14:ナエマ
六三郎は私を指差しながら口をぱくぱくさせて取り乱し、言った。
「な……七重! おまっ! 待ってろと言っただろう!」
同行している伍助やアサギ、そして新九郎だっけ? たちも、唖然とした表情でただただ私を見つめている。
「言われたけど、あなたたちを助けてあげなきゃと思って」
私は得意げに腕組みをし、にっこりと笑いかけた。
「ダメだ! ダメだ! これは遊びじゃないんだ! 命を懸けた死闘なんだぞ! 女なんかの出る幕じゃない!」
私に向かってずんずん近づきながら、六三郎はすごい剣幕でまくし立てた。
もちろん私だって負けちゃいないけどね。
「あら、ついこの間まで女だったのはどこのどなたかしら?」
私は腕組みをしたまま、細めた目で不敵に六三郎を見上げ、ふと気づく。
ん? 六三郎、なんか小さくなってない???
そこへ苦笑いを浮かべた伍助が口を挟んできた。
「いや、六さんは現在進行形で女っすけどね」
「え?」
伍助の言葉に思わず六三郎の胸元に視線を落とす。
バストが…………ある!
「ええっ! また女に戻っちゃったの?」
衝撃のあまり、無意識に六三郎の着物の襟を開こうとする私に、
「げっ! よせ! 七重!!」
と、私の手首を押さえて抵抗し、後ずさりした六三郎だったけど、時既に遅しで彼の胸元は私の両手でひん剥かれていた。
微かに記憶に残る少女のような胸のふくらみに一瞬目を奪われ、「ええっ!!!!」と怯んだ次の瞬間には、適度な筋肉に盛り上がった男の胸部が目に映っていた。
これは……いったい??
「あれれ?」
「あれっ?」
私と六三郎は同時に声を上げた。
また戻っていたのだ男の体に……。というか、まさに女の体から男の体に変化する瞬間を目の当たりにしたんだわ。
「うそだろ……」
アサギが呆然と呟いた。
伍助も新九郎も駆け寄ってきて、六三郎の顔と胸を交互に眺めている。
「背が伸びてる……」
「胸が消えてる……」
「マジかよ……。こんなことって……」
新九郎が頭を抱えて唸るように言った。
「だから言っただろ! 俺は男なんだって!」
さっきまで必死でバストを隠そうとしていたくせに、むしろ堂々と見せつけるように胸を張った六三郎が言い放った。
……う~~ん。それにしても、ころころ男になったり女になったり……どういうことなのかしら……?
私はふと自分が唱えた呪文を思い出した。
『ビスミラー。彼が情欲を持って私以外の者に触れるとき、彼の肉体を女と変化せしめん』
では彼が私に触れたときは?
もしかしたら、私に触れるとしばらくの間だけ男の体に戻ることができるんじゃ……。
「……完全に魔法の効果が消えたわけではないみたいね」
再び絶望的な気分に襲われながら言った。
「どういうことだ?」
「呪いが解けて六三郎が男に戻れた訳じゃないみたいなの」
「なに!?」
「私に触れたら期間限定で男に戻るみたいね。どうやら」
「そうなのか?」
六三郎ははだけた胸元を直そうともせず、私の両手首を握り締めたまま眉を顰めた。
「う~~~ん……。せっかく男に戻れたと思ったんだが……。まあ、七重がいつも側にいれば男でいれるんならまだいいか。夫婦生活にも問題ないし……」
最後にぼそっと聞こえた六三郎の呟きに、私は握りこぶしを作って彼の左頬をぼかっと殴った。
「人前で何恥ずかしいこと言ってんのよ! よくないわよ! この戦いが終わったら呪いを解く方法を探しに行くわよ!」
「お前……自分の夫をグーで殴るなよな……。しかも手加減なしで……」
六三郎は左頬を押さえながら、惨めに顔を顰めて恨めしそうに私を見た。
「はいはい! 痴話げんかはそこまでにしてもらえますかね?」
パンと手を叩いた伍助がおかしそうに言った。
そして改めて私の方を向いて笑った。
「初めまして。旦那さんの彼氏の伍助です。六さんから噂はかねがね。それにしても奥さん別嬪っすねえ~……。痛えっ!!」
「誰が彼氏か!!」
今度は六三郎の鉄拳が伍助の左頬に炸裂した。
伍助は左頬を押さえながらも、懲りないみたい。
「いや~……。だって言っとかないと……。六さんまだ完全に男に戻ったわけじゃないんだし。だったら俺にもまだチャンスはあるかな……と。まあそれは置いといて」
自分から振っておきながら置いといてもないと思うんだけど……。
と思ったら、笑いながらも伍助の目が厳しく光った。
「姫様。悪いことは言わねえ。六さんの言うとおり大人しく待っててくださいよ。里の奴らはほぼ全員殺しのプロだ。俺たちだって生きて帰れるかどうかわからねえ……。そんな戦いに六さんを巻き込んだのは申し訳ないっすけど……」
「おい、俺は?」
張り詰めた空気を一瞬にして白けさせた新九郎にみんなの冷たい視線が刺さる。
ある意味すごいかも……、この人。
「姫様まで巻き込みたくねえよ! そんなこと……できる訳ない……。姫様を危ない目に合わせるなんて……」
アサギが悲痛な表情で訴えかけてきた。
うっ。なんかこの子に懇願されると弱いわ。
色白でまん丸な茶色い目でお人形みたいだからかしら??
「大丈夫! 私はただのお姫様じゃないのよ!」
私は腰に手を当てて仁王立ちになった。
そして……。
「六三郎! 後ろ!」
4人の背後に当たる洞窟の入り口を指差して声を上げた。
黒装束のニンジャらしき男たちが5人、武器を構えこちらに向けて走ってくる。
「何!?」
「いつの間に来やがった!?」
「馬鹿な! 今まで気配すら感じなかったのに……」
六三郎と新九郎はカタナと呼ばれるジパングの剣を抜き放ち、伍助とアサギは不思議な形の短刀をそれぞれ構える。
「こっちもよ!」
私は、彼らが睨んでいたのとは反対側、私の背後を振り返って指差した。
こちらからも5人のニンジャが駆け寄ってくる。
私たちは一瞬で10人のニンジャに取り囲まれてしまった。
「どういうことだ……」
「奇襲をかけることがバレてた……っていうのか?」
「七重、俺の後ろに隠れるんだ!」
六三郎とアサギはそれぞれ私を挟むようにして、これから受けるであろうニンジャの攻撃から私を守ろうとした。
ニンジャの集団はじりじりと私たちに迫ってくる。
「くそっ……。最悪のパターンだ……」
六三郎は悔しそうに首を振った。
私がいるから……、私を守るために、自由には動けない。
誰かが突破口を開いて、この円陣を抜けなければならないけれど、私がいることで六三郎とアサギは……。もうそろそろいいかしらね……。
「これでわかった?」
私はパン!と手を叩いて、10人のニンジャの幻影を消し去った。
「え?」
「消え……た?」
「なんだったんだ? 今のは?」
4人は白昼夢から覚めたように頭を押さえたり目をこすったりしながら追っ手の姿が忽然と消えてしまったことを確認した。
「まやかし……だったのか?」
まだ周囲に警戒するような視線を投げかけながらアサギが言った。
「正解!」
私はパチパチと拍手をしてアサギに微笑みかけた。
「よくできました。あなたたちが見ていたのはニンジャの幻よ。本物じゃなかったの」
「なんだと! あれが幻だと……」
新九郎が右腕で両目を再度擦りながら首を振った。
「七重……」
鞘にカタナを戻した六三郎は、また私の両手首を握って自分の方に引き寄せた。
そして驚いた表情で大きく眼を見開いて尋ねた。
「あれが……お前の力なのか?」
「そうよ。あれが私の力なの」
「俺たちみんなまやかしを見せられていたのか……。こりゃたまげた」
いつも飄々とにやけている伍助も真顔で驚いている。
ふふ。思い知ったか。私の力。
「一度に何十人にも幻覚を見せるのは難しいけど、10人ぐらいなら20~30分夢を見続けさせることができるわよ。やりようによっては同士討ちもさせられるしね」
4人は絶句して、ただただ私を見つめていた。
まやかしを囮に使えるのなら、六三郎たちへの被害も最小限に抑えられる。
無傷で砦に潜入することも、戦わずして敵を全滅させることも不可能ではないんだものね。
「どう? お役に立てそうかしら? 私の力は」
呆けている4人に向かって、私はいたずらっぽく片目をつぶってみせた。