1:六三郎
今回はいよいよ六三郎とナエマが再会します。
前回は男に襲われかかるわ元カノに変態呼ばわりされるわ、さんざんな目に遭っていた六三郎ですが、今回もやっぱりひどい目に遭います。
可哀想なのでちょっとハッピーになって欲しくて扉絵にラブラブっぽいふたりを描いてみました。(挿絵作家が)
軽薄忍者伍助の旅の目的もわかってきますので、ご期待ください。
故郷である常陸国を出て二日後俺達は下野国に入った。
「やっと下野か」
新九郎はそう感想を漏らしたが、やっとも何も旅を始めてまだ二日目なのになに言ってやがんだ。
「お前は、無理やり付いて来ながらだらしないぞ」
「無理やりとはひでぇな。せっかくの新婚旅行を」
「何が新婚旅行だ!」
俺が叫ぶと、伍助が同調する様に参加してきた。
「六さんの言う通りっすよ。こえれくらいでやっととか言ってちゃ、とても京までいけねぇんじゃないの?」
「うっせえな。てめえには関係ねえだろ」
「あるんだよ。この穀潰し」
「誰が穀潰しだと」
「てめえだよ。無一文の上に飯の用意すら手伝いやがらねぇくせに」
「俺の金を巻き上げたのはてめえじゃねえか」
「人聞きの悪い事言いなさんな。てめえが自分で金を賭けて負けただけじゃねえか。自業自得だろう」
「ちっ!」
新九郎は大きく舌打ちしたが、どうやら伍助の勝ちみたいだな。
まったくこいつらは相変わらず仲が悪いな。
「どうしてお前らはそんなに仲が悪いんだ? ちょっとは仲良く出来んのか」
すると伍助は呆れた様な目を向けてきた。
「なに言ってんっすか。こいつは敵なんっすよ? 道場破りに来たのをもう忘れちまったんっすか?」
「う~~ん」
そう言えばそうだったな。
「おいおい。六三郎なにそんな奴の口車に乗ってんだよ。元敵同士なんて燃えるシチュエーションじゃねえか」
「誰が燃えるか!」
すると新九郎が俺の肩に手を回してきやがった。
「つれなくするなよ。ロミオ」
「誰がロミオか!」
俺は新九郎の腕を力いっぱい振りほどいた。
って言うか、じゃあ、お前がジュリエットかよ。
どんだけごついジュリエットなんだよ。
まったく調子が狂うが、意外にも新九郎はある意味役に立った。
旅の初めの日、新九郎は夜になると俺に夜這いをかけようとしたのだが、伍助も同じく夜這いをかけようとした。
寝ている俺の前で鉢合わせた二人は、とっさに飛び退いて対峙し、譲れ、お前こそ譲れと言い合った後、戦い始めたのだ。
本気でやりあったらどうだか分からないが、どうやら接近戦では新九郎に分があるらしく伍助は距離を置いた。
だが距離がひらくと伍助は新九郎に向けて手裏剣を連射する。
深夜で視界も悪いところに飛び道具を連射されては新九郎もさばききれず身を隠すしかなかった。
伍助が俺に近づけば、新九郎が刀を振りかぶってやってきて伍助は逃げ去る。
新九郎が俺に近づけば、伍助が手裏剣を飛ばして新九郎は身を隠さねばならない。
結局俺は、どちらからも襲われずに済んだのだった。
何が役に立つか分からないものだな。
さらに道を進んだ俺達は小高い丘に立つ城を見つけた。
とは言っても最早廃城に近く今にも朽ち果てそうだったが、俺はその城の事をよく知っていた。
「おお。あれが有名な島丘城か」
「知ってるんっすか?」
「ああ。有名だからな」
だが新九郎がそこに口を挟んだ。
「どう有名なんだ?」
「なんだ? お前も兵法者の端くれなんだろう? どうして知らないんだ?」
「俺は剣一筋なんだよ。とにかく説明しろよ」
兵法者と言えば軍略にも通じていなければ行けないって言うのに、まったくこいつは。と俺は白い目を向けたが、新九郎ぶはどこ吹く風だ。
「まあいい。十数年前この城を巡って戦になったんだ。しかしこの城の城主はたいした奴ではなかったが、配下にの武将に斉賀某という名将が居てな。その斉賀某の活躍で城はなかなか落ちない。そこで攻め手は一計を講じたんだ」
新九郎は「うむうむ」と俺の話を聞いているが、伍助はあまり楽しそうではない。
まぁ忍者にはあまり興味の無い話か。
だがこの手の話が嫌いではない俺は構わず話を続けた。
攻め手はその斉賀某さえ居なければ勝てると考え、そこで城主と斉賀某との離間の策を立てた。
約束どおり攻め手の合図に合わせ斉賀某が城内に火を放つ。くれぐれもお間違い無い様に。という手紙を持たせた者を城内に潜り込ませ、そしてわざとその者を城主に捕まえさせてしまったのだ。
勿論手紙の内容は嘘っぱちで、斉賀某が裏切るなんていうのは事実無根だった。
だが城主はまんまと騙され、城の守りの要である斉賀某を手打ちにしてしまったのだ。
こうして強敵をまんまと排除した攻め手は、その後あっさりと城を攻め落としてしまったという。
「ほー。そんな事があったのか」
「ああ。見事な作戦だろう」
新九郎は確かにと頷くが、伍助は相変わらず興味なさげだ。俺は伍助に矛先を向けてみた。
「お前はどう思う?」
すると伍助は肩をすくめ、ことさらおどけた様に口を開いた。
「いやー。まったく見事な作戦ってやつですね。すごいもんっすよ」
だが俺は伍助の態度に違和感を感じた。
いつもどおりの伍助の口調なのだが、無理に明るく振舞っている様にも思えたのだ。
「どうかしたのか?」
「え? 別に何もありゃしませんよ?」
「いや。それなら良いんだが……」
気のせいだったか?
俺達はさらに道を急いだが、今日中に下野国を出るのはさすがに無理か……。
七重の居場所を探し当てる為、早く京に行きたいのだが気持ちばかりが焦る。
日が暮れいつもどおり伍助が晩飯の為獲物を取りに行った。
俺はかまどの用意をする。
そんな俺を、相変わらずまったく働こうとしない新九郎が見つめ満足げに口を開く。
「こうやっていると新妻が夫の為にいそいそと飯の準備をしているようだ」
「誰が新妻か!」
大体こいつはさっき、俺の事をロミオとか言ってなかったか? だったらお前が女役だろう! と思ったが口には出さない。
ホモの考える事はまったく分からん。
相手にしても疲れるだけだろう。
だが俺は相手にしない心算だったが、新九郎はそうではなかった。
「さぁ、邪魔者がいない内に愛を確かめ合おうじゃねえか」
と身の毛もよだつ事を言いながら、なんと俺に擦り寄ってきやがったのだ。
しまった! かまどを作るのに刀を置いてたんだ。さすがに素手で新九郎を相手にするのは難しい。
「ちょっちょっと待て!」
新九郎は片手突きを得意とする事からも分かるとおり、かなりの怪力である。組討(寝技)になってはちょっと勝ち目が無い。
ましてや俺は今女の身体なのだ。
慌てて飛び退って俺は逃げたが、新九郎はすかさず俺の手を掴み俺を引き寄せた。
さすがにこれはまずい。
「新九郎。落ち着けって」という俺の顔にも微かに不安な気持ちが表面に出てしまう。
伍助相手ならいつも押し倒されても撃退しているが、新九郎の腕力は伍助とは比べ物にならないし、それに伍助はどこか冗談っぽい雰囲気があるが、こいつはマジで来てる感じがするんだよな……。
だが不安げな表情を浮かべる俺に、むしろ満足げな顔を新九郎は俺に近づけてきた。
「なに、怖がることは無い。優しくしてやるよ」
ぞわぞわっと俺の背に毛虫が這う様な寒気が襲う。
「ご……」
「ご?」
「伍助ーーー!」
俺は耐え切れずについ叫び、その瞬間、新九郎が飛び退った。
今まで新九郎が居た場所を手裏剣が通り過ぎ、少し離れたところに立つ木の幹に突き刺さった。
「ちぃ! もう少しだったのに」
手裏剣が飛んできた方へと顔を向け、新九郎は憎憎しげに言ったが、茂みから顔を出した伍助はいつもの様に飄々としている。
「てめえこそ、なに抜け駆けしてんだよ」
「伍助!」
伍助の姿に安心して俺は思わず叫んだ。
「六さん俺がついているから大丈夫っすよ」
伍助はそう言うと、俺と新九郎の間に割って入る。
悔しがる新九郎に、伍助の背中から俺は言い放った。
「今度からお前も伍助と一緒に獲物を取りに行け!」
「くそ!」
と悔しがる新九郎を伍助はにやにやと見つめる。
「しかしおかげで助かったよ」
伍助をこんなに頼もしく思ったのは初めてだ。
「いや、それほどでもないっすよ」
「いやいや、ほんと危機一髪で……。って、まさか、俺が襲われるのを茂みからずっと見てたんじゃないだろうな?」
「え? そんな事ないっすよ?」
伍助はすました顔でそう言ったが、俺は確信した。
やっぱり、こいつも油断ならない。