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戦国トランスジェンダー  作者: 六三
抜け忍には死を!の巻
16/27

4:ナエマ

 

「ところであんたら伍助兄貴とは常陸の国のどこで会ったんだい?」


 私の魔法で更に丸1日、合計3日間熟睡させられたアサギは、日常生活を送れるまでに回復していた。

 あと3日もすれば体力もずいぶん回復して、軽い運動ぐらいならできるようになりそうだ。

 ……旅に出て暗殺者と立ち回れるほどには回復しないかも知れないけど。


 まあ、アサギからすれば当然の質問よね。

 彼は伍助を探して危険な目に合いながらここまで来たんだし(事実死にかけてたし)。

 でも、なんて答えたらいいのかちょっと躊躇してしまった私とアニスはアサギの質問に顔を見合わせた。

 アニスはともかく、私は「私として」伍助に会ったわけじゃないのよね。

 魔法で変装してアサギぐらいの少年の姿で伍助に会ってるから……。


「伍助と会ったのはアニ……じゃなくて八重なのよ。詳しくは八重に聞いて」


 私はにっこりと笑ってアサギの矛先がアニスに向くように仕向けた。

 アニスはぎょっとしたように目を剥いて私を見た。


「教えてくれないか、八重さん。俺はどうしても兄貴に会わなくちゃならねえんだ」


 アサギがピュアで真摯な眼差しをじっとアニスの方に向ける。


「え……ええ」


 彼の熱意に打たれたのか、アニスは少し困ったような表情で頷く。


「私が伍助さんと会ったのは常陸の国の小さな道場なの」


「道場?」


「ええ。ただ、同行者の六三郎さんという方が道場を出て旅に出られる予定だったので、今も同じ道場にいるかどうかはわからないわね……」


 実は水晶玉で確認した結果では、六三郎たちはもう既に道場を出てるってわかってるのよね~。

 ただ、偶然にもこっち方向に旅してきてるみたいなんだけど。


「……そういえば、その六三郎って人は七重さんの何なんだ? 知り合いだって言ってたけど」


 アサギはちらりと私を見て、それからつと目を逸らした。

 あらぬほうを見て俯いているので表情がわからないんだけど、なんとなく決まり悪そうに見える。

 あら? なんだか不思議な態度ね~。

 でも、私もなんとなく六三郎と自分の関係をアサギに話すのは照れくさいんだけど……。

 後でアサギの記憶を操作するのであれば、ここで嘘をつく必要はないかな。


「えーっと……。一応……ね。“夫”ということで」


 私の答えを聞いたアサギは、頷いてぼそっと呟いた。


「……そうか」


 あらら? なんか気まずい雰囲気になっちゃった……?

 アサギは神妙な面持ちで何か考え込んでるみたいだし、私は照れも手伝って次に何を言うべきか迷ってしまったし、アニスも私の前に口を開くのは控えようと思っているみたいで、私たちの出方を待っている。

 アサギが何故命を狙われているのか、おそらく伍助も狙われているんだろうし……。だとすれば当然六三郎も危険なわけよね?

 それを思えば、アサギに色々と聞いておきたいことはあるんだけど。


「あんたたちは何者なんだ? 身分のある女が二人旅なんてするもんじゃねえだろう……?」


 やや長く続いた沈黙を破って、遠慮がちにアサギが口を開いた。


 こういう質問をあらかじめ予想していたのか、動じる様子のないアニスが淀みなく答える。


「確かにそう思われても不思議はないわね。姫様と私はさる事情があってこの国を旅しているの。詳しく説明することはできないけど。その事情のために今城に帰ることはできないのよ。ただし、誰かに追われているわけでも命を狙われているわけでもないから、私たちと一緒にいることであなたが危険な目に遭うことはないわ」


「さる事情……か」


 アサギは納得がいくようないかないような表情になった。

 ので、もうぶっちゃけてもいいかな~と本当のことを言うことにしたわ。

(繰り返すけど)記憶処理はいつでもできるしね。


「意に沿わぬ結婚から逃げ出してきたのよ」


「姫様!」


「余計なことを……」とアニスが非難めいた眼差しで私を睨んだ。

 私は「いいからいいから」とアニスをなだめるように言って、


「それでこの国に来て出会った六三郎と結婚したのよ」


 と付け加えた。


「……ふうん。つまり六三郎ってのは意に沿う相手だったわけか」


 アサギは少しおかしそうに笑うような表情になった。

 もしかしたら呆れてる?

 一国の姫が城を飛び出して異国のどこの馬の骨とも知れない男と簡単に結婚したって。

 まあ……、他人にどう思われてもいいけどね~。


「そういうわけ。で、あなたたちはどうして命を狙われたの? 伍助が里を抜けたのはどうして?」


 こちらの事情はすっかり話したのだから、アサギも少しは心を開いてくれないかしら?

 そう思って聞いてみると、アサギは肩を竦め、私と同様いたって簡潔に答えた。


「俺と兄貴が狙われてるのは抜け忍だからだよ。悪いが、兄貴の事情は俺が話すわけにはいかねえ」


「抜け忍……?」


「忍者の仲間から抜けることだ。裏切り者と見なされて殺される」


「なるほど、事情はわからないけど、あなたたちには殺されるとわかってても仲間を抜ける理由があったのね」


「……そうだ」


 六三郎はその事情を知ってて伍助を同行させてるのかしら?

 まあ、あの人、あまり物事を深く考えないところがあるから、襲われてもなんとかなると思ってるのかも知れないけど。

 今のところ、追っ手が常陸の国にたどり着いた様子はないみたいだし……。


「アサギさんと伍助さんは兄弟なのかしら?」



挿絵(By みてみん)


 アニスが首を傾げて尋ねた。

 う~ん。それはないわね。

 アサギの髪と目の色はジパングの人間にしてはかなり淡い。はっきり言って異国人としか思えないくらいだもの。

 伍助も髪は茶色い方だったけど飛び抜けて目立つほどではないし、顔立ちもアサギとはかなり違う。

“兄貴”と呼んでいるものの、おそらく血のつながりはないんじゃないかしら。


「俺は……捨て子だったから、兄貴の親父さんに拾われて、兄貴とは兄弟同然に育ったんだ」


「……そうだったの」


「兄貴は強えが、さすがに一人じゃ難しい。このままじゃ追っ手にやられちまうかも知れねえ……」


 アサギは居ても立ってもいられないというように呟いた。


「大丈夫よ、六三郎がいるから。あと、なんかもうひとり怪力大男も一緒だし」


 安心させようと思って言ったつもりなんだけど、アサギは私をきっと睨んで言った。


「忍者は人殺しのための訓練を受けてるんだぜ。その辺の素人が束になったって勝ち目はねえよ」


 私もちょっとムキになって答えた。


「六三郎はその辺の素人じゃないわよ。剣の達人なんだから。ひとりで五人まとめて倒したりするし」


 嘘は言ってないわよね。初めて会ったとき、六三郎は野盗五人を切り捨てていたんだもの。

 ……まあ、五人中四人は寝てたけどね。


「本当かよ?」


「本当よ。だから、アサギはもう3日はここで療養して傷を治しなさい。はっきり言って今追いかけても行き倒れになるか、よくして伍助たちに合流できても足手まといになるだけよ」


 こうまではっきり言われてはぐうの音も出ないのか、アサギはやや憮然とした表情で黙り込む。

 アニスは苦笑して私とアサギを代わる代わるに見ている。

 ま……言い過ぎかも知れないけど、本当のことだものね。


「伍助と六三郎も心配だけど、アサギにも死んでもらいたくないのよ。せっかく助けたんだし。命を粗末にするのは許さないからね」


「……強引で、勝手な姫様だな」


 むくれた表情のままアサギは呟いたけど、怒っているというよりは呆れているように見えた。

 アサギがいくら焦っても最低あと3日は十分に栄養を摂って、それから傷の治癒も施しておかないとね

 最大限頑張って魔法を使えば、完治……は無理だけど、多少暴れても傷が開いたりはしなくなるだろう。

 ……私の体力に限界が来るかも知れないけど。ふう……。




 アサギが隣の部屋で寝入ったのを見届けてから、私とアニスは水晶玉で六三郎たちの様子を見ることにした。

 意識を集中して、映し出したい人のことをイメージする。

 普段なら大して消耗する魔法ではないんだけど、1時間おきにアサギに治癒魔法をかけているのでさすがに堪えてるのね。

 安定した映像を映し出すまでにいつもより時間がかかってしまったわ。


「ふう~。やっと映った」


「大丈夫ですか? 姫様」


「うん……。ちょっと疲れてるかな」


 水晶玉の中には、六三郎と伍助、それから、何故だか仲間になっているらしい道場破りの大男が映っていた。

 三人はかまどを囲んで、何か話しながら食事をしているようだ。


「六三郎さんたちは無事のようですね。良かったですわ」


 アニスも心配だったのか、元気な六三郎たちの様子を見て、ほっと安心したような笑顔になった。


「剣の達人がふたりと優秀なニンジャがいるんだものね。たとえ追っ手が来たとしても返り討ちにしちゃうわよね」


 どちらかというと希望観測的な言葉だったけど、そう信じたい。

 あの夢が正夢だとは思いたくないし……。


「それにしても、どうしてこの道場破りは一緒にいるんでしょう?」


「それは謎だわね。もしかしたら、伍助と同じで六三郎に一目惚れしたのかも知れないわね」


 私はふふっと笑いながら冗談を言った。

 ふざけて言ったつもりだったけど、案外それが真相だったりして……。まさかね。


 六三郎たちの無事を確認すると、私は改めて水晶を撫でて、故郷のアムランをイメージした。

 ビスミラー。私の魔力の元を映し出したまえ。

 お母様の生まれた魔族の国を私に示したまえ。


 ……水晶は一瞬雲の中を通り過ぎたような映像を映し出し、虹色に光ったかと思うと、次の瞬間には真っ黒になった。


「ダメだわ……。やっぱり水晶では探せない」


「何を探しておられるんですか?」


 アニスは真っ黒になった水晶を覗き込んで尋ねた。


「お母様の生まれたところ。魔族の国を映すことはできないかと思って……」


「……ああ」


「でも、無理みたい。きっとイメージが抽象的過ぎるのね」


「そうなんですか」


「うん。やっぱりお父様に教えてもらうしかなさそう……」


 簡単には教えてもらえない気がするけどね……。

 黙って城を飛び出してきた私に激怒してるだろうし。

 お見合い相手のシャルルカン王子をほったらかして姿を消しちゃったから、シャブワとの関係に問題が発生してなければいいけど。(マハネがいるから大丈夫だと高をくくってたんだけどね)


 それにしても、人の気持ちって不思議なものね。

 六三郎に会ってからというものシャルルカン王子のことを思い出すこともなくなっていたわ。

 こんなにすんなり、むしろマハネと王子が幸せになっていたらいいなと思えるなんて。

 ほんの2ヶ月前にアムランにいた私が別人みたい。


「大丈夫ですか? 姫様? ずいぶんお疲れのようですけど……」


 はっと我に返ると、心配そうなアニスが正面から私の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫よ。この2ヶ月で私ってずいぶん変わったなあ……としみじみ思ってただけ」


 たった2ヶ月の間に結婚して、男と女がどんな風に結ばれるのかを知って、その結び目がどんな風にほどけていくのかを知りそうになってる……。

 六三郎は私を探してくれている。ジパング中を歩いても見つけ出すと言ってくれていると聞いたわ。

 だけど、本当の私を知っても、六三郎は私を好きでいてくれるかしら?

 私のために、ジパング中を周って追いかけてきてくれるかしら?

 私が六三郎に呪いをかけた魔女だと知っても……。

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