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壱、『楽園の東で哀を叫ぶ』

 00、クリス BAD END


「みんな、みんな死んじゃえばいい!」


 見渡す限りが火の海。

 炎は人も動物も自然もわけ隔てなく燃やし尽くす。

 ここで生きているのは、もう私と兄様だけ――そんな愉快で最低な地獄絵図。

 私を見る兄の『何故こうなったか理解できないような表情』がとても、とても愉快。

「世界が私に死ねって言う! 兄様も! 父様も! 母様も! 世界は私が要らないって思ってる! みんな、みんな、みんな、私に死ねって言う!! みんな、みんな私が要らないって思ってる! 私は死にたくない! 絶対死んでたまるか! みんな敵だ! みんな要らない! 殺されてたまるか! いなくなればいいんだ! みんな、私が要らないって言う奴、私に死ねって言う奴、みんな、みんな、いなくなればいい! 消えちゃえばいい! 消えろ!」

 炎の中心に立つ『機械の巨人』から世界に呪詛を響かせる。

 スピーカー越しに聞こえる私の声は、泣いてるように聞こえて不快。

 巨人――『獣騎装』。機械仕掛けの神『神機』を元に、七人の英雄が設計・製作した十体の劣化コピー。人造の神から造られた、マガイモノ。獣の魂を宿し、その獣のもつ『魔法』を操縦者にも使用可能にする魔法武装。人が最強の生命体『竜』に対抗するために生み出した全長九メートルの鎧。天之国の最強の十人である『剣の十騎神』に与えられた十体の決戦兵器。

 人類は、これを使ってようやく下位種の地竜と互角。生身で竜と戦える人間なんて物語の中にしかいない。……だから、現実に英雄なんて、どこにもいない!

 いま私が乗っている機体は、十騎神の第四位『鬼神騎・オーガ』だったモノ。

 本来の使い手である兄の親友だった十騎神『キバ・タクマ』を殺して、獣騎装に宿った魂を喰らって、私と私が命を捧げるはずだった『相棒』の二人で奪ってやった。

 相棒の魂を宿した結果、真紅だった装甲は『蒼』に、そのフォルムは物語で読んだ西洋竜に酷似した形に変化。額に一本、背に左右三対、中央に一本、合計八本の角を持つ二足歩行するドラゴン。両腕が長いためか、地面にうつるシルエットは四足歩行の竜のよう。

「やめろクリス! お前は自分が何をやっているのか解っているのか!?」

 その見当違いな叫びには笑うしかない。

 だって、この人は私のことを『何も解ってない愚かな娘』と決めつけてて、私はこの人がその程度しか私のことを解ってないことを悲しんでる。そんな愚かな自分が笑いたいほど滑稽。

「うるさい! ダマレ! 解ってるよ! 私は、私を殺そうとした奴等を殺すんです! 兄様も、父様も、母様も、友達も、国のみんな、みんな――私を生贄にして、人柱にして、みんなの為に殺そうとしたアンタ達『みんな』を殺すんです!」

 生贄、人柱――それは悪神の魂を鎮め、最少の犠牲で平穏を得るシステム。

 悪神は意思を持つ自然現象。多くの犠牲は出るだろうが、戦い倒す事はできる。しかし、倒した後に確実に自然のバランスが崩れる事実が、過去確認されているらしい。

 かって自然を蔑ろにして滅びた古代人と同じ轍を踏む訳にはいかない――だから生贄。

 そして選ばれたのが私。王国の貴族として生まれ、何不自由なく育った十一歳。その十一年間に報いる為に、貴族として民を護る為に命を捨てる……。

 ――そんな『当然の義務』を受け入れることができないのが私なんですよ、お兄ちゃん!


「……なら、俺は力無き民衆を護る為、〝正義〟を執行する」


 それは、決別の意思が込められた言葉。

 そして、兄様は白い巨人――翼を持つ純白の獣騎装『ペガス』を召喚し乗り込む。

 『剣の十騎神』の第三位、『神獣騎・ペガス』。神獣、天馬の魂を宿す彼の相棒。飛翔能力を持つ、十騎神の中で最もバランスに優れた機体。私が一番綺麗だと思った機体。

「……あは。正義で妹が殺せるんですね! 都合のいい言葉。そっちが死ねばいいのに!! ねえ、兄様は妹の命よりもソレが大事なの!? 私に優しくしてくれたのは、全部こうする為だったの? だったらそんなの、そんな正義なんていらない! 壊れちゃえばいい!」

 抑えようとしたものが溢れ出す感覚とともに、激昂し、狂ったように暴れだす竜巨人。

 まるで癇癪を起こして暴れてる子供のようだと頭の冷静な部分で思う。

 今からでも『違う』と言って欲しい。『嘘だ』といって欲しい。そう……思ってた。

 ……でも兄は『語るべき言葉は持っていない』とでも言うように、無言で剣を振るってくる。

 正義は彼の中にあり、理解しようとしない者に何を言っても無駄だから。ただ、刃で、力で示すだけ。彼が正義で、彼に斬られる者が悪。頂点に立つ騎士はそうでなくてはならない。

 それが貴族の、十騎神の、彼の義務……ほんと、クソくらえです。

 だから――その断罪の刃を、真っ向から受け、拒絶する/刃を弾く『風の障壁』/驚いて動きを止めた彼に向け、竜巨人の右拳を振るう――咄嗟に剣の腹で拳の軌道をずらして避けるペガス/攻撃不発/でも、置き土産がわりに拳に触れた刀身を『氷結』させてやる。

『……三種の属性……だと!?』

 この地を今尚燃やし続ける炎。風の盾。氷結の拳――それが現在まで使用した属性。

 獣騎装の能力属性は宿した魂の属性。火と風のような相性の良い多重属性保持者は、他の十騎神にも多数いるが、火と氷のような反属性の多重属性保持者は一人しかいない――と、兄が前に言っていた。身内に内部情報だだ漏れなダメ騎士なのです、この人。

『……悪神とは言え、さすがは神を名乗る存在と言う事か!?』

 左の拳をムカつく顔へ/ペガスは氷結を避ける為、触れずに後退/空振り/バランスを崩した隙を狙って迫る刃――風の障壁で軌道を逸らす/先ほど向こうにやられた技術/反撃――竜巨人の口を開き、重力魔法展開/ペガスが翼を展開――飛翔/重力波放射/えぐれる地面。

『重力波!? どれだけの属性を……』

 紙一重で躱されてしまった。

 重力は土魔法の高位属性。現在の十騎神には所有者がいない強力な希少スキル。

 その事に意識を奪われた彼の隙を突いて、再び重力を操り――飛翔!

『有り得ない……あの巨体を見失うハズが……』

 バカ正直な状況報告が外部スピーカーを通して響く。

 ――チャンス!

 背後から接近/剣の間合い――突如、空中で反転するペガス。

 ――さっきのセリフは罠!?

 かまわない――相打ち覚悟で押し切る/最終呪法起動/竜巨人の額と背中にある八本の角が光を放つ/溜め込んだ力が洩れでるような発光――それは、八種の属性を表す八つの色。


「全部、全部、みんな、みんな――――消えてなくなれ!」

『完全消去呪法・天叢雲あまのむらくも――ハツドウ』



 ……その日、一つの集落が消えた。

 犠牲者は原住民ドワーフ一四八人。十騎神一人。計一四九人。

 それが、英雄に護られるお姫様を夢見た子供の、幼年期の終わった日の出来事。



 01、クリス


 ……三六時間後。


 深い森を、文字通り行くあてもなく走る。

 ここは生まれ育った故郷から遠く離れた東の辺境。

 暗い視界、気持ちの悪い虫、ジメジメした空気、深い緑の匂い、どこからか聞こえる動物の鳴き声――その全部が怖くて、気持ち悪くて堪らない。

「――怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖いよ――もうやだぁ!」

 泣いても叫んでも何も変わらなくて、怖くて、痛くて、辛くて、この道がどこに続いてるも解らなくて、苦しくて、お腹すいて、涙で視界がぼやけて見えなくなって……。

 ――それでも、死にたくないよぉ。

 それでも、それでもと、その思いだけが私の足を動かしていく。

 もう身体はボロボロだけど、相棒から流れ込んでくる魔力が私の身体を動かしてくれる。

 霞んだ視界の中、ふらつきながら。つまずいて転んでも、もう一度立ち上がって――どこまでも、どこまでも、辿り着く場所なんて解らなくても、ひたすらに前へ……。


 ふいに、眼の前に広がる蒼い空。


 そして、その空の下に広がる人間の集落。

 ――森を抜けた? でも……。

「……なんで、こんなところに『人間』がいるのですか?」

『あなたの故郷から来た開拓団――という組織の人達らしいですよ』

 私の呟くような疑問に、私のカミサマが応えてくれる。

 ……でも、残念ながらその言葉に心当たりはない。

 だから、私の前に広がるのは正体不明な謎の組織が住んでいる怪しい場所。

「…………どうしよう?」 

『あなたの望むままに、クリス』

 それは私の自由意志を尊重するようで、突き放すような答え。

 自分の道を自分で決める――それができなかったから、いま私はこんな目にあってる。

 だから、怖いけど、逃げたいけど、泣きたいけど、それでも――


「…………私は、お腹が減って死にそうです」


 ――決断し、その一歩を踏み出す。

 ……………………ゴハンを確保――訂正、生きるために。



 02、クロウ


 女の子が、食糧庫の前で倒れていた。


 そこは俺が鍵を開けるまで密室だった我が家。

 畑の開墾という本日のお仕事を終え、配給の食料をゲットして帰宅した家主を待っていたのは、開け放たれた『空っぽ』の食料庫に手を伸ばすようにして倒れている見知らぬ銀髪の少女。

 …………………………そのあまりの状況を整理するために、少々時間を巻き戻す事にする。



 日が沈み、一日が終わる。

 森を切り開き、水路を作り、田畑を開墾。さらに、危険な魔獣などの脅威から身を護る為の柵や堀等を整備して、本国から指示された土地に安定した生活ができる環境を作り、人々に提供する――それが俺達『開拓旅団』の使命。何もない荒れ野、鬱蒼としげる樹海、そんな土地が人の住める場所になっていくのをリアルタイムで実感できるやりがいのあるお仕事である。

「おーい、サイトウ! 今日はここまでだ。日が沈む前に退散すっぞ~!」

「了解、おやっさん。いま片付けるから、ちょっと待ってて」

 現場監督のおやっさんによる本日の仕事終了の合図で手を止める。

 俺が今やってるのは畑の開墾のお手伝い――ちゃんとした畑になるまで、まだまだ先は長いけれど、もう先は見えている。最初は岩だらけの荒野だった事を考えれば、最終段階に入ったと言っても過言ではないと思える状態だった。

 仕事道具を片付けて、仲間達に挨拶して、配給の食料を受け取ってから帰路につく。

 ――今日は寄り道せず真っ直ぐに帰ろう……背負った食料にもつが重すぎて辛すぎるぅ!

 この開拓団の食料は配給制。開拓初期は料理当番による給食なのだが、ある程度村作りが終わりに近づくと強制的にそれぞれの家で自炊させられる。単独行動しなくてはいけない時に自炊できないと困るので訓練代わり。毎日やるのが面倒な人は他の団員と協力して料理当番を持ち回りでやるのもOK。


「……もうちょっとで、この村も完成だな」

『そうだね~。もう後は畑作って自給自足できる環境が整えば完成って感じだよね』

 終りが近いことに嬉しさと寂しさを覚えて呟く俺に、『のほほん』とした声で応える相棒。

 それは、俺が物心ついた時から俺の頭上を定位置にしている、むき出しの栗のようなボディと針金のような手足を持つ黄色い不思議生物。

「なんにも無かった荒野が村に変わる……やっぱ感動モンだよな。クリンもそう思わない?」

『まあね。ボクも生まれて何億年も人間の守護精霊やってるけど、愚かな人間が一生懸命働いて色々作るのを見ると、よく頑張れるな~って感心するんだよ。どうせ最後には自分達で壊すのにね……ホント凄いと思うんだよ』

「……お前、ホントは人間の事嫌いだろ?」

『まさか!? 失礼だよ、クロー! ボクほど人間を愛している精霊はいないんだよ?』

「……ろくなモンじゃないな、精霊ってやつは……」

 本気で言ってるから始末が悪かった。

 ……でも、さっきまで感じていた『寂しさ』はどこか遠くに消えていた。

 …………ついでに『嬉しさ』もどこか遠くに消えてなかったら最高なんだけどな。

 

 そのまましばらく歩くと、だんだん見えてくる我が家。

 我が家と言っても、次の土地に移るまでの話。いずれ本国から来る『住民』達のモノになる建物を試験的に使用する――実用試験を兼ねて使わせてもらっている仮住まい。

 そういう理由もあって、かなり作りのしっかりした木造平屋建。

 ここにはガラス等を作る施設が無い為、窓まで木製なのが玉にキズ。でも、ちゃんと本国から村として認定されれば技術者や職人も支給してくれるのでもう少しの辛抱。

 ……その頃、俺達は『次の仕事場』に向かっているのだろうが……それは仕方のない事。

 ちなみに、開拓団を抜けてこの村の住民になればそのまま暮らす事は可能である。

『あ~、それにしてもお腹へったんだよ……はやくご飯プリーズなんだよ』

「解ってるよ……で、なに作ろっか? 久しぶりに肉が支給されたんだけど、食べるか、保存用の干肉にするか悩むんだよな。半分食べて、半分干肉が無難か? 先週は途中で食料尽きてそれから断食だったから……やっぱり少しは保存食作って置かないとダメだよな?」

『いろいろ考えたフリしても結局最後は全部喰い尽くすんだからクローは愚かなんだよ』

「…………次回はいざとなったら〝精霊〟でも食べてみるか?」

『やめた方がいいんだよ。〝死ぬ〟か〝不老不死〟になっちゃうから』

「ホントにろくなモンじゃないな、精霊ってやつは!?」

 そんなバカな会話をしつつ扉に手をかけ――違和感。

 ――鍵、かけたつもり無かったけど……もしかしたら、クリンがかけた?

「……鍵閉まってる」

『おかしいね……今日は確実に鍵は開けっ放しで出たハズ……』

 俺達は家の鍵をかけない主義です。オープン・マイ・ハート!

『――っ!? 事件の匂いがするよ! きっと家の中には密室殺人事件が待ってるんだよ!』

「……ホントに密室殺人が起こっていたら、お前が犯人の最有力候補だな」

 そんな冗談を言いながらポケットから鍵を取り出す。

 鉄製の鍵――鉄製品は前々回に作った鉱山近くの村に残った鍛冶職人が送ってくれる。流通に時間がかかっても『鉱物が発掘できる場所』を近場で探すところから始めるより絶対マシ。

 鍵を差し込んで捻ると、軽い手応えで『カチャッ』と音がして解錠完了。

 冗談を真に受けたワケではないが、不審者の疑いもあるので慎重に扉を開くと――


 ――……以上、回想終了です。


「犯人がお前だ――――っ!」

『ちなうんです、ちなうんです! ボクは無実なんだよ、探偵さん!!』

 思わず頭の中が真っ白になって、大混乱だった。

『――ってバカやってないで、ホントに殺人事件発生だよ! えっと~、とりあえず現場維持して親方を呼ぼうか?』

「バカ! その前に生死を確認する方が先だろ!」

 食糧庫のある土間――露出した地面の上に倒れているのは、たぶん女の子。

 性別の判断理由はスカートをはいているから。体格は子供。うつぶせになってるので顔は見えないが、別に血の海に倒れているワケでは無いので生きている可能性は十分あるハズ。

 急いで近寄り、仰向けにして確認。

 五、六歳くらいの女の子――息はしているので、ひとまず「ホっ」と一安心/意識はないが、身体に目立たった外傷も無い/顔色は悪いが呼吸は規則的。

 結論――見た感じだけの情報で俺に倒れてた理由を推測しろと言われても無理!

 ……ただ、少々気になるのは、膝までとどく長い銀髪と、ボロボロだが上等な材質の衣服。

「クリン……この子、もしかして〝貴族〟じゃないか?」

『そうだね~。ロングな髪とこの上等な服、ついでに畑仕事もご飯の支度もした事なさそうな綺麗な手。間違いなく貴族なんだよ!』

 言われてみれば小さいけど綺麗な手だった。

 一般家庭で子供は労働力なので、こんな綺麗な手でいられるのは貴族か娼婦くらい。

 ――なんかこの不思議生物に『推理』で負けたような気がして悔しい。

「……だったら、どうする?」

『ほぼ間違いなく厄介事だね! 穴掘って埋めよう!』

「解った。穴掘って埋めよう――人情の欠片もない不思議生物を!」

『冗談だよ! ぼ、ボクはクローが女の子を見捨てるような漢じゃないって知ってるから! ただ、〝見棄てよう〟って言ったらどういう返事が来るのか知りたかっただけなんだよ! 信じて! お願い! 握らないで! 潰さないで! 振り回さないで――っ!!』

 不謹慎なことを言う不思議生物を握って、握り潰して、振って、振り回す。

『ウヒョヒョ――――――――――――――っ!』

 笑っているような泣き声がかなり騒がしかった。

 近所迷惑な事はしたくないけれど、この不思議生物に天誅を下さないという選択肢は無いので仕方ない。……文句を言われたら改めて謝罪しよう。


「……うるさいです」


 不思議生物の奇声と対照的な弱々しい声が耳に届く。

 視線を足元へ移すと、うっすら瞼を上げた少女の姿。

 銀髪と対照的な黒い瞳――綺麗なのだが、なんだか目付きが悪くて、凄く不満そう。

 ……そういえば、クリンに天誅加えるのに夢中で、少女を硬い地面に転がしたままだった。

「あ、ゴメン」

 謝罪してお姫様抱っこで抱き抱え――直後、お腹より「グ~」という音が鳴り響く。

 目が合うと、先程とは違う泣いてるような笑っているような複雑な表情で……。

「……た、食べ物……お腹減って……死にそうです……ガクっ」


 ――えっと……つまり行き倒れですか?



 03、クリス


「…………なんですかコレ?」

 目の前のテーブルに、なんだかよく解らないモノが山になっていました。

 コレを置いた後、小さな火を灯す魔法具『エーテル・ライター』で台所のカマドに火を入れる名前も知らない青年――その『ヤレヤレ』って顔が、暗に世間知らずと言われている感じ。

「野菜。とりあえずソレ食べててくれ。今から適当になんか作るから」

「赤いのと緑の……火は通っているんですか?」

「トマトとキュウリな。別に火を通さなくても喰えるぞ」

「……これがトマトとキュウリだったのですか……切ってないのを見るのは初めてです」

 トマトは丸くて可愛いですが、キュウリはイボイボしてて可愛くないですね。

「ドレッシングなんて上等な物は無いが、塩とハチミツはあるから付けていいよ」

「お塩はともかくハチミツですか?」

『キュウリにハチミツでメロンの味! ボクのオススメなんだよ!』

 ――この透き通った黄金ゴールドの輝きは……まさか、天然モノですか!?

 衝撃でした。

 蜂――幼児ぐらいの大きさで、その針には猛毒を持っているという危険生物。その蜜は栄養満点で美味。本国でも味を似せた合成モノしか出回ってないという希少で貴重な逸品。

 ――私も食べたことがないのに……さすが辺境。現地調達なサバイバルってやつですか。

 初めての天然モノに期待をふくらませながら、とりあえず不思議なイキモノの勧めに従ってキュウリにハチミツをつけて食べてみました。

 切っていないキュウリはパリパリして良い食感。でも………………………………メロン?

「……庶民はこの味をメロンと勘違いしているのですか!? 何と言う……ありえないです!」

 ――騙されました。コンチクショーです!!

『ガーン!』

「まあ、俺も同感」

『クロー!?』

「お前があんまり美味そうに喰うから言い出せなかった……スマン」

『ガガーン!!』

 青年の裏切り発言に驚愕の表情をする嘘付き不思議生物でした。

 ――そもそも、このイキモノは何なのですか?

 むき出しの栗に針金の手足をつけた子供の工作のような外見をしたイキモノなんて、今まで見たことも聞いたこともありません。

 ――なんか深入りすると危険な感じがするので、とりあえず深く考えないことにします。

 そんなやりとりの間にカマドが温まったようで、料理の作成に取り掛かる青年。

 青年が土間に降りた後、再び「グ~」っと音を立てる、はしたない私のお腹。

 ……とりあえず野菜とハチミツを単品で食べて待つことにしましょう。


 ――うんマーイ! なにこれ美味しすぎです!!



 二時間後――日は完全に沈んで、魔法具『エーテル・ランプ』の灯りに照らされる室内。

 テーブルの上には見たことのない料理――旧世界の料理で『お好み焼き』と言うらしいです。

 なんだかよく解らないモノを食べるのには抵抗がありましたが、青年達が美味しそうに食べ始めたので、とりあえず一口………………………………………………っ!? 凄く美味しい!

 瞬間――肉体が制御不能状態に/腕が勝手に動いて御飯を口に運ぶ/口は勝手に咀嚼/咀嚼中も腕は次の標的を確保/ついでに青年達をフォークで牽制/それを自動で繰り返す/これはおそらく生命を維持するための本能…………まあ、とにかくガムシャラに食べ続けました。

 そんな私を微笑みながら見つめている、いまだ正確な名前が解らないクロさん(仮)。

 ――そういえば、私もまだ自己紹介してませんでしたっけ?

「……んぐ……私の名前はクロス・クリスと言いますのです……んぐ」

 自己紹介をしながら次の一枚をゲット&イート。

 ――お行儀が悪いのです! 鎮まりなさい、私の右手ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!

『この子はサイトウ・クロウ、一八歳。本国出身。実家では三男坊の穀潰し。許嫁が〝ドS〟過ぎて逃げ出した属性ヘタレ。胸の大きさよりもお尻のカタチにこだわってトキめく漢さ!』

「コレは自称二億歳の大精霊、サイトウ・クリン。見てのとおりの不思議生物。特技は人の神経を逆なでする事。それで怒られて喜ぶ真性ドMさ!」

 自分ではなく相棒の紹介をする不思議なコンビでした。

 ……そして、その紹介を信じるなら、どっちもダメダメな感じ。

『酷いよ! その言い方じゃ、ボクが怒られる為にワザと悪口言ってるみたいじゃないか!』

「違うのか?」

『違うよ! ボクは心の底から感じたままに口にしてるだけで、嘘偽りのない真実を……』

「アハハ、オカシナ事ヲ言ウ奴ダナ」

『ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!』

 クリンさんの口を掴んで、力尽くで引っ張って伸ばすクロウさん。

 愚かな争いを始めた二人を横目に――全部食べ終わった御飯に対して手と手を合わせて合掌。


 ……そう言えば、相棒紹介の中に『私が一番気になっている事』の説明がありませんでした。

 もしかしたら言いたくないことなのかもしれませんが、気になるので聞いてみましょう。

「……えっと……クロウさん?」

『さん付けなんて堅苦しいからクローでいいよ』

「お前が言うなよ」

「ではクロー」

「………………いいけど」

 年上の男性を呼び捨てるのは抵抗がありましたが、これも御飯の御恩。

 ――そんなことよりも、質問するのです!

「クローは〝貴族〟ですか」

『違うよ』

「……だから」

 否定したのはクリンさん――本人は、なんだかクリンさんを見てプルプルしてました。

 なんだか、誤魔化された感じなので……もうちょっと突っ込んでみましょう!

「でも、その〝金色の瞳〟は貴族の……」

 クローさんの見た目は――少年から大人への成長終わりかけぐらいの体格。日に焼けた肌、鍛えられて引き締まった身体。童顔だけどそれなりに整ってる顔。綺麗な黒髪なのに髪型ボサボサ。前髪で隠れた瞳――ちょっと磨けば光りそうなのに、ぶっちゃけ勿体無い!

 そして、その隠れている瞳の色は『金色』……その瞳を持つ人間は限られています。

「確かに俺は純血の〝オリジン〟だけど、家は先祖代々の門番。貴族なんていうお偉いさんじゃないから」

「――純血っ!? 嘘っ!?」

『嘘じゃないよ~。クローの家はいまだに純血保ってる希少な家でね。だから、三男坊のクローにも婿に欲しいって言ってくれる人がいるワケなんだよ』

「……そ、そうですね。純血は希少で貴重な天然記念物ですから」

 オリジン――それは、この世界に適応して進化した墓守の一族。

 特徴は『金色の瞳』と『魔法具を使わずに魔法が使える可能性を持つ』こと。

 劣性遺伝子らしく、その特徴は再生された普通の人間と混血すると失われやすい。

 本国『天之国』を建国したのは百八人のオリジンで、それが最初の貴族。王族は純血を保つことを義務付けられていますが他はそうでもなく、現在は私の家のように貴族でもオリジンの特徴を持たない家の方が多かったりします。金色の瞳は綺麗だと思うので少々残念。

『――あ、でも純血はともかく、この開拓団にオリジンが居る事は珍しくないんだよ』

「そうなんですか?」

『わかりやすく説明すると……ここは基本、実家に居所のない貴族の次男、三男とか、孤児や職にあぶれた人、新天地を夢見る夢追い人――そんな若さと力を持て余した犯罪者予備軍な社会的なはみだし者を集めて、技術とか仕込んで有効利用して、ついでにその人達の居場所を自分たちの手で確保させる……ってのが、この開拓旅団計画の目的だったりするからね。だから第二第三世代ぐらいのオリジンはいっぱい居るんだよ』

「……それが本国の犯罪発生率の低下に繋がってるらしいから残念でたまらないんだよな」

『力の方向さえ間違えなきゃ気のいい人達だからね。身分とかも気にしないし』

「へ~」

 なんとなく解るような話でした。

 家を継ぐのは一人で、それ以外は自力で居場所を掴まないといけないのが貴族社会。

 ――つまりこの組織はそんなあぶれた人達の救済措置って事ですね。

『だから、クローは本来ココに居たらダメダメなんだよ! ここで必死に居場所を作ろうとしてる人達と違ってクローにはテラスちゃんって言う婚約者と結婚して、ヒモ生活という栄光のロードが約束されてたっていうのに! このヘタレは……ホント、ヤレヤレなんだよっ!!』

「望んでヒモになるほうがダメダメだろうが! そもそもお前、俺がどれだけアイツの無理難題に付き合わされたか知ってて、そう言う事いうの?」

 なんだか突然怒り出して『ヤレヤレ』なポーズを取るクリンさんに、言い返すクローさん。

『たかが子供の頃から人類規模、世界規模の騒動に巻き込まれ続けた挙句に決戦兵器開発実験のモルモットにされたぐらいで何言ってんだか、なんだよ!』

「……自分の意志で戦った前半はともかく、キサマに安全性も確保されてない新兵器に無理やり乗り込まされたモルモットの気持ちが解かるのか!? フィードバックで人格崩壊の危険性とか、爆発する危険だってあったんだぞ! 殺すなら戦場で殺せー!!」

 小声で罵り合う一人と一匹。よく聞こえませんが、どうやらクローさんは婚約者の方に殺されかけて逃げ出してきた人みたいです。…………苦労してるんですね。

『知ってるよ! ボクもムリヤリ一緒に放り込まれたもん!』

「お前死なないだろ!?」

『死ななくても死ぬほど痛いんだよ!』

 いつの間にか、どちらがより可哀想なのか自慢が勃発。

 言えば言うほど、聞けば聞くほど悲しくなっていく虚しい争い……なんというか、愚かです。

「……なんなのこの人達?」

 だから、思わず声に出して呆れてしまいました。

 見てるだけなら楽しそうですが、関わり合いにはなりたくないって感じです。

「ゴメン話がそれた」

「……いえ、大丈夫です」

 私の呟きが聞こえたようで、バツの悪い顔をして醜い争いを中断する御二方。

 私を放置したことを謝罪してくれて、それから――今度はクローさんが聞いてくる番でした。

「……それで、クリスちゃんはなんでこんな所にいるの?」

「……私は貴族ですから」

『やっぱり! ほら、当たりだよクロー』

「……話が進まないから黙ってろ」

 ――……遠回しな答えでは、やはり納得してくれませんか。

 推理とやらが的中して、鬼の首を取ったようにはしゃぐクリンさんに対して、苛々した感じのクローさんが、我慢で身体をプルプルさせながら話の続きを促してきます。

 ――こうなったら、私の巧みな話術で丸め込んであげます! 明日の御飯のために!!

 行き倒れにご飯を食べさせるようなお人好しですから、うまく話せばもっといろいろ面倒をみてもらう事も出来るハズ……騙すのは悪いと思うけど、生きるためには嘘だってつくのです。

「え~と、実は、私は、その……女王から与えられた貴族としての任務を実行する為にこの地にきましたです。……でも途中で道を踏み外して迷ってしまいまして、食料も持ってなくて、お腹を空かしながら彷徨っていたら、この村を見つけて……他の家は戸締りしてあったけれど、この家だけ鍵がかかってなかったので侵入してですね……邪魔が入らないように内側から鍵を閉めて、食糧庫を見つけて、久しぶりのご飯と期待を込めて開けたら、見事にカラっぽ。目の前が物理的に暗くなって、起きたらアナタ達がいたというワケなのです」

 言葉巧みどころか、所々ツッコミを入れたくなるような変な説明になっちゃいましたーっ!!

 恐る恐る、クローさん達の様子を見てみると……。



 04、クロウ


 ――クロー。気づいてる?


 視線が合うと同時、目と目で通じ合う一人と一匹。

 テレパシーとかではなく、長年相方続けていたらできるようになっていた特技。

 ――ああ。嘘は言ってない。

 ――でも、本当の事を誤魔化してるよね。

 ――まあな。いくらなんでも『道を踏み外して迷った』はおかしい。

 ――悪い娘じゃないよ。嘘つかずに正直に誤魔化そうとしてるトコなんて可愛いよね。

 普通に『道に迷った』と言えばいいところを、あえて正直に、でも不器用な感じに誤魔化そうとしていた。そんなところには好感を覚えるが……。

 ――だけど、ワザワザ鍵をかけてるあたりはダメな感じだよな。

 ――そこが可愛いんだよ! 解ってないなクローは!

 ――そこを可愛いと思えたら、今頃俺はテラスと結婚して幸せな家庭を築いてるぞ!

 ――言われてみれば確かに!? こりゃウッカリだ!

 奇行を可愛いと思えたなら、俺はもっと幸せになれていただろう。

 婚約者だった少女を思い出す――俺を縄で縛ったり、首輪をかけようとした女王様な当時一桁の少女。実際にやられて、怒ったら泣かれた。そして祖父さんと兄さんに怒られた。……泣きたいのはこっちだと思う。

「あ、あの……先ほどから見つめあって何してるんですか?」

「……いや、クリスちゃんのような小さな女の子がそんな大変な目にあったのに、この不思議生物がヘラヘラ生きている事が許せなくなっただけだから……まあ、気にしないで」

 酷い誤解を受けそうになったので咄嗟に言い訳――ポロリと本心。

『ひどっ!? いくらなんでもソレはヒドイよ、クロー! ボクだって生きてるんだよ』

 死なない存在が生きていると主張する事に違和感を覚える。

 死があるからこそ生きていると言えるのではないだろうか?

 ……何故俺はそんな哲学的な事をこんな不思議生物相手に考えているのか?

 …………人生に迷いそうと言うか、もう十分迷っている気分になってきた。

「……そ、そこまで言われると私も申し訳ない気分です」

「ゴメン言い過ぎた。許してほしいクリスちゃん」

 小さな女の子に気を使わせるなど男失格なので、反省して素直に謝罪する。

『謝罪の相手が違うんだよ! ボクに! ボクに素直なゴメン、プリーズ!!』

「そんな事したら俺が精神疲労の挙句、血を吐いて死んでしまうじゃないか!」

『そんなにストレス!?』

「ああ」

『がぁぁぁぁん!』

 俺の素直な告白に、天を仰いで涙を堪えるポーズで衝撃を表現するクリン。

 ぶっちゃけ、リアクションが大げさ過ぎて真実味がなかった。

「あの……ごめんなさいです。クリンさん」

 そんな不思議生物相手に、申し訳なさそうに頭を下げるクリスちゃん。

 このイキモノの性質を知らないからできる行為である。コイツは謝罪を形にすると増長するから、直接の謝罪は極力しないほうが良いというのに…………まあ、ちょっと言い過ぎた気もしないでもないので、後でコイツの好物のプリンでも作ってあげよう。

 ちなみに、周りからよく誤解されるが、俺は別にこの不思議生物が嫌いではない。

 むしろ、一番の心友で家族だと思っている。コイツと一緒だから故郷から離れて暮らしても寂しいと思った事はない。感謝しているし、信頼もしている。


 ………………あれ? もしかして、俺ってツンデレ?



 食後、突然クリンが『女の子がずっとそんな格好のままじゃダメだよ!』と言いだして、薄汚れていたクリスちゃんをお風呂へ連れ込んだ。……モチロン風呂の準備をしたのは俺です。

 続いて、二人が入浴しているうちに自分の服を改造して『クリスちゃんの着替え』を用意。

 ここで生活しながら覚えたスキル『裁縫』を発揮――男物の長ズボンを大胆にカット。裾を上手く処理してキュロットっぽく仕上げる。上着はジャケットの袖をカットしてノースリーブに加工。カットした袖は適当に細工して腕カバーにして、アンダーシャツは適当で……。

 女の子が着ても極力おかしく見えないようにクリスちゃんが入浴中に必死に直す。

 ――俺はなんでこんな事をしているんだろうな?

 自分の服を女の子が着れるように可愛く改造する――心を侵蝕するナニかに耐え、チクチクチクチクチクチクチクチク…………独り戦い続けた結果、なかなか可愛く仕上がりました。

 そんな俺の努力の結晶を身に纏う、風呂上がりのクリスちゃん。

 ――……ああ。なんだか報われた気分デス。

 長い髪は布の切れ端をリボンのようにして左右で纏め、やっぱり大きかった服のサイズを所々紐で縛って誤魔化してみたら、リボンで着飾ってるような感じに可愛く仕上がった。ちょっとゴテゴテしてて着心地は悪いかもしれないが、そこはカンベン!



 05、クリス


 ――男の一人暮らしなのに……なんでこんな服があったのでしょう?


 微妙に少女趣味な服に着替えさせられた後、クローさんに連れられて家を出ました。

 ――深く考えてはダメです。ロリコンは刺激するとアクティブになると彼も言ってたのです。

 そんな感じに無心で歩いて、辿り着いたのは村の中心。

 この開拓団という組織で一番偉い『親方さん』の家らしいです。

 親方なんて言うぐらいですから貫禄のあるオジサマを予想していたのですが、私の前に現れたのは予想に反して二十代前半のメガネで事務系っぽい感じの青年。……ああ。つまり現場ではなく、スケジュールの調整とかがメインの縁の下の力持ちさんなんですね。

 訝しげな顔で私を見る親方さんに、クローさんが説明――いえ、『説得』を始めました。

「本国から妹が訪ねてきたので、しばらく一緒に暮らしてもいいでしょうか?」

「サイトウ・クリスです。クローお兄ちゃんがお世話になってますです」

 事前の打ち合わせで、そういう設定になりました。

 滞在許可をもらうにも、見ず知らずの他人――しかも女の子といきなり一緒に住むと言ったら普通は反対されるので、とりあえず兄妹で通す事にしたということです。発案はクリンさん。

 ――一日ぐらい適当にやり過ごせばいいのに、細かい人ですね。

 でも、クローさんは当初、この親方さんに私を引き取ってもらうつもりだったようで……でも私的にそれはマズイから、『貴族関係の問題』とか『使命の守秘義務』とかをでっちあげて、なんとか説得した結果の妥協点ですから、我慢するのです。

「……妹? 似てないな」

 言われると予想していた、もっともな感想がきました。

 銀髪黒瞳の私と黒髪金瞳のクローさんでは外見の共通点がまるでありません。

 ……せめて従妹ぐらいにしておけばよかったのに、考えの浅い人達です。

『義の付く妹、すなわち義妹なんだよ! 全ての漢の夢なんだよ!』

「それはロマンだな……。でも、どうやってここまで来たんだ? 本国からの補給はまだ先だし、本国からここまで普通に歩いて旅したら大人でも何ヶ月もかかる距離だそ?」

「み、見ての通りボロボロになりながら旅してきてくれたんです」

 ノリで喋るクリンさんと、またしても予想の範疇な疑問を口にする親方さん。

 だけど、クローさんはこちらは対策アリって感じで『私がさっき脱いだばかりのボロボロになった服』を取り出して親方さんに……って、なんで私の服を懐から出すんですか!?

 私の内心の動揺をよそに、その物的証拠を見た親方さんは、先ほどまでの訝しげな様子から一転して同情的な感じになりました。

「……お前の親はこんな小さな子を一人旅させるような人なのか?」

『まあ、そうだね。あの爺さんならヤル』

「ああ、ヤルな」

 なんだか真実味のある真剣な表情をする一人と一匹。

 ……婚約者に殺されそうになったとか、いろいろ問題のある家庭なのです。

「そ、そうか……だがなサイトウ、俺の目は節穴じゃない」

 貫くような視線とともに、右手の中指でメガネの位置調整――様になるポーズ。

「このボロボロだが上等な服、長い髪、綺麗な手……この娘は貴族じゃないのか?」

『なんと、ボクと同じ推理を!?』

「黙れ不思議生物!」

 迂闊な不思議生物を嗜めるクローさん。

 ……『同じ推理』なんて言ったら兄妹というのが嘘だと言っているようなものですね。

 そんなふうに客観的に見てますが、私も内心はドキドキだったりしますのでございますりゅ。

「そして、さらに――お前を訪ねてここまで一人で来る貴族と言ったら答えは一つ」

『ほう、その答えは?』

「お前が故郷から逃げ出すくらい残念な性格をした、お前の〝婚約者〟だろ!」

『ナイスな推理だ親方!』

 クローさんを指差して『犯人はお前だ!』って感じのポーズをとるノリノリな親方さん。

 悪ノリしているクリンさんがはやしたてて、私とクローさんは光の速さで置いてけぼり。

「……なんで親方が俺に婚約者がいる事知ってんの?」

 そんな親方さんに、クローさんがおずおずという感じで質問。

 その瞬間――クローさんの頭上から親方さんの頭上へ、黄色い影が飛び移る。

「お前が、かな~り有力貴族の跡取り娘で、ドSで、独占欲の強過ぎるヤンデレで、年下な婚約者から逃げ出す為にこの開拓旅団に入団したって話はみ~んな知ってるぞ。かなり前の宴会の時にクリンが笑い話として提供してくれてな……」

「……くりんサン?」

『いやー酒の肴にね~。ついウッカリ』

 とても透明な笑顔でクリンさんを見つめるクローさん。

 クリンさんは生命の危機でも感じているのか、大量の汗を身体中から流して蛇に睨まれた蛙状態。……自業自得という言葉がピッタリな感じでした。

「しかし……さすがはヤンデレだな。一人で本国から訪ねてくるとは恐ろしい……」

『ほ、ホント、怖いよねヤンデレ!』

「まあ、サイトウが逃げ出す理由も解らんでもないがな……まさかこんなに幼い娘だとは思わなかったぞ。貴族相手の美味い話だと思ったけど相手がこんな子供じゃあな……しかも貴族様相手に婿入りじゃあ確実に尻に敷かれる。ドSのロリっ娘の尻に敷かれて、種馬ライフ……特殊な趣味でもなけりゃ逃げたくもなるわな」

「…………まあ、そういう事です」

 なんか親方さんの脳内で都合の良い勘違いが展開されていました。

 本当は間違っていると言いたいのですが、都合が良さそうなので黙っていましょう。

 ……それでも、私のプライドのために、ひとつだけ訂正させてもらうのです。

「子供って……私、もう十一歳ですが」

『この国の成人年齢は十二歳だから、まだ子供だね。誕生日はいつ?』

「――あっ! そう言えば四日後です!!」

 いろいろあって忘れかけていましたが、もうすぐ誕生日でした。

 天之国の法律では十二歳で成人ですから、十二歳の誕生日は盛大に祝うのが習わしだったりするのですが………………祝ってくれる人なんて、もういないって思うと……胸が苦しい。

「なんだお嬢様、もしかして成人と同時に結婚しようと思って追いかけてきたのか?」

『ヤンデレの執念だね!』

 勘違い継続中でダメな捉え方をする親方さんと悪ノリ継続中の不思議生物。

 ……私が自分の境遇とかで暗い気分になっているのに、愛とか恋とかではしゃぐなです!

「怖いな、ヤンデレ……まあ、サイトウ、捕まった以上は覚悟を決めて向かい合うんだな」

「……はい。頑張ります……」

 …………もう、どうでも良いから、はやく終わらせて欲しいのです。

 そんな感じで黙り込んだ私を横目に、スケジュール表を確認しながら続ける親方さん。

「まあ、ここの村づくりも最終段階に入ってるし、積もる話もあるだろう。二、三日休んで相手してやりな。あと婚約者だって言うなら一緒に寝泊りすることに問題は無いだろう。……なんなら、この村完成したら此処で暮らすか?」

「……まあ、相談してみます」

 私の滞在許可だけでなく、クローさんにも休暇をくれるお気遣い紳士でした。

 クローさんがお休みって事は……明日のお昼御飯も安心って事ですね。ラッキー。

『じゃあ親方、三日休みもらうね~。次の出勤はそういうコトでヨロシク』

「ああ。配給にはちゃんと来いよ……いや、その子の分の食糧準備するから明日取りに来い」

「はい。ありがとうございます親方。じゃあ失礼します」

 ――私の食糧まで用意してくれるなんて、なんて太っ腹! 素晴らでーす、親方さーん!!

 クローさんの感謝の言葉に合わせて、私も心からの感謝を込めてお辞儀。

 あまりにも上手くいきすぎて、思わず世界が自分中心に回っているような錯覚をしてしまいそうですが……どう考えても不幸中の幸いって感じなので、必要以上には喜びません。あくまで心の中で、それなりに喜んではしゃぐのです! 世界は私中心に回ってるーっ!!

「おう。がんばれよサイトウ!」

『注、エロい方向で』

「お前はホントに黙ってくれ!」

 親方さんの爽やかな応援を背に家に帰路につく私達。

 クリンさんの一言は、考えると怖いので無視する方向で頑張ります。

 …………………………………………………………いざという時は天井のシミを数えて我慢。



 帰り道を二人と一匹で歩く。

 隣を見てみると、クローさんが歩きながら上を向いていたので、私も見上げてみたら――空一面に広がる星の海が、私の心に入り込む。

 ――凄いです。

 人工的な光の存在しない星々の輝きに、思わず圧倒されてしまいました。

 虫の泣き声をBGMに、足音と息遣いが響く無言の時間。


 なんだか、自分の悩みがちっぽけなモノに感じる、不思議な気分で、不思議な時間……。



 06、クロウ


 広大な星の海の中にいると、自分の世界が広がる気がする。


 クリンの話では、クリンの生まれた時代とは星の位置がまるで違うらしい。星ですら長い時を経て姿を変える――そんな事に想いをはせると、なんだか不思議と優しい気分になれる。

 だから、手の中で握力強化用ハンドグリップになっている不思議生物を優しく握りしめてあげる。優しく、優し~く……じわじわと締める。

『うきゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅ』



 どこか心が切なくなる鳴き声が聞こえたような気がするが……きっと気のせい。

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