12:ナエマ
キツネにつままれたような顔をした六三郎を置いて、アニスの待つ温泉宿へ急ぐ。
何も言わずに露天風呂から飛んできちゃったから、きっとアニスはすごく心配してるはず……。
まずはアニスに会って、こっそり六三郎たちに合流しなきゃ。
朝まだき、淡いブルーの空を風に吹かれながらじゅうたんで飛んでいた。
強い風が髪をはたいてなびかせる。
まだ体に六三郎の匂いが残っているのを感じる。
それにしても……どうして六三郎はいきなり男に戻ったのかしら???
時間の経過で自然に解けるような魔法ではないはずなのにねぇ……。
ま、このまま元に戻ってくれてるんならアムランに戻る必要もなくて万々歳なんだけど。
私が魔女だと知って六三郎はどう思ったのかしら……。
意外に動じる様子もなかったし、それで私のことを忌み嫌うという感じもなかった。
「お前を離さないぞ!」と言っていたし、六三郎の私への気持ちに変化はなかったみたいだったな。
それより私が姫だっていうことの方が六三郎にはインパクトがあったみたいで、そっちの方をしきりに気にしてた気もするし。
「ふう……」
甘い疲労感が全身に残っていて知らず知らずのうちにため息が出る。
……それというのも……、くったくたの私に六三郎が濃厚プレイをしかけてくれたおかげで~~~~!
昨日の夜六三郎にされたことを思い出すと思わず顔が赤くなる。
いつもは、もっとソフトな感じだったというか……、あんな激しくなかったわよね?
遠慮なしにやられるとあんな感じだということなのかしら……???
なんだか、体の中が変わっているような気がする……。
六三郎の一部が体の中に残っているような……。
たぶん、しばらくしてなかったせいよね?? この違和感は。
体に染み込んでいる六三郎とのひとときを思い出しながらじゅうたんを飛ばしていると、いつの間にか下野の温泉宿に戻ってきていた。
例によって窓をくぐって部屋に入ると、一睡もしていなかったらしいアニスが立ち上がって駆け寄ってきた。
「姫様!!!」
「ごめんなさい、アニス……、実は……」
「無事でよかった~! 突然いなくなってしまわれて、どこを探してもいらっしゃらなくて……。生きた心地がしませんでしたよ!! そんな浴衣のままでいったいどこに行ってたんですか!?」
胸を撫で下ろしながら心配を一気に吐き出すようにアニスが言った。
「ごめんね」
私はアニスの両手を握った。
「六三郎が崖から落ちて死にかけてたの」
「ええ?」
アニスの表情が驚きでいっぱいになる。
「それがわかったもんだから着るものもとりあえずで飛んでいっちゃったのよ」
「そうだったんですか……。で、六三郎さんは……?」
「大丈夫、助かったの」
「それは一安心ですね」
とりあえずほっとしたようにアニスは少し微笑んで見せた。
「……でね。いろいろ話したの……。私が魔法を使えることとか、私のかけた魔法で六三郎が女になっちゃったこととか……」
握ったアニスの手を離して、卓袱台の前の座布団の上にゆっくりと腰を下ろした。
続けてアニスも隣の座布団に腰を下ろす。
黙ったまま、じっと私の顔を見て。
「アニスの言うとおり……六三郎の浮気は誤解だったの。多兵衛さんとキスしたときも、伍助に抱きついたときも、私の夢を見てたんだって……。寝ぼけて……私だと思い込んでたんだって……」
「まあ……それは……」
『災難でしたね……六三郎さんも』と言いたげにアニスは苦笑した。
「そうなの。それでね。私が魔女だって話や本当はアムランっていう遠い国から来た姫なんだって話もしたの」
あのとき、六三郎はただただ驚いた顔をしていたな。
黙って目をつぶり、私の手の甲にキスをした……。
「六三郎に、『私が怖くないの?』って聞いてみたのよ……」
アムランでは魔法を使える私を恐れている人がたくさんいたから……。
「そしたらね……。『どうして俺が自分の妻を怖がらなくてはいけないんだ?』……って」
アニスは小さく何度も頷いていた。多分アニスも無意識だったんだろう。
「不思議ね……。私が魔女でも姫でもなんでも、関係ないみたい……六三郎にとっては」
わざと呆れたように笑って見せると、優しく微笑んだアニスが言った。
「六三郎さんが……姫様の運命の相手なんですね……」
「え?」
いきなりちょっと怒ったように表情をかえて腕組みをしながらアニスが続けた。
「本当は嫌なんですからねっ。こんなジパングなんて異国の貧乏侍が姫様の相手なんて。まあ、確かに六三郎さんはイケメンだし、剣の腕も確かですけどっ」
「アニス~~……」
「……でも、ありのままの姫様を丸ごと愛してくれる人でないとね。いくら王様でも殿様でも姫様は渡せませんからね~。仕方ない。六三郎さんには男に戻ってもらってせいぜい出世してもらわないと……」
「あっ、そのことなんだけどね」
そうそう、言い忘れてたわ。一番大事なこと。
「男に戻っちゃったのよ。六三郎」
「え???」
「いつのまにか、男に戻ってたの」
「そうなんですか???」
そのことに関しては、呪った私も不思議でしょうがないんだけど、事実六三郎は正真正銘男の中の男だったものねえ~。(そのことは自分の体で確認済みだし……)
何度も言うけど、あれは時間の経過で解けるような魔法じゃないんだけどな……。
「じゃあ、めでたしめでたし。大団円も近い……ってことですか?」
「う~~~~ん……」
なんかひっかかるんだけど……。
「伍助の追っ手をなんとかすれば、そう……かしらね」
「ああ、そういえば。そんなこともありましたね」
すっかり忘れてたの……? アニスったら。
まあ、アニスにとっては伍助なんてただの端役なんでしょうけど……。
「六三郎には事が片付くまでアニスとふたりで大人しく待っているように言われてるんだけど……」
「姫様は大人しく待っている気なんてさらさらない……ですよね?」
「当~た~り~」
ふう~~っとため息をついてアニスは肩を竦めた。
「そうだろうと思ってましたよ。でも、確かに六三郎さんたちの命が危険にさらされてるわけですしねえ。もちろん姫様の安全が第一ですけど。姫様の力で彼らをサポートしてあげる必要があるかも知れませんね」
「うんうん」
「だけど、くれぐれも注意してくださいよ。もう一度言いますが、姫様の安全が第一なんですからね。彼らを狙っているニンジャとかいう連中は訓練された殺し屋の集団でしょう??? 姫様にいくら魔法が使えるからって、そんな連中との戦いに直接姫様が巻き込まれるのは避けるべきですよ。しっかり作戦を練ってサポートしましょうね」
「うん。わかった」
さすがの私もニンジャと正面から対峙したら危ないかも知れないけど、ここは私の得意な幻覚魔法の出番だと思うのよね~。
一度に何十人もに幻覚を見せることは難しいけど、5~6人ぐらいずつならなんとかなるし。
結界の中で詠唱すれば攻撃される危険もないわけだし……。
「もちろん私もついて行きますからね」
当然といった表情でアニスは言った。
アニスが一番足手まといな気もするけど……、まあ、じゅうたんに乗って移動するときにはランプに入ってるだろうから、そのまま戦いが終わるまでランプで大人しくしてもらっとけばいいわね……。
「わかった。でも、その前に少し休憩させて~~~」
私は大あくびをして隣の部屋に敷いてあった布団の中に潜り込んだ。
「時間は大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。じゅうたんで追いかければ六三郎たちなんて逆に追い越しちゃうわよ。アニスも休んでおいた方がいいわ」
「……そうですね」
「じゃあ2時間後にまたね~~……」
呟いた次の瞬間に私は眠りの中に落ちていた。
夢の中。
私はお母様の形見の銀の小箱を開いていた。
中から虹の光が花火のように次々に飛び出してくる。
飛び出した光は流星になって、夜空を回るように流れている。
きれい……。
赤や青、緑、黄、紫、様々な色の流星がぐるぐると回る。回り灯篭のように。
キラキラと回転する七色の光の中を私は誰かと歩いている。
誰かと手をつないで……。
誰なんだろう?
知っている顔なのに、思い出せない。
誰かが流星を捕まえようとして手を伸ばす。
私は声を上げて笑っている。
オレンジ色の光を捕まえた誰かは指の隙間からそれを私に見せて微笑みかける。
彼の笑顔を見ているだけで私の心は満たされる……。
彼? ってことは男なのね。この人。
六三郎???
違う……。六三郎じゃない。
会ったことのない人。
でも、知っている気がする。
彼に手を引かれて光のアーチをくぐる。
アーチの向こうにもうひとり誰かがいる。
彼は私の手を放して駆け出し、その人の手にオレンジ色の光を握らせる。
誰なの? この人たちは?? 誰?
「姫様。姫様!」
はっと目を覚ますとアニスに揺すられて起こされているところだった。
「時間になりましたよ。支度しましょうか?」
「うん……」
不思議な夢見だったせいか、まだ頭がぼうっとしている。
あれ? どんな夢だったんだろう?
「アニス~……。変な夢見た」
虹色の光がキラキラ……キラキラ……。
「またですか? 姫様はほんと~に寝起きが悪いんですね」
荷物をまとめながら呆れ顔でアニスが言う。
「なんだか知ってる人……いや、知らない人が出てきたような気がする……」
掴もうとする端から消えていく夢の余韻。
思い出したい気もするけど……無理、思い出せない。
今日はキモノよりも着慣れて動きやすいガラベーヤ(アラブの婦人服。丈の長いワンピースのような服)を着ることにする。
金貨を数枚卓袱台に置き、お世話になった宿を名残惜しい別れの気持ちで眺める。
またいつか……、今度来るときは六三郎と一緒に来れるわね。きっと。
「行きましょ! 今日は飛ばすからアニスはランプに入っててね」