、急いで対処開始/気道確保/人工呼吸/心臓マッサージ/人工呼吸/心臓マッサージ/人工呼吸/心臓マッサージ/人工呼吸/心臓マッサージ/人工呼吸/心臓マッサージ/人工呼吸――息を吹き返すクリスちゃん。

 深く大きな息を吐く俺&オロっち&殺人未遂犯人。

 もう一度クリスちゃんを確認――小さく上下する胸。

 先ほどまでと違って規則正しく、落ち着いた呼吸で一安心。

『お疲れだったねクロー』

「とりあえず、お前は埋まってろ!!」

『土の中は嫌――――っ!』

 逃げだす前に標的を――今度は捕獲成功。

 有言実行で土間を少し掘り返して、不思議生物を埋めていく。

 ……埋めると言う行為で毒の対処法を一つ思い出した。

「フグの毒にあたった時は土に埋めるって言う民間療法があるらしいけど……試してみる?」

『……そのまま土葬ですか?』

 嫌な方向に勘違いされた。

 俺に向けられた疑惑の眼差し――残念過ぎる事に、俺もコレと『同類』扱いみたいです。

『……あ、あれは呼吸麻痺の防止方法だから……ってボクはフグじゃないよ!』

「煮ても焼いても食えないからな。フグよりたちが悪い」

『ヒデェ!!』

 オロっちに疑われた苛立ちをクリンで解消。

 ほんの少しだけ癒されてから……最後の土をかぶせた。


 十分後、自力で土から脱出してきた不思議生物が再びクリスちゃんを診察。

 結果は良好。あとはグッスリ寝て、体力が戻れば完治と考えて良いらしい。

 ホッと一安心――


『汗を拭いて衣服を変えた方がいいのでしょうか?』


 したかったけど、どうやら儚い望みだったようだ。

 正直嫌な予感しかしないが、それでも無視できない立場なのが特に哀しい。

「……いいだろうね」

『確かに、このままじゃ、また風邪ひいちゃうよね』

『……服、あります?』

『モチロン、ブカブカの男物ならあるよ! よし、着替えさせよう! 下着はこのさい「履いてない」でいこう! ノーパン健康法だよ! 掛け布団多めにやればたぶん問題無しだよ!』

『そうですね。汗まみれの服を着続けるより良いでしょうから、それでいきましょう』

 子供の服を着替えさせる事ができるとは思えない小型サイズの二匹が勝手に話を進めていく。

 正直、嫌な予感しかしないが、とりあえず案ずるより産むが易しの精神で聞いてみよう……。

「あのさ…………着替えさせるの俺?」

『『ガンバ!』』

 太陽のような笑顔&申し訳なさそうな顔で、予想通り過ぎる答えが返ってきた。

 ――大丈夫、できる。相手は十一歳の女の子。まだ子供。意識する方がおかしい。

 心を無にして行動開始/着替え――何も考えずクリンのリクエスト通りに用意する/次、無心で全部の服を脱がす/心に宇宙を感じながらオロっちの指示通りに身体を拭く/次――


「大変だサイトウ!」


 許嫁の事を思い出しながら服を着せる/下着は無い/多めに布団を被せてオシマイ……。

 色即是空――この世にある全てのモノは空である。空即是色――実体のない空がそのまま万物の姿である。……なんか『悟り』が開けた気がする。精神的な極限状態に陥ると人間は悟りを開けるのかもしれない。……ああ。断食とかするのはそういう理由だったんだな。

「……と、お楽しみ中だったか、スマン!」

「待って親方! お願いだから待って! 言い訳させて! カムバック親方――っ!」

 現実逃避終了――気まずい顔で去った親方をダッシュで追いかける!

 靴に履き替える暇などない! 裸足で駆ける一八歳!!

『親方ナイスタイミング&リアクション! 八五ラブコメ点だよ!』

『……なんですその点数?』

 後ろで俺を社会的に殺そうとした二匹の死神の声が聞こえたが、今はスルー。

 ――後で絶対復讐してやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!


 …………………………二十三秒後、なんとか親方を捕獲。

 何か言われる前に力尽くで我が家に引っ張り込む事に成功。

 その時、俺の脳裏には『手術は成功したが患者は死んだ』って言葉が浮かんでいた。


 そして舞台は再び居間。

 いろんな意味でギリギリまで追い込まれて荒くなった呼吸を整える。

 先ほど開いた悟りの境地を思い出すと、不思議なほど静まっていく鼓動――スキル『悟り』ゲットする気はなかったけどゲットだぜ!

「ハァ、ハァ……ハ……で、どうした親方?」

「………………………………………………ドラゴンが出たぞ~!」

 笑いたくなるほど棒読みなセリフだったが、内容はシャレにならない大事件だった。

「ば、場所は!?」

「南の森の泉の近く。こっちはまだ気付かれてないと思う」

 泉――距離にして約十キロ。近すぎる。

「種類と数は?」

「翼のない西洋竜型。大きさは五メートルぐらいの中型。周辺も調査したがその一頭しか見当たらなかった」

 西洋竜――翼の有無等で種類と能力が分かれるが、基本四足歩行するタイプ。

 東洋龍――蛇のような身体で特殊スキル持ちが多い。基本空を飛ぶタイプ。

 東洋龍は群れないが、西洋竜の下位種は群れるモノが多い。上位種はこちらから挑発しないかぎり縄張りから移動せず、この付近に上位種が存在しない事は開拓村を作る前に調査済み。

 以上を踏まえた上で、可能性的に一番ありそうなのは……。

「……下位種の〝はぐれ〟か」

 ――助かった。

 胸をなでおろす。

 上位種だったら無理だが、下位種が一匹だけなら現在の俺でも対処可能。

 ……それでも、二匹いたら村を放棄しなければいけないところだった。

「どうする、人を集めて討伐隊を組むか?」

「……いや、俺一人でいいよ」

 竜は最強生物でこの新世界の支配者。

 例えそれが最下位の『無印の地龍』であっても『数の暴力』程度でなんとかできる相手ではない。逆に返り討ちにあって無双される危険性MAX!!

 一対一なら最悪犠牲は一人――物事は常に最悪を想定して動くべしby家訓。

 ――大丈夫。俺ならヤれる! 俺はヤればできる子なんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!

「しかし……」

「休みは明日からって事で、ひと働きしとくよ」

 さすがに『竜は他の魔獣とは別格』というのが世間一般の常識ゆえ、簡単に許可は出なかった。不安そうな顔で言葉をつまらせてる親方に、笑顔で『できる』とアピール。

「………………解った。その代わり無理はするなよ」

 しばらく考えた後、腕組みしながら渋々承諾する親方。

 部下を本気で心配してくれる上司はありがたい。そう思うからこそ応えたくなる。

「了解。開拓団の安全担当としての仕事はちゃんとやり遂げてみせるから」

「無理はするなと言ってるんだ!」

 怒られたけれど、反省はしない。

 組織は大きな機械と同じで人は歯車。そして、歯車一枚でも欠けたら機械は動かない。

 ――多少無理しても、やるべき事はやる……そうじゃないと、俺がいる意味が無い。

「……大丈夫。病気の女の子残して死ぬつもりはないよ」

 腕組みして、先程の親方を真似た感じの返事をする。

 竜と戦うのに『無理をしない』なんて約束を守れる気は全くしないが、『無理と無茶を重ねても生きて帰ってくる』って気持ちはあるから『後の事』を頼んだりはしない。

 その言葉の意味を察してくれたらしく、ため息ひとつ残して去っていく親方。

 これからスケジュールを調整して、南の森近くで仕事をする団員の配置変更をするのだろう。

 ――朝一から大変だけど頑張ってください。

 見送り完了――こちらも仕事の準備開始。


 ――準備と言っても、いつもの服に着替えるだけなんだけどね。

 俺は『村の安全担当』だから、普段の服が戦闘用だったりする。

 成り行きで入団した俺は技術の研修を受けていない為、団員として必要な専門的な知識は皆無。そこで家柄故に仕込まれていた門番の知識を見込まれて任されたのが『安全担当』――野生の獣などの外敵から村を護れるように、護りやすいように柵や掘りの位置を決めて、設置して、見回りの計画とかを立て、見回りして、有事の際は団員の盾になり剣になるお仕事。

 だからいつも、いつでも戦える、戦闘に適した露出の少ない格好。夜間戦闘用に色彩を黒で統一した首まである長袖のアンダーシャツと長ズボン、その上からジャケットを羽織る。

 ジャケットの内側には薄い板が貼ってあって多少防御力は上げてあるが、あくまで多少。

 人外との戦闘は『傷を受ける=毒の可能性』なので防ぐのではなく避ける事が基本である。

 ちなみに俺の武器は『魔法』なので携行の必要なし。

 クリスちゃん用の昼御飯+自分と二匹用にお弁当=握り飯を作成。クリスちゃんの分をテーブルの上に置いて布を被せ、枕元にはさっき作成した栄養ドリンクを置いて――準備完了。

『では――出発なんだよ』



 外は良い天気だった。

 魔獣と戦うときは昼間が良い。奇襲をかけようとしても、寝てても気配察知するような奴等だし、ついでに夜目は効くし……色々理由はあるが、ハッキリ言って夜間の『獣』相手に人間が有利に立てる要素は何一つないと断言できる!

 そんな事を考えながら、のんびりした楽なペースで南の森に向かって歩く。

 頭にクリン、肩にオロっちと、良い御身分な人外二匹を乗せて。

 ……とりあえずリラックスする為に軽い会話でもしてみよう。

『西洋竜型か……翼竜ワイバーンじゃないなら大丈夫かな?』

『アナタ達の言葉がよく解らないのだけど、ドラゴンって〝地龍〟の事ですか?』

「ああ、それそれ。こっち出身のドワーフの友達ツレがそんな風に呼んでたっけ」

『ドワーフ?』

「天之国ではこっちの現地人ヒト達をそう呼んでるんだ……蔑んでるワケじゃないよ」

『同じ人間なのに変なの……』

「カミサマから見たら同じかもしれないけど、微妙に違うんだよ」

 東の現地人ドワーフ族――強靭な肉体と長い寿命を持った墓守とは違う進化をたどった人間。体型が成人しても子供っぽくて、手先がやたらと器用なところが物語に出てくるドワーフと似てるので誰ともなくそう呼ぶようになった。クリンは合法ロリ&ショタの種族と呼んでいる。

『まあいいわ。それより大丈夫なのですか?』

「ん?」

『地龍は竜種としては下位だけど、それでも竜です。人間が戦える相手じゃないですよ』

「心配してくれるんだ」

『アナタが死んだらクリスはどうなるのです?』

 ――愛されてるなクリスちゃん。

 なんか、口元が勝手に緩んでしまう。

「……たぶん親方が面倒みてくれるよ」

『楽観。――我のようなカミが憑いてる幼子を、人の子が受け入れるものか……汝は同じカミ憑きゆえ、偏見がないだけであろう』

 確かに多少楽観すぎるかもしれないが、そう信じられる。

『おお、口調がカミサマっぽい』

 ……なにせ、こんなのを受け入れてくれた素敵過ぎる仲間達だからね。コンチクショー!

「クリン黙れ。〝ついで〟でも出会ったばかりの俺の事を心配してくれてるんだから」

『し、心配してるわけじゃないんですからね!』

『おお、口調がツンデレっぽい』

「クリン……ホントに黙れってお願いだから」

 これからドラゴン相手にタイマン勝負だというのに、戦う前に精神力が無くなりそうだった。

 …………とりあえず気分を持ち直す努力をしよう。

「――まあ大丈夫だよ。俺こう見えても強いから」

『おお、セリフが死亡フラグっぽい』

 ………………空元気な強がりすら許されなかった。

 ――……そうだよな。お互い命を賭ける以上、負ける可能性もゼロじゃないよな……。

「……俺が死んだらお前と一緒に埋めてもらえるように遺書を書いておこう」

『……死んでも一緒に居たいなんて情熱的な告白だよ』

 戯言を聞き流し、懐から紙とペンを取り出して遺書を作成。

 最初の一文は『クリンと一緒に埋めて』とホントに記入して、続けてクリスちゃんの事、実家の連絡先、家族への言伝を書いて――気まずい感じのオロっちに預ける。

 ……昨日今日出会った男に遺書預けられたら気まずいですよね。すみません。


 そんなバカなやりとりをしていたら、いつのまにか目的地に到着していた。

 南の森はそれほど深くなく、開拓初期には食料調達のお世話になった場所。

 竜がいるらしい泉の場所は森の入り口から少し進んだ辺り。

 注意しながら進む――と、呆れるほどあっさりと足跡発見&そのまま続けて本体発見。

 予想通りの『地龍』が泉の横で休息中。

 周囲の地形確認――五メートルの巨体が窮屈ではない開けた場所は、戦うには十分な広さ。

 クリンはオロっちの背中に乗って安全な空へ。

 精神を戦闘速度に加速/魔法作動確認――四年前に一度消失した能力/回復途中/現在一回につき一つなら精製可能/身体から離れた場所に精製不可/同時複数精製不可。

 続いて対竜用戦闘マニュアル――全部思い出せることを再確認/問題なし/困ったときは臨機応変――戦闘準備完了。

 覚悟を決めて、一歩踏み出す。


『クローの事、心配かな?』

『……私が心配するのはクリスだけですよ。彼はクリスが元気になるまでの仮宿として必要だと思うだけです』

『大丈夫だよ。クローはホントに強いから』

『この星の守護者である我々竜種よりも?』

『強いよ』

『アナタが憑いていても彼はただの人間でしょう? 人が生んだ〝再生〟の破壊神――』

『クローは強いよ。大地が生み出した八つの首を持つ最凶の竜神』

『……根拠は?』

『サイトウ・クロウは自称・絶対神なボクが選んだ〝御主人様マスター〟だからだよ』

 集中力MAXで研ぎ澄まされた五感が、空飛ぶ二匹の会話を拾う。

 信頼が素直に嬉しい――精神状態がちょっと向上/帰ったらデザートを作ってやろう。

 視線を前へ――見上げる/三倍近い巨体/距離三十歩分。

 対竜種戦闘マニュアルその一――竜の皮膚は下位種でも鋼鉄並。木の枝で鉄を切り裂ける達人級の剣技、もしくは最低でも鋼鉄をバターのように切り裂けるレベルの武器を用意すべし。

 冗談のようだが、それが人間が竜種と戦う為の最低条件――そして、この戦場に居る以上、その条件はクリアしている。

「サウザンド・アームズ――剣」

 集中力を反射で高めるための言葉――呪文詠唱/手のひらに熱――魔力集中/魔法発動!

 瞬間――手の中に現れた装飾のない両刃の剣/金色に輝く半透明の刃/それは魔力素エーテルを結晶化させた最高硬度の物質――鉄をバターのように切り裂ける武器。


 竜の視線が剣にうつる――さあ、戦闘開始!



 08、クリス


 ――夢を見ているようだった。


 私は空から地上を見ていて、そこにはクローさんと巨大なドラゴンの姿。

 ――クロウが右方向へ低空で疾走/そのまま距離十歩/上体を起こし右腕を振り上げて攻撃の体勢にうつる地竜――地竜から見て左方向にいるクロウを右腕で攻撃しようとする=右利きの可能性/地竜の動きが全体的に緩慢なのは……油断?

 私の中に『この視界の持ち主』の思考が流れこんでくる感覚。

『……見ただけで相手の利き腕とか推測できるんだ』

 客観的視点での推測――合否はともかく、その行為は私が戦うために必要な気がします。

 ――クロウが右前方に加速/地竜の右腕――爪による斬撃を躱す為の軌道/すれ違いざまに剣で足首を斬りつけ、左足首の半ばまで切断――おそらく左足は使用不能/必要以上のダメージ確認をせずに地竜の背後へ向かって走り抜けるクロウ――背中が見える位置まで来たら回れ右/地竜は左足使用不能のため四足歩行に戻っている。

『……ダメージを与えても動きを止めないのが重要?』

 相手に的を絞らせないとか、そんな考え方が勝手に思い浮かんできました。

 ――耳を突き刺すような叫び/竜の咆哮/心臓の弱い人なら生命に影響のある音量/ただの大声/覚悟はしていたようだがクロウの動きが一瞬止まる/地竜が三本足で方向転換――完了する前にクロウが魔法発動。

「サウザンド・アームズ――針」

 ――クロウの魔法は魔素エーテルを結晶化させて武器を創りだす能力のようだ/全長三十センチぐらいの極太針を一本具現/投擲/命中/再び響き渡る咆哮/地竜の左の瞳に突き刺さった針/左足、左目損失――左側が死角。

『……相手の行動を制限するようにダメージを与えて、流れを読み易くする』

 計算して計画して、少しづつ勝利を引き寄せていく戦い方――それは、力も技術もない私が目指すべき道?

 ――突然クロウがバックステップ/射程外まで移動/オリジンの瞳は魔素エーテルを視るという――その瞳に映っているのは地竜の口に魔素エーテルの光球が生成されていく光景?

『……吐息ブレス?』

 それは竜の魔法――呼吸で魔素エーテルを集め、口内で様々な属性魔法に変換する為、総じて『ブレス』と呼ばれる。下位種が使えるのは基本的な火・風・水・土の四大属性。上位種はそれを強化した光・雷・冷気、重力も使用可能。神竜ならさらに…………頭、いたい……。

 ――ブレスは長距離&広範囲が基本/間合いが近すぎると逃げ場がない/クロウの現在地は肉弾戦なら射程外――ブレスなら射程内/方向転換/ダッシュで距離を取るクロウ――進行方向は泉/ブレスは呼吸を利用する魔法なので、準備中は行動不能/距離、先程の倍/地竜に向かって流れていた魔素エーテルが止まる/ブレスの準備完了/タイムリミット/再び方向転換――泉を背に向かい合うクロウと地竜。

「サウザンド・アームズ――」


 瞬間――紅く染まる視界/火炎のブレス/直径三メートル近い赤いレーザー光線。


「――盾」

 ――光の視認と同時にクロウの声が響く/身体の前方に全身を覆える半球体・半透明な盾を具現/激突/飛び散る炎/球状の楯が赤い光を拡散/泉に落ちた部分から湯気が大量発生。

『あーちちっ!』

『……熱っ!!』

 上空まで流れてきた湯気が熱くて思わず声が出……私の声じゃありませんでした。

 ――四秒後、ブレスの照射終了/危機の後の勝機――クロウが焼けた大地を全力で駆け抜ける/地竜は利き腕の右で薙ぎ払う攻撃/接近は危険/横の攻撃は縦より当たり判定が大きい。

「サウザンド・アームズ――槍」

 ――クロウが投擲用の槍を具現/クロウが魔法で造れるのは単純な武器だけ?/竜の射程外で急停止/ブレーキのエネルギーを投擲の力に変える感じで――投擲!!/一直線/右肩/『貫通』――右腕の動きを封じることに成功。

『……凄い』

 武器が凄いのではなく、複数の武器を使えるのが凄い。

 自分の手持ちの札を場面に応じて最大限効果的に使えることが凄い。

 ……これが再生の破壊神が選んだ契約者…………って、再生の破壊神ってなんですか?

「サウザンド・アームズ――斧」

 ――走りながら結晶化/柄の長いハルバード/進行方向は右――地竜の左側死角/狙いはおそらく左腕関節/左肘/左腕と右足で身体を倒れないように支えているため、暴れたくても暴れられない地竜――その支えを断ち切るつもりだ/えげつない/懐――侵入成功/さきほどの槍投げと同じ要領で、走った速度を上乗せして横薙ぎに一閃/重量と遠心力の乗った一撃が丸太のような腕をあまりにもあっけなく切断。

『ガあぁぁぁぁぁぁッァぁぁぁぁぁぁッァぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 ――咆哮ではなく、痛みによる絶叫/支えを失い倒れる巨体/クロウの現在地――懐/押し花コース/クロウの視線は重力に引かれて近づいてくる急所――首を見ている。

「サウザンド・アームズ――刀」

 ――斧を後方へ捨て、全長二メートルの片刃の刃を結晶具現/クロウの身長より長い――切っ先から鍔元まで刀身全てを使用すれば竜の太い首をギリギリ断ち切れる長さ/その先端を地面に突き刺し、大地を鞘のように構え、迎え撃つ/直後――間合いの中に入る標的。

「無名闘(刀)術――空爪一閃!」

 ――技名を唱え、刃を振るう/下から上への斬撃/空気を斬り裂く音/初速から『私の眼』で捉えられない速度……重力に逆らう代わりに大地の反動を利用した一撃!?


 交叉――大地に堕ちる首のない竜と首だけの竜。

 

 ――舞い散る液体に触れないようにバックステップ/油断なく距離を確保するクロウ/いまだ脈打つ竜の身体/たしかに竜の生命力は油断ならない――首だけになっても襲ってくるかもしれないし、首がなくなっても襲ってくるかもしれない/複数の頭を持つ上位種は同時に首を飛ばさない限り何度でも復元すると言う有名な話もある/そのまま数分後――やっと地竜の動きが止まる/大きく息を吐いて周辺確認/他に敵影が無いことを確認し――近くの木の枝に止まっていた私を見つけ、手を上げて怪我が無い事をアピール。

『……なんなんでしょうか、この人?』

 食料を確保するために忍び込んだ家の家主で、家の戸締りもしてないだらしない人。

 出会ったばかりの私にお節介を焼いてくれるお人好しで、たぶんロリコン。

 最強の生物である竜種を一方的に倒せる凄腕の闘士で、優しくて怖くて……強い人。

『……まるで、英雄伝説の主人公です』

 悪い人たちに追われて、行き場のないヒロインを颯爽と助けてくれる、強くて、優しいヒーロー……そんなシチュエーションを意識し、胸が高鳴る。

 浮つきそうになる心――だからこそ、自分の立場を思い出してしまった。

『……もっとも、私はヒロインにはなれませんが』

 ……盛り上がりそうになっていた分、よけいにへこんだ気分です。

 それでも、クローさんを出迎えようと、顔を上げ――ふいに、視線が合う。

 金色の綺麗な瞳――そこに写っているのは、私ではなく……。


 ――その瞬間、夢は終わり、私の意識は深い眠りに落ちました。



 09、クロウ


「任務完了!」

『おみごとだったよ』

『…………ホントに人間?』

「ひでぇ!!」

 開口一番、真顔で酷い事を言われた。

 でも、今回はうまくいき過ぎたから、言いたい気持ちも多少解る。

『まさか、竜種を一方的に虐殺してくれるとは思わなかったわ……人間怖っ!』

「竜と言っても下位種は動きが単調で、タイプごとにクセがあるんだよ。だから、ある程度パターンを覚えると楽に狩れる。まあ経験ってやつ?」

『普通は経験積む前に死ぬけどね~』

 実際不思議生物の言う通り。

 上手く経験重ねることができても、先入観もいっしょに養ってしまった挙句、逆に危機に陥る原因になったりもする。……まあ、今回は運が良かったって事かな。

「……こんなとこで立ち話もなんだから、とりあえず帰ろう。そんで今日はもう布団入って寝よう。さすがに辛いや」

 日はまだ高いが、戦ったせいで体力がガリガリ削られてフラフラ。

 さらに魔法を久しぶりに使っったせいか精神的にもクラクラ。

 ――とにかく疲れたので早く帰って布団に入って寝たいや。

『そだね。はやく帰ってクリスちゃんの布団に忍びこもうよクロー』

『えぇっ!?』

「添い寝なんてしないからな! 誤解されるような事言うな不思議生物!」

『でも、うち布団もう無いよ?』

「そうだった――――っ!!」

 今朝、クリスちゃんにありったけの布団をかぶせた事を忘れていた。

 ……でも今日は疲れたから布団に入ってグッスリ寝たい。

 …………かと言って、病気の女の子から布団を奪う訳にはいかない。

 ………………じゃあ、添い寝するのか? 意識のない女の子の布団に侵入?

 ………………でも、相手は子供だから『同衾』とか意識するのもオカシイ気がする。


 …………………………まあ、帰りながら考えよう。



 この時の俺は、たとえ下位と言っても大地の守護者である竜が突然現れた事と、我が家に竜憑きが転がり込んできた事を繋げる事が出来なかった。……こんな偶然、あるハズないのに。


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