ホットケーキの味がしない
目の前の友人はどうして普通にしていられるのだろう。
私は出されたホットケーキを恐る恐る口にする。味なんて分かる訳がない。
「でねぇ、その先輩が最悪でさぁ」
「へ、へー」
「あれ? 私、失敗した? 焼き直そうか?」
「ううん。おいしいよ」
生焼けな訳でも焦げている訳でもない。多分普通。
ただ、味がしない。
「で、その先輩、自分の仕事まで私に押しつけてきて、自分はちゃっかり定時に帰るの。こっちは誰のせいで残業する羽目になってんだって話。マジ殺意湧く」
私の口から乾いた笑い声が漏れる。いつもなら、そうだね、と笑って返すところだが、正直今は笑えない。
冗談に聞こえない。友人の目が全く笑っていないのが正面に座る私には分かる。
「そうだ。仕事の愚痴もなんだけど、今日は彼氏の愚痴聞いて欲しくて呼んだんだった」
「彼氏さんの……」
一瞬、後ろにある写真立ての方へ視線が向いてしまう。そこには友人とその彼氏の仲睦まじいツーショット。
視線が逸れてしまったことを悟られないよう慌てて友人へと戻す。
友人の表情は相変わらず笑顔だ。
「そう。先輩のせいで残業続きで彼氏と全然会えなくて。同じ職場でも部署違って、フロアも違うと一日顔合わさないこともザラじゃん?」
「そうだね」
「で、会えてない間に彼氏が浮気して」
「え?」
「知ってた?」
知る訳ない。
いくら彼と同じ部署だからといって、一から十まで把握している訳が無い。私のではなく友人の彼氏ならば尚更だ。
「マジむかつく。裏切られたって感じ」
友人の目が鋭くこちらを睨みつける。蛇に睨まれた蛙のように呼吸が上手くできない。
「いや、私、知らないし。私じゃないから」
弁明しないと。誤解を解かないと。
浮気相手だと間違われてはたまったものじゃない。
「分かってるって。今日は愚痴聞いて欲しくて呼んだだけだって」
友人の表情がほころぶ。今度は本当の笑顔だ。
顔についた赤い液体さえなければ、いい笑顔なのに。
「それに浮気相手、もう分かってるし」
奥の部屋から呻き声がする。
まだ生きている。今救急車を呼べば彼は助かる。
「うるさいなぁ、もう」
彼女は机の上の刃が真っ赤に染まった包丁を手に取ると、まだ鮮やかな色の血を滴らせながら隣の部屋へ。
通報、するべきなんだろう。
それでも私はスマホへ手を伸ばすことができない。分かっていてもできるかは別の話だ。
隣の部屋から友人の荒々しくも地を這うような声が聞こえる。
私、ここから生きて帰れるのだろうか。
お読みいただきありがとうございます。
タイトル先行で考えた話。
主人公も友人もなかなか凄い状況でホットケーキ焼いたり、食べたりしているものです。
流石に手を洗ってから調理している筈です。
料理前って手をあらうものですし、きっと。
なので手が血塗れという描写はやめました。
食べたものを美味しいと感じる為には心の余裕が大切なんだと思います。




