4:ナエマ
六三郎とナエマが結婚するまでの経緯を書いたお話。
ナエマのドキドキを書いてみました。
アニスが旅籠の隣の部屋で新しいキモノを縫っている隙に、私はこっそり水晶玉を取り出した。
お母様直伝の透視は私がもっとも得意とする魔術のひとつなのよ。
両手のひらで水晶玉の表面を軽くさすると、ぼんやりと六三郎の姿が浮かび上がってきた。
あの人、また野宿してるのね。
どこかの山奥で焚き火の炎に照らされながら横になっている六三郎の姿が見えた。
相変わらず無邪気な寝顔で、男のときから可愛かったけど、女になった今ではこの私が焦りを感じるくらいの美女ぶりだわね。
眠れる美女……と言ったところかしら? となんとなく思った瞬間に隅の方で黒いものが動くのが見えた。
……男?
引き締まった体つきの黒装束の男が歩いている。
もっとよく見ようと水晶の映像をズームアップして男の顔がはっきりとわかるようにした。
粗野な感じだけどなかなかのハンサム。繊細で美女と言っても通用しそうな六三郎とはまさに正反対のタイプで、男臭さが漂うワイルドな魅力がある。
なんなの? この男は?
男は口元に笑いを浮かべると、いきなり六三郎に覆いかぶさって首筋に唇を押し当てた。
なに~~~!? こいつも六三郎の愛人なわけ!!??
思わず拳を硬く握って水晶玉を覗き込んだけど、水鏡に小石を投げ込んだみたいに映像が割れて、波打つようなノイズが流れた。
あ~~、またやってしまったわ! こんなときに!!
お母様によると、私のスクライイング能力は突出してるんだけど、どうも感情の起伏が妨碍になって映し出した映像にノイズが入ってしまうことがしばしばあるらしいの。
こうなったらもうこの映像は見ることができないのよね~。
「くぅ~~~……!」
感情のコントロールができない限り、このノイズもコントロールできないみたいなんだけど……。まったく、こんな時に!
「姫様? どうかしましたか?」
一仕事終えたらしいアニスが襖を開けて出てきた。
私はあわてて水晶玉を後ろに隠して答えた。
「な、なんでもないわよ。ちょっと足がしびれちゃって」
アニスはうなずいて言った。
「ジパングって椅子がないですもんね。ザブトンとかいうクッションを作るぐらいなら椅子を作ったらいいのにと思いますわ。木材も驚くほど豊富にあるようですし」
なんとかごまかしたけど、自分から呪いをかけて捨ててきた六三郎が気にかかるなんてとても言えないわ……。
「で、どうだったんですか?」
アニスは私の向かいに腰を下ろしてたずねた。
「どうって?」
「六三郎さんのことです。水晶玉で見ていたんでしょう?」
……この女こそ千里眼なんじゃないかしら。
「べ……別にっ」
私はぷいっと顔を背けた。
「私思うんですけど」
アニスは私の態度を気にもかけずに続けた。
「六三郎さんの浮気って姫様の勘違いだったりしませんか?」
「どうして? 私はこの目で見たのよ」
まさに今も、水晶玉で見たばっかりですしねっ。
「六三郎さんと直接お話したことはありませんけど」
アニスは首を傾げた。
「男性は愛してもいない女性にお母様の形見のかんざしを渡したりするものでしょうか?」
「それは……」
わたしは。初めての夜、六三郎が私にかんざしをくれたときのことを思い出した。
六三郎との旅は主に野宿だった。
就職活動中の彼はお金持ちとは言いがたかったし、徒歩での旅だったから(私の正体は隠していたから絨毯は使えなかったの)、慣れない私を連れてそれほど早く移動することはできなかった。
すっかり疲れた私を背負って歩いてくれることもあったし、六三郎ひとりなら次の旅籠にたどり着けた距離でも、私を連れていたせいでその半分ぐらいしか進めなかったみたい。
だから必然的に野宿をすることが多くなっていて、六三郎は柔らかい草を集めてその上に自分のキモノを置いて少しでも寝心地のいい褥を作ってくれたりもした。
「ごめんなさいね」
私は六三郎の背中で揺られながら謝った。
「何が?」
「重いでしょう? 私足手まといになってるわよね」
実は六三郎が負担を感じないように魔法でちょっと身を軽くしてるんだけど、それでもかなりの負荷がかかることになってしまう。
六三郎は暢気に笑いながら答えた。
「なんの。軽すぎて拍子抜けしたぐらいだよ。女はみんなこんなに軽いのか?」
そんなわけないでしょ。普通だったらこの倍ぐらいあるわよ。
「それに」
わざわざ木陰を選んで、盛り上がって歩きにくい木の根元を歩きながら六三郎は言った。
「一緒に来いと言ったのは俺だ。そなたを守ると約束したんだから。これぐらいたいしたこと無いよ」
胸がどくんと鳴った。初めて彼が私の手を取ったときのように。
いやだわ。ぴったりと密着してる背中からこのどきどきが伝わったらどうしよう? (六三郎は鎖帷子着てるから伝わらないかしら?)
こんな少年みたいな感じの華奢な体で(といっても筋肉硬いけど)、女の子みたいにきれいな顔で、そんなこと言われると弱いのよね~~。
このギャップがダメだわ! 私。
シャルルカン王子とキスをして、身も心も焦がすような恋心を抱いたのはついこの間のことなのに。
激しいスコールの後、砂の間の水分がどんどんと消え昇っていくように、あの時の切なさが消えてゆく。
まだ彼に出会って4日目だというのに……。
その日は、六三郎いわくジパングの「梅雨」という雨季が近づいてきている影響でかなり湿度が高かった。
アムランではこんなにじめじめした空気を感じたことがなかった私には息苦しいぐらいだったわ。
特に、夜の寝苦しさったら!
六三郎は小さな滝の近くの風通しのいい涼しい場所を野宿に選んでくれたけど、19年間砂漠でしか暮らしたことのない私は、何度も寝返りを打っては汗だくになって目を覚ました。
もう! こんなんじゃとっても寝られやしないわ!
ただでさえ寝起きのあまりよくない私だけど、あまりの不快さにがまんできなくなっていたのね。
熟睡している六三郎の横をこっそり通り抜けて、滝つぼで水浴びをすることにしたの。
乾いたきれいな岩の上でバサっとキモノを脱ぎ捨てて(姫だから自分でドレスをたたんだりはしないのよ)、つま先をちゃぷんと水の中に浸してみた。
う~~ん! 冷たくて気持ちいい!
安心した私はざぶざぶと水の中に入っていった。
滝つぼは腰ぐらいの深さで中腰になれば肩までしっかりと浸かることができて水浴びにはぴったりだった。
嬉しくなって、私はちょろちょろと流れている細い滝の下まで歩いて行って頭から冷たい水を受けた。
……すると、思わず声に出して言ってしまったの。
「あ~~! 気持ちいい」
「七重! どうした?」
私の声と気配の無さに違和感を感じたのか、目を覚ましたらしい六三郎の声がした。
しまった! 寝ぼけてて魔法かけるの忘れてたわ!
一刻も早く水に飛び込みたい一心で六三郎を昏睡状態にする魔法をかけるのを忘れちゃったのよね。
しかもあわてちゃったもんだから、どんな魔法でこの事態を切り抜ければいいのかとっさのことで思いつかない。
「七重!」
ガサっと音がして草むらをかきわけて六三郎が飛び出してきた。
水浴びをしている私を見て驚いたのか、一瞬弾かれたように後ずさって声を上げた。
「な、ななななな何してんだ!? 七重!?」
「何って……」
見られたものは仕方がない、とばかりに私は開き直ることにした。
「水浴びよ。あんまり暑くて寝られないんだもの」
大丈夫。肩まで水に浸かっているし、頭から水浴びしていたさっきも六三郎に見えたのはせいぜい背中ぐらいよ!
そう、自分に言い聞かせたものの、胸のドキドキが頭までのぼって、体は冷えたのに顔が火照ってきているのを感じる。
「ひとりで危ないだろう! また野盗にさらわれたらどうするんだよ!?」
「さらわれないわよ」
「……って、実際さらわれてただろ!? そなたは女なんだから用心しないと!」
六三郎は今度は真剣に怒っているようだった。
あれはわざとさらわれたのであって、そんな心配はまったくないのだと言うわけにもいかない。
「わ……わかったわよ。出るから向こうへ行ってよ」
私は右腕で水面を払いのけるように飛沫をあげながら六三郎が来た方を指差した。
六三郎は素直に来た道を帰っていったけど、しばらくするとまたガサガサと音をたてて戻ってきた。
「おい」
「何よ?」
あんたがいると出られないじゃないの~~!!
彼は褥に使っていた自分のキモノを私のキモノの横に放り投げた。
「それで体を拭くといい」
六三郎は私に背を向けてその場に立っていた。
「……あ、ありがとう」
私は体をかがめたまま、水面から上に肌が露出しないようにしてキモノを置いた岩の方に進んだ。
「……ちょっと」
「なんだ?」
「いつまでそこにいるのよ? 出れないじゃない」
六三郎はため息をついた。
「見ないから安心しろ。でも、誰かが来たら俺がいないと危ないからな」
今度こそ私の顔は真っ赤になった。
両手のひらで頬を覆いながら岸に近づいて、水から上がるときは両腕で胸を隠しながらすばやく六三郎のキモノを取り上げた。
あわてて体を拭いて自分のキモノを着ると、帯をしっかりと結び、髪をしぼって足元にボタボタと水滴を落とした。
「着たわよ」
六三郎は振り返ってこちらに歩いてくると自分のキモノを拾った。
「布団が濡れてしまったな……」
「……ごめんなさい」
私はうつむいて言った。うつむいたのは反省したからじゃなくて、真っ赤になってるであろう顔を六三郎に見られたくなかったから。
今夜は明るい満月で、月明かりに照らされたら私の頬の赤さがきっとはっきりとわかってしまう……。
六三郎はゆっくりと右手を伸ばして私の濡れた髪に触れた。
我知らず体がびくっと震えるのを感じた。
髪についていたのか緑の若葉をつまんだ六三郎がその葉を見ながらぼそっと呟いた。
「……やべーな……。俺が襲っちまうかも……」
!!??
ちょ……、襲うとか、そんな顔で言うのやめて~~~~!!!!
「七重」
六三郎は真剣な声で(表情は見れなかった。私が真っ赤な顔を上げれなかったから)私の方を見て、両手で私の肩を抱いた。
ドキドキがピークになって胸が苦しくて、私は思わず身をよじって逃れようとした。
「聞いてくれ。七重」
逃がすまいとしたのか六三郎の腕に力がこもった。私が身動きもできないほどに。
「七重。俺の嫁になってくれない?」
私はびっくりして真っ赤な顔のまま六三郎を見た。
何を……言い出すのよ? 突然、この人は……。
六三郎は優しい目をしていて、でもちょっと困ったような照れたような表情をしていた。
「……はじめて会ったときから飛天のように美しい女だと思ってたんだ」
右手を私の顎に添えて更に上を向かせる。
「白状すると、そなたが売られてしまうなら最初の客になろうと思って後をつけてた。最初にそなたを抱くのは俺だと」
「わ……私は売り買いされるような女ではないわ!」
「わかってる」
左手で私の頬を包み込むように触れる。髪から流れる滴がその手を伝って落ちるのがわかる。
ああ、きっと私の顔が火照っているのが六三郎には丸分かりになったしまったに違いないわ。
六三郎は目を細めて言った。
「そなたのような女は初めてだ」
彼の言葉に、シャルルカン王子の言葉を思い出していた。
「あなたのような人に会ったのは初めてだ」
王子もそう言った。でも、選んだのは私ではなかった。
「……私だけ?」
「うん?」
「それは、私だけ? 死ぬまで私だけを愛すると誓える? アッラーにかけて」
六三郎は首を傾げた。
「アッラー?」
ジパングではアッラーの神は敬われていないのね。
アムランでは、アッラーに立てた誓いを破ると魂が損なわれ懲罰を受けると言われているわ。
つまり破ることのできない誓いを意味するのよ。
「それが何かは知らんが、このかんざしにかけて誓うよ」
彼は下着の懐から赤い包みを取り出した。包みを解くと中に入っていたのは一本の鼈甲の髪飾りだった。
「これは?」
「母上の形見だ。肌身離さず身につけていた。上泉家の家紋が入っている」
丸い部分に三つ葉のクローバーのような彫が入っている。
きっと高貴な女性が髪に挿していたのだろう。
「これをそなたに。母上以上に愛する女に出会えたら渡そうと思っていたんだ」
六三郎はかんざしの玉の方を私に向けて差し出した。
「そなたがこれを受け取ったら、今晩そなたを俺の妻にする」
「……!!!!」
こ……今晩って!? なんでそんな急展開なのよ~~!?
考えておいてくれとか、せめて一週間後に返事を聞かせてくれとか、普通もっと待ってくれるもんじゃないの?
シャルルカン王子のときとは違う。これじゃ振り回されてるのはまるで私じゃない?
しかも手管とかかけひきとかじゃなくて、この男は天然なのよ~~~!!
ああもう! そんなけれんみの無い顔で私を見ないでったら。
混乱する頭のまま彼の目を見ると、ほとんど魔法にかかったようにかんざしに指を伸ばした。
数秒後かんざしを手にしている自分にはっと気がつくと、六三郎はそのまま私の体を引き寄せ、強く抱きしめた。
そして私を抱き上げると柔らかな草の上にそっと下ろした。
「ちょ……ちょっと待って」
私はのしかかってくる六三郎の胸を両手で押し返そうとした。
「どうして? 言っただろう? かんざしを受け取ったら今晩そなたを俺の妻にするって」
彼は私の両手首をつかんで傷つけないように優しく、でもしっかりと地面に組み敷いた。
「七重は受け取った。これはオッケーということだよな?」
「それは……そうかもしれないけど……」
女には心の準備ってもんが必要なのよ~~。
「あれは、手が勝手にね~」なんて言い訳はこの期に及んで通用しないかしら……?
「有言実行が俺の信条だ」
六三郎は笑って私を見た。
「…………」
そんな風に微笑まれると何も言えない……。
彼は、心臓が破れそうにドキドキしている私の帯を解き、胸元を開いた。
そして、私の首筋に、肩に、胸に、頬に、唇に、そっとついばむような口づけをした。
すべてが終わって、自分が六三郎の妻になったのだと思ったとき、私は彼の腕の中でそっと呪文を唱えた。
六三郎が私以外の女を愛せなくなる呪文を。