5:六三郎
いよいよ、六三郎が故郷の道場に到着。
六三郎の元カノも登場?
(なにげに伍助も大活躍)
俺は、伍助との貞操をかけた数度の攻防にすべて勝利し、何とか清い体のまま常陸国にある故郷の村へとたどり着いた。
だが、伍助との攻防に全神経を傾けた結果……。
師匠に会った時に、俺の身に降りかかった事態をどう説明しようかという事を、まったく考えてなかったのだ。
くそ……、これもすべてこの男の所為か……。
俺は伍助を睨んだが、当の伍助は飄々たるものだ。
どうにかして、俺が男のままだという事で通用しないか?
そういえば、伍助は俺を一目見て女と分かったんだっけかな。
その時も俺は男の格好をしていたはずなんだが……。
「どうして俺が女の体をしているって分かったんだ?」
「もちろん、フェロモンっすよ!」
「……ああ、すまん。聞いた俺が悪かった」
「後、腰のラインっすかね! それとやっぱり胸の膨らみはたまんないっすよ!」
「……いや、もういい」
だんだん気持ち悪くなってきた。
しかしフェロモンなんてもので分かるのは伍助くらいなもんだろう。
腰のラインと、胸の膨らみか……。
腹に布でも巻いて胴を太く見せて、胸はサラシを巻けば、男っぽく見えるか?
よし! うだうだ考えてても仕方がない。
これで行こう!
こうして俺は、体中に布を巻きつけ、数ヶ月ぶりに故郷の道場の門をくぐった。
「お久しぶりです!」
俺がそう挨拶して道場に入ると、道場に居た俺の弟弟子達も一斉に、
「兄弟子! お久しぶりです!」
「いつお帰りに!?」
と口々に挨拶をして来た。
うんうん。どうやら女だとばれていない様だな。
「今着いたところだ。とにかく道場に顔を出そうと思ってな」
俺はそう言いながら、弟弟子達のところに近づいた、が……。
でか! こいつらこんなに身長が高かったか?
「あれ? 兄弟子、背が縮んでないですか?」
なに?
あ! そうか、女になった時にもしかしたら身長が縮んでたのか!
着物がぶかぶかになったとは思っていたが、それは単に体が細くなったからだと思ってた。
七重が居れば、七重との背丈の差で自分の背が縮んだ事を分かったんだろうが……。
とにかく今は、何とか誤魔化さないと。
「いや。えーと。お前達ちょっと見ない間に随分大きくなったな! 見違えたぞ!」
「え! 本当ですか? 自分でも背が伸びたとは思っていましたが、いやーまさか兄弟子よりも背が高くなっているとは」
「はははは。いやいや、本当に見違えた! 見違えた!」
ふー。
なんとか誤魔化せたか。
俺はやれやれと、額の汗を拭った。
すると弟弟子の一人が、俺の背後に立つ伍助を見つけて聞いてきた。
「そういえば、そちらの御仁は?」
「ああ。こいつは俺が危ないところを助けてやった抜け忍で、伍助って言うんだ」
「始めまして。彼氏の伍助です」
誰が彼氏か!
俺は伍助に怒鳴ろうと思ったが、それよりも早く弟弟子達が騒ぎ出した。
「そんな! 兄弟子はそっちの趣味は無いって言ってたのに!」
「だったら俺も諦めなければ良かった!」
「ひどい! 俺達を騙してたんですね!」
……おい。お前ら。
正直、兄弟子に迫られた事はあったが、まさか弟弟子達にも狙われていたとは……。
もしかして、俺はまんまと獣の巣窟に入り込んでしまったのか?
「お前ら騙されるな。俺が男に走るわけないだろ!」
俺が全力で否定すると、弟弟子達はなんとか納得したみたいだが、その表情はなにやら残念そうだった。
俺が男色に走ったのなら、自分にもチャンスがあるとでも思ったのか?
くそ……。
故郷の道場に戻れば、気を落ちつかせられると思ったのに、これではおちおちのんびりともしていられない。
まぁ師匠ならばこいつらみたいな事もないだろう。俺はそう思って道場を見渡したが、師匠の姿が無い。
「あれ? 師匠は?」
「師匠は、持病の腰痛が悪化して寝ています」
そうか。
まぁ師匠は20年以上前40歳のときに、当時この常陸国を治めていた佐竹氏側として、関東の雄後北条氏と戦った事もあるという人だからな。
よる歳には勝てないか。
「と、言う事は今道場に居るのはお前達だけなのか?」
「はいそうです」
うーん。
どうも心許ないな。
俺を含めてこいつ等の兄弟子は、みんな仕官を求めて道場を出て行っているからな。
しかし、兄弟子達の仕官は上手く行ってるんだろうか?
数年前に道場を出た兄弟子の多兵衛さんの時はまだ合戦もあったからすんなりと仕官出来たと聞いている。
だが、その話を聞いて、じゃあ俺達も簡単に仕官できるかも! と思ってその後に出た俺や、俺とさほど変わらない時期に道場をでた兄弟子達は、俺と同じく仕官に苦労してるんじゃないか?
兄弟子達も当然俺と同じく、突きが主体の実践剣術。今はやりの刀を振り回す道場剣術は苦手のはずだ。
まったくほんの数年の差でこうも状況が変わるとは、これが仕官氷河期というやつか。
俺がそう考えていると、弟弟子が遠慮がちに声をかけて来た。
「兄弟子が帰って来たのが嬉しかったので、忘れていましたが、実は……。今、道場破りが来ているんです」
「道場破り!?」
わざわざこんな田舎の道場に来る道場破りが居るとは。
「はい。そうなんです。三日後に果し合いに来ると予告があったんです」
「予告してから来るとは、随分自信満々な道場破りだな」
普通予告なんてすれば、道場側が圧倒的に有利だ。
道場側は準備を整えられるし、極端な話大人数を揃えて袋叩きにした挙句、他に目撃者が居ないのを良い事に、1対1で勝ったんだと言い張ることすら出来るからだ。
もちろん、うちの道場はそんな卑怯な真似はしないが、どちらにしろその道場破りはかなり腕に自信があるのだろう。
「それが実は、その道場破りは師匠の昔のライバルの弟子らしいんです」
「師匠のライバル?」
「そうなんです。実は師匠の幼馴染だったらしいのですが、昔一緒に合戦に出たとき、師匠の方が手柄を立てて褒美を貰ったのを逆恨みしたらしくて……」
故郷の道場に戻って気を落ち着かせるはずが、色々と面倒な事になってるな。
道場破りの件も含めて師匠と話すしかないか。
「師匠は母屋の方で寝てるんだな?」
「はい、そうです」
その返事に、俺は勝手知ったる道場の奥へと進み、師匠に会いに行くことにした。
伍助は連れて行くと面倒なので、道場で見学でもしていろと言って置いてきた。
「師匠! 六三郎。ただいま帰りました!」
俺は師匠の寝室の前で正座をして、中で横になっているであろう師匠に声をかけた。
「おお。六三郎か。どうしたのじゃ? 仕官は出来たのか?」
う!
いきなり痛いところを……。
「いえ……。残念ながら仕官の儀はまだですが、実は折り入って師匠に相談したい事が」
「わしに? まあ良い。とにかく中に入れ」
「失礼いたします」
俺は師匠の言葉に、ふすまを開け寝室へと入った。
師匠は予想通り、布団に横になっていた。
そして俺を見るなり、体を起こしながら口を開いた。
「おお。六三郎、少し見ない間にすっかり……小さくなって無いか?」
「気のせいで御座います」
「おお。そうか気のせいか」
ふー。
上手く誤魔化せたか。
「それで、何の用でわしに会いに来たんじゃ?」
「実は、私妻を娶りまして……」
「なに! それはめでたい。すぐにその妻とやらに会わせろ。どこにおるんじゃ?」
「いえ。それが……突然姿が見えなくなってしまいまして……」
「なに! 結婚してすぐに嫁に逃げられたと言うのか!」
「ち・が・い・ま・す! 姿が見えなくなったのです!」
だが俺の抗議もむなしく、師匠は気の毒そうな表情で俺を見ている。
ああ。現実を認められないんだな……。とでも言いたいのだろう。
だが、断じて逃げられたのではない! その前日まで俺と七重はラブラブだったのだ!
「ふー。それで、わしに何を相談したいのだ? 嫁がどうしていなくなったのか? などと聞かれても、わしに突然居なくなる乙女心など分からんぞ?」
「師匠に乙女心について聞こうなどと思ってはおりません」
「じゃあ、わしに何が聞きたいのじゃ?」
「居なくなった人を探すにはどうすれば良いか、師匠なら何かお知恵があるかと思いまして」
すると師匠は「うーん」と眉をひそめていたが、しばらくすると「たしか……」と口を開いた。
「どこかの国に、失せ物や探し人が居る場所を探し当てる事ができるという者達が居た筈なのじゃが……」
「おお! まさしくその様な話が聞きたかったのです! その者達はどこに居るのでしょう?」
だが師匠は俺の問いに首をひねった。
「どこの国に居るかがどうしても思いだせん!」
師匠……そんな事を男らしく言い切らなくても。
しかし、そうなるとどうしたものだろう。
師匠が思い出すまでしばらく待つしかないか……。
あ、そういえば道場破りの話もあったな。俺が戦った方が良いんだろうか。
「そう言えば、道場破りが来ているそうですね」
俺がそう聞くと、師匠の表情が曇った。
当たり前と言えば当たり前だが、師匠にとってあまり楽しい話では無いらしい。
「ああ。あやつめ。手柄を立てられなかった事など自業自得であろうに、わしを逆恨みしおって」
確かに。
だが、その様な者の弟子など高が知れていると思うのだが、よくうちに道場破りに来たな。
「して。その道場破りは果たしててだれなのでしょうか? 話を聞く限り、たいした相手とは思えないのですが」
「いや。油断は禁物じゃ。あやつは剣の腕はわしに敵わなかったが、それだけに卑怯な奴での。もしかしたら、今度の事もわしが伏せっておる時を見計らって弟子を送り込んだのかもしれん」
「なるほど……」
確かに、俺を含めた免許皆伝クラスの弟子がすべて出払い。さらに師匠も腰痛で寝たきりの時ならば、たいした腕でなくとも道場破りに来ておかしくは無いか。
だが、俺がちょうど帰ってきていたのが運の尽きだ。
俺がその果し合いに出れば問題ないだろう。
俺が師匠に「果し合いには俺が出ます!」と申し出ようとしたその時、
「言うておくが、おぬしに果し合いに出て貰おうなど、考えておらんぞ」
と師匠が先に口を開いた。
師匠に機先を制せられ、改めて師匠を見つめる俺に、師匠はさらに口を開いた。
「確かに、おぬしに任せればわしも安心じゃ。しかし、今この道場を守っておるのはお前の弟弟子であるあやつらじゃ。わしはあやつらを信用してやりたいんじゃ」
師匠……。
「申し訳ありません! この六三郎。師匠のお心が分からず、差し出がましいことを言うところで御座いました!」
俺は、畳に額をこすり付け師匠に頭を下げた。
「はっはっは。よいよい。それよりもその弟弟子達に稽古でもつけてやってくれんか」
「は! かしこまりました! それでは、早速稽古をつけて来ます!」
「うむ。よろしく頼む。しかしあまりしごき過ぎるでないぞ。弟弟子をすべて叩きのめしてしまっては、さすがにお前に頼むしかなくなるのでな。はっはっは」
「ははっ!」
俺は師匠の部屋からでて、また道場へと向かった。
さすがは師匠だ。
俺も師匠の様な心を持った立派な武士にならなくてはな……。
しかし道場へとたどりついた俺は我が目を疑った。
「なんか、俺達の兄弟子に手を出すなとか難癖つけてきたんでやっちゃいましたよ?」
弟弟子達はすべて伍助に叩きのめされ、道場の床に転がっていたのだった。
俺は弟弟子達を介抱した後、師匠の部屋へと戻り畳に額をめり込ます様にして頭を下げた。
師匠は、弟弟子達が全滅したのは俺の所為ではなく、いとも簡単に叩きのめされたあやつらの日頃の鍛錬が足りんのじゃ。と言ってはくれたが俺の連れである伍助がやったのだから、やはり俺にも責任があるだろう。
俺は、やはりここは俺が代わりに道場破りと戦うしか無いと思い定めたが、許せないのは伍助だ。
勝手に人に付いて来たばかりか、俺の弟弟子達を叩きのめすとは!
俺はそう思って伍助をただではおかん! と追い掛け回したが、なんと師匠が止めに入った。
「いやいや。客人に先にくってかかったのは弟子の方と聞いておる。その挙句叩きのめされたのならば自業自得と言うものじゃろう」
師匠にそう言われては俺も何も言えない。
やむを得ず伍助には「二度とするな!」と釘を刺すだけが精一杯だった。
そして俺は今、道場で一人、型の稽古をしていた。
なにせ伍助が弟弟子をすべて倒してしまい、師匠も寝たきりなので練習相手すらろくに居ない。
だからと言って、伍助に相手させるのもなんか癪だしな。
相手の体のど真ん中、正中線を狙っての突き。
左右にぶれない完全なる真正面への攻撃に、相手は左右のどちらに避ければ良いのかと、一瞬反応が遅れる。
俺は、道場の壁に印をつけた板をかけ、その印に向かって竹刀で突きを繰り返した。
その稽古を繰り返す。稽古の積み重ねだけが、技の完成度を上げる。
ん?
稽古を続けていた俺は、道場の外に人の気配を感じた。
俺が振り返って道場の入り口を見ると、妙齢の女性の姿が見えた。
「……おふみ」
そこには元カノのおふみが立っていた。